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僕が将来魔王にならないとどうやら世界は滅亡するようです  作者: 猫宮蒼
二章 チュートリアルなんてなかった

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その腕の先



 四階の掃除を終えて、とりあえずある程度ごみを集めた後残りは階段から下へ落としながら移動しようか、となって。


「なんつーかさ、汚れてないわけじゃないけど掃除するほどでもなくないか?」

 階段を数段下りてから、レイがそんなことを言い出した。

「上の階はそこまで使ってないのかもしれない。下の階とかじゃないかな、汚れてるとしたら」

 ヴァンと同じような事言ってら、とか思いながら返せばそういうもんかね、とレイは半分納得したような顔で前に向き直りそのまま階段を下りていく。

 その次にイルミナ、ヴァン、イアと続いて下りていって、ふとウェズンはルシアが動こうとしていない事に気付いた。


「ルシア? どうかしたか?」

「あ、あぁ、いや。なんでもないんだ」


 廊下の先をじっと見ていたルシアは声をかけられて慌ててウェズンへと視線を向ける。そうか? と言いながらも深く突っ込めるような感じでもなかったので、先に行ってるぞと言って階段を下りていく。

 それを見たルシアは、今なら……とふと思った。

 今なら、ちょっと手を伸ばしてその背中をトンと押すだけで。

 もしかしたら。


 困ったことにこの旧寮の階段はそれなりの長さがあった。そのせいで四階まで来るだけでルシアからすれば馬鹿みたいに疲れたわけだが、逆に考えてみればこれだけの長さの階段だ。ここから落ちたらタダじゃ済まない。ゴロゴロと転がって落ちていって、当たり所が悪ければもしかしたら。


 もしかしたら、死ぬんじゃないのか……?



 隙を見て殺すつもりではあった。

 けれども、困ったことに中々隙がない。

 それ以前に一緒に行動するような事がなさすぎた。

 不自然に付きまとえば相手が何を思うか。余計な警戒はされたくない。

 せめて近くにいてもおかしくないと思えるように、学外授業での組み合わせで妹であるイアと一緒になった事もあってか、そのまま妹の友人枠に収まって、そうしてしれっとターゲットの近くにいても何らおかしくない状況に持ち込む事はできた。

 しれっと親友を自称する奴が現れたのはどうかと思うが。


 言った者勝ちなら、自分もそうしていれば良かっただろうか。いや、恐らくそうじゃない。何か、ルシアの知らない何かがあったはずだ。だからこそ、ヴァンはあいつの親友を名乗っている。

 何かがあったわけでもないうちからルシアが親友だなんて言えば、白々しい事この上ないだろう。


 イアと一緒にいても不自然じゃない程度にはなった。

 そのついでとばかりにこうして今回、本来の標的と共に行動する機会が巡って来た。

 常に近くにいられるわけじゃないけれど、それでもチャンスがないわけじゃないのだ。


 現に今。

 彼は無防備に背中をこちらに向けている。


 少し強めに押せば。

 きっとバランスを崩してそのまま落ちていく。


 けれど、更に下には他のやつらもいる。

 もし即死していなければ、助けられる可能性は高い。


 たまたま手が当たってしまって、だとかの言い訳で通用するとは思う。自分が足をもつれさせて、転びそうになって、咄嗟に目の前にあったその背中に掴まろうとして――言い訳としてはこれ以上ない程にありがちだ。不自然さはない、と思う。だから、もし失敗しても。

 ここで自分がどうにかなる事はない、はずだ。

 突き落とした後は申し訳なさそうな顔をして、謝罪を繰り返して、彼の無事を望めば。

 そうすれば、まさか殺そうとしていたなんて思われるはずはない。


 少し距離があいてしまったから、近づくためにルシアも階段を下りはじめる。そうして手を伸ばせば目の前の背中に簡単に手が届くくらいの距離を維持して、ゆっくりと腕を伸ばす。


 ドクン、ドクンと普段は気にする程でもない自分の鼓動の音がやけにうるさく感じられる。もしかしてこの音、聞こえてるんじゃないだろうか。そんな風に思いながらも、殺気だとかを感じ取られないように注意してその背に触れるだろう指先に意識を集中させる。

 弱すぎたらいけない。強すぎても後から突き飛ばされたなんて思われるのでそれもよろしくない。

 あくまでも、不幸な事故として処理したい。だからこそ、力加減には気をつけなければならないはずで。


 視界に映るウェズンの背中が、やけにぶれて見える。眼球が痙攣でもしているかのようだった。

 口の中がやけに渇く。


 大丈夫。大丈夫なはずだ。

 このままいけば、きっとうまくいく。


 でも――


(本当に?)


 問題はないはずなのに、それでもふと脳裏になんとも言えない不安がよぎった。

 成功してもし彼が死ねば。

 不幸な事故として仲間を殺す事になってしまった一生徒としてこれからこの学園でやっていけるとは思う。どうせ勇者と殺しあうのだから、今更仲間の一人や二人手違いで殺したとして、そこまで糾弾されるような事はないだろう。失敗したとしても、生きているなら彼に謝罪をして本当に申し訳なさそうにしていれば、今回の件についてそこまで思われる事もないだろう。当面の間背後に自分が立つ事に警戒されるかもしれないが、別に殺すだけなら背後からじゃなくたってやりようはいくらでもある。


 ここで成功しても失敗してもルシアの今後にそこまで大きな違いはない。

 成功すればそれで良し。失敗しても次の機会が完全に失われるわけではない。


 そうだ。気軽にチャレンジするくらいのノリでやっていいはずなのに。



 けれども、では、何故こうまで嫌な予感がしているのだろう。


「まどろっこしいな。やるならやっちまえよ」

「え?」


 その声は、まるでルシアの内心を見透かしたかのようで、そして耳元から聞こえた。

 咄嗟に振り返ってみる。背後からルシアの耳元で囁くようにして聞こえたそれ。

 であれば、背後に誰かがいるはずだ。けれども、掃除して下の階に下りようという時に他に誰かがいたはずはない。


「ん? どうかしたの、かっ!?」

「ウェズン!?」


 耳元で聞こえた声に思わずルシアが出した声に、ウェズンが何事かと振り返ろうとした――その矢先、まるで誰かに押されたかのようにウェズンの身体が前へと倒れていく。ふわ、とウェズンの足が階段から離れて浮いてそうして下へと――


「っぶねー!?」


 落下はしなかった。咄嗟に手すりを掴んだので。


「ルシア! よけろ!!」

 そうして振り返った先、ルシアを視界におさめたウェズンはほとんど反射的に叫んでいた。

「えっ? えっ!?」

 何がなんだかわからなかったけれど、何かが起きている。それだけは理解して、ルシアはほとんど反射的に横に移動しようとして――できなかった。

「わっ!?」

 背後から、先程自分がウェズンにしようとしたようにその背を押されたのだ。それも結構な勢いで。手すりを掴もうにも指先は手すりをかすめただけで掴むまでに至らず、身体はふわりとした浮遊感の次に下へ引っ張られるように落ちていく。


「くっ……!」


 そのまま落下してぶつかったら次は階段を転がり落ちていくのだろうな、とどこか漠然とそう思っていたが、ウェズンが咄嗟に伸ばした腕でルシアを抱え支えたので落下はしなかった。みしり、と手すりが軋んだ音をたてる。


「なんだ、落ちなかったかつまんね」

「……何者だ?」


 ぎりっと、それこそ人を視線で殺せるのではないかというくらい強く睨んだウェズンの表情に、ルシアの心臓がキュッと縮こまるのを感じた。落ちかけたルシアを支えている片腕が、ルシアの腹部を圧迫しているもののなんというか安定感が凄い。自分だって落ちかけたのに、更にそこからルシアを支えているというのに。ルシアは思わずウェズンの肩あたりを掴んでしがみついているというのに、ウェズンはもう片方の手で手すりを掴んだまま振り返るようにして見上げている。先程までルシアがいた場所を。


 ルシアも恐る恐る振り返ってみた。


 誰かがいるはずもない、そう思っていたのにそこには一人の男が立っていた。

 若干逆光になっていて見づらいが、それでもそこにいるのは確かだった。幻だとかではない。


 長身で、一目で鍛えられているというのがわかる身体つき。

 元からなのか日に焼けているのかはわからないが、褐色の肌に燃えるような赤い髪。短いその髪は立てられていて、数センチとはいえ長身にプラスされているからか、変に迫力があった。

 金色の目は冷めきったようにこちらを見下ろしている。


 男はこちらを突き落とそうとした事を隠しもしないまま、片腕を前に突き出した状態だった。


 ルシアもウェズンが落ちかけた時に手を少しばかり伸ばしていたが、しかしウェズンはルシアが突き落とそうとしたとは思っていなかった。何せ多少距離があった。

 ルシアが突き落とそうとしたなら、もっと前に伸ばされているはずだし、突き飛ばした後即座にひっこめたところを自分が振り返りざまに見たにしてもだとしたらルシアの反応がおかしい。


 それに、ウェズンは見たのだ。

 自分が突き落とされかけて、手すりに掴まり咄嗟に振り返り見た光景を。

 その時には既にルシアの後ろに奴がいた。

 どちらかといえば、ルシアは助けを求めるように手を差し伸ばしたと言った方がまだしっくりくる。


「何者、ねぇ……?

 なんだ知らないのか。あ、あー、新入生。ふーん?」


 伸ばした腕を引っ込めて、そのまま頭を掻きながらだるそうに言う男ではあったが、その目はまるで獲物でも見つけたようだ。口角が僅かに上がり、そうして一歩、階段に足を踏み出し――


「じゃあおもちゃって事だよなぁ!」


 ダンッ! と踏み込んだと思った矢先、男は一気にこちらへ距離を詰めてきた。


「ひっ!?」

「ふざけんなよ!?」


 バンッ! と音を立てて魔術が発動する。

 何が何だかわからないルシアは喉のあたりから引きつった悲鳴を上げたが、ウェズンはとにかく男と自分の中間点辺りで風の魔術を発動させた。上手くいけば圧縮された空気に弾き飛ばされてくれるはずだった男はしかし直前で向こうも魔術を発動させたのか、空中で踏みとどまりそのままくるりと身体を回転させて天井付近に浮いて止まった。


「ルシア、ごめんそろそろ自力で体勢戻して」

「あ、ご、ごめ……」

 肩にしがみつくようにしていたルシアであったが、流石にいつまでもしがみついているわけにもいかない。どうにかウェズンから離れて、少し下りてから手すりにしがみついた。


「あいつが何かは?」

「し、知らない……」

「そうか」


 ウェズンとしてはだろうな、としか思わなかった。

 ルシアが知らない振りをしている可能性も一瞬考えたが、あの男はルシアも突き落とそうとしていた。自分が危険な目に遭わされて尚庇うとなると、多分ウェズンにとってはとても面倒で厄介な事にしかなりそうにない。それに先程イアからここで戦闘があると言われたばかりだ。

 もしルシアも敵に回るのであれば、もうちょっと言い方を変えていただろう。


 イア。


 そうだ、あの妹は先程魔術で空気を圧縮させて爆発させるような音をたてたにも関わらず、こちらにやってくる様子もない。

 イルミナはどうかわからないが、レイやヴァンあたりは何事かと引き返してきそうだというのに――



 ドォン!!


 ウェズンの考えを中断するように階下で爆発音が響く。


「あぁ、そうか……!」


 思わず舌打ち混じりに吐き捨てる。

 襲撃者が一人だけなんて事、あるはずがなかったのだ。

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