menu89 災害級魔獣の解体
今回は解体回です!
後書きにはコミカライズについて発表がございます!
「ディッシュ、そう言えば我らが仕留めた魔獣はどうするのだ?」
累々と横たわる魔獣の死骸を指差し、アセルスは尋ねる。
このまま放っておけば、肉が腐ってしまう。
それはちょっともったいないような気がした。
特に気になるのは、ゼーナムが仕留めた災害級魔獣カトブレパスだ。
巨躯の雄牛を思わせる姿からして、容易にその味が想像できる。
是非、その肉を堪能してみたかった。
「案ずるな、アセルスよ」
と言ったのは、ゼーナムだった。
ディッシュも頷く。
「大丈夫だ、アセルス。解体はゼーナムがやってくれる」
「ゼーナムが? 魔王が料理をするのか?」
「くはははは……。料理なんてできん」
まあ、そうだろう。
ゼーナムは魔王だ。
フライパンや包丁を持って、料理している姿など想像できない。
まして魔王といいながら、姿形はおしゃぶりをくわえた子どもなのである。
むしろ包丁を持たせることすら、危なっかしく思えた。
しかし、ゼーナムはにぃと笑う。
「だが、解体をするのは得意だぞ」
ゼーナムは手を掲げると、爪が刃物のように伸びた。
タンッ、と大地を蹴って飛び上がる。
動かなくなったカトブレパスに接敵すると、大きく爪を振るった。
その斬撃は空気を掻きむしる。
魔獣を切るというよりは、まるでその背景ごと切っているように見えた。
「うりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃ!!」
ゼーナムの攻撃は一撃に終わらない。
2連、3連、4連と連撃を加えていく。
目にも止まらぬ速さで、肉を切り裂いていった。
しかも、決して臓器を傷つけないという徹底ぶりだ。
ゴンッと側で音が鳴ったかと思うと、カトブレパスの巨大な大腿骨が転がっていた。
綺麗に身や脂肪が切り取られている。
一見、出鱈目に切っているように見えるが、ゼーナムはきちんと食材になることを考えて、骨を抜き、臓器に気を遣いながら、解体していた。
だが、魔獣の血に濡れた姿は、まさしく魔王の姿だ。
鬼のように笑う形相が、さらにらしく見せている。
やがてゼーナムはカトブレパスの内臓を引きずり出す。
空になった中身は、ぽっかりと空いた洞窟のようだ。
そこにディッシュが侵入していく。
ゼーナムに指示を出した。
「こことここの肉を頼む」
「良かろう。……アセルスよ」
「な、なんだ?」
「まだ水浴びに行かぬなら、ちと手伝え」
そう言って、ゼーナムはカトブレパスの一部を蹴り上げた。
アセルスの側に、カトブレパスの後肢が落ちてくる。
すでに皮は剥がされ、白の脂と、青紫の身が露出していた。
その肉身は見事という他ない。
芳醇な香りがアセルスの鼻腔をくすぐった。
一瞬気を失い、垂れた涎の音を聞いて、ようやくアセルスは我を取り戻す。
何よりも特筆すべきはその巨大さだ。
優に大人3人分ぐらいの大きさがある。
いくらアセルスが聖騎士でも、この大きさの物を持ち上げるのは容易いことではない。
それをゼーナムは、あんな小さな身体で蹴り上げたのだ。
その膂力は想像するだけで恐ろしかった。
「ウォンと一緒に、おいしそうな部分を解体するのだ。それぐらいはできるだろう、食いしん坊な聖騎士よ」
「むっ! 馬鹿にするな。これでも、私は以前ミノタウロスを独力で解体したのだぞ」
アセルスは口を尖らせる。
ゼーナムは「くははははは!」といつも通り笑った。
「うむ。では頼もう」
「アセルス、ウォン。俺からも頼むよ」
ディッシュからもお願いされる。
アセルスは少しだけ胸を張った。
側のウォンもガリガリと地面を掻いて、爪を研ぐ。
1人と1匹はやる気満々だ。
「任せろ、ディッシュ」
「うぉん!」
アセルスは早速、肉を落としていく。
ウォンもまた巨大なカトブレパスの後肢に立ち向かい、爪を振るった。
だが、だいぶ陽が沈んでいる。
手元が見えなくなってきた。
篝火を焚いたものの、作業が難しくなっている。
「ふふん。さすがにこの暗闇で作業するのは、人間では辛かろう。どれ?」
ゼーナムはおもむろに手を掲げた。
その瞬間、辺りの魔力が急速に動き出す。
すべてゼーナムの手に収束していった。
急な魔力の動きに、大気が荒れる。
空気が暴れ、風が渦を巻いた。
膨大な魔力の収縮により、反発が起こる。
パチッと落雷が落ちたような音が、アセルスの耳朶を震わせた。
「ちょっ! ゼーナム、お前……。一体何をしようとしておるのだ!」
吹き荒れる嵐に、アセルスすら立っているのがやっとだ。
ディッシュも側の岩にすがりつき、ウォンも身を低くして耐えている。
そんな状況の中で、ゼーナムだけが笑っていた。
「な~に。ちと手元が暗かろうと思ってな。だから、闇を払ってやろう」
「闇を払うって……」
「言葉通りの意味よ」
何せ、わしは魔王ゼーナムだからな……。
収縮した魔力をゼーナムは一気に解放した。
その瞬間、周囲を覆っていた闇が、その言葉通り払われる。
すると、真昼のような光が周囲を照らした。
「す、すご……」
アセルスは言葉を失う。
ウォンも口を開けて、呆然としていた。
闇が払われ、光が差す。
一体、どんな大魔法なのだろうか。
その原理すらわからない。
だが、さすがは魔王と言うべきだろう。
闇それ自体を払うなど、発想すらなかった。
「よし! これなら……」
アセルスは再びカトブレパスの後肢に向き直る。
部位の色、形がはっきり見て取れた。
魔王に感謝するのは癪だが、作業が目に見えて捗る。
あっという間に、ヨーグの葉の上にカトブレパスの肉が並んだ。
時間はかかったが、どれもまだ腐っていない。
おそらくカトブレパスの魔力量が多いからだろう。
ダイダラボッチがまだ食べられる状態なのと一緒で、魔力がまだまだ有り余っていたのだ。
「折角、アセルスやウォンが頑張ってくれたけど、他はもうダメだな」
横たわる魔獣の遺体を、ディッシュは確認した。
それを聞いて、アセルスは肩を落とす。
さすがにカトブレパスの解体で時間がかかりすぎたのだ。
「あ……。やっぱりいたな」
ディッシュは立ち止まる。
その前にあったのは、魔獣の遺体ではない。
八方に葉を広げた野草だった。
それにしても大きい。
まるでお化けのような大きさだった。
ディッシュは懐から水筒を取り出す。
「ディッシュ、それは?」
「聖水だ。これをな……」
すると、ディッシュは聖水を振りかけた。
じゅぅ……。
『ぎゃぴぴぴぴぴぴ!!』
スポン、という風に何かが飛び出してきた。
真っ白な棍棒みたいな姿を見て、アセルスは叫ぶ。
「ゴーストラディッシュ!!」
いわゆるお化け大根というヤツだ。
その名前の通り、大根に四肢と目が付いた魔獣である。
Fランクの雑魚魔獣で、とても臆病なのが特徴だ。
四六時中、地中に埋まり、土の中の微生物や虫を食べて生きている。
普段は大人しいゴーストラディッシュが怒っていた。
いきなり聖水を浴びせられたのだ。
猛るのも仕方ない。
目を三角にし、ディッシュに襲いかかってきた。
「ディッシュ、危ないぞ!!」
アセルスとウォンが助けに入ろうとする。
だが――――。
「よっと!」
ディッシュは包丁を抜く。
一瞬にして、ゴーストラディッシュを輪切りにした。
すとん、と用意していたヨーグの葉の上に並べる。
「すごい。ディッシュが魔獣を倒した」
いくら雑魚とはいえ、ゴーストラディッシュも立派な魔獣だ。
それをディッシュは一息で倒してしまった。
否――。
ディッシュのそれは、魔獣を討伐するというよりは、料理をするという風に近い。
「(もしかしたら、ディッシュは魔獣を料理すると意識すれば、実はとても強いのかもしれないな)」
アセルスは包丁を握るディッシュを見ながら思った。
ゼーナムも解体が得意といっていたが、ディッシュも負けていない。
その速さと正確さは、ゼーナムや【光速】のスキルが使えるアセルス以上だ。
そもそもゼロスキルの料理人の前に、魔獣は無力な食材でしかない。
食材の前では、ディッシュは無敵なのだ。。
「よし! 材料は一通り揃ったな。ありがとな、アセルス、ウォン。そしてゼーナム」
「別に礼を言われるようなことはしていない。私は自分の食糧を調達しただけだ」
「うぉん!」
「ふふん。存分に感謝するがいい」
それぞれがそれぞれの言葉を持って、応える。
そしてディッシュはヨーグの葉に並んだ材料を見つめた。
濃厚な牛酪のような味がするダイダラボッチ。
頭についた宝石と同じくキラキラと輝きを放つカトブレパスの肉。
そして、先ほどディッシュが仕留めた雑魚魔獣ゴーストラディッシュ。
それを見ながら、ディッシュは笑った。
「にしし……」
ずっと難しい顔をしていたディッシュから、久々にあの特徴的な笑声が漏れる。
「よし。イメージは固まった。作るぞ!」
ゼロスキルの料理をな!
いよいよディッシュは動き出した。
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漫画を担当していただいたのは、「妖怪ごはん」などでお馴染みの十凪高志先生です。
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