問題しかない組み合わせ
もしかして女子と一緒になって、ちょっといい雰囲気になったりするんじゃないの~~~~? と胸トキメかせていた男子生徒の想いを打ち砕くかのように、男同士のペアになったものたちからはきったねぇ声が出た。二日酔いのおっさんみたいな声だった。
他のペアと話し合ってお互いのペアを交換、なんて事ができればよかったがペアの変更は認めないとテラが言い出したものだから軽率にブーイングが起きたりもしたが、テラはどこ吹く風であった。
軽い運動程度の散歩。テラの中ではそちらの方が意識が強いのだろう。
じゃあ別に誰と一緒でもいいじゃないか、と思わなくもないのだが、腹ごなし程度の軽い運動をしてから帰る、という一連の流れを想定すると、確かに途中でいい雰囲気になってそこらでイチャイチャされるのもな……という気持ちはわからないでもない。
ここが全く自分と無関係の場所ならともかく、ここはテラの所有する島だ。
いい雰囲気になってキスする程度で済めばいいが、更に盛り上がってそれ以上先の行為に発展されたら。
そういうのを眺める趣味がテラにあるなら、いいぞどんどんやれとか言い出すかもしれないが、そうでなければ人様の土地で盛るなよ……となるのは言うまでもない。
前世、夏の暑い日、自室に入り込んだコバエが鬱陶しくて思わず手でパァン! と叩き潰してみたら二匹重なっていて、交尾しながら飛んでた、という事実に気付いた瞬間、
「人様の部屋ヤリ部屋にしてんじゃねぇぞ虫けら風情がよぉ!!」
となった事のあるウェズンは虫ですらそれなのだから、人間相手だともっと色んな負の感情が出てもおかしくないなと思っている。
友人に勝手にそう自分の部屋が扱われてたらそれはそれでこいつとの付き合いを切ろうと思うだろうし、面識のない他人であればもしもしポリスメン案件待ったなしである。
最初からそういう用途で部屋を使っていいとかならまだしも、そうじゃなかったら間違いなく人間関係ギスるやつ。
テラの性格がもっと陰湿かつ陰険であれば万が一そういう展開に陥った男女、はたまた同性同士がいたとして、娯楽のように楽しんで見物するというよりは弱みを握るために確認するという感じで見る事はあったかもしれないが、生憎とそういう性格ではないので多分間違いなくやらかしたらその場で拳骨とか鉄拳制裁とかそっち方面になる気しかしない。
ウェズンはペアになったクラスメイト達を眺めて、まぁ、大丈夫だろう……と絶対的な安心はできなかったが八割くらいは安心そうだなと思って自分とペアを組む事になった相手を見た。
アクア・リリィ。
少し前にイアがフィンノール学院へ潜り込んできたわけだが、何故か同日に同じく見学という名目で学院に乗り込んだ少女である。
挙句その後学院の近所を根城にしているらしき盗賊たちをブチ倒し、そいつらをよりにもよって要塞の材料としてぶち込んだ女でもある。
イアからその話を聞かなければ、ウェズンはきっとそんな物騒な事をやらかしたなんて知らないまま、アクアの事をおとなしいだけの少女だと思って疑わなかっただろう。
けれどもそんなエピソードを聞かされてしまえば、口数の少ない大人しい少女である、という認識だけで終わるはずもない。
物騒なやらかしを知ってしまったために、ウェズンの中でアクアの事をどういう扱いをするべきなのか……というのがいまいちわからない。
いや、普通でいいだろとは思うのだが。
だがしかし普通ってなんだっけ? となってしまうのである。
自分の普通が相手の普通とは限らない、というのもある。
「一応この島魔物はいないけどな、動物はそこそこいるから気をつけろよ。率先して襲ってくるような凶暴かつ獰猛なのはいないけど、それでも驚かしてくるくらいの事はするかもしれん。ま、肝試しだ。そういった動物の行動に怪我をしない程度に楽しんで帰れよ」
ペアを組み終わった事を確認したテラがそんな風に言ってくる。
肝試しって言っておきながら別に脅かし役とかそういうのはいないらしい。
いや、いても困るのだが。どこから用意した、という突っ込みをする事になるだろうし……仮に学園の他の教師が潜んで脅かしますよ、とかだった場合でも、先生方暇なんですか……? とうんざりした顔をしながら問いかけるに違いないのだ。
動物相手なら余程向こうが襲い掛かってこない限り、こちらも手出しはしない方がいいだろう。
精々暗がりから光る目とかに驚いたりだとか、少し離れたところから横切られて今何かいた!? と驚いたりするくらいだろうか。
テラの言葉からクマのような明らかに遭遇したらマズイのはいないと思いたいが、しかしテラなのでどこまで信用していいのかわからない。
もういっそ全員でテラの別荘とやらを目指した方がいいのではないか……と思うのだが、別荘にあるらしき転移方陣は一度に全員を学園に送り返す事はできないらしく、だからこその人数制限なのだとか。
いや別に、全員で行って向こうで順番待ちしとけばいいじゃん……と内心で思わないでもなかったが言ったら言ったでテラに有無を言わさず出発を促されそうだったのでウェズンはきゅっと口を閉じた。
何せ今しがたまさに思ったことを別の生徒が口にしてテラに「つべこべ言ってんじゃねぇ」と軽くではあるが叩かれていたので。
ここからだと正直よくわからないが、森の中は一応道があるらしいので、それに沿って移動すればテラの別荘にたどり着くらしい。明るいうちならともかくペアを決めたあたりから暗くなり海の向こうに沈んだであろう太陽があったあたりだけがまだ若干の明るさを残しているような状態で、ウェズンたちの頭上の空はすっかり暗くなっている。星が輝いているとはいえ、それだけで明かりになるかと言われれば微妙であった。
順番に、ペアができた生徒たちが別荘へ向かって出発していく。
ウェズンたちの順番はまだなので、その間ぼーっと残されているペアを眺めた。
ルシアはレイとペアになったようだ。まだ出発してすらいないのに、この暗さに慄いているのかレイの腕にしがみつくようにして、絶対置いていくなよ!? などとのたまっている。
対するレイも鬱陶しいなという表情を隠しもせず、しかし腕は振り払わなかった。学園に戻ったらまたルシアは魔法陣を延々描かなきゃならないので、下手に怪我をさせるのもな……とでも思っているのかもしれない。まぁ、ちょっとした怪我なら魔法で治せるのだが。
「お前の顔見てると脳内バグりそうになるんだよな……」
なんてレイの呟きが聞こえた。
気持ちはわかる。
ルシアはその顔だけを見れば誰もが美少女と断言するようなツラなので。
そんな顔面が怖いから絶対一人にしないでとか言えば、まぁ、数名グラついてるのも仕方ないと思うのだ。
どうしてペア交換はできないんだ……! とか悔やんだ男子生徒の声が聞こえたが、お前が仮にペアを交換しても結局野郎である事にかわりはないぞ……とやはり声に出さずウェズンは思っていた。
どちらかと言えば、イアとイルミナがペアになっているので交換したいとのたまうなら女子同士のところを見て羨むべきではないのだろうか……などともウェズンは思ったが、イアは割と誰にでもフレンドリーな態度であるけれどワンチャン恋愛を狙ってる野郎からすればあれは対象外なのだろう。
イルミナは……黙っていれば美人なのでそういうのを狙っている野郎からすれば期待ができそうだが、いかんせん彼女の普段の態度は案外そっけない。塩といってもいい。本人はわざとではなく、普通の対応をしていると思っているようだが魔術のお手本だとかを見せたりするウェズンとそれ以外を比べるとそれなりの差があるのは否定できなかった。
まぁ、ウェズンに対する態度といっても周囲に人がいる時にいかにも懐いています、という雰囲気や態度は出ていない。精々会話をする時に必要最低限で終わる周囲と比べたら一言二言雑談も混じってるかな……? といった程度だ。
ヴァンは他の男子生徒とペアを組む事になったらしい。
というかだ。
男女ペアになってる生徒の方がむしろ少ないまである。
それもあってか、女生徒とペアになってる者への恨みがましい視線がそこかしこから向けられている。それはウェズンも例外ではなかった。
いやあの、交代が許されるならしたけど……? と言いたいが、下手なことを言ってアクアにわたしの事キライ……? とか涙目で言われようものなら一瞬でウェズンだけが悪者になるので言わないけれど。
別段自分たちの番が来るまでの間にアクアとの会話が弾むでもなく、ただただ無言のまま待機する事しばし。
ようやくウェズンたちの順番がきた頃には、まだ出発もしていないというのに何故だか既に疲れていた。




