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聖属性魔力がありあまる  作者: 羽蓉
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騎士棟へ着くと何人かの騎士が、合流しエンジュと並走する。

奥の通路がみえると、大浴場前でひとりの騎士が待機していた。


「準備、できております。」


大浴場の大きな扉を開け放ち、走ってくる団体を迎える。

浴室についてようやくガルデニアに降ろしてもらったシュロールは、足が震えていた。


「先程の騒動に関わった者は、重い装備だけを脱ぎ湯に入れ。傷を負ったものも同様だ、脱がすのを手伝ってやってくれ。」


その様子を見ると、傷を負った人たちからは黒い靄がどんどんと広がり、先程よりも苦しそうに汗をかき、唇を噛みしめていた。


「ぐっ、ぐぁ…。」


動物のようなうめき声に振り向くと、グルナードが抱えるハルディンの様子がおかしい。

顔は白く、目は白い膜が張ったように濁っている。

唸る為に薄く開いた口からは、靄の一部が立ち昇っているようだった。

…もう、ためらってはいられない。




シュロールは支えていたガルデニアを押しのけ、湯船に足をつけ体を沈めていく。

自分が着ている夜着やガウンの裾が、湯の浮力によって浮かび上がる。

足が露わになる様子に、騎士たちは慌てて声を掛ける。


「お嬢様、だめです…お嬢様!」


ざわざわと、動揺が広がっていく。

未婚の令嬢が、薄い衣服で湯につかる姿を大勢の前で晒すなんてことはありえない。

今後どんな評判が付いて回るかも、わからないのだ。


眉を寄せ、周囲の声を無視し、シュロールは進む。

胸の下の位置までつかった時に、振り向き手を伸ばす。


「ハルディン様をお願いします!」


エンジュは頷くと、グルナードへ視線を送る。


「お待ちください、気は確かですか!こんなに血が出ている状態で湯につけるなど、命を縮めるようなものです!」


ここまでなんとかついてきて、ようやく状況が飲み込めたアリストロシュが叫ぶ。

四つん這いになり、濡れることも構わず浴槽のふちを掴み、シュロールを睨む。


「では、逆に問おう。」


エンジュは立ったまま、アリストロシュを見下ろしながら声を低くして問いかける。


「何か…ヤツを救う方法があるのか?緩やかに死を見送るより、少しの可能性を信じる事の何が悪い。死は受け入れる、だが生を諦めはしない。」


そうしている間にも、ハルディンから立ち昇る黒い靄は抱えている大柄のグルナードをも隠すかのように、深く濃くなっていった。

湯船に入っている数人の騎士も、その光景を次は自分かと見守っている。

アリストロシュはエンジュに返す言葉が見つからず、力の限り強く、強く浴槽のふちを握りしめた。

自身の力で救うことが出来ぬゆえに、目の前の愚かな行為を止めることもできない…そう訴えているようだった。


アリストロシュの言葉が続かないことを確認し、エンジュは再びグルナードへ視線を送る。

グルナードは、そっと湯船へハルディンをつける。

お湯の浮力と、ハルディンの意識がないことで、シュロールでもハルディンをひっぱって移動できる。

自分の衣服がお湯の中で、からまってゆく。

身動きが思うようにいかず、もどかしい。


すでにハルディンの体がわからないほど、黒い靄が広がっている。

遠巻きに湯につかっている騎士の数人も、多くの黒い靄に包まれていた。

呻き声が反響する空間で、大勢がシュロールを見守っている。


やがて中央へ着くと、シュロールはハルディンを後ろから抱えるように抱きしめて、目をつぶる。


「お願い。」




やがて沈黙が訪れた。

黒い靄の中に入ったシュロールと思われる部分を中心に、お湯が白く染まる。

全てを白く染め上げたあとは、底の方からほのかに黄緑色の光が浮かんでくるようだった。


目の前で起きている光景を、皆が信じられない思いで見つめていた。

白いお湯に触れた黒い靄は、少しずつ霧散してやがて黄緑のきらきらとした粒子となり湯気と共に立ち昇っていった。


湯につかっていた騎士たちは信じられない気持ちで、自身の傷を確かめる。

最初の傷自体はたいしたことはなかったが、黒い靄がまとわりつき出してからは、その部分が黒く焦げ、じわじわと侵食していくように肉が腐り、溶け落ちていった。

だが今は腐食がとどまっているどころが、よく見ないとわからない程度にゆっくりだが、再生しているようにすら見える。


自分たちの回復を確信した騎士たちは、エンジュの指示がでるまでそのままお湯の中で待機をすることにし、中央にいるシュロールたちへ目を向ける。

どうか…一番ひどい傷を負ったあの者も助けてやってくださいと、想いを一つにして祈る。




「これは…傷薬と聖水の中間、いや両方の効果を持つのか。」


アリスロトシュはお湯を掬い、手に取る。

持ち上げたお湯はやがて、白い色が霧散し透明に戻る。


再びシュロールの方を見ると、黒い靄は薄れていきシュロールとハルディン、二人の輪郭が確認できた。

いまだハルディンの意識はないようだった。


黒い靄が霧散する様にと、時間と共に見守ることしかできない。

かなりの時間が立った、シュロールはまだ力を込めてハルディンを抱きしめている。


「(だめよ…私の護衛なんかで、貴方が死んだりしたら許さない。これが償いだなんて、言わせないんだから。)」


ゆっくりと黒い靄は霧散し、ほぼ見えなくなってきたところでハルディンに変化が出た。


「あぐっ、ああ。」


口を開き、体の中から黒い靄が立ち昇る。

その黒い靄は逃げるように、高く高くと昇っていくが湯気に包まれると黄緑色の粒子へ変化していった。

意識が戻ったのか、ハルディンの目がうっすらと開く。


「ハルディン様?ハルディン様?」


シュロールは耳元で名前を呼ぶ。

ハルディンの口元がなにかを囁く、シュロールは聞き取ろうと耳を近づける。


「…あまり…軽々しく、男にくっつくな…。」


「なっ。」




やり取りはわからないながらも、意識が戻ったことは見て取れたアリストロシュが声を掛ける。


「一度こちらへ、彼を診せていただいてよいでしょうか?」


ああ…そうだわと思い向かおうとした時、シュロールも自分自身に力が入らないことに気が付いた。

足元から力が吸い取られるように、抜けていくのがわかる。

ハルディンと共に沈みかけた時、血相を変えたエンジュが湯の中に飛び込みシュロールへ手を伸ばしているところを見て、意識がなくなった。

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