menu84 封印されし者
お待たせしました。
第4章を始めていきたいと思います。
よろしくお願いします。
今日も今日とて、アセルスはコロネパンが焼けるのを窯の前で待っていた。
秋頃からその味の虜になり、気付けばもう春である。
全く食欲は衰えることなく、休みの朝の定番になっていた。
最近のアセルスのマイブームは、コロネパンの中をくり貫き、その中に溶かしたチョコを入れるのにハマっている。
サクサクのコロネパンに、甘いチョコの組み合わせが最高だ。
熱々だと、ちょっと硬めのチョコがとろりとバターのようにとろける様を見ているだけで、食欲が湧いてくる。
溶けたチョコとサクッとしたコロネパンを一緒に食べると、もうたまらない。
口の中でパンの薄皮のような衣が弾け、そこにとろとろのチョコが雪崩れ込んでいく。
サクッの後に、トロッという甘い刺激が、容赦なくアセルスの舌を魅了した。
チーズを入れるのもいい。
溶かしたチーズの酸味と、コロネパンが持つ独特の塩気がちょうど会う。
食感はチョコと一緒で、サクサクの衣が口の中で絡まっていく様は、もはや運命としかいいようのない出会いだろう。
魔獣食というのは世界的に嫌厭されがちではあるが、このコロネパンのおいしさだけは、世に伝えてあげたかった。
1度、ディッシュにパン屋を開くことを提案したことがある。
だが、断られた。
やはり原料となるコロネスライムの生息場所と、街との距離が離れすぎている。
今こうして食べていられるのも、ここが山で、コロネスライムの魔力漏出が少なくて済むからだ。
もし魔力が完全になくなってしまうと、枯れ草のような味になってしまうのだという。
もっとディッシュの料理を広めることはできないだろうか。
アセルスは首を捻る。
たぶん、最初出会った時よりは、ディッシュの料理を知る者が増えてきた。
アリエステル姫をはじめ、フレーナ、エリーザベト、キャリルやフォン。
城の中でも、ディッシュの力は一目置かれている。
それでも、まだ足りない。
もっとだ。
国境を越えて、ディッシュを紹介したい。
出来れば、全世界に。
そう思いつつも、聖騎士アセルスはコロネパンに舌鼓を打つのだった。
◆◇◆◇◆
ザッ……。
地を蹴る音がして、アセルスは気配に反応した。
反射的に振り返る。
ウォンだろうか、と思ったが違った。
「子ども?」
立っていたのは、6、7歳ぐらいの子どもだった。
白銀の髪に、吊り上がった赤い瞳。
色白というよりは、青白い肌。
体躯は7歳というなら、平均的で品のいい黒の上着と白のシャツ。首元を赤いタイで結び、下は短パンに真っ白なロングソックスを履いていた。
見かけない子どもである。
いや、そもそもこんなところに、子どもがいるのがおかしい。
すべての魔法に適性のあるアリエステルや、6歳の時から山で生活を始めたディッシュはともかくとしても、危険この上ない――というよりは、もはや異様である。
格好からして、貴族の子どもだろうか。
その割には、お付きの者がいない。
まさか1人でやってきたのか?
いや、それもまた異様である。
そもそももっともおかしいのは、子どもが口にくわえているものだ。
おしゃぶりである。
赤子ならまだしも、さすがに6、7歳の子どもにはおかしい。
しかも金色に光っており、よくここまで野盗に奪われずに済んだものだと感心してしまった。
すると、子どもは手を挙げて、こう言った。
「よう、アセルス。今日もいい食べっぷりだな」
まるで旧知の仲であるかのように挨拶すると、こちらに近づいてきた。
アセルスが持っていたチョココロネパンを奪う。
「お前が美味しそうに食べてるのを見てたから、前から食べてみたかったんだ」
そのまま何の断りもなく、子どもはサクッと気持ちのいい音を立てて、コロネパンを食べてしまった。
おしゃぶりはしたまま。
器用な食べ方だった。
呆然と子どもの行動を見ていたアセルスは。
「ああああああああああああああああああ!!」
思わず絶叫した。
「さ、最後のコロネパン……」
涎と一緒に、1滴の涙が頬を伝う。
しかし、子どもは食べるのをやめない。
「あ~。おいしかった」と満足そうに、腹鼓を打った。
それをいさめたのが、ディッシュである。
コツンと、子どもの頭を叩いた。
「こら、ゼーナム……。久しぶりに起きてきたかと思えば、人のものを勝手に食うんじゃねぇよ」
「なんだよ。いいじゃねぇか、ディッシュ。アセルス、6個も食べてたぜ。1個ぐらいいいじゃねぇか」
「まあ、確かにな。アセルスは食べ過ぎだ」
ディッシュは納得してしまった。
「た、確かにわたしは6個も食べたが、その……。朝食は摂ってなかったし。と、ともかくお腹が空いていたのだ!」
最後の方は半ばやけくそになりながら、反論する。
そのアセルスの顔は真っ赤になっていた。
「そもそも何なのだ、この小生意気な子どもは……」
アセルスは指を差す。
すると、突然カツンと音が響いた。
石釜に火を欠けられていた大鍋の中から、何かが飛び出す。
白い飛沫を飛び散らせながら、現れたのは以前アセルスたちが捕らえたマジック・スケルトンだった。
「おい! 馬鹿! 娘! その方に失礼なことを言うんじゃねぇ!!」
いつも偉そうな態度を取るマジック・スケルトンが、随分と焦っていた。
心なしか骨がやせ細っているように見える。
だが、それは出汁をとられた影響によるものだろう。
「その方はな! むごごごごごご……」
マジック・スケルトンの口を塞いだのは、ゼーナムだった。
「そう言えば魔族だったな、お前。あとで、魔骨スープとやらも飲ませてもらおうか。おそらく、わし好みの味じゃろう。まあ、飲み過ぎは禁物であろうがな」
子どもの割には、随分とジジ臭いことをいう。
口振りも上級貴族のようだ。
格好も、纏う雰囲気も、超然としていた。
1つわかることは、子どもがただ者でないということである。
再びゼーナムはアセルスの方に視線を向けた。
反射的にアセルスは剣の柄に手を置く。
彼女自身もわからなかった。
ただ自分の勘が叫んでいる。
この子どもは危険だと……。
すると、ゼーナムは目を細めた。
「ほう……。さすがは聖騎士だな。わしという存在を本能的に悟ったらしい」
「貴様……。本当は何者なのだ!?」
アセルスは叫ぶ。
そこにウォンも加わった。
うぅ、と低い唸りを上げる。
「神狼の息子も加わるか。薄情なヤツだな。あの時、警告してやったのは、わしじゃぞ。ま、必要なかったようじゃがな」
「うぉん?」
ウォンは首を捻る。
その表情は「なんのことだ?」というよりも、「お前だったのか?」と戸惑っているように見えた。
「よし。食事の後は、運動じゃ。かかってくるがよい!」
ゼーナムは大きく手を広げる。
感じたことのない殺気が膨れあがった。
聖騎士アセルスの背に、脂汗が浮かび上がる。
(強い……)
アセルスはゼーナムが言ったように本能的に悟る。
だが……。
「いい加減にしろ、ゼーナム。美味いもん、食べさせてやらねぇぞ」
「え? やだ! 嘘じゃろ。ディッシュ!」
途端、ゼーナムから駄々漏れていた殺気が消える。
それどころか涙目になって、ディッシュのエプロンを掴んだ。
「な、なあ……。ディッシュ、その子どもは何者なのだ。どうやら、ディッシュの知己のようだが……」
「お前たちは初めてだったな。ゼーナムのこの姿を見るの」
「どういうことだ?」
「実はお前たちは毎日会ってるンだぜ。と言っても、ピンとこないと思うけど」
そう言って、ディッシュは指を差した。
その方向にアセルスは視線を向ける。
あったのは、ディッシュの家――いや、違う『長老』だ。
「も、もしかして、森の精霊か何かか?」
ディッシュは水の聖霊たるウィンデルと仲がいい。
森の聖霊とも、交霊していてもおかしくはない。
だが、ディッシュは首を振った。
「違う違う。ゼーナムは、そんないいもんじゃねぇよ。俺も詳しいことは知らねぇけどよ。ゼーナムは『長老』に封印されていただけだ」
「封印!?」
「ああ。少なくとも本人は言ってる」
「じゃ、じゃあ……。その子どもは――――」
「ふふふ……。聞いて驚くがいい」
そのゼーナムが笑う。
腰に手を置き、偉そうに身を反らすと、叫んだ。
わしこそ魔王……。魔王ゼーナムだ。
改めて『ゼロスキルの料理番』をお買い上げありがとうございます。
おかげさまで、コミカライズ企画進行中です。
詳細は後日ご報告させていただくので、楽しみにお待ち下さい!
※ 当面は週一更新を目標に頑張ります!
引き続き応援いただければ幸いです。







