表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

204/214

204


「リュー姉、くすぐったい」

「我慢なさい」


 ご機嫌なリューリアが鼻歌交じりでキャルルを洗う。

 両膝立ちで弟の髪から長い耳の裏をごしごしと。

 先日も風呂に入ったキャルルは垢も少なく、次女は満足していた。

 三十分で金貨1枚は取れるサービスを受けながら、キャルルは我慢する。


「余りべたべたしないでくれる」と言っても良いが、それでは姉が悲しむ。


 もっと小さな頃に、長女のミュスレアと比べてリューリアに酷いことを言ったことがあった。

「大きい姉ちゃんは好きだけど、小さい姉ちゃんは嫌い」と。


 歳が近いのに子供扱いする次女への反発だったが、効果は大きすぎた。

 大粒の涙が溢れたリューリアは、ミュスレアの胸に飛び込むと大声で泣き出したのだ。


 同じく悲しくなったキャルルが泣きながら「今のはうそ、リューねえも好き」と飛びつくまで騒ぎは収まらなかった。


 以降、キャルルは「ばか。ぶす。うざい」とは言っても「嫌い」と言うことはなくなった。

 構おうとする姉を無理に押しのけるのも諦めた。

 姉のしたいようにさせる、自分がちょっと我慢してれば良いと分かったのだ。


「……まあ別に、不幸ではないんだけど」と思いながら、キャルルは姉の手から早めに逃げ出した。


「あとは自分で洗うから!」と嘘を付いて湯船に飛び込む。

 手が空いたリューリアは、やれやれと言ってから他の子の面倒をみようと立ち上がった。


 風呂に追い立てられた女の子の誰もが、親や環境に恵まれないか、または強引に連れてこられたもの。

 年長のリューリアが世話してくれるとあって、子供らは嬉しそうに寄ってくる。


 その様子を、城下で娼館を経営する遣り手婆どもが見つめる。

「どうもおかしいね」

「ああ変だね。この子ら、希望を持っているよ」


 気付いた婆たちは、皺だらけの額を寄せて会議をする。

 雇い主のブルゴーニュ公ウードに報せるべきか、長い世渡りの嗅覚を働かせる。


 ババアどもには、希望の原因が分かる。

 守るように子供らの世話をするリューリアと、女の子の裸からは目をそらして湯に浸かるキャルルだ。


 この上玉な姉弟の目が死んでいない、それどころか生命力に溢れ、絶対の自信が満ちている。

 ババアどもはひそひそと会話を交わす。


「これは何かあるね」

「あたしゃ揉め事はごめんだよ」

「……ご報告を申し上げるかい?」


 密談を続ける遣り手婆の横を、キャルルがこっそり通り抜けた。

 ババアの一人が気付いて手を伸ばす。


「これお待ち! あんたは城主様がご所望だよ!」

「知るか、くそばばぁ!」


 年寄りに捕まるキャルルではない。

 するりと手をかわして飛び出した所で閃き、立ち止まった。

 脱衣所で余裕を持って辺りを見回し、屋根に潜む黒猫を見つけると、キャルルは手信号を送る。


 ようやく遣り手婆が追いつき、少年を捕まえる。

「やれやれ、すばしっこい子だねえ。けどその元気も何時まで続くかねぇ……城主様は恐ろしいお方だよ」


 脅しの台詞も、キャルルの長い耳には右から左。

 この城のボスは「ボクが倒す!」と、キャルルは心に秘めていた……。


 そしてアドラー達は、八人で城を包囲していた。

 緊急事があれば、忍び込んだバスティが報せる。

 城内の配置も、バスティを経由してアドラーの下に届いていた。


 ミュスレア、ダルタス、マレフィカ、ブランカ、イグアサウリオ、バシウム、そしてリヴァンナ。


 一騎当千の冒険者が合計八人、城内の兵士は八百ほどだが、騎士団が常駐していた。

 金羊毛騎士団(トワゾンドール)、ブルゴーニュ公に仕える大陸三大騎士団の一つ。

 アドラーも名前だけは知っている。


「大陸最強の騎士団らしいが……城内では馬に乗れない。出会い頭にたたっ斬る。目標は地下倉庫、ここにリューリアとキャルルを含めて二十五人が囚われている。突入は、俺とミュスレアとダルタスとリヴァンナ。残りは所定の位置、マレフィカの合図で陽動を開始してくれ」


 全員がしっかりと頷いた。

 守りが堅い、特に魔法が張り巡らされた城塞を、一瞬とはいえ麻痺させる必要があった。


 まずは東にブランカ、西にバシウムとイグアサウリオが散る。

 マレフィカがほうきに乗って城の上空へ、そしてアドラー達は南から攻める。


 オークのダルタスが斧を振り上げ言った。

「やれやれ、結局は力攻めか」


 心外だとアドラーは言い返す。

「綿密な作戦だ! 三点同時攻撃だぞ!」


 ミュスレアも槍を構えてダルタスに味方した。

「けど、南門はこじ開けるんでしょ?」

「まあ、それはそうだけど……」


 何時もの三人が、今日は中央にリヴァンナを囲って歩き出す。

 作戦の成否は、彼女のネクロマンサーの力にかかっていた。


「緊張しないで。駄目なら駄目でなんとかするから」

「うん。頑張る」


 争奪戦は一旦忘れて、ミュスレアがリヴァンナに声をかけた。

 急に仲良くなった二人を見て、アドラーは一つ安心する。

 そろそろ、原因が自分ではないかと気付いていたのだ。


 巨大な城を包囲した八人は、上空のマレフィカを経由して連絡を取り合い、そしてタイミングを図る。


 丁度その時、城主のウードがキャルルの腕を引き寄せ、寝台に投げ込もうとしていた。

 このウード、戦に出たことはないが膂力は強かった。

 これまでに何度も、ベッドで女の手足を引きちぎってしまう程に。


 そして「やれ」と、アドラーが命じた。


 祖竜のブランカと灼熱の魔法使いバシウムの一撃が、城を東西から襲う。

 一瞬にして城を守るクリスタルが二つ砕けて溶けた。


 南からは声を一つも立てずにアドラー達が殴り込む。

 城門は、オークの斧が三回振るわれたところで破壊された。


「爆発だっ!」

「て、敵襲!?」

「火が、火が出たぞ!!」


 城内は一瞬で恐慌に陥り、最初の一撃に合わせて反撃したキャルルが、ウードの股間を蹴り上げていた。


 金羊毛騎士団(トワゾンドール)の動きは流石に早い。

 直ぐにウードの下に駆けつけ、扉を跳ね開ける。


「ウード様、異変です! 東西より魔法攻撃、防御が一瞬で吹き飛びました! って、あれ?」


 騎士が見たのは、股間を抑えて床にうずくまる主君と、その顔をもう一発蹴り上げた美少女の姿だった。


「貴様! 間諜か!? 幼き少女を送り込むなど卑劣な……!」

 騎士は素早く剣を抜いたが、その前に美少女が脇を駆け抜ける。

「ボクは、男だよっ!」と捨て台詞を残して。


 城内では騎士団とキャルルの追いかけっこが始まる。

 だが薄い絹の服一枚をまとったエルフの少年が、重装備の騎士に捕まるはずがない。


 それと同時に、南壁にあった3つ目のクリスタルまで砕かれる。

 侵入したアドラー達があっさりと攻略していた。


「こうなれば、私の魔法が通じるのよねー」

 上空のマレフィカが、城の魔法制御室に介入し、全ての通信と探知を落とす。


 城内に侵入した全ての敵を、机上のガラスに投影する最新の魔法防御がダウンした。

 再起動までは僅かに数分だったが、再び映ったガラスを見た魔法制御室の魔術師達は驚愕する。


 城内のあらゆる場所から、敵の反応が出ていた。

 その数は三百を超える。


 集中を解いたリヴァンナが報告する。

「やったよ、アドラー」

「よくやった、リヴァンナ」


 褒められたダークエルフの娘は、普段の無表情を脱ぎ捨てとろける顔になった。

 一瞬眉毛が三角になったミュスレアもここは抑える。

 敵地で喧嘩するほど常識知らずではない。


 レイスにファントムにグールにマミー、城内と周辺からありったけの死霊をネクロマンサーは集めていた。

 現れたアンデッドは、魔法の探知にかかり反応を出す。


 情報と統制を失った城は、本来の防御力の一割も発揮できず、アドラー達はやすやすと地下倉庫へ辿り着く。


 再び扉をオークの斧が切り裂くと、そこにはリューリアを中心に二十四人の瞳があった。

 有翼族の一家もいるが、ほとんどは年端もいかない各種族の少女。

 アドラーは、作戦を変えたことが正しかったと確信した。


「お兄ちゃん!」と、リューリアが勢いよく飛びつく。

 姉のミュスレアも、三百の死霊を操るリヴァンナもこれは止められない。


「リュー、無事か? 無事だな?」

 妹分の頭を撫でたアドラーが、他の二十三人に向き直る。


「自分はアドラー・エイベルデイン。生まれはアドラクティア、今はライデンの小さなギルドの団長。今から君たちを助け出す。この先の事も心配しなくていい、だから俺を信じてくれ。アドラー団長だ、頼むぞみんな」


 それからアドラーは、全員に強化魔法をかけた。

 全開とはいかなくても、走れるだけの力は宿る。


「さあ、行くぞ!」と先頭に立ったアドラーの裾を、リューリアが引っ張った。


「ん、どうした?」

「あのね、キャルルがどっかいっちゃった」


 リューリアは慌てることなく告げた。

 ただしアドラー達は慌てた。


 少しだけ混乱しかけた大人達を見て、次女は大きな声ではっきりと言った。


「大丈夫よ、あの子はあれで強くなってるから! なんたってわたしの弟だもの!」


 今、キャルルのことを一番信用しているのは、一番近くで一番長く見てきた姉だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ