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ゼロスキルの料理番  作者: 延野正行
第4章
93/209

menu85 ゼロスキルの料理人と魔王

まさかの魔王登場です。

今日もどうぞ召し上がれ!

 …………!


 ディッシュが住む『長老』の付近が、しぃんと静まり返っていた。

 鳥の羽ばたきも囀りも聞こえない。

 風もなく、梢の音も途絶えていた。

 聞こえていたのは、ぐつぐつという鍋が煮える音だけである。


 シャン!


 鞘走りの音が聞こえる。

 剣を抜いたのは、アセルスだ。


「ディッシュ、離れろ!」


 裂帛の気合いとともに叫んだ。


「信じがたいことだが、得心した。その異様なまでの雰囲気、纏う圧力。そして封印と聞けば、その存在を絞り込めるのは容易い。まさか2000年前に存在した魔王が、封印を破り、現界しているとは……!」


 アセルスは震えそうになる奥歯を力を入れて抑え込む。

 その額に珠のような汗が浮かんでいた。

 彼女はSSランクの聖騎士である。

 そのアセルスでも、今目の前にいる人物は恐怖の対象であった。


 魔王ゼーナム。


 アセルスの言うとおり、2000年前に存在した魔王である。


 今も現存する魔族。

 その親玉が、ゼーナムである。

 かつてゼーナムは、付き従う魔族とともに世界を破壊しようとした。

 その力は圧倒的で、人族、エルフ、ドワーフ、獣族を滅ぼしかけたのだ。


 しかし、いずこからか現れ、驚異的な力を持った勇者によって封印されたのだという。


「封印の地は秘匿されていたが、まさかこんな目と鼻の先にあろうとは……」


 アセルスは剣先を向ける。

 すると、ゼーナムは口端を歪めた。


「くくく……。その通りよ、聖騎士アセルス」


「くっ! なんというプレッシャーだ!」


「覚醒してしばらく、お主のことをずっと見ていた。貴様の腹の音。随分心地よい音がするではないか」


 腹の音を指摘され、アセルスの顔は真っ赤になる。

 剣先が震え、魔王ゼーナムと聞いた時よりも、動揺していた。


「う、うううるさい! た、ただの生理現象だ! 仕方ないであろう!」


「そうか。最近のお主は、腹音を心地よく響かせることに、愉悦を感じているように思うが……」


「そ、そんなことはない! ええい! 魔王め! そんな甘言にわたしは騙されないぞ」


「わしは事実を言っているだけなのだが……。そもそも甘言でもなんでもないし。お主、言いたいだけなのでは?」


「違う。断じてそんなことはない! 貴様こそ、もっと魔王らしい姿をしたらどうだ? おしゃぶりなど口にして。身体も小さいし」


「な! 魔王たるわしが気にしていることをサラリと言いおって。わしだって、好き好んでこんな姿をしておるのではない。奈落の穴よりも深く、魔界の端より遠い理由があるのだ」


「どうだかな? 本当はおねしょするようなませた子どもなのではないか!?」


「この魔王ゼーナムを愚弄するとは言い度胸だ! どれ! 久しぶりに本気を出してみようかのう」


 ゼーナムは手を広げる。

 すると、闇の風が渦巻いた。

 魔力が収縮していく。

 小さな精霊たちが騒ぐのを、アセルスは聞いた。


「はわわわわわわわ……」


 カタカタと音を立てたのは、マジック・スケルトンである。

 上顎と下顎を小刻みに動かし震えていた。

 マジック・スケルトンは魔族である。

 その長たる魔王は、同族であっても恐ろしいのだろう。


 ウォンも警戒態勢を敷く。

 低く構えを取り、「うぅぅ……」と低く呻いた。


 緊張感が張りつめる。

 その中で、ゼーナムの声が響き渡った。


「くはははははは……。我が名はゼーナム。世界に滅びと混沌をもたらす者なり」


 闇の風はゼーナムを中心にさらに渦を巻く。

 木々に囲まれた周辺は、小さな嵐となった。


 その瞬間である。


「こらっ!」


 ポコッ!


 ディッシュはゼーナムの頭を小突いた。

 痛て、という声が響き渡る。

 ゼーナムは頭を抱えて、蹲った。

 闇の風が弱まる。

 次第に霧散し、元の平穏な山の姿を取り戻していった。


 アセルスも、ウォンもポカンとしていた。

 マジック・スケルトンも、あんぐりと口を開けて驚いている。


「な、何をする、ディッシュ!!」


「他人に迷惑になるようなことはしない。昔、そう約束したよな」


「ふん。覚えておらんわ、そんなこと」


「わかった。そういうなら、お前はメシ抜きだ」


「え? じょ、冗談であろう」


 次は、ゼーナムが身体を震わせる番だった。

 プルプルと震え、顔も幾分青ざめているような気がする。


「約束を守らないヤツに、メシは作ってやらん」


「いやだ! いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ!」


 ついに地面に寝っ転がり、駄々をこね始めた。

 けたたましい声が、山野に響く。

 アセルスは思わず耳を塞いだ。


 しかし、ディッシュは動じない。

 ふんと鼻先を振って、ゼーナムに背を向ける。

 これではダメだと気付いたのだろう。


 ゆっくりとゼーナムは起き上がる。


「ディッシュ、ご飯作ってくれ」


「ダメだ……」


「じゃ、じゃあ、どうしたらご飯作ってくれる」


「お前が他人に迷惑をかけないって約束したら作ってやるよ」


「約束する! 約束するから!!」


「じゃあ、復唱。ゼーナムは他人に迷惑をかけない」


「ゼーナムハタニンニメイワクヲカケナイ」


「なんか心がこもってないなあ。嫌々言わされてる感じだ。それじゃあ、メシは作れないな」


「え? ……うう。わかった」


 ゼーナムは半泣きになっていた。


 アセルスは2人のやりとりを見つめる。

 なんだか魔王のことが可哀想に思えてきた。

 同時に、もし自分ならと思うと、ゾッとする。

 ゼーナムと対峙した時よりも、恐ろしい事になるような気がした。


 それだけ、ディッシュの料理が魅力的なのだ。


「じゃあ、もう1度復唱」


「わし……。ゼーナムは他人に迷惑をかけない……グスッ」


「この約束は決して破らない。はい。復唱」


「え、ええ!? それも言うのか?」


「言うんだ」


「うう……」


 まるで親子か兄弟のやりとりに、アセルスには見えてきた。


「わしは、約束を決して破らない」


「よし。よく言えたな、ゼーナム」


 いーこいーこと、ゼーナムの頭を撫でてやる。

 心なしか――いや、気のせいでもなんでもなく、魔王ゼーナムは喜んでいた。


 ディッシュは完全に魔王を手玉に取っていた。

 ゼロスキルの料理を人質にして、あの魔王ゼーナムを制御している。

 ある意味、それは恐ろしいことだった。


「もしかして、ゼロスキルの料理を作れるディッシュは、この世で1番強いかもな」


 アセルスは感心し、ますますディッシュに惚れ込むのだった。



 ◆◇◆◇◆



「ゼーナム、何が食べたい?」


 ディッシュは尋ねる。

 先ほどまで泣きそうになっていたゼーナムの顔が、花が咲いたように輝いた。

 すると、ふんと鼻息を荒くする。


「実は、食べるものは決まっておる」


 ゼーナムは振り返る。

 その視線の先にあったのは、ウォンだった。


「え? まさかウォンを」


「うぉん?!」


 アセルスとウォンは驚く。


 ゼーナムはじたばたと手足を動かし、憤慨した。


「そんなわけないであろう。……ふむ。だが、それも一興かもしれぬな。どうだ、ディッシュ?」


「ダメに決まってるだろ。俺とウォンは一心同体だ。……まあ、確かに味は気になるがな」


「うぉん!」


「ははは……。冗談だって。怒るなよ。――っで? ウォンじゃなかったら、何を食べたいんだ?」


「そこの神獣の母親が倒した獲物よ」


「ユルバさんが倒したって……。まさか――」


 アセルスは唖然とした表情を浮かべた。

 その顔を見ながら、ゼーナムは顔を歪める。


「その通りよ、聖騎士。わしは食べてみたい」



 大巨人ダイダラボッチをな……。



 その言葉を聞き、ディッシュは頷いた。


「確かに興味があるなあ」


 ディッシュは顎に手を置いた。

 ぶつぶつと呟く。

 すでにゼロスキルの料理人の頭の中には、レシピが構築されつつあった。


「しかし、ディッシュ。ダイダラボッチが討伐されて、少し時間が経っておるぞ。すでに腐っているのでは?」


「聖騎士の娘よ。それはちと考えが足りぬぞ。ダイダラボッチは、いわば魔力の塊みたいなものだ。魔力が抜けきるには、時間がかかる。むしろ、その膨大な魔力が抜けて、人が触れるにはちょうど良い頃合いになっておるだろう」


「膨大な魔力の塊ということは……。ディッシュ――」


「ああ。そうだ。魔力が強いとその分、食材のレベルも上がる。そこのマジック・スケルトンみたいな」


 ぐおおおおおおお……。


 アセルスの腹が、気持ちよさそうに音を奏でた。

 反射的に、唾が口内に溢れる。


「一体、どんな味がするのだろうか、ディッシュ?」


「俺にもわからねぇよ、そんなこと。でも――――」



 調理のしがいはありそうだ!



 ディッシュは、にしし……と微笑む。


 こうしてディッシュたちは、ダイダラボッチを調理するために、旅立つのであった。


本日は七夕です。

作者は「おいしい料理が食べられるのと、『ゼロスキルの料理番』の続巻がありますように」と

願いました(。-人-。)


第18回ラノベ人気投票『好きラノ2019年上期』に

『ゼロスキルの料理番』がエントリーしております。

もし良ければ、皆様の清き1票をいただけると嬉しいです!

よろしくお願いします。

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