menu86 魔王暴走
サブタイから不穏な空気ですが、
今日もどうぞ召し上がれ!
巨鬼ダイダラボッチ。
50年に1度に現れる超災害級魔獣である。
まさに、その存在が動く災害だ。
過去にはたった1匹のダイダラボッチが、国を滅ぼしたという記述まで存在する。
これは決して大げさな表記ではない。
神獣にして――神狼ユルバの圧倒的な力によって討伐されたが、仮に彼女がいなければ、カルバニア王国は滅んでいただろう。
それほど恐ろしい魔獣なのだ。
だが、カルバニア王国には他にも恐ろしい存在がいたようである。
魔王ゼーナム。
よもや、すでに伝説と化した魔王が、こんな近くにいるとは思わなかった。
そのゼーナムとともに、ディッシュ、アセルス、ウォンは沢を上る。
ディッシュはいつも通りだったが、アセルスとウォンの表情はどこか渋い。
視線は地面ではなく、鼻唄を歌いながら先頭を歩くゼーナムに向けられていた。
「っと――!」
アセルスは岩の間に足を取られる。
体勢を崩しそうになったのをディッシュが手を掴んだ。
「だ、大丈夫か、アセルス?」
「う、うむ。……すまむ、ディッシュ」
アセルスはディッシュによって身を起こす。
心臓が早鐘のように鳴っていた。
咄嗟とは言え、ディッシュの手を掴んでしまったからだ。
「ほらほら。よそ見をしているからそうなるのだ」
ゼーナムはしししっ、と歯茎を見せて笑った。
「う、うるさい! ちょっと足が滑っただけだ」
「本当かのぅ……。ディッシュに甘えたくて、わざと足を滑らしたのではないか?」
「わざと……?」
ディッシュは意味がわからず、首を傾げる。
一方、アセルスは顔を真っ赤にして、反論した。
「ちちちちち、違う! そんなわけない!」
「ほほぅ……。本当かのう?」
ゼーナムは目を細める。
魔王の割りには、人の機微に聡いらしい。
どうやらアセルスの気持ちに気付いてるようだ。
おそらく今気付いたというよりは、ずっと『長老』の中から、ディッシュとアセルスの関係性を見てきたからだろう。
いや……。
時間という意味では、ディッシュもアセルスも一緒ではあるのだが、鈍い料理人も、素直になれない聖騎士も、なかなか1歩踏み出せない感じだった。
「うぉん!」
ウォンが催促する。
ディッシュも同調した。
「ほらほら。ウォンも言ってるぞ。早く行けって」
「くくく……。聖騎士をからかうのもこれぐらいにしておくか」
ゼーナムはからからと笑い、先へと進んだ。
◆◇◆◇◆
沢の奥の方へとやってくる。
ディッシュ、アセルス、ウォン、そしてゼーナムはそこで奇妙なものを見つけた。
それは端的に表現するならば、光る大岩である。
七色に光り、アセルスはそれを見ながら、かつてアリエステルたちと取りにいった七色草を思い出していた。
近づくだけでわかる。
それが巨大な魔力の塊であることを。
いまだに脈付いており、魔力がグルグルと対流していた。
まるで、まだダイダラボッチが生きているかのようだ。
アセルスは額に浮かんだ汗を拭う。
「心配するな、聖騎士よ。この魔獣はもう死んでおる」
そのアセルスの心の声を読み取ったのか。
ゼーナムは忠言した。
アセルスの方を振り返ることなく、ゆっくりとダイダラボッチだったものに近づいていく。
「うぉん!」
「心配するな、神狼。横取りなどせんよ。我が食べたいのは、ダイダラボッチではない。ディッシュが調理するダイダラボッチなのだ」
その時の言葉を聞いて、アセルスは思わず頷いた。
全くその通りだと思ったからだ。
同時にアセルスは自問する。
仮にディッシュ以外の人間から魔獣食を教わったのであれば、これほど夢中になれたのだろうか、と……。
確かに魔獣をおいしく調理できるのは、アセルスが知る限りディッシュ1人だけだ。
2大賢者ガーヴィンもそれを認めている。
唯一無二の存在といっても過言ではない。
もし、ディッシュ以外に魔獣の調理をできるものがいるなら。
自分は、その料理を食べるのだろうか。
それとも……。
「うーん……」
「どうしたんだ、アセルス? 腹が空きすぎてお腹が痛くなったのか?」
「ち、違う!」
ディッシュの質問に、アセルスは思わず声を上げた。
やがて首を振る。
すべては仮定の話だ。
今は考えないでおこう。
それに今、超危険な生物が目の前にいるのだ。
いざという時、アセルスが守らなければならない。
ゼーナムはそっと魔力の塊に手を差し入れた。
思ったよりも柔らかくみえる。
まるで静かな湖面に手を入れているようだ。
すると、ゼーナムは魔力の一部を取り出した。
プルンと揺れ、ゼリーのようである。
宝石のように光り輝き、寒気がするぐらい美しかった。
アセルスは七色草以来の興奮を覚える。
ディッシュも、ウォンもその姿に魅了された。
「ふむ。頃合いじゃな」
ゼーナムはニヤリと笑う。
「ディッシュよ。皿を出せ」
「お、おう」
ディッシュは大人しくゼーナムの指示に従った。
木皿をゼーナムに差し出す。
子どものように小さな手から、ゼリーのような魔力の塊がこぼれ落ちた。
木皿に載ると、プルンと見る者を誘うように震える。
その存在を誇示するかのようだ。
さしものディッシュもおののいていた。
「こんなに綺麗で、気高い食品は初めてだな」
10年前、ディッシュは街から追放され、そしてこの山に放逐された。
その時に初めて出会った魔獣がバイコーンだ。
その姿は今でも、目に焼き付いている。
似ている。
その時の感動と……。
そして今、ゼロスキルの料理人の中で、野心が燃えさかっていた。
この食材を調理してみたい。
おいしく、人も魔族も関係なく、唸らせるような料理に仕上げたい。
何よりもディッシュ自身が望んでいた。
食べてみたいと……。
「くくく……」
笑ったのは、ゼーナムだった。
「ディッシュよ。良い顔をしておるな。わしの若い頃にそっくりじゃ」
「耄碌した爺さんみたいなことをいうなよ。お前は魔王だろ。……ああ、そういえば、お前。昔、俺のことをこう言ってたっけ?」
お前は料理人などではない。
食の権化……。
いわば、食の魔王よ。
「食の魔王……」
アセルスは呟く。
「食欲において、ディッシュはわし以上よ」
そうか、とアセルスは得心した。
何故、魔王がディッシュを認めているのか。
それは類い稀な料理の才能だけではない。
あくまで食に対する欲。
どんなものであろうと調理し、食べようとする愚鈍な欲の部分を評価しているのだ。
食欲という点において、ディッシュは魔王以上である。
ゼーナムはそう言っているのだろう。
「(確かにそうだ)」
飽くなきディッシュの探究心。
それは時々、聖騎士たるアセルスを焦らせるほど、多大なものだった。
「さて……。ディッシュよ。どう調理する」
「ちょっと待ってくれ」
「うむ。待とう」
ゼーナムは素直に応じた。
すると、くるりとアセルスの方へ振り返る。
「その間、わしはちと聖騎士と神狼と戯れておこうかのう」
ゼーナムの赤い瞳が光る。
同時に白銀の髪が逆立った。
再び魔力がその手の平に集まり始める。
黒い風が吹き、周囲を吹きすさび始めた。
気を抜けば吹き飛ばされそうな暴風に、アセルスとウォンは身をかがめ耐える。
「ぜ、ゼーナム、貴様! 何をするつもりだ!!」
「うぅぅぅうううぅぅううぅ!!」
アセルスは吠え、ウォンはうなり声を上げた。
一方、ゼーナムは笑う。
愉快げにだ。
「くくく……。宣言したであろう?」
わしと戯れよ。
さらに暴風は渦を巻いた。
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もっと『ゼロスキルの料理番』をいろんな方に知ってもらいたいと思ってます。
よろしくお願いします!







