212
「あるこうあるこう、わたしはドラゴンー! 殴るのだいすき、がおがお行こうー!」
祖竜の娘ブランカは、超の付くご機嫌だった。
アドラーの教えた歌を口ずさみ、対抗戦の舞台であるグラーフの地下迷宮をずんずん進む。
ブランカの隣にはキャルル、遂に最前線に出ることを許されていた。
「のんきに歌ってんなよ、本気の対抗戦だぞ!」
キャルルは大いに張り切っているが、ブランカは全くの余裕。
「いいじゃん、だんちょーに教えてもらった歌だもん!」
「そんな物騒な歌詞じゃなかったろ!?」
「がお?」
「急に言葉が分からないふりすんな!!」
浅い階層でひたすらザコ敵を掃討しポイントを稼ぐ予選は、ベテランの冒険者ほど辛い。
その一方で、キャルルの様な若者には、実力を鍛えて示す良い機会だった。
「ほら、次がくるぞ」
ダルタスが後ろから声をかける、斧を伸ばせば丁度キャルルの頭をガード出来る位置、すなわち完全な護衛のポジションから。
”太陽を掴む鷲”の本隊の前に、大量の雑魚モンスターが飛び出てくる。
待ってましたとばかりにブランカが襲いかかり、頭の上をマレフィカとバシウムの魔法が飛び越え、右側ではミュスレアとリヴァンナが言い合いをしながら共闘し、左はアドラーが押さえる。
「ああ、もう! ボクの取り分が!!」
駆け出し剣士のキャルルも急いで武器を構えて突っ込んだ、もちろん間違いがないようにダルタスが付いて行く。
”太陽を掴む鷲”は苦境にあった。
今日の一日で、参加一千二百四十七ギルドの上位256組に入れなければ本戦に進めない。
次回のシード権を取るなら、更に狭き64組に限られる。
朝の6時、総動員した”太陽を掴む鷲”の面々を前にアドラーは頼み込んだ。
「みんな頼む! ギルド経営の為にも、俺達は本戦に出なければならない! 俺を男にしてくれ!!」と。
若干二名ほどは「それなら寝室に誘ってくれれば」と思ったが、それ以外のメンバーは全力で張り切ることになった。
そして今回の太陽と鷲は少数精鋭ではない。
ダンジョンの奥へ奥へと進む本隊の前に、次から次へと獲物が誘い出され送り込まれてくる。
アドラーと仲間たち十名以外にも、二十人のシャーン人を雇い入れていた。
「対抗戦のために雇いたい」と言われたシャーン人は、最初は無償で協力を申し出た。
だがアドラーは断固拒否、サイアミーズ軍の上ロシャンボーから受け取った金貨の内、五百枚を渡して雇用した。
「新しい土地へ行くんだ。幾らかの準備金は必要だろ?」
そう言ったアドラーは、断ろうとするシャーン人に強引に受け取らせる。
ちなみに残りの二千五百枚は、アルデンヌの森を越える高級魔法道具に代わっていた。
本来の使いみちと違ったこれらは、魔法道具をロシャンボーに返す。
全額は戻らないが、依頼の大筋は完遂したので我慢してもらう。
ライデンへの出発前、ほぼタダ働きのアドラーを見かねて、ミケドニアの皇子マクシミリアンが一つ申し出た。
「アドラー団長、貴君は……領土に興味はあるか? 空いてる伯国が幾つかあるのだが……良い土地だ、収入もあるぞ?」
露骨に取り込みにかかった皇太子に、アドラーはお礼を言ってから断った。
ただし代わりの頼み事はした。
救い出してきた地下オークションで売られそうなっていた子供たち、その子達を帝国で保護してほしいと。
ただ助け出すだけでは意味がない、安全に住める場所、食事と教育、それに親から引き離された者は探してでも両親を見つけ出す。
アドラーの煩雑な頼みを、マクシミリアンは快く引き受けた。
実務はその場でバルハルトに丸投げしていたが。
これにてアドラーは対抗戦だけに集中することが出来る。
馬車を走らせ予選二日目から参加した太陽と鷲は、ライデン市中の冒険者の目と耳を一挙に集めた。
何時も人手不足と資金不足に泣いてるアドラーが、リムジン馬車で乗り付け、定数三十名を揃えてくるなど大事件である。
「おい、聞いたか? アドラーが二日目から参加するらしい」
まず耳の早い者が情報をもたらす。
だがまずは否定から入るのが冒険者である。
「今更遅いだろ? 幾らエース級がいるとはいえ、あそこは七人しかいない」
そこへ二番手の情報がやってくる。
「おい、聞いたか? アドラーの奴、三十人を揃えてきやがった!」
だがまだ慌てる者はいない。
「お、おう、何処かから人手を借りたか? 無理したなぁ」
「対抗戦に参加してないギルドに、ろくな人材は残ってないだろ」
そして最後の情報が飛び込む。
「おい、聞いたか!? アドラーの奴、純血のダークエルフを二十人も連れてきやがった! それ以外にもリザード族と翼が生えた謎のやつ!」
「な、なんだってー!?」
ここに来てライデンの冒険者もようやく慌てだし、アドラー隊の様子を伺いに走った。
ヒト族に混ざって暮らすエルフは多いが、長く血統を守った純粋なエルフは珍しい。
寒帯に住む大型種で、森林地帯に暮らす俊敏性と狩猟民族の超感覚を今に伝えるシャーン人の一行は、ライデンのベテラン冒険者の目にも「やばい連中だ」と映った。
実際にこの古代部族は、直前まで王家御用達の暗殺部隊として使われていたのだから、実力も折り紙付き。
強力で便利な助っ人を得たアドラー達は、凄まじい速度で貢献ポイントを稼いでいた。
シャーン人が探し見つけたモンスターを誘い込み、主力部隊がばっさばっさと片付けるという、これまでにない戦術で。
予選初日のトップは、ライデン市が誇るナンバーワンギルド、青のエスネ率いる”シロナの祝祭”団。
何時もの通りに、独走で百五十万点を稼ぎ出していた。
その下は団子状態。
「運営の思い通りになぞなるものか!」と、談合よろしく五十万点付近で固まって、最後の数時間で勝負を付けて恨みっこなし、だったのだが……。
空気を読まない”太陽を掴む鷲”が午前中だけで八十万点を稼いで流れが変わる。
「またアドラーか、こんちくしょう!」
あちこちの団から恨み節が飛び、どのギルドも真剣勝負モードへ移行していた。
一日17時間の非人道的な戦いが幕を上げ、際限なく上がるボーダーラインに、ただ運営だけが満足していた。
アドラーの団で前線に出たのは二十九人。
一人だけ、ヒーラーのリューリアが医療キャンプに参加していた。
安全な後方で、各ギルドのヒーラーを出し合い治療に当たるのだ。
待遇は素晴らしく良い、別に報酬が出る上に、護衛も付いて食事や飲み物も十分にある。
予選で怪我する者は少なく、ヒーラー達はお喋りをしたり菓子を摘んだり本を読んだりと自由に過ごせるはず……であった。
「ちょっと、どういうこと!? まだ半日なのに、怪我人だらけじゃない!?」
リューリアは、自分の前に出来た行列を見て憤慨する。
通常は1時間に5人も来れば多いくらいだが、リューリア担当の時間になると急に百人ほどが列を作った。
しかも若い独身男性ばかり。
「むぅ……仕方ないし、ちゃんとやるけど!」
ぷくっと頬を膨らませたリューリアに、並んだ男達の頬も緩む。
医神に仕えるヒーラーの手当ては文字通りの手当て。
傷口に手をそえて、神に祈って治す。
合法的にリューリアに触って貰えるとあって、同じことを考えた男どもが大勢いたのであった。
だが、手際よく治す――何故かカミソリで切ったような綺麗な傷ばかりだったが――リューリアの前に、不届き者が現れた。
「こ、股間を蛇にかまれ……!」
千載一遇の機会に暴走した若い冒険者は、最後まで告げることなく百人の冒険者に囲まれてボコボコにされた。
リューリアが止める間もなく始まった制裁は一瞬で終わる。
そっと目を開いたクォーターエルフの美少女ヒーラーは断言した。
「これは重傷ね、わたしの手には負えないわ……」
間抜けな若者は奥に運ばれ、勤続四十年のベテランヒーラーの治療を受けることになった。
本日唯一の重傷者を見送ったリューリアは、元気一杯で殴りかかった若者達に向けて告げた。
「あなた達も、そんな元気があるならさっさと団に戻って貢献しなさい! わたし、強い男性が好きよ?」
百人の若手冒険者は、手に手に武器を取り一斉に走り出す。
今年のギルド対抗戦は、かつてない盛り上がりを見せるのであった。




