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ゼロスキルの料理番  作者: 延野正行
第4章
92/209

menu84 封印されし者

お待たせしました。

第4章を始めていきたいと思います。

よろしくお願いします。

 今日も今日とて、アセルスはコロネパンが焼けるのを窯の前で待っていた。


 秋頃からその味の虜になり、気付けばもう春である。

 全く食欲は衰えることなく、休みの朝の定番になっていた。

 最近のアセルスのマイブームは、コロネパンの中をくり貫き、その中に溶かしたチョコを入れるのにハマっている。


 サクサクのコロネパンに、甘いチョコの組み合わせが最高だ。

 熱々だと、ちょっと硬めのチョコがとろりとバターのようにとろける様を見ているだけで、食欲が湧いてくる。

 溶けたチョコとサクッとしたコロネパンを一緒に食べると、もうたまらない。

 口の中でパンの薄皮のような衣が弾け、そこにとろとろのチョコが雪崩れ込んでいく。


 サクッの後に、トロッという甘い刺激が、容赦なくアセルスの舌を魅了した。


 チーズを入れるのもいい。

 溶かしたチーズの酸味と、コロネパンが持つ独特の塩気がちょうど会う。

 食感はチョコと一緒で、サクサクの衣が口の中で絡まっていく様は、もはや運命としかいいようのない出会いだろう。


 魔獣食というのは世界的に嫌厭されがちではあるが、このコロネパンのおいしさだけは、世に伝えてあげたかった。


 1度、ディッシュにパン屋を開くことを提案したことがある。


 だが、断られた。

 やはり原料となるコロネスライムの生息場所と、街との距離が離れすぎている。

 今こうして食べていられるのも、ここが山で、コロネスライムの魔力漏出が少なくて済むからだ。


 もし魔力が完全になくなってしまうと、枯れ草のような味になってしまうのだという。


 もっとディッシュの料理を広めることはできないだろうか。


 アセルスは首を捻る。

 たぶん、最初出会った時よりは、ディッシュの料理を知る者が増えてきた。

 アリエステル姫をはじめ、フレーナ、エリーザベト、キャリルやフォン。

 城の中でも、ディッシュの力は一目置かれている。


 それでも、まだ足りない。

 もっとだ。

 国境を越えて、ディッシュを紹介したい。

 出来れば、全世界に。


 そう思いつつも、聖騎士アセルスはコロネパンに舌鼓を打つのだった。



 ◆◇◆◇◆



 ザッ……。


 地を蹴る音がして、アセルスは気配に反応した。

 反射的に振り返る。

 ウォンだろうか、と思ったが違った。


「子ども?」


 立っていたのは、6、7歳ぐらいの子どもだった。


 白銀の髪に、吊り上がった赤い瞳。

 色白というよりは、青白い肌。

 体躯は7歳というなら、平均的で品のいい黒の上着と白のシャツ。首元を赤いタイで結び、下は短パンに真っ白なロングソックスを履いていた。


 見かけない子どもである。

 いや、そもそもこんなところに、子どもがいるのがおかしい。

 すべての魔法に適性のあるアリエステルや、6歳の時から山で生活を始めたディッシュはともかくとしても、危険この上ない――というよりは、もはや異様である。


 格好からして、貴族の子どもだろうか。

 その割には、お付きの者がいない。

 まさか1人でやってきたのか?

 いや、それもまた異様である。


 そもそももっともおかしいのは、子どもが口にくわえているものだ。


 おしゃぶりである。

 赤子ならまだしも、さすがに6、7歳の子どもにはおかしい。

 しかも金色に光っており、よくここまで野盗に奪われずに済んだものだと感心してしまった。


 すると、子どもは手を挙げて、こう言った。


「よう、アセルス。今日もいい食べっぷりだな」


 まるで旧知の仲であるかのように挨拶すると、こちらに近づいてきた。

 アセルスが持っていたチョココロネパンを奪う。


「お前が美味しそうに食べてるのを見てたから、前から食べてみたかったんだ」


 そのまま何の断りもなく、子どもはサクッと気持ちのいい音を立てて、コロネパンを食べてしまった。

 おしゃぶりはしたまま。

 器用な食べ方だった。


 呆然と子どもの行動を見ていたアセルスは。


「ああああああああああああああああああ!!」


 思わず絶叫した。


「さ、最後のコロネパン……」


 涎と一緒に、1滴の涙が頬を伝う。

 しかし、子どもは食べるのをやめない。

 「あ~。おいしかった」と満足そうに、腹鼓を打った。


 それをいさめたのが、ディッシュである。

 コツンと、子どもの頭を叩いた。


「こら、ゼーナム……。久しぶりに起きてきたかと思えば、人のものを勝手に食うんじゃねぇよ」


「なんだよ。いいじゃねぇか、ディッシュ。アセルス、6個も食べてたぜ。1個ぐらいいいじゃねぇか」


「まあ、確かにな。アセルスは食べ過ぎだ」


 ディッシュは納得してしまった。


「た、確かにわたしは6個も食べたが、その……。朝食は摂ってなかったし。と、ともかくお腹が空いていたのだ!」


 最後の方は半ばやけくそになりながら、反論する。

 そのアセルスの顔は真っ赤になっていた。


「そもそも何なのだ、この小生意気な子どもは……」


 アセルスは指を差す。


 すると、突然カツンと音が響いた。

 石釜に火を欠けられていた大鍋の中から、何かが飛び出す。

 白い飛沫を飛び散らせながら、現れたのは以前アセルスたちが捕らえたマジック・スケルトンだった。


「おい! 馬鹿! 娘! その方に失礼なことを言うんじゃねぇ!!」


 いつも偉そうな態度を取るマジック・スケルトンが、随分と焦っていた。

 心なしか骨がやせ細っているように見える。

 だが、それは出汁をとられた影響によるものだろう。


「その方はな! むごごごごごご……」


 マジック・スケルトンの口を塞いだのは、ゼーナムだった。


「そう言えば魔族だったな、お前。あとで、魔骨スープとやらも飲ませてもらおうか。おそらく、わし好みの味じゃろう。まあ、飲み過ぎは禁物であろうがな」


 子どもの割には、随分とジジ臭いことをいう。

 口振りも上級貴族のようだ。

 格好も、纏う雰囲気も、超然としていた。

 1つわかることは、子どもがただ者でないということである。


 再びゼーナムはアセルスの方に視線を向けた。

 反射的にアセルスは剣の柄に手を置く。

 彼女自身もわからなかった。

 ただ自分の勘が叫んでいる。


 この子どもは危険だと……。


 すると、ゼーナムは目を細めた。


「ほう……。さすがは聖騎士だな。わしという存在を本能的に悟ったらしい」


「貴様……。本当は何者なのだ!?」


 アセルスは叫ぶ。

 そこにウォンも加わった。

 うぅ、と低い唸りを上げる。


「神狼の息子も加わるか。薄情なヤツだな。あの時、警告してやったのは、わしじゃぞ。ま、必要なかったようじゃがな」


「うぉん?」


 ウォンは首を捻る。

 その表情は「なんのことだ?」というよりも、「お前だったのか?」と戸惑っているように見えた。


「よし。食事の後は、運動じゃ。かかってくるがよい!」


 ゼーナムは大きく手を広げる。

 感じたことのない殺気が膨れあがった。

 聖騎士アセルスの背に、脂汗が浮かび上がる。


(強い……)


 アセルスはゼーナムが言ったように本能的に悟る。

 だが……。


「いい加減にしろ、ゼーナム。美味いもん、食べさせてやらねぇぞ」


「え? やだ! 嘘じゃろ。ディッシュ!」


 途端、ゼーナムから駄々漏れていた殺気が消える。

 それどころか涙目になって、ディッシュのエプロンを掴んだ。


「な、なあ……。ディッシュ、その子どもは何者なのだ。どうやら、ディッシュの知己のようだが……」


「お前たちは初めてだったな。ゼーナムのこの姿を見るの」


「どういうことだ?」


「実はお前たちは毎日会ってるンだぜ。と言っても、ピンとこないと思うけど」


 そう言って、ディッシュは指を差した。

 その方向にアセルスは視線を向ける。

 あったのは、ディッシュの家――いや、違う『長老』だ。


「も、もしかして、森の精霊か何かか?」


 ディッシュは水の聖霊たるウィンデルと仲がいい。

 森の聖霊とも、交霊していてもおかしくはない。


 だが、ディッシュは首を振った。


「違う違う。ゼーナムは、そんないいもんじゃねぇよ。俺も詳しいことは知らねぇけどよ。ゼーナムは『長老』に封印されていただけだ」


「封印!?」


「ああ。少なくとも本人は言ってる」


「じゃ、じゃあ……。その子どもは――――」


「ふふふ……。聞いて驚くがいい」


 そのゼーナムが笑う。

 腰に手を置き、偉そうに身を反らすと、叫んだ。



 わしこそ魔王……。魔王ゼーナムだ。


改めて『ゼロスキルの料理番』をお買い上げありがとうございます。

おかげさまで、コミカライズ企画進行中です。

詳細は後日ご報告させていただくので、楽しみにお待ち下さい!


※ 当面は週一更新を目標に頑張ります!

  引き続き応援いただければ幸いです。

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