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女神身罷りし世界にて  作者: aaahg
1 黄薔薇の天秤
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断章 在りし日5

 いつも酒だけが癒やしをくれる。


 王都へ来て随分と時が経った。


 大陸内で最も魔術師が集まると(うわさ)される街。


 ここでなら多くを学べると思っていたが、待っていた現実はいかに己が非才の身であるかを理解させられる日々。


 魔術連盟なる魔術師向けの互助組織(ごじょそしき)に入って幾人もの魔術師から指導を受けたが身についたものはほとんどない。入れ替わり立ち替わりで去って行く指導者は誰もが最初こそ若い女への指導に色めき立っているがあまりに覚えの悪い相手に最後は辟易(へきえき)していた。


 誰かから指導を受けたのはもう五十日以上前だろう。


 あいつに魔術を教えても時間を取られるばかりで無駄。


 そんな認識が連盟内で拡がり、誰に指導を()うても適当な理由と愛想笑いで逃げられてしまう。今では連盟施設で雑務をこなして過ごす毎日だ。


 お屋敷から逃げ出して十年。


 魔術師を目指して十年だ。


 最低最悪の日々の中で見出した暗い光に染められて力を求めてきた。


 しかし、あれから積み上げたものは年齢くらいのものだ。


 誰にとっても平等な時の中で自分だけが停滞しているのではないか。そんな悲観的な想像をしてしまう。


 ここ最近はそんな気持ちから逃避するために自宅近くの酒場で飲みあかしていた。


 今晩も数えるのを止める程度に杯を空けている。


 ふわふわと(へそ)から浮き上がり、脳が溶けて酒と一緒に飲み下すような緩み具合。


 このままの勢いで飲み続ければ確実に潰れるだろう。


 店は混み合っているが、女で一人酒をしているのはこの卓だけ。近くの男は前後不覚にでも陥りそうな女に下卑(げび)た視線を向けていた。下手をすれば明日は知らない男が隣で寝ているかもしれない。


 卓へ突っ伏す。


 火照(ほて)った顔に冷えた木の感触が心地良い。


 もう、ここで寝てしまおうか。


 男に持ち帰られようと知ったことか。


 落ち込みと酔いで自暴自棄になっていたとき、不意に女給から声をかけられた。


「すいません、お客さん。相席をお願いしてもよろしいでしょうか?」


 いつの間にか店内は満席。


 一人で四人がけの卓を占拠しているので都合して欲しいらしい。


「あいよー」


 気の抜けた返事をすると女給が笑顔で下がり、後ろから背の高い男が現れ卓の向かいに腰を下ろした。


 焦げ茶の癖毛(くせげ)を伸ばしっぱなしにしているのが少々野暮ったいが精悍(せいかん)な顔つきをした青年だった。袖から覗いた腕は鋼のように引き締まっていて小さな傷跡がいくつもある。なんとなく軍人かそれに類する暴力を伴う仕事を生業(なりわい)としていそうな雰囲気の男だった。


「悪いね。お姉さん」


「どーも、お兄さん」


 どこか硬質な雰囲気を纏いながらも軽い挨拶の調子に僅かに安心する。


 それだけで善性など測れないが、見た目ほど悪い人間ではなさそうだった。


 むしろ切れ長の瞳の中で揺れる光はどこか悲しげで弱っているように、寂しそうに見える。


 どこかで会ったっけな……。


 男の姿に(すす)けた記憶が揺さぶられた気がする。


 言葉にしようとして、しかしすぐにかき消す。


 これでは口説き文句だ。それも手垢が大量に付いて誰も使わなくなっているような類いの。


 男は突っ伏したままじろじろとこちらを観察する酔っ払いに苦笑しつつ、断りを入れると女給に一番強い酒をくれと頼んだ。


 相席した女のことは気にしないことにしたのか、それともさして興味がないのか店内の様子に目を配りつつ大きなあくび。


 まるで大きな犬や狼のような仕草に忍び笑いをしてしまう。


 しばらくして男は注文の酒を受け取ると勢いよく喉へ流し込んで、まずそうに顔を(しか)めた。


「お兄さん。いくつ?」


 酔いの所為(せい)だろう。


 気付けばつまらない話題を振ってしまっていた。


 一人の時間を楽しむつもりだったのか、急な質問に男は少しばかり怪訝(けげん)そうな顔に変わる。


 しかし無視することはしなかった。


「二十三か四だったはず」


「なんだ近いじゃーん!」


 男は絡んできた酔っ払いにいかにも厄介だと言わんばかりの渋面(じゅうめん)


 ぐったりと突っ伏していた女が急に大声を挙げたので一歩引いている。


 声にこそ出さないが、面倒な相手と一緒になったと心で言っているのは間違いなかった。


「相席だからって無理に話さなくてもいいんだぞ。警戒してるのかもしれないが俺は無害だ」


「違うって、一人飲みはつまらないから相手してよー」


「騙して(むし)れるほど金持ってないぞ」


 気遣っているようでいてこちらを警戒しているらしい。第一印象に反して割と小市民的な人間なのかもしれない。冗談めかしているが、たかられているとでも思っているのだろうか。


「お兄さんって皮肉っぽい人?」


「財布の中身を嘆いてる人」


 間髪入れぬ悲しい返答に思わず吹き出すと、つられて男も微笑した。


「私はダフネ」


「ククナだ」


 ククナの笑顔は少年のように柔らかで、やはり在りし日の誰かが陽炎(かげろう)のように揺れた。


 思い出すことはなかった。


 多分、きっと気のせいだから。

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