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ゼロスキルの料理番  作者: 延野正行
第3章
73/209

menu71 泥の手の魔獣

新作『縛り勇者の異世界無双~ユニークスキルで成り上がる~』の投稿記念。

ちょっと早めに更新です。

今日もどうぞ召し上がれ!

 最初に気づいたのは、ウォンだった。


 くるりと身を翻す。

 上に乗った主が戸惑うこともいとわず、低く唸り上げた。

 ディッシュも茂みの向こうを睨む。


「え? どうしたの?」


 遅れて、ヘレネイが反応した。

 怪我を負ったランクも、傷口を押さえながら立ち上がる。

 2人が気づいた時には、すでに事は起こっていた。


 ヘレネイは首を傾げる。


「あれ? ゴブリンの数が減ってる」


 最初、何体のゴブリンと相対したのか。

 その正確な数値はわからない。

 だけど、明らかに数が減っていることだけはわかる。


 少なくとも、5体だけということはなかったはずだ。


 ずずっ……。


 奇妙な音が聞こえた。

 ランクが何かに気づく。

 あれは!? と大きな声を上げ、指を差した。


 それはゴブリンの死体だ。

 茂みの中に引き込まれていく。

 まるで森がゴブリンを食べているように見えた。


「「ひぇぇぇぇぇぇぇぇぇえええええ!!」」


 ヘレネイとランクは揃って悲鳴を上げる。

 十分にホラーな展開である。

 茂みがゴブリンを飲み込んでいる。

 そんな魔獣など聞いた事がなかった。


 だが、ウォンは勇敢だった。


 茂みにツッコむ。

 目の前に現れたものを見て、ディッシュは息を呑んだ。


 それは手だった。

 人の手の平よりも数倍大きな手。

 土から生えるように手を上げている。

 手にドロドロの泥が付着していた。


 向こうもこちらに気付いたらしい。

 大きな手でガッチリと掴んでいたゴブリンを離す。

 威嚇するように、手を握り拳を作った。


 それを見て、ディッシュが叫んだ。


「やっぱりマッドフィンガーか!」


 Eランクの幽霊系魔獣である。

 春先になると現れ、魔獣の遺体や木の実を土中に引き込み、捕食する。

 結構ビビりで、滅多に冒険者を襲わない。

 だが仲間を呼ぶことが多く、遭遇すると案外厄介なモンスターだった。


 ゴブリンを引き込んだのも、マッドフィンガーだろう。


「うぉん!」


 早速、ウォンは新たな魔獣に襲いかかる。

 だが、待ったをかけたのは、ディッシュだった。

 ウォンの毛を手綱のように引っ張る。


「ウォン、待て」


「うぉん?」


 自慢の毛を引っ張られたウォンは、ちょっと涙目になっていた。

 首を背中の主の方へ回す。

 すると、ディッシュは耳打ちした。


「あいつ、ああ見えて結構美味しいんだぜ」


「うぉん!!」


 マジかよ!


 って顔で、ウォンの顔が輝いた。

 途端、息が荒くなる。

 べろりと舌を出して、ボトボトと大粒の涎を垂らした。


「根もとの部分だけを狙って、倒すことは出来るか?」


「うぉん!!」


「よし。じゃあ、ちょっと待機な」


「うぉん?」


「一杯食いたいだろ?」


 ディッシュはにしし、と笑う。

 ウォンは目を丸くする。

 ぴょんと勢いよく跳ねて、喜びを表現した。


「ディッシュくん、どうしたの――って」


「マッドフィンガーか!?」


 ヘレネイとランクがやってくる。

 ポツンと地中から手を出した魔獣を見つめた。


「どうしたの? 早く倒さないと!」


「仲間を呼ばれるぞ」


 2人は慌てる。

 だが、ディッシュもウォンも動かない。

 むしろ、それを待っているのだ。


 突然、マッドフィンガーが震え出す。

 彼らに声帯はない。

 だが、身を震わせることによって、仲間を呼んでいるのだ。


「来るぞ!」


 ディッシュはニヤリと笑う。


 その予言は当たる。

 地面から次々とマッドフィンガーが現れた。


「ちょ! これ!?」


「おいおい。大丈夫なのか?」


 ヘレネイとランクのペアは悲鳴を上げる。

 だが、ディッシュの笑みは消えない。

 ウォンに至っては、ただ牙を舌でなめるだけだった。


「行け! ウォン!!」


「うぉん!!」


 ウォンは吠える。

 マッドフィンガーで埋め尽くされた地面に飛び込んだ。

 それは歓喜に満ちあふれていた。


 ジャッ!


 鋭い音が空気を切り裂いていく。

 次瞬、マッドフィンガーが根もとから斬られた。

 ポポポポンッという感じで複数のマッドフィンガーが、青い空に打ち上がる。


 一瞬だった。


 10数体はいたであろうマッドフィンガーは全滅した。


「すごい!」


 ヘレネスは呆然とする。

 横のランクも声も出ないらしい。

 地面に転がったマッドフィンガーを見つめるのみだった。


 脅威が去る。

 ディッシュはウォンの背中から降りた。

 倒したばかりのマッドフィンガーを見つめる。


「でぃ、ディッシュくん。危ないよ」


「大丈夫だ。死んでる」


「そうだけど……」


 ドロドロの魔獣を見つめる。

 薄気味悪い手だけの姿を見て、ヘレネイは顔を顰めた。


 すると、ディッシュはずっと背負っていた木の背嚢を下ろす。

 何かを取り出す。

 現れたのは、竹筒で作った水筒だ。

 その中身を、背嚢の横に下がっていた桶の中にぶちまけた。


「ちょっと! ディッシュくん、もったいないわよ」


 冒険者にとって、いついかなる場所でも水は貴重である。

 その水をすべて開けるなんて、先輩冒険者として見過ごすことができなかった。

 しかし、ディッシュは反省する様子もなく、答える。


「大丈夫だよ。これはそもそも水じゃない」


「水じゃない?」


 ディッシュは作業を続ける。

 水を張った桶に、討伐したばかりのマッドフィンガーを浸けた。


 じゅぅぅぅぅぅうううぅぅぅぅぅううぅぅううぅぅぅうう!!


 肉が焼けるような音が山野に鳴り響く。

 ヘレネイたちは桶を覗き込んだ。

 その名の通り、泥を纏ったマッドフィンガーがみるみる溶けていく。

 正確に記すならば、その泥が溶けていっているのが見えた。


 一体、何がどうなっているかわからない。


 ヘレネイが首を傾げていると、ディッシュが答えた。


「その水は聖水だ」


「せ、聖水!?」


「ちょ! こ、こんな大量の聖水をどこで?」


「この量だけで、金貨1枚ぐらいはするんだぞ?」


「そうなのか? 俺んちの甕には、もっと一杯入ってるぞ」


「「甕一杯!!」」


 2人は声を揃える。

 ヘレネイは指折り数え始めた。

 だが手が震えて、うまく計算できない。

 ランクに至っては、初めから計算を放棄し、呆然としていた。


 すると、2人ディッシュに背中を向ける。

 何やらひそひそと話を始めた。


「ね、ねぇ……。もしかして、ディッシュくんって金持ち?」

「いや、そんな風には見えないぞ」

「でも、嘘を吐いているようにも見えないわよ」

「だな……。それにあのウォンだって随分手なずけられているし」

「でしょ!?」


 ヘレネイは食い気味に、ランクに迫る。

 そっと振り返った。

 ディッシュとウォンは、桶の中をのぞき込んでいる。


「そろそろだな」


 ディッシュは言った。

 桶の中に手を突っ込む。

 その手に握られていたものを見て、ヘレネイたちは絶句した。


「――――ッ!!」


 それは手だった。

 マッドフィンガーを入れた桶である。

 手が出てくるのは当たり前だろう。

 だけど、それは泥を纏った魔獣などではない。


 まるで鶏肉のような肉々しい手だった。


 手と聞くと、どうしても残酷なイメージがある。

 が、その姿はある意味手を超えていた(ヽヽヽヽヽヽヽ)


 聖水に濡れた艶っぽい桃色の肌。

 かすかに震えると、ぷるりと蠢き、捌きたてのような新鮮さを感じる。

 若干ぬめって見えるのは、脂だろう。

 泥の中に含まれていたものだ。


 それは魔獣。

 それも手の形をしている。

 どれほど鮮やかな姿をしていても、その事実は覆らない。


 けれど、ヘレネイもランクも思わず――。


 ごくり……。


 唾を飲み込んでしまった。

 怖いとか、グロテスクとかいうよりも先に思ってしまったのだ。



 美味しそう(ヽヽヽヽヽ)、と……。



「ヘレネイ! ランク!」


「は、はい!」


「な、なんだ!?」


 突然、声をかけられる。

 何故か思わず背筋を伸ばしてしまった。

 背中を向けていたディッシュが振り返る。

 まるで見せつけるように、マッドフィンガーだったものを掲げた。


「今から礼をするよ」


「礼?」


「美味いもん食わせてやるっていったろ?」


「美味いもんって……。もしかして、それ?」


「ああ……」


 ディッシュの口角が上がる。


 そしてこう言った。



 マッドフィンガーの手袋揚げ……。



「マジでほっぺた落ちちまうぞ」


 満面の笑みだった。

 そして聞こえてくる。

 あの悪魔の囁きのような笑声が……。


 にししし……。


新作『縛り勇者の異世界無双~ユニークスキルで成り上がる~』を投稿しました。

ゼロスキルの料理番ほどではないのですが、たまに飯テロするので、

良かったらこちらもご賞味下さいm(_ _)m


日曜日も投稿する予定です!

ちょっと更新が慌ただしいのですが、新作ともどもよろしくお願いします。

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