menu82 伝説の神獣の狩り
おかげさまで発売前にかかわらず、
TSUTAYAデイリーランキングにて6位をいただくことができました。
書籍版をご購入いただいた方、誠にありがとうございます。
今日もどうぞ召し上がれ!
ウォンはディッシュが『長老』と呼ぶ木のうろの中で蹲っていた。
少し元気なさそうに項垂れている。
モフモフの毛にも、いつもの艶がなかった。
神狼は反省していた。
ディッシュを置いて逃げてしまったことだ。
でも、ディッシュの側には必ずユルバがいるだろう。
可能な限り、母親には会いたくなかった。
きっとすっごく怒られるからだ。
ユルバには黙って『霊獣の聖庭』を飛び出してきてしまった。
きっと自分を連れ戻しにきたのだ。
いやだ……!
それだけはどうしてもイヤだ。
ディッシュと離ればなれになる。
美味しいものを食べれなくなる。
それはとてもイヤなことだった。
ウォンには目的があった。
『霊獣の聖庭』を飛び出してまで果たさなければならなかった目的が。
うぉぉおおおおんんん……。
ウォンの鳴き声ではない。
腹音だ。
お腹が空いた。
早くディッシュの料理が食べたい。
でも、きっと側にはユルバもいるだろう。
どうしよう……。
ウォンの気持ちはますますブルーになっていった。
料理が恋しくて、長老の木を舐める。
…………ろ。
ウォンは反射的に耳をピンと立てた。
かすかだが、声が聞こえたのだ。
「うぉん?」
神狼は首を傾げる。
ディッシュが帰ってきたのだろうか。
けれど、気配はしない。
耳をあらゆる方向にそばだて、匂いを嗅いで見たが、ディッシュが近づいてくる様子はなかった。
…………にげろ。
ウォンはピンと尻尾を伸ばした。
聞こえた。
確かに『逃げろ』と聞こえた。
その瞬間だった。
突然、大地が揺れる。
『長老』が縦に震えた。
大きく枝がしなだれ、梢を打ち鳴らす激しい音が聞こえる。
ドンッ!!
再び揺れる。
まただ。
さらに近い。
音はそのまま連続して鳴り響く。
何かが近づいてきていた。
ウォンは木のうろから出る。
タンッと幹を蹴り、駆け上った。
『長老』の一番上まで来ると、生い茂った葉の間から顔を出した。
「――――ッ!」
神獣フェンリルは息を呑んだ。
それは巨大な一つ目オーガだった。
まるで煙のような真っ黒で巨大な体躯。
赤、黄色、緑、青、紫という5色の虹彩を持つ大きな1つ目。
腕も足も大木のように太く、胸の厚さは鋼の城門を思わせた。
デカい……。
まさしく山のように大きな魔獣だった。
巨鬼ダイダラボッチ。
超災害級の魔獣だ。
だが、『霊獣の聖庭』で育ったウォンが知る由もない。
ただ見たことのない魔獣を見て、小さな神狼は驚くだけだった。
山の中をのっしのっしと進んでいたオーガは足を止めた。
大きな一つ目が、ウォンを捉える。
すると、大きな腕を振り上げた。
まるで雑草を刈るような動きで、身体を大きく使ってなぎ払う。
ウォンは慌てて頭を引っ込める。
その上をダイダラボッチを腕が通り過ぎていった。
かわすにはかわしたが、突風が巻き起こる。
枝が折れ、空へと舞い上がった。
やがて落ち来た枝は、下にあるディッシュの家の屋根を叩く。
このまま『長老』に留まっては、家が吹き飛んでしまうかもしれない。
(ダメだ……。ここから離れなきゃ!)
ウォンは本能的に悟る。
木の上を渡りながら、『長老』から離れた。
「うぉん!」
こっちだ!
尻尾を大きく振りながら、ダイダラボッチを挑発する。
巨躯はゆっくりと踵を返す。
ウォンの作戦通り、ダイダラボッチを『長老』から離した。
すると、神狼は一転攻勢に出る。
キュッと枝の上で反転すると、大きく吠声を上げた。
「うぉおぉぉおおおおおおおおぉぉぉぉおぉおぉんんんんん!!」
それはマジックスケルトンに使った神獣の遠吠えだった。
聖属性が含まれ、魔法を蹴散らす効果を含んでいる。
しかし、上位の魔族に効いた技も、巨大なオーガには通じない。
一瞬怯ませただけだった。
ダイダラボッチは振りかぶる。
動きが遅くて助かった。
纏う風圧こそ凄いが、回避するのは難しくない。
ウォンの速さはあの【光速】の騎士アセルスすら認めるところだ。
振り抜いた腕に、ウォンは着地する。
そのまま腕を伝ってダイダラボッチの身体を登り始めた。
目指すは首筋だ。
ウォンはディッシュとの狩りによって学んでいた。
魔獣も野生の獣も総じて顔の下に急所があることを。
神狼が首筋を狙ったのは、本能ではなく人間界で学んだ知恵だった。
「うぉん!!」
大きく吠声を上げながら、ウォンは飛びかかる。
そのままダイダラボッチの首筋に噛みついた。
ウォンの牙が深く突き刺さる。
血の味が滲んだ。
「うぉん(このまま食べてやる)!」
そう言うつもりでウォンは牙を立てた。
必死に肉を食いちぎろうとする。
けれど、思ったより出血も魔力の漏出も少ない。
「うぉん(あれ)?」
それは単純にダイダラボッチが大きいことが原因だった。
如何な神狼の牙とて、大事な血管や魔力の通り道を傷つけることができなかったのだ。
その時だ。
とうとうウォンは捕まった。
攻撃に夢中になるあまり警戒を怠ってしまったのである。
ダイダラボッチの巨手が、大きな狼を握った。
「うぉん(しまった)!」
ダイダラボッチは力を込める。
ウォンは神狼だ。
力には自信があるし、身体の強さも魔獣に負けることはない。
それでも、相対した大きなオーガの力に、徐々に押されていった。
次第に神狼の意識がかすみ始める。
「うぉん?」
おかしい……。
なんだかとても眠い。
これが死ぬって事なのだろうか。
ああ……。お腹が空いたなあ。
ディッシュの料理が食べたいなあ。
でも、もう1度だけでいい。
ユルバに会いたい。
会って、ごめんなさいって言いたい。
それは今際の際に絞り出したウォンの素直な気持ちだった。
タキオル!!
声が聞こえた。
ひどく懐かしい。
その瞬間、閉じかけていたウォンの瞼が開く。
飛び込んできたのは、大きな――。
そう……。山のように大きな狼だった。
「うぉ……ん……」
間違いない。
それはウォンの母親――ユルバだった。
ユルバはそのままダイダラボッチに突撃する。
不意を打たれた巨大魔獣は反応が遅れた。
ユルバの体当たりをもろに受ける。
握っていたウォンをポンッと離した。
それを見て、ユルバは宙を舞った我が子をくわえた。
「「ナイスキャッチ!!」」
思わず叫んだのは、ユルバの背に乗ったディッシュとアセルスだ。
一旦ダイダラボッチから距離を取る。
我が子を地上に降ろした。
一緒にディッシュとアセルスも滑り落ちてくる。
横たわるウォンを心配した。
ユルバは顔を上げる。
こっちに接近してくるダイダラボッチを睨んだ。
「ディッシュさん、アセルスさん。タキオルのことを頼みます」
「わかった」
「承った」
ユルバは頷く。
横たわった我が子と目が合った。
心配そうにユルバを見つめている。
母親は何も言わなかった。
ただ我が子に「安心なさい」と言い聞かせるように笑う。
ダッ、と地を蹴る。
まさしく風のようだった。
軽やかな動きでダイダラボッチの攻撃をかわす。
懐に潜り込んだ瞬間、巨鬼の足の肉をそぎ落とした。
交錯した後、ひらりと尻尾を翻し、ダイダラボッチと向かい合う。
牙に絡みついた肉をペッと吐き出し、再び突撃した。
今度は脇の肉、さらに腕の腱、足裏の筋、急所と呼べる場所を次々と攻撃する。
その度にダイダラボッチの動きが鈍くなる。
ついには、動けなくなってしまった。
見事なユルバの動きに、感嘆したのはアセルスだった。
同じ魔獣を狩る冒険者として感じ入るものがあったのだろう。
「あれは狩りだ」
「え?」
アセルスの言葉に、ディッシュは呆然とした。
「本物の狩人というのは、決して一撃で獲物を狙わない。獲物を疲れさせ、動きを止めたところを――」
狩る……!
まさしくアセルスの指摘通りだった。
次の瞬間、動きが止まったダイダラボッチの喉元に食らいつく。
ユルバの牙が深々と突き刺さった。
あらゆる筋を切られた巨鬼に為す術はない。
無理矢理、腕を上げるが、もはや神狼を引き剥がす力は残っていなかった。
超災害級といわれる魔獣が、ただただ命を奪われることしかできなかった。
やがて大きな一つ目がぐるりと回る。
白く染まった瞬間、大きく崩れ落ちた。
人類が結集して討たなければならなかった魔獣は、神獣フェンリルの成獣によって、あっさりと討伐されてしまった。
意識を失ったのを確認すると、ユルバは頭を天に向かって突き上げた。
「うぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおんんんんんん!!」
遠吠えが勝ち鬨のように響き渡る。
足を広げ、山の上に立って吠声を上げる母親の姿に、ウォンの瞳は輝いていた。
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