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206


 深夜のセダーン城炎上は、直ちに各地へと伝わった。

 専属の密偵を常駐させている国もあれば、懇意の商人が報せてくれた国もある。


 連絡球の通信リレーにより、馬の百倍の速度で大陸各地へ情報がもたらされるのだ。


 ミケドニアの帝都にいたバルハルトも、至急と言われ城へ呼び出された。

「ブルゴーニュ公領で異変あり」との伝令を確認したバルハルトは、膝を叩いて唸った。


「あの男、やりおったか!」



 そしてその男、アドラーは崩壊した城壁を抜けて出てくる。

 バシウムの炎は木組みを焼き尽くし、石材からは水分を奪い急激に劣化させた。

 続いて放たれたブランカのドラゴンブレスは、右から左に薙ぎ払って城壁の六割を消滅させた。


「こ、ここまでしなくとも……良かったかな?」

 余りの威力に、アドラーも驚いていた。


 爆発の余波や破片は、ミュスレアの絶対障壁(ファランクス)が防ぐ。

 アドラーはもちろん、助け出した奴隷少女達にも怪我一つない。


 戦女神(アテナ)の加護を操るミュスレアに、リヴァンナが羨ましそうに一声かけた。


「凄いのね、貴女。アドラー隊長と並んで戦える力なんて」

「えっ? そんな、わたしなんてまだまだ。アドラーが本気出すと、わたしなんて……」


 謙遜しながらも、ミュスレアの頬が緩む。

 長女は、演技や隠し事が出来るタイプではなかった。

 その代わりに、嫌味ではなく本気でリヴァンナを褒める。


「けどリヴァンナ、あなたのお陰でほとんど敵に会わずに済んだわ」


 ネクロマンサーは、素直にありがとうと答える。

 リヴァンナが呼び出した三百体の死霊は、完全なコントロールの下で、城内の兵士を翻弄しアドラー達から遠ざけていた。


 城外の暗闇の中から、殊勲の二人が一直線に駆け出てくる。


「だんちょー!」

「たいちょー!」


 ブランカとバシウムの順に、二人はアドラーに飛びついた。


「よくやった、強いぞ、偉いぞ」

 アドラーは両手を使って二つの頭を撫でる。

 もっと褒めろと言いたげに頭を差し出したブランカが、足りない匂いに気付く。


「あれ? キャルルは?」

「キャルルは、一人で騎士団の相手をしてる。今から迎えに行ってくる、だからちょっと待っててな」


 素直に返事をした二人は、もう今夜の力は使い切っていた、一歩だけ離れる。

 それと同時にアドラーは、命令を出す。


「ダルタス」

「はっ!」

「ここで守れ、何が来ても食い止めろ。死守だ」

「おおっ! 喜んで!」


 兜を割る機会がほとんどなかったオークは、ようやく貰った死守命令に勇み立った。


「イグアサウリオ」

「うむ、なんじゃ」

「全員を引き連れて北上、森超えの準備を」

「よし承知した」


 アドラー達は、アルデンヌの森を越える。

 騎兵が追ってこれず、迂闊に踏み込めば数千人の部隊でも森に飲まれる。

 だがアドラーには超える自信があった。

 そのための装備も、ロシャンボーから貰った金貨3千枚で整えていた。


 一緒に行きたそうにうずうずしていたブランカが、ふと自分の背中に気付いた。


「だんちょー、これ」と、背負っていた剣をアドラーに差し出す。

 アドラーは、エルフの宝剣を受け取った。

 キャルルの愛剣である。


「必ず届けるからな」

 アドラーの言葉に、竜の子は笑顔を返す。

 もちろん髪の毛ほどの心配もしていない。


 エルフの宝剣を背中に縛ったアドラーは、セダーン城に向き直ると加速した。

 振り返ることもなく、己の持つ強化を全開にして崩れた城を足場に屋上まで駆け上がる。


「あっ……!」

 付いていこうとしたリヴァンナが、三歩だけ進んで止まる。

 アドラーが速すぎたからでなく、隣のミュスレアが一歩も動かずに見送ったから。


「どうして?」と言いたげに、リヴァンナは白いエルフを見る。

 視線に気付いたミュスレアは、強がりでも優越感でもなく、当たり前のように答えた。


「うちの弟は、アドラーが助けてくれるわ。今は、ここの二十人以上を守ってあげないとね」


 これまで自分の気持ちを優先して、レイスをアドラーの寝床に送り込んだりしていた、リヴァンナは少しだけ下を向いた。

 ダークエルフの女王になるべく生まれた彼女も、互いに支え合うの意味が分かりそうだった。


 しかしリヴァンナは、思考の迷路を彷徨う前に頭を振って集中を維持する。

 ここで気を抜けば、三百体の死霊が制御を失ってしまう、女のプライドに賭けてそれだけは許せなかった。


 ――セダーン城の屋上に建てられた小さな塔。

 追われるキャルルとバスティは、そこへ逃げ込んでいた。


「変な塔、入り口が窓しかない」

「下に続く階段もないにゃ! どうするにゃ?」


 少年と猫の逃げ道は限られた、だがキャルルは平気な顔。


「上へ行こう。先っぽに掴まってれば良いよ」

「それじゃ追い詰められるにゃが?」

「別に良いよ、ボクの役目は捕まって人質にならないこと。それだけを避ければ、残りは兄ちゃんが何とかしてくれる! 絶対にね!」


 キャルルには分かっていた。

 塔の外には百人以上の騎士が集まっていたが、必ず助けが来ると。

 足を引っ張らないようにさえすれば、キャルルが憧れる男がやってくる。


 真っ暗な塔をつま先で確かめながら上がると、螺旋階段の上は居室になっていた。


「お邪魔しまーす」と声には出したが、キャルルにもバスティにも誰も居ないと分かっていた。

 鋭敏な二人が何の気配も感じなかったのだ。


「部屋だ」

「部屋だにゃ!」


 ベッドも机も本棚もある一人用の部屋である。

 これ幸いにと、キャルルは武器を探し始めた。


「何かないかなあ。弓や剣でなくとも、紐と石でも良いだけどなあ」

 スリングショットは森で育ったキャルルの得意技。

 多くの鳥が的になり、少年の腹に収まった。


 ごそごそと家探しするキャルルとバスティの後ろから、声がした。


「これ、何やら物騒なものを探しておるな。いったい何事じゃ?」

「うーんと、ちょっと追われてるんだよね、騎士団とやらに。だから時間稼ぎの武器を……って、誰?」


 余りに落ち着いた低い声に、キャルルは普通に返事をした。

 それから驚いて振り返ると、誰も居なかったはずのベッドに白髪の老人が居た。


「じいちゃん、何時から居たの!? 今入ってきた?」

 目を丸くして尋ねた少年に、老人は白い髭を撫でながら楽しそうに教えた。


「わしはずっと寝ておったぞ? まあ少し気配を消してたがな」

「へぇー、すっごい! うちの兄ちゃんより凄いや!」


 キャルルは、突然現れた老人に興味津々だった。

 だがバスティの方は、驚くと同時に毛を逆立てていた。


 仮にも”猫と冒険の女神”の末妹、地上の魔法で神の目を欺くのは不可能。

 気配を消すなどと簡単に言うが、そんな事はアドラーでも出来ない。


「ふっー!」と威嚇するバスティに目を向けた老人は、寝台に起こしていた上半身を僅かに前に倒して挨拶した。


「これは女神様、このようなむさ苦しい所へようこそ。歓迎いたしたいのですが、何分手元には何もありませんでな」

「んにゃ!? もうバレた!!」


 少年と女神は、謎の老人を前に動けないでいた。

 脅すわけでも睨むわけでもなく、ただどこかに力を入れようとすると先読みされる、不思議な感覚に襲われていた。


「ほうほう、そう緊張しなくても良いぞ。何があった? 聞かせてくれぬか。何分、他人と話すのも二年ぶりでのう」


 老人から話が振られ、ようやくキャルルは金縛りが解けたように口を開く。

 少年の直感は、悪い人ではないと受け取っていた。

 それと、アドラーに匹敵するほどに強い者だとの感覚も。


 日付は変わり、ギルド対抗戦が始まるまであと七日の出来事だった。

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