表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕が将来魔王にならないとどうやら世界は滅亡するようです  作者: 猫宮蒼
三章 習うより慣れろ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

113/471

狭い世間の片隅で



「一体いつから……!?」


 その言葉はほとんど無意識に漏れ出たのだろう。レイは自分でそう言いながら、その声にハッとして思わずといった感じでウェズンへと振り返った。


「見たところ、木に刺さってるっていうよりは木の中に埋まってた、って感じするよね」


 そう言われてレイは再び洞を見る。


「言われてみれば……前の時よりも大きくなってるな……何かの拍子に崩れて出てきた……って事か……!?」


 いや知らんけど。とはウェズンは流石に口に出さなかった。


 そもそも神の楔がどのようにして現れたかは知らないからだ。ウェズンがこの世界に生まれ落ちた時にはとっくのとうに神の楔は各地に存在していたのだから。空から降ってきて大地に突き刺さった、というのが多分一般的な想像だと思われるけれど、ある日ふと気づいたら既にそこにあった、なんていう可能性だってある。

 やらかしたのが神である、というのがわかっているからこそ、神がやらかしたのであれば大抵の事はあり得る事として受け入れ、いや、受け流してしまうだろう。


 思い出補正があるにしても、レイはまだ当時小さな子供であった。自分とそう変わらない大きさの友人と二人、洞の中に入り込んで雨水に当たらないようにしたりだとか、それこそあの嵐の時だってどうにかここまで登ってきて、そっと二人身を隠したのだ。あの時は二人が入っただけでギュウギュウだった。

 荒れる海。荒れた川。上がった水位。下を見れば海なのか川なのかもうわからないがともかく濁流があって。いくら泳ぐのが得意であってもあんな所に落ちたなら……そんなもしもを想像して、レイも友人も二人してそっとお互い寄り添うようにこの洞で天気が落ち着くのをただひたすら待っていた。


 小さな子供二人が入るのがやっと、くらいの大きさだった洞はしかし今、神の楔が姿を見せている事もあるが、どう見ても子供二人が入っても余裕がありそうなくらい広がっている。今のレイなら全身すっぽり入る事はできないだろうけれど、身体の半分くらいならどうにか入れるのではないか……? そう思えるくらいにはなっていた。


「……何かよくわかんないけど、神の楔があるって事はこの島から他の場所に転移可能なわけだよね」


 帰りは船に乗らなくてもいいんじゃないかな、とか一瞬ふと思ってしまったウェズンだが、それよりも重要な事は。


「レイの友人とやら、その楔で島から脱出したとかない?」


 可能性としてはとても有り得るが、それにしたってこの神の楔がいつ現れたかにもよる。レイがこの島から離れた直後にはなかったのだろう。

 レイの話を思い返す。

 雨や荒れた海の波、上昇した水位。色々と危険を感じてとにかく高い場所へ避難したと言っていたような……とウェズンは思い返して、それから改めて洞を見る。

 多分ここに逃げ込んだのだろう。レイの反応含めて考えれば、それくらいは想像がつく。

 何がどうしてそうなったのかはわからないが、ともあれレイはここから落ちた。

 ちら、と下へ視線を向ければ随分と地上が遠く感じる。普通なら死んでる高さ。少なくともウェズンの前世の世界での人間なら、余程の奇跡でも起きない限りは落ちても助からないだろう。

 この下をなんだかすごい勢いで濁流が荒れ狂っていた、と言われても正直ピンとくるようなこないような……というのがウェズンの正直な感想だ。


 想像できないわけではないが、なんというかその想像はもしかしたら大分マイルドというかソフトなのではないか。実際はきっともっと酷かったのではないか、どうしてもそう思えてしまう。


 というかだ。

 他の木がすっかり覆われるくらいの水がここにあったという時点でどう考えてもヤバイ。

 レイはよく生きていたな……と謎の感動すら覚える。


 とはいえ、ここから落ちて濁流にのみ込まれて、その後どうにか船員に助けられて船室で目を覚ました。

 それがどれくらいの時間が経ったかまでは言われた覚えがないのでウェズンとしても想像するしかないが、嵐がおさまったなら、それなりに時間は経過しているはずだ。

 レイが落ちた直後にいきなり嵐がピタッと止まるだとかはないだろう。そうなっていたらレイだって濁流にのみ込まれた直後に何かこう、自力でどうにかしてそうだし。


 レイの意識が回復するまで、一日からそれ以上経過したと考える。


 そうして無理を言ってもう一度船で島に戻り、最後に友人がいた場所を探し、それでもいなかったのだからそれ以外の場所も探したのだろう。

 だがその時にはまだ神の楔は存在していなかった。あったなら、レイだって友人が脱出できたと判断しただろう。だがそうではなかった。


 そうして島を一通り探して見つけられなかったからこそ、レイは船で島から脱出。友人の生死は不明。今に至る。


 考える。

 神の楔が果たしていつから存在していたのかを。

 もし最初から木の中に埋まっていたのであれば。

 神の楔でここに移動した場合、木の中に出て死ぬのだろうか。

 前世のウェズンが幼い頃に出ていたらしきゲームの中に、何かテレポート失敗して石とか土の中に埋まってキャラロスト、なんてのがあったような気がするけれど、ゲームならその一文で終わるがしかし実際にそうなった場合、さぞ地獄だろうなと思う。

 神の楔が近くにあるならすぐさままた別の場所に転移するようにすれば助かるかもしれないが、身動きもロクに取れず視界も暗く何がなんだかわからないまま、下手をすると呼吸もままならない状況になって冷静に行動できるだろうか。


 とはいえ、神の楔周辺に骨が一緒に埋まってるだとかはないようなので、今しがた想像したものはなかったと考えられる。


「神の楔があるって事は、ここも結界がされてるって事だよな……?」

「瘴気汚染度は低いから島から出られなくなる事はないと思う」


 まだどこか現実を認識しきれていないようなぼんやりとした口調ではあったが、レイがモノリスフィア片手に答えた。


 ウェズンが思ったのはそれとは少し異なっていたが、それもそれで重要というか大事ではあるので特に突っ込む事はしなかった。

 神の楔がいつからあったのか。それによってこの島周辺に巡らされたであろう結界の存在も気にするべき部分ではある。結界は二種類。

 隔絶されるべきものと、瘴気汚染度合によって留められるもの。

 汚染度合によって留められるものはどうにかできるが、最初に存在していた隔絶されるべきものである結界があるなら、そもそもこの島に来ることもできなかっただろう。

 そう考えると、実は結構な昔から存在していたのだ、という結論になるけれど。


 だが、他に人が暮らす土地で未だ隔絶状態の地があるのに、では何故この島の結界は解除されているのか。瘴気汚染度によってはこの島から出る事ができなくなるかもしれないとはいえ、最初からこの島に船で来る事ができない状態ではなかった。つまり、かつての神前試合によってこの島の隔絶結界は解除されていると考えていい。

 優先度合としては低いだろうこの島が、何故。


 豊富な資源だとかがあるにしても、資源があってもそれを確保・回収にくる人材がいなければ話にならない。それに、下手をすれば各国で争いの原因になりかねない。

 隔絶された地を後回しにして資材を確保して、既に隔絶からは解放された土地が富むのであれば、国力に差が出るのはわかり切った話であるのだから。


 何らかの思惑があってこの島の結界が解除された、という結論に行きついたとしてもそれ以上はわかるはずもない。


「この島って他に誰かしら来る感じ?」

「いや、どうだろうな。少なくともここに来るまでに他の誰かが入ったって痕跡はなかったと思うが」


 では、何故。


 この島の資源を目当てに結界を解除、としてもだとしたらもっと人が入った痕跡があってもおかしくないはずだ。けれどもウェズンの目にはそういう感じはしなかったし、レイに確認しても彼もまた他に誰かがこの島にいたという痕跡は見つけられていないらしい。


「他に誰かが来た痕跡がないのはまぁいいとして。出て行った痕跡もないわけだろ。って事は前にレイがここにきてはぐれた友人は神の楔で島を出たと考えるべきだ」

 たった一人で木を切って筏クオリティだろうと船を作って島を出た、そんな可能性もあるけれど幼い子供一人でそれは無謀というか無茶が過ぎる。


 レイが濁流にのみ込まれてはぐれた後、嵐が収まってあふれていた水も徐々に引いて地上に降りた友人がどうにかあちこち島を彷徨っている時に、不幸にも友人を探しに来たレイたちとすれ違って発見されないままレイたちが撤退。その後、洞が広がって神の楔が出現、友人はそれで島を脱出した。

 レイの話を聞いて考えられる可能性としてはそれだ。


 だが、だとすると一つ疑問が生じる。


 神の楔で島を出たとして、だとしても、友人であるレイに今の今まで何の連絡もないという部分だ。


 洞の中から生えているように見える神の楔にレイが手を伸ばし、

「だとしても、なんで……」

 と呟いたのは、恐らくウェズンと同じような考えに至ったからなのだろう。


 レイの態度から、彼の言葉に嘘はない。これが演技である、と思うには無理があった。

 ウェズンにそれを見せる意味がない。そういう人物である、と印象付けるにしてもそれに何の意味があるという話だ。

 死んだかもしれないと思っていた友人が生きている可能性が浮上した事で、レイはどうして連絡がないのか困惑している。生きているとわかったなら、レイならきっと喜ぶのだろう。


 だが、友人はどうだろうか。


 無事に島から脱出できたとして、その後、レイに連絡を取らなかったのはできなかったのか、それとも――


 最初からするつもりがなかったのか。



 とはいえ、その考えをレイに言うのは気が引けた。

 いくらなんでもお前友人に嫌われて絶縁されたんじゃね? とは言いにくい。レイがどうでもいい過去の話としてそれを話したなら、こちらもそれくらいのノリで言ったかもしれないが、本当に身を案じているのにそれを言うのは流石に心の柔らかな部分をめった刺しにする気分になる。


 それにレイはそこまで馬鹿でもないので、言わなくてもそのうち勝手に気付くだろう。そう思うと余計に口を開こうとは思えなかった。

 あと、こんな状況で、とりあえず緑琥珀採取しようぜとも言えなかった。


 空気を読まずに発言するのも厳しいが、空気を読んだ結果何も言えないとか何だそれ地獄か? と思ったものの、多分レイの事だ。そう時間はかからずに本来の目的を思い出すだろうし行動に移るだろう。


 信じるというよりは、そうだといいな、の願望が大きいがウェズンとしてもこういう状況に自分がなった時、空気読まずにあれこれ言われたら気持ちの切り替えが上手くできるか謎というのもあって、とりあえず見守る事にした、と言えば聞こえはいいが要は放置である。


 神の楔を見つめたところでこれ以上何があるでもない。

 それよりも緑琥珀ってどんなんだろうな……わざわざこの木に登って来たという事は、これより更に上かそうじゃなくてもこの近くなんだろうか……と思って何とはなしに周囲を見回し――


「レイッ!」


 見えたそれが何かを見極める前に、ウェズンはレイの肩を掴んで強引に引っ張った。その勢いでレイの上半身が勢いよくこちら側に倒れかけ、ウェズンの肩にぶつかる。思ったよりもすんなりとレイがこちら側に倒れ込んできた事で危うく自分も倒れかけたが、ぐっと力を入れて踏みとどまった事で二人そろって尻もちをつくなんて展開は回避された。


 やたらと重々しい音を立てて突き刺さったのは、錫杖であった。錫杖ってそんな勢いよくぶっ刺さるものだったっけ? と思わなくもないが、見た目はともかく錫杖としか言いようのない物で。それが二人から少し離れた枝部分に深々と突き刺さっている。ウェズンがレイを引き倒そうとしなければ、恐らくは側頭部辺りに命中していたに違いない。それなりに頑丈だろうと、流石にそうなったら無事では済まない。


 一体どこから飛んできたんだ……と思って今しがた錫杖が飛んできた方向を見れば、自分たちがいるよりもやや上の位置の枝に誰かが立っているのが見えた。枝葉で隠れて見づらい位置というわけでもなく、どちらかといえば太陽を背にしている状態でこちらからでは逆光で判別がしにくいが、それが小柄な人物であるというのはウェズンにも理解できた。

 ウェズンがその人物に気付いてからやや遅れてレイもまたそちらへ視線を移動させ――


「お前は」

「久しぶり、レイ」


 誰であるか即座に気付いたのだろう。目を見開き信じられないという感情がその声には含まれていた。

 枝から枝へ、と普通に考えると少々無茶に思えるが、実際この巨木の枝はそこらの木の幹並みに太い。だからこそその人物はすたっと上から下へ――つまりはウェズンたちが今いる枝へと着地してみせた。


「……ウィル?」

「あっ、ウェズンだやっほー元気してたぁ!? ッ、コホン」


 ウェズンも知る人物であったために思わずその名を口にすれば、静かにたたずんでいた時とは打って変わってテンション上げて挨拶してきたウィルだったが、違う違うとばかりに露骨な咳を一つ。

 そうしてびしっとレイへ指を突きつけて、

「ふくしぅに、きたよ」


 そう告げはしたものの。


 ウェズンからすれば、何というか色々と台無しであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ