menu83 神獣の親子
このお話をもって、第3章終了です。
ここまでお読みいただきましてありがとうございます。
どうぞ最後までお召し上がりください。
かくしてダイダラボッチは討伐された。
超災害級指定の魔獣がたった1日で倒されたのである。
これは同ランクの魔獣の中で、最速の時間だった。
水際で止められたことによって、街や都の被害はない。
山肌を削られたことと、後の調査で薬草の群生地が根こそぎ潰されてしまったこと以外、特に被害らしい被害はなかった。
後日『ダイダラボッチ最速討伐事件』と称される事件は、誰が討伐したのかわからないまま調査を終了することになる。
ダイダラボッチを倒したユルバは、ディッシュたちがいる場所に降りてくる。
身体は縮み、狼の姿から人へと変化した。
大狼の姿でなくなっても、その存在感と超然とした雰囲気は変わらない。
「タキオル、大丈夫ですか?」
我が子に近付くと、ウォンはディッシュの後ろに隠れてしまった。
そろりと後退する。
それを引き留めたのは、ディッシュだった。
「ウォン、どこ行くんだよ。お前の母ちゃんは、お前のために戦ったんだ。ありがとうぐらい言ったらどうなんだ?」
「…………」
「ありがとうは感謝の気持ちだ。それはいただきますと同じだ。人に感謝できないヤツは、食材にも感謝できねぇ。そんなヤツに、俺は自分の料理を食べてほしくねぇ」
項垂れていたウォンは顔を上げる。
その瞳は今にも泣きそうだ。
ディッシュの料理が食べれないこと以上に、何か感じ入るところがあったのだろう。
それはユルバも同じだ。
料理人らしい叱り方だと、彼女は感じた。
たぶん、自分ではこうはいかないだろう。
今だって、子供にどう接していいのかわからず、狼狽えるばかりだった。
するとウォンは後退していた足を前に向ける。
落ち葉を踏みしめながら、自らユルバに近付いてきた。
「うぉん……」
頭を垂れる。
ありがとう……。
我が子は、はっきりとそう言ったのだ。
ユルバはまごまごするだけだった。
何をすればいいのかわからなかったのだ。
親として叱ればいいのか。
ただ感謝を受け入ればいいのか。
我が子に出会う前は、色々言いたいことはあった。
でも、今はわからない。
わからなくて、こっちが逃げ出したいぐらいだ。
「あ、あの……」
助けを求めるようにユルバは、ディッシュに尋ねた。
「こんな時、私はどうすればいいのでしょうか?」
「あんたはウォンの事を考えすぎってぐらい考えてる。だからさ。ウォンじゃなくて、自分がどうしたいかじゃないのか?」
「そうです、ユルバ殿。素直になればいいのです」
見ていたアセルスから激励を受ける。
「素直に……」
今一度、我が子を見つめる。
黒の鼻頭。クリッと丸い金色の瞳。
銀毛はモフモフで、尻尾は力無く垂れている。
当たり前ではあるのだが、自分とそっくりだ。
でも、可愛いと思う。
だって、自分の子供なのだから。
ユルバはそっと手を伸ばす。
ウォンはギュッと目をつむった。
きっと叱られると思ったに違いない。
だが、ユルバはウォンの首に手を回す。
そしてふくよかな自分の胸に押しつけるように抱きしめた。
「あなたが無事で良かった」
安堵の言葉を漏らす。
ウォンは耳をピンと立てた。
おそらく聞き間違いだと思ったのだろう。
「うぉん……」
「叱りませんよ。……いえ、でも怒ってはいますよ。勝手に『霊獣の聖庭』からでたこととか」
「うぉん……」
ごめんなさい。
ウォンは素直に謝る。
実はウォン自身もずっとその言葉を言いたかったことを、ユルバは知らない。
それもまた偽らない、我が子の率直な気持ちだった。
すると、ユルバも頭を下げる。
「私の方こそごめんなさい。理由も聞かず、あなたを乱暴に連れ戻そうとしてしまいました」
ウォンは首を振る。
「うぉん」と吠えて、ユルバに非はないと言った。
「…………」
そこから親子は一転して沈黙する。
ユルバもそうだが、ウォンの方も何をどう訊いたらいいのかわからない様子だった。
「よし! 食おうぜ」
声を張り上げたのは、ディッシュだ。
厳重に縄で括られた鍋を差し出すのだった。
ユルバが作ったカレーを温めなおす。
コトコトと鍋蓋が動くと、香りが辺りに漂い始めた。
いい匂いだ。
ウォンは首を持ち上げ、大きく鼻で息を吸う。
すでに酔いしれ、毛がモフモフになっていた。
麦飯を持ってくるのを忘れたので、ディッシュはマダラゲ草の種実を使う。
手慣れた動きで炊飯を始めた。
たちまち真っ白なマダラゲ草のご飯が出来上がる。
器によそうと、その上に温めなおしたカレーを盛りつけた。
ユルバは皿を受け取ると、ウォンの前に差し出す。
「私がディッシュさんに教えてもらった料理です」
「うぉん!?」
「そ、そんなに驚かなくてもいいでしょ。……あなたの好みに合わせて、甘口にしてみました」
どうぞ召し上がれ……。
ウォンは匂いを嗅ぐ。
若干警戒した様子で、ゆっくりと皿に向かって顎を差し入れた。
ペロッという感じでカレーとご飯を一緒に食べる。
「うぉおおぉぉおおぉおおぉおぉおぉぉおぉぉおおぉお!!」
ウォンは吠えた。
ダイダラボッチが討伐され、静かになった山に響き渡る。
カクカクと顎を鳴らしながら、夢中になって食べていた。
どうやら気に入ったらしい。
その姿を見ながら、ユルバはホッと胸を撫で下ろす。
がっつく我が子の頭にそっと手を置いた。
ゆっくりと撫で回す。
気持ちのいいぐらいモフモフだった。
「1度冷めてから温めなおしたからな。肉や野菜に味が染みこんで、ネココ亭で食べた時より美味しくなってるはずだ」
ディッシュは解説する。
その効果なのかはわからない。
だが、ユルバは漂ってくる香りが、以前よりも強いことを感じていた。
キュゥゥゥゥウウウウンンンンン……。
すると可愛らしい腹音が鳴る。
顔を赤くしたのは、ユルバだった。
「ホッとしたらお腹が……」
「ディッシュ! 私も食べたいぞ」
木のスプーンで空の皿を叩いたのはアセルスだ。
足をじたばたさせ、我慢できないといった様子だった。
長い時間、ゼロスキルの料理を食べなかったためか、何か幼児退行している。
行儀の悪さを見て、ディッシュはアセルスを叱っていた。
やがてカレーとご飯が入った皿を差し出される。
アセルスは爛々と顔を輝かせた。
カレーは彼女の大好物の1つなのだ。
「いっただきま~す!!」
バチンと手を合わせ、早速食べ始める。
豪快にスプーンを突っ込むと山盛りのご飯と一緒に、カレーを掻き込んだ。
「はうぅぅぅぅううううう!! し・あ・わ・せっっっっっ!!」
アセルスは唸った。
ウォンと同じだ。
唇いっぱいにカレーをつけながら、夢中になって食べ始める。
その横でユルバも口を付ける。
食いしん坊騎士と違って、ゆっくり上品に咀嚼した。
「ホントだわ。前よりも味が濃く感じます」
「冷やすことによって野菜や肉にカレーの味が染み込むと、その旨みが染み出て味わい深くなる。相乗効果ってヤツだな」
「料理って奥深いんですね。ただ冷えただけなのに、こんなに味が変わるなんて。私はなんでも新鮮で、熱をよく入れたものが1番美味しいと思ってました」
「料理にとって、どっちも重要なんだ。肝心要は食材の声を聞いてあげることと、食べる人の顔をどう思い描くかってことだよ」
「おかわり!」
元気いっぱいにアセルスは皿を差し出す。
「はえぇなあ。もっとゆっくりよく噛んで食べろよ、アセルス」
「そうしたいのは山々なのだが、腹の虫がいうことを聞かぬのだ」
「…………」
ディッシュは呆れる。
やれやれと肩を落としながら、おかわりをよそった。
アセルスに渡すと、また一気に食い始める。
木皿の中のカレーがものの数秒で半分まで溶けていった。
「ふふふ……」
2人のやりとりを見ていたユルバは、口元を抑えながら微笑む。
「ディッシュさんが食べてほしい相手は、随分と作りがいのある人なんですね」
「ああ。何せアセルスは、俺の魔獣食を初めて認めてくれた人だからな」
「まあ……。うふふふ……。それは大切にしなければなりませんね」
「どういうことだ?」
「なんでもありません。ところでディッシュさん」
ユルバは皿を空にする。
お代わりはせずに脇に置くと、ディッシュに向き直った。
「料理を教えてくれる時に言いましたよね。条件があると……。そろそろ教えていただけませんか」
「ああ……。そう言えば、まだ言ってなかったな」
3度アセルスの皿にカレーを盛りつけると、ディッシュもまたユルバと向かい合った。
「まあ、これは条件っていうかお願いっていうか。単なる俺のわがままなんだけどよ」
ウォンを連れて行かないでくれ……。
ディッシュは頭を下げた。
「それは引き続き、タキオルの飼い主でいたいということですか?」
「ぶっちゃけそういうことになる。俺にとって、ウォンは相棒だ。言葉はわからねぇし、俺は神獣でもねぇ。ゼロスキルの料理人だ」
胸を叩きながら、ディッシュは訴える。
「けど、ウォンとならもっとうまい料理にたどり着ける。そんな予感がするんだ。頼む! ユルバ!! この通りだ」
ディッシュはまた深々と頭を垂れた。
そこにウォンがやってくる。
顎の周りについたカレーを舌で拭き取りながら、ユルバに向かって頭を下げた。
1人と1匹――。
種族こそ違うが、両方ともユルバの年齢よりも遙かに年下だ。
未熟故に母としては心配事はある。
けれど、不安はなかった。
「いいでしょう」
「本当か?」
「うぉん?」
同時に顔を上げる。
輝いた表情は、まるで兄弟のようだ。
「はい。どうぞタキオルをよろしくお願いしますね、ディッシュさん」
「ああ! 大事にするよ」
「うぉん!」
ありがとう、お母さん。
ウォンは礼を言う。
改めて1人と1匹は頭を下げた。
「ですが、1つだけ教えなさい、タキオル。何故、あなたは『霊獣の聖庭』を飛び出していったのですか?」
そもそもこんな騒動になったのは、ウォンが神獣の世界から飛び出していったのが原因だ。
それを聞くまでは、ユルバも背を向けて帰ることはできなかった。
ウォンは躊躇いながら、事情を話す。
その理由を聞いて、ユルバは「えぇ!?」と素っ頓狂な声を上げた。
「ユルバ殿、ウォンはなんと言ったのですか?」
アセルスは3杯目のカレーを横に置いて尋ねる。
「タキオルはこう言いました」
お母さんみたいになりたかった。
事情を聞くと、ウォンはユルバの過去を他の神獣から聞いたらしい。
とても強い神獣であったことを。
世界を滅ぼしかけた最強の魔獣――大蛇竜ミドガルズオルムを倒したことを。
それを聞き、感動していたのはアセルスだった。
「やはり、ユルバ殿はあの伝説の神狼だったのですね」
「お恥ずかしいお話ですが、その通りです」
ウォンもユルバのように強くなりたかった。
強くなって、ミドガルズオルムのような大きな魔獣を討伐したいと考えたらしい。
そして人間界にやってきた。
だが、右も左もわからない世界で迷子になってるところを、ディッシュと出会ったらしい。
「タキオル、答えなさい。今でも強くなりたいと思っていますか?」
ウォンは素直に頷く。
今回のことで痛感したらしい。
確かにダイダラボッチに手こずっているようでは、ミドガルズオルムの討伐など夢のまた夢だ。
「うぉん」
「え? 『でも昔と今では少し違う』っと?」
ウォンは母に語った。
ぼくはディッシュと一緒に強くなりたい……。
自分は強い魔獣を倒す。
ディッシュはそれを料理する。
そういう関係でありたいと、ウォンは話した。
ユルバは目を伏せ考えた後、我が子に言った。
「ただ強くなりたいと答えたなら、やはり無理矢理でも『霊獣の聖庭』に帰すところでしたが……」
「うぉん」
「安心しました。あなたもまたディッシュさんの役に立ちたいのですね」
「うぉん!」
ウォンは元気の良い返事をする。
すると、ユルバはディッシュに向き直った。
「ディッシュさん、不束な息子ではありますが、よろしくお願いします」
「それは俺の台詞だよ。約束する。ウォンに無茶なことはさせない。ウォンは俺の大事な相棒だからな」
「その言葉を信じましょう。ただ様子見で定期的にここに来ようと思っているのですが……」
「大歓迎だ」
「で――。そのぅ……」
急にユルバはモジモジと身体を動かし始める。
少し頬を染めながら、ディッシュにお願いした。
「出来れば、その時また料理を教えていただけないでしょうか?」
「うん。構わないぞ」
「ありがとうございます、ディッシュ先生!」
最後に、ユルバは満面の笑みで感謝の言葉を口にし、帰っていった。
ゼロスキルの料理人は、引き続き神獣の先生になるのだった。
おかげさまで、無事書籍版を発売することができました。
すでにお買い上げいただいたという方は、もう知っているかもしれませんが、
なんと『ゼロスキルの料理番』のコミカライズの企画が進行中です!
ここまで来れたのは、ひとえに読者の皆様のおかげです。
ありがとうございます。
まだまだ詳細は明かすことはできませんが、近いうちに発表がございますので、
こちらの後書き、活動報告、作者のTwitterをチェックしていただければと思っています。
最後に、残念ではありますが、毎日投稿はここでストップさせていただきます(ネタ切れた)。
次回投稿は未定なのですが、なるべく早めに戻って参りますので、今しばらくお待ち下さい。
別の作品ではありますが、
『上級貴族様に虐げられたので、魔王の副官に転生し復讐することにしました』が、
現在毎日投稿を続けております。
戦記物ではありますが、時々飯テロ(魚料理主体)しているので、気になった方は是非チェックしていただければ幸いです(下欄にリンクがございます)。
これからもWeb版、書籍版ともども『ゼロスキルの料理番』をよろしくお願い申し上げますm(_ _)m







