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ゼロスキルの料理番  作者: 延野正行
第4章
99/209

menu91 カトブレパスの偽卵和え

おかげさまで、ヤングエースUPの応援ランキングで、

3位を取ることができました。

予定にはなかったのですが、お礼ということで更新させていただきました!

 独特な匂いがする。

 牛酪を鍋で熱した時に出る香りに近い。

 そこに木の実、穀類、あるいは根を混ぜたような――匂いにコクを感じる。


 まるで山のすべての恩恵が一体となり、香りとなって充満していた。


 その香りに蜜蜂のように引き寄せられてきたのが、身を清めたアセルスとウォンだ。

 その後ろでは、おしゃぶりを口にしたゼーナムが、香りを楽しんでいる。


 辺りはおいしそうな匂いでいっぱいになっていた。

 このまま香りだけで酔ってしまいそうになる。

 そんな中で調理をしていたのが、ディッシュだった。


「お、戻ってきたか、アセルス」


「うむ。ディッシュ、調理の方は進んでいるか」


「はは……。これだ」


 ディッシュは鍋の中を見せた。

 芳しい香りが漂ってくる。

 さぞうまい料理が完成したのだろうと思い、アセルスは唾を飲み込んだ。


 鍋の中をのぞき込む。


「えっ?」


 おいしい料理を期待し、輝いていたアセルスの顔が反転する。

 キョトンと瞼を瞬かせた。


 アセルスが驚くのも無理はない。

 鍋の中は、なんと真っ黒だったからだ。

 完全に底が焦げ付いていた。

 何か食材の跡と、べっとりとした油が固まったような痕跡がある。


 だが、アセルスが驚いたのは、鍋のあられもない姿ではない。

 ディッシュが鍋を焦がしたという事実だ。

 アセルスが知る限り、ディッシュが鍋を焦がすのを見たのは、これが初めてのはずである。


 そもそもディッシュはあまりの強い火を使わない。

 たいていの料理は弱火でじっくりと焼いて、調理している。

 鍋を焦がすということは、アセルスが知る限り1度もなかった。

 一体何が起こったのか。見当も付かない。


 ゼーナムも焦げた鍋を覗くと、ニヤリと笑う。


「お主が鍋を焦がすとは……。油断したな、ディッシュ」


「そういう言い方はないのではないか、ゼーナム。初めての食材なのだ。ディッシュだって失敗する」


 料理に関して、ディッシュを天才だという人がいる。

 だが、ずっとディッシュを見ていたアセルスは、そうは思わない。

 ディッシュは努力家だ。

 膨大なトライ&エラーの上に、多くの人々を魅了したゼロスキルの料理があるのだ。


「いやいや。こればっかりはゼーナムの言う通りだ。失敗しちまった」


 にしし、とディッシュは笑う。


 失敗したのにニコニコ微笑んでいる。

 まるで失敗したことを喜んでいるかのようだ。


「でも、このダイダラボッチはおもしれぇなあ。こんな食材、初めてだよ」


「調理に向いていない食材かもしれんぞ、ディッシュ。生でも良いのではないか?」


 ゼーナムは忠告すると、残っているダイダラボッチの一部を指で掬った。

 口に入れると、クリーミーな味わいが喉の奥まで広がっていく。

 魔王ゼーナムは満足そうに微笑んだ。


「確かにゼーナムの意見はもっともかもな。生でもこいつは十分うめぇ。だけど、生で食べるなら、料理人(おれ)はいらねぇ。調理して、今よりもうまい食べ方を模索するのは、料理人ってもんだろ。それによ――」



 この生の味は、俺がうまいって思わせたい料理(せかい)から、ちょっとばかし外れてるんだよなあ……。



料理(せかい)と来たか。随分見ない間に、いっぱしの口を利くようになったではないか、ディッシュよ。……魔獣の足音を近づく度に、『長老(わし)』によりかかって、べそをかいていた頃が懐かしいわい」


「う、うるさいぞ、ゼーナム。昔のことを持ち出すなよ」


 珍しくディッシュは拗ねる。

 ディッシュとゼーナムの関係性というのは、一言で表すのは難しい。

 時々、ディッシュが兄のような態度を見せれば、ゼーナムが親のように見える時もある。


 何というか、良いコンビに見えた。


「ディッシュの子どもの頃って、どんなだったのだろう」


「かかか……。気になるか、聖騎士よ」


 ふんふん、とアセルスは頷いた。


「ならば、飯を食いながら語ろうてやろう」


「それは楽しみだ!」


 アセルスは爛々と眼を輝かせる。

 さぞかし聡明で、今よりもどっちかというと可愛い子どもだったのだろう。

 ちょっと想像するだけで、顔が熱くなる。


 一方、ディッシュは口を尖らせた。


「いいってそういうのは……。もー」


「かかか。人間誰しも過去がある。故に生きておるのだ」


「お前、魔王だろ」


「しかりしかり」


 ゼーナムは笑う。

 完全に魔王のペースだった。


「うぉん!」


 だが、ウォンがそのペースを打ち破る。

 「食べ物は? まだ?」という風に、舌を出して催促した。


 ぐおおおおおお……。


 同意、とばかりにアセルスも腹音を鳴らす。

 戦闘によって多くのスキルを使い、くわえて今周辺には殺人的ともいえるおいしそうな匂いが漂っている。

 さすがの聖騎士アセルスも限界だった。


「わりぃわりぃ。もうちょっとだけ待っててくれ。その間、そこに用意したカトブレパスの肉を食べてていいからよ」


 すでにテーブルに3つの小皿が並んでいた。

 おそらくダイダラボッチと一緒に食べるつもりだったのだろう。

 カトブレパスの肉が、細切りにされて置かれている。


 綺麗に渦を巻くように添えられており、まるで一輪の薔薇のように輝いていた。


 ただ生肉を食わせるのか思ったが違う。

 そこにはディッシュの技があった。


 薔薇の中央に、卵の黄身が太陽のように浮かんでいたのだ。


 同時に、大蒜(カルナン)の匂いが鼻腔を突く。


「ディッシュ、これは?」


「カトブレパスの肉に、大蒜(カルナン)とドラゴンバットの火袋の油、胡麻とネギで和えた料理だ」


「ほほう。簡単そうで、意外と凝ってるの。この卵も、ただの鶏の卵ではないな?」


 ゼーナムは眼を細めた。


「ああ。それはアラーニェの卵だ」


「な! アラーニェ!!」


 アセルスは叫ぶ。

 アラーニェといえば、思い出すのが魔骨東方麺だ。

 あの時、ディッシュはその糸を麺に使っていた。

 しかし、今度は卵である。


 魔獣の卵は何度か見たことがあるが、こうやって中を割ったものを見るのが初めてだった。


 アラーニェとは思えないほど、鶏に近い色をしている。

 それに成長すれば、人の2倍ほどの大きさになる蜘蛛の魔獣の卵の中身が、こんなに小さいものとは知らなかった。


「そいつは偽卵だ」


「偽卵?」


「簡単にいえば、無精卵だよ」


 アラーニェは子孫を残す時、卵を産む習性を持っている。

 その数は千個以上になるのだが、有精卵はたった1つしかなく、その他すべては無精卵なのだと、ディッシュは説明した。


 たくさん偽卵を生むのは、たった1つしかない有精卵を天敵から守るためだ。


 偽卵を害獣に食べさせることによって、有精卵を狙わせないようにするのである。


「アセルスたちが倒したアラーニェの中に、卵を抱えてる個体がいてな。そこから失敬させてもらった」


 何かそう言われると、魔獣とは言え申し訳ない気持ちになる。

 だが、やらなければ、アセルスもディッシュも生き延びることはできなかった。

 お互い様であり、自然の中ではよくあることである。


「ふむ、楽しみだ。早速、食してみようではないか」


 ゼーナムは皿を持ち上げる。

 側で倒れていた倒木を手であっという間に加工し、2膳の箸を作り上げた。


「ほれ、アセルス」


「す、すまない」


「ウォンにはいらぬであろう」


「うぉん!」


「では、食べるか」


 ゼーナムは手を合わせる。

 その姿が何故か妙に愛らしくて、アセルスは思わず笑ってしまった。


「なんじゃ?」


「いや、魔王でも手を合わせるのだな、と」


「う、うるさい。こうしないとディッシュが食べさせてくれないのだ」


「なるほど。では、一緒に言おう」



 いただきます!



 2人は箸を握る。

 まずは肉の部分だけを摘まんだ。

 太麺のように切られた赤身が、闇を払われ、輝く世界の中でキラキラと光っている。


 アセルスはうっとりと眺めた。

 食べるのがもったいないぐらい綺麗だ。

 このままずっと眺めていたいところだが、アセルスの暴虐なお腹は、早く食べさせろと催促する。

 うるさい、と黙らせることは簡単なのだが、その口が早くも受け入れ体勢を敷いていた。


 すでに涎でいっぱいになっていたのだ。


 では――――。


 アセルスとゼーナムはカトブレパスの赤身を口に入れた。


 コリコリ……。

 コリコリ……。


 咀嚼音が響き渡る。

 そして――――。


「はうぅぅううぅぅぅぅぅうううぅぅうぅう!!」

「ぬはぁぁああぁあぁあぁあぁあぁああああ!!」


 2人は同時に叫んだ。


 この癖になりそうな肉の弾力がまず溜まらなかった。

 肉というよりは、烏賊や蛸の食感に近い。

 そこから生み出される旨みも段違いだった。

 噛めば噛むほど旨みが溢れてくる。

 その量がまた半端ない。


 まるで肉が旨みのジュースになったかのようだ。


「これはカトブレパスのモモ肉じゃな。牛もそうじゃが、もっと旨みが凝縮された部分なのだろう」


 さすがは魔王ゼーナムといったところか。

 食にも通じているらしい。

 美食家王女アリエステルのように部位の説明を入れながら、咀嚼する。


 再びあの「コリコリ……」という音が響かせた。


 次にいよいよアラーニェの卵を割る。

 箸を入れると、とろりと黄身が溢れ出した。

 ゆっくりと綺麗な赤身を(けが)していく。

 如何にも濃厚といった感じだ。

 その様を見るだけで、食べるのが楽しみになってしまう。


 アセルスはよくかき混ぜたが、ゼーナムは違う。

 黄身の濃厚な部分をこれでもかと赤身と絡ませて、口に入れた。


「おほおおおおお! こう来るかぁああああ!!」


 再び唸った。


 赤身のコリッとした弾力と、黄身のドロッとした食感が絶妙だ。

 黄身によって滑りやすくなった赤身が、ぐねぐねと舌の上で暴れ回る。

 その歯触りにいちいち身体が反応した。

 食感は今まで食べたどんなものよりも不思議だが、最高だ。


 黄身の息が詰まるほど濃厚なコクと、赤身の旨みの相性も抜群に良い。


 そのコクと旨みは、魔獣とは思えないほど上品で、決して喧嘩しない。

 むしろ同盟を結び、歯や歯茎、あるいは舌を一気に侵略してくる。

 2つの隙のない戦力に、さしもの魔王ゼーナムも陥落しようとしていた。


 一方、丁寧にかき混ぜたアセルスは、別の音を響かせる。


 ずずずずずずずずず……!!


「なんの音だ?」


 ゼーナムが振り返る。

 アセルスの食べる様を確認した。


 まず箸で豪快に掴む。

 口の中に入れる。

 啜る。


 ずずずずずずずず……。


「こ、こやつ……。肉を啜っておる」


 ゼーナムは顎についた汗を拭う。


 他に言い様のないぐらいアセルスは肉を啜っていた。


「くぅうううぅぅぅううう! 喉越しがたまらん!!」


 アセルスは麦酒を飲んだ後みたいな感想を放つ。


 だが、アセルスの言う通りだ。


 細切りにされたカトブレパスの赤身。

 赤身によく絡んだアラーニェの濃厚な黄身。

 さらにドラゴンバットの火袋の油が、肉を啜りやすい麺に変えていた。


 黄身と油が絡んだ赤身が、口の中を滑り、一気に喉の奥へと吸い込まれていく。


 喉越しは申し分なく、後味も良い。

 胡麻の風味が聞いていて、極上の冷やし麺を食べたかのように爽やかだった。


 運動をし、やや火照った身体には打って付けで、何より最高級の肉をまるで麺のように啜るこの贅沢と罪悪感がたまらない。


 気がつけば、皿の中は空になっていた。


「ぬぅ……。もうなくなってしまった」


「かかか……。あんな食べ方をしておれば、無くなるのは必然じゃて」


 ゼーナムの皿の中には、まだ肉が残っている。

 ゆっくりと咀嚼し、肉の旨みを味わっていた。

 魔王という割りには、上品に食べている。


 アセルスはウォンの方を見た。

 こちらも皿を空にしている。

 黒鼻に赤身がペタリと残っていたが、サッと拭き取るように舌で舐め取った。

 最後の一切れをじっくりと味わうようにして咀嚼する。


 今さらながら、自分の食べ方が豪快すぎたと、アセルスは反省した。


「ゼーナム、頼む。一切れでいいから食べさせてくれ」


「お主……。魔王に懇願するとは、なかなか度胸よのぉ」


「同じ釜の飯を食った仲ではないか」


「わしを魔王と知って、斬りかかろうとした聖騎士の発言とは思えんなあ。……断る。これはわしのもんじゃ」


「魔王のくせに……。ケチ!」


「な! わしをケチというか、聖騎士!」


「何度だっていうぞ! ケチケチケチケチケチケチケチケチケチ!!」


「ぬぅぅうううう! おのれ! わしを愚弄するとは!」


 突然、聖騎士vs魔王が勃発。

 一触即発の空気になる。

 睨み合う両者を、突然黙らせたのは、匂いだった。


「「これは!!」」

「うぉん!!」


 2人と1匹は振り返る。


 その匂いは今、ディッシュが握る鍋から漂ってきていた。


久々の実食回はいかがだったでしょうか?


コミカライズのおかげで、PVとptがメリメリ上がっていて、ちょっと驚いております。

コミカライズから興味をいただき、読んでいただいた方ありがとうございます。

今日、少し語られておりますが、ディッシュの過去については、

書籍の方で書き下ろさせていただいてます。

是非是非、書籍の方もよろしくお願いしますm(_ _)m

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[良い点] カトブレパスの偽卵和え… “ユッケ”だったのか!!!
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