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ゼロスキルの料理番  作者: 延野正行
第4章
94/209

menu86 魔王暴走

サブタイから不穏な空気ですが、

今日もどうぞ召し上がれ!

 巨鬼ダイダラボッチ。

 50年に1度に現れる超災害級魔獣である。

 まさに、その存在が動く災害だ。

 過去にはたった1匹のダイダラボッチが、国を滅ぼしたという記述まで存在する。


 これは決して大げさな表記ではない。


 神獣にして――神狼ユルバの圧倒的な力によって討伐されたが、仮に彼女がいなければ、カルバニア王国は滅んでいただろう。


 それほど恐ろしい魔獣なのだ。


 だが、カルバニア王国には他にも恐ろしい存在がいたようである。


 魔王ゼーナム。

 よもや、すでに伝説と化した魔王が、こんな近くにいるとは思わなかった。


 そのゼーナムとともに、ディッシュ、アセルス、ウォンは沢を上る。

 ディッシュはいつも通りだったが、アセルスとウォンの表情はどこか渋い。

 視線は地面ではなく、鼻唄を歌いながら先頭を歩くゼーナムに向けられていた。


「っと――!」


 アセルスは岩の間に足を取られる。

 体勢を崩しそうになったのをディッシュが手を掴んだ。


「だ、大丈夫か、アセルス?」


「う、うむ。……すまむ、ディッシュ」


 アセルスはディッシュによって身を起こす。

 心臓が早鐘のように鳴っていた。

 咄嗟とは言え、ディッシュの手を掴んでしまったからだ。


「ほらほら。よそ見をしているからそうなるのだ」


 ゼーナムはしししっ、と歯茎を見せて笑った。


「う、うるさい! ちょっと足が滑っただけだ」


「本当かのぅ……。ディッシュに甘えたくて、わざと足を滑らしたのではないか?」


「わざと……?」


 ディッシュは意味がわからず、首を傾げる。

 一方、アセルスは顔を真っ赤にして、反論した。


「ちちちちち、違う! そんなわけない!」


「ほほぅ……。本当かのう?」


 ゼーナムは目を細める。


 魔王の割りには、人の機微に聡いらしい。

 どうやらアセルスの気持ちに気付いてるようだ。

 おそらく今気付いたというよりは、ずっと『長老』の中から、ディッシュとアセルスの関係性を見てきたからだろう。


 いや……。

 時間という意味では、ディッシュもアセルスも一緒ではあるのだが、鈍い料理人も、素直になれない聖騎士も、なかなか1歩踏み出せない感じだった。


「うぉん!」


 ウォンが催促する。

 ディッシュも同調した。


「ほらほら。ウォンも言ってるぞ。早く行けって」


「くくく……。聖騎士をからかうのもこれぐらいにしておくか」


 ゼーナムはからからと笑い、先へと進んだ。



 ◆◇◆◇◆



 沢の奥の方へとやってくる。


 ディッシュ、アセルス、ウォン、そしてゼーナムはそこで奇妙なものを見つけた。


 それは端的に表現するならば、光る大岩である。

 七色に光り、アセルスはそれを見ながら、かつてアリエステルたちと取りにいった七色草を思い出していた。


 近づくだけでわかる。

 それが巨大な魔力の塊であることを。

 いまだに脈付いており、魔力がグルグルと対流していた。


 まるで、まだダイダラボッチが生きているかのようだ。


 アセルスは額に浮かんだ汗を拭う。


「心配するな、聖騎士よ。この魔獣はもう死んでおる」


 そのアセルスの心の声を読み取ったのか。

 ゼーナムは忠言した。

 アセルスの方を振り返ることなく、ゆっくりとダイダラボッチだったものに近づいていく。


「うぉん!」


「心配するな、神狼。横取りなどせんよ。我が食べたいのは、ダイダラボッチではない。ディッシュが調理するダイダラボッチなのだ」


 その時の言葉を聞いて、アセルスは思わず頷いた。


 全くその通りだと思ったからだ。


 同時にアセルスは自問する。

 仮にディッシュ以外の人間から魔獣食を教わったのであれば、これほど夢中になれたのだろうか、と……。


 確かに魔獣をおいしく調理できるのは、アセルスが知る限りディッシュ1人だけだ。

 2大賢者ガーヴィンもそれを認めている。

 唯一無二の存在といっても過言ではない。

 もし、ディッシュ以外に魔獣の調理をできるものがいるなら。

 自分は、その料理を食べるのだろうか。


 それとも……。


「うーん……」


「どうしたんだ、アセルス? 腹が空きすぎてお腹が痛くなったのか?」


「ち、違う!」


 ディッシュの質問に、アセルスは思わず声を上げた。


 やがて首を振る。

 すべては仮定の話だ。

 今は考えないでおこう。

 それに今、超危険な生物が目の前にいるのだ。

 いざという時、アセルスが守らなければならない。


 ゼーナムはそっと魔力の塊に手を差し入れた。

 思ったよりも柔らかくみえる。

 まるで静かな湖面に手を入れているようだ。


 すると、ゼーナムは魔力の一部を取り出した。

 プルンと揺れ、ゼリーのようである。

 宝石のように光り輝き、寒気がするぐらい美しかった。


 アセルスは七色草以来の興奮を覚える。

 ディッシュも、ウォンもその姿に魅了された。


「ふむ。頃合いじゃな」


 ゼーナムはニヤリと笑う。


「ディッシュよ。皿を出せ」


「お、おう」


 ディッシュは大人しくゼーナムの指示に従った。

 木皿をゼーナムに差し出す。

 子どものように小さな手から、ゼリーのような魔力の塊がこぼれ落ちた。


 木皿に載ると、プルンと見る者を誘うように震える。

 その存在を誇示するかのようだ。


 さしものディッシュもおののいていた。


「こんなに綺麗で、気高い食品は初めてだな」


 10年前、ディッシュは街から追放され、そしてこの山に放逐された。

 その時に初めて出会った魔獣がバイコーンだ。

 その姿は今でも、目に焼き付いている。


 似ている。

 その時の感動と……。


 そして今、ゼロスキルの料理人の中で、野心が燃えさかっていた。


 この食材を調理してみたい。

 おいしく、人も魔族も関係なく、唸らせるような料理に仕上げたい。


 何よりもディッシュ自身が望んでいた。


 食べてみたいと……。


「くくく……」


 笑ったのは、ゼーナムだった。


「ディッシュよ。良い顔をしておるな。わしの若い頃にそっくりじゃ」


耄碌(もうろく)した爺さんみたいなことをいうなよ。お前は魔王だろ。……ああ、そういえば、お前。昔、俺のことをこう言ってたっけ?」



 お前は料理人などではない。

 食の権化……。

 いわば、食の魔王よ。



「食の魔王……」


 アセルスは呟く。


「食欲において、ディッシュはわし以上よ」


 そうか、とアセルスは得心した。


 何故、魔王がディッシュを認めているのか。

 それは類い稀な料理の才能だけではない。


 あくまで食に対する欲。

 どんなものであろうと調理し、食べようとする愚鈍な欲の部分を評価しているのだ。


 食欲という点において、ディッシュは魔王以上である。

 ゼーナムはそう言っているのだろう。


「(確かにそうだ)」


 飽くなきディッシュの探究心。

 それは時々、聖騎士たるアセルスを焦らせるほど、多大なものだった。


「さて……。ディッシュよ。どう調理する」


「ちょっと待ってくれ」


「うむ。待とう」


 ゼーナムは素直に応じた。


 すると、くるりとアセルスの方へ振り返る。


「その間、わしはちと聖騎士と神狼と戯れておこうかのう」


 ゼーナムの赤い瞳が光る。

 同時に白銀の髪が逆立った。

 再び魔力がその手の平に集まり始める。

 黒い風が吹き、周囲を吹きすさび始めた。


 気を抜けば吹き飛ばされそうな暴風に、アセルスとウォンは身をかがめ耐える。


「ぜ、ゼーナム、貴様! 何をするつもりだ!!」


「うぅぅぅうううぅぅううぅ!!」


 アセルスは吠え、ウォンはうなり声を上げた。


 一方、ゼーナムは笑う。

 愉快げにだ。


「くくく……。宣言したであろう?」



 わしと戯れよ。



 さらに暴風は渦を巻いた。


引き続き、第18回ラノベ人気投票『好きラノ2019年上期』への投票をお願いします。

期日は今日(2019/07/14)の24時までです。

もっと『ゼロスキルの料理番』をいろんな方に知ってもらいたいと思ってます。

よろしくお願いします!


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