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ゼロスキルの料理番  作者: 延野正行
第3章
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Special menu 4 クリスタルおにぎり ※お買い上げ御礼

『ゼロスキルの料理番』お買い上げ誠にありがとうございます。

予定にはなかったのですが、

いても立ってもいられず短編を書かせていただきました。

今日もどうぞ召し上がれ!

 今日は、ディッシュとウォン、そしてアセルスは遠出をしていた。

 1つ嶺を越えたところで、獲物を探す。

 狙いは発情期前の雌のカリュドーンだ。


 彼女たちは、発情期前にたくさん飯を食う。

 子どもを作るための体力を付けるとともに、雄の気を引くためである。

 太っている方が大きな子どもを作れると思っているらしく、丸々と太った雌のカリュドーンは雄の間で取り合いになることもしばしばだった。


 ディッシュが狙うカリュドーンも丸々太った個体だ。


 この時期にしては脂の乗りがよく、身も柔らかい。

 冬眠前よりも、ディッシュは今の時期のカリュドーンの方が好きだった。


 それを聞いて、アセルスは唾を飲み込む。

 以前、カリュドーンを食べたのは、王妃のために七色草を取りに行った時だったから、夏である。


 あの時の大蒜(カルナン)焼きは今でも覚えていた。

 だが、今回の肉はあの時以上においしいらしい。

 アセルスは心を躍らせた。


 前回目撃した場所を中心にカリュドーンを探す。

 だが、群れの位置が移動しているのか、どこにも見当たらない。

 例の七色草が群生していた花畑にも行ってみたが、痕跡も見つからなかった。


 結局、その日の狩りではカリュドーンは発見できなかった。


 ディッシュにとってよくあることだ。

 魔獣は警戒心が強い。

 いつまでも同じところに留まるということ自体、実は少ないことだった。


 だが、喜び勇んで狩りに付いてきたアセルスにとっては、ショックなことだ。


「しょぼん……」


 岩の上に座り、がっくりと項垂れる。


「まあまあ……アセルス、これでも食べて元気を出せよ」


 差し出されたのは、笹の葉に包まれたシンプルな握り飯だった。

 ディッシュが作ったのだ。

 当然、麦飯ではなく、マダラゲ草の種実を炊いたものである。

 真っ白な握り飯が、薄暗い山の中でギラリと光った。


 すると…………。


 ぐごごごごごごごごご……。


 アセルスのお腹が嘶く。

 本人もぐっと生唾を飲み込んだ。


「い、いいのか?」


「構わねぇよ。一緒に食べようと思って持ってきたんだ」


「い、一緒……。ディッシュと一緒」


 色々な部分に免疫のない聖騎士は、頬を染める。


「いらないのか?」


「いいいいいいるいるいるいるいるいるいる!」


 何度も頷く。

 ディッシュの手から慌てて握り飯を受け取った。

 すっかり冷めてしまっているが、その代わりかすかに笹の匂いがする。

 すでに手触りから、モチモチした感触が伝わってきた。

 あのゼロスキルの料理人が作った飯なのだ。

 間違いなく、冷めてもおいしいだろう。


「うぉん!」


 ウォンも催促する。

 こちらもお腹が空いていたらしい。

 白飯を見ながら、ボタボタと重たそうな音を立てて涎を垂らしていた。


「がっつくなよ、ウォン。お前にもあるよ」


 ディッシュは握り飯を差し出す。

 ウォンは器用にくわえると、ガブッ、ガブッという感じで口の中に飲み込んだ。

 うまく飯をこぼさないように噛む。


「中に種が入ってるからな。気を付けろよ」


「うぉん!」


 だが、ウォンの口の中からゴリゴリという音が聞こえてくる。

 硬い種実も、ウォンの咬合力の前では歯が立たないらしい。


 どうやら握り飯の中に、ライフの実の塩漬けが入っているようだ。

 思えば、これも七色草を探しに行った時に、初めて食べた料理だった。


 昔の思い出に浸りながら、アセルスは口を付ける。


「すっぱあああああああああああいいいいいいいい!!」


 頭を振り、思わず天に向かって吠えてしまった。


 酸っぱい……。


 でもおいしい。


 特に疲れた時のライフの実の塩漬けは格別だ。

 強い酸味が骨身にに染みこんでいくのを感じる。

 とても酸っぱく、また後味も独特なのだが、決して悪い印象を残さない。

 むしろ、もう一口、もう一口と求めてしまう。


 マダラゲ草の種実の味も申し分ない。

 時間が経っているのに、ふっくらとした食感は残っていて、咀嚼すればするほど、素朴な甘みが口の中に広がっていく。


 ライフの実の塩漬けの強烈な酸っぱさと、マダラゲ草の種実の味わいが、見事にマッチしていた。


「むっ」


 ただちょっとアセルスは首を傾げる。

 どうやらその異変は横で食うディッシュも気付いたようだ。


「ちょっと塩味が足らなかったかな」


 ディッシュは首を捻る。


 気候としては、今日は過ごしやすい方だろう。

 山を登るにはちょうど良い。

 だが、かなり歩いたため汗を掻いていた。

 それに昼頃になると、さすがに暑くなってくる。


 身体が塩気を求めているらしい。


 ディッシュは背嚢から何やら取り出す。

 常備していた塩を取り出すのだろうと、アセルスは予測した。


 しかし、出てきたのは綺麗な魔石だった。


 ディッシュはゼロスキルだ。

 魔石を動かすための魔力もないので、充填されたスキルの力を解放することはできない。

 それに石は透明だった。

 この状態をクリスタルという。

 そこにスキルを入れることによって、属性に応じた色に変わるのである。


「ディッシュ、クリスタルなんてどうするのだ?」


「ん? こうするんだよ」


 すると、今度は背嚢から(やすり)を取り出した。

 それで明らかに高価そうなクリスタルの結晶をゴリゴリと削り始める。


「ぎゃああああああああああ!!」


 叫んだのは、アセルスである。


「な、なんだよ、アセルス」


「ちょちょちょちょちょ……。そ、そんな大きなクリスタルを削っていいのか?」


 見た感じ、かなりデカい。

 宝石屋で売れば、ちょっとした家ぐらいは建つかもしれなかった。


「いや、そう言われてもな。今、塩はこれしかないんだ」


「し、塩おおおおおおお!! ちょっと待て。それはクリスタルではないのか?」


「ああ。そうだぜ。あ、そうか。お前たち、これが塩の塊だって知らないんだな」


「え? うそ? クリスタルって魔石では?」


「ああ。魔石だぜ。でも、塩ってゴーストとかを払う時に使うだろう。あれは塩自体が聖属性を帯びていて、かつ食物の中では魔力をため込みやすい性質があるからなんだ」


「は、はあ……」


「といっても、これは海にある塩とはちょっと違う。地中で結晶化した塩なんだ。なんでこんなところに塩の結晶が埋まってるのか知らないけどな。俺の推測だと、この辺は昔は海だったんだろうって思ってる」


「で、では……。我々は塩に魔力を注いでいたのか?」


「まあ、そういうことになるな」


 アセルスにとって驚天動地の真実だった。

 魔石は高価な代物だ。

 先ほどもいったが、たった1個で家が建つものもある。

 (いさか)いだって起こることもあるのだ。


 それがまさか塩の塊だったなんて……。


「アセルスも塩をかけるか?」


 ディッシュはクリスタルと鑢を掲げる。


「う、うむ。色々と複雑ではあるが、有り難くいただこう」


 ディッシュはアセルスの握り飯に、クリスタルを削った塩を振りかけた。


 改めて、アセルスは手を合わせる。

 普通の握り飯だと思っていたが、まさか高価なクリスタルを削った握り飯を食ってるとは思いもよらなかったのだ。


 上品に口を開け、アセルスは握り飯を食む。


「ふぐぅぅぅううぅうぅぅぅぅう!!」


 うまい!


 塩に集中して食べてみると明らかに普通の塩の味とは違う。

 まず驚くほど、磯臭さがない。

 それ故、味に棘がなく、とても清らかに種粒と一緒に喉を通っていく。


 丸みある味が、口の中で優しく広がり、包み込んでいくようだった。


 最初こそもったいないと思いながら食べていたアセルスだったが、途中ですべてが振り切れたらしい。


 夢中で頬張り続けた。


「ぷはぁ……」


 堪能したとばかりに、アセルスは握り飯を完食した。


「うまかったか? 魔石の(ヽヽヽ)おにぎりは?」


 ディッシュはにししし、と意地悪に笑う。

 アセルスはむぅと頬を膨らませたが、お腹を包む多幸感に負けた。

 横で昼寝を始めたウォンの腹を枕にする。


 ウォンも満足したらしい。

 毛がモフモフになっていた。

 すでにうとうとし始めたウォンは、口の周りに残った塩を長い舌で舐め取る。


「お前ら、眠るのはいいけどよ。ここは山の中だぞ」


 ディッシュがカリカリと頭を掻く。

 だが、気持ちよさそうに眠る2人を見て、我慢できなかった。

 ディッシュもアセルスの横で眠る。

 すぐ近くに眠る聖騎士は、すでに小さな寝息を立てていた。


 その安らかな寝顔を見て、ディッシュは微笑んだ。


 やがて瞼を閉じる。


 ウォンに包まれるようにして、ディッシュとアセルスは春の陽光の中で眠りにつくのだった。


まだ手に入れてないという方。

是非週末のお供にお加え下さい。

電子書籍の方もすでに配信されているようです。

そちらの方もどうぞよろしくお願いします。

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