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ゼロスキルの料理番  作者: 延野正行
第3章
72/209

menu70 はじめての冒険

今日はディッシュ&ウォンの活躍をご賞味ください!

 試験に合格し、ディッシュは冒険者になった。

 これで条件付きで山に暮らせるようになったのだが、時々成果を上げて報告しなければならない。

 少し面倒だが、仕方がない。

 それがフォンとの約束でもあった。


 山から街に下りてきて、ディッシュはギルドに向かう。

 中は武器を持った冒険者でひしめいていた。

 おかげでギルドのエントランスは汗臭い。

 ディッシュの鼻は、ウォンほどではないが敏感である。

 ちょっと顔を顰めながら、受付に並んだ。


 フォンはちょうど外に出ているらしい。

 受付は他の人でもできるそうだ。

 ディッシュは言われるまま、オススメのクエストを確認する。


 近郊の依頼ばかりだ。

 新米はたいてい近くの平原や街の中のクエストをこなすらしい。


「なあ、山の中のクエストないか?」


「山ですか? でも、ディッシュさんはまだ新米冒険者ですよね」


 フォンがいれば、すぐに話を通してくれたかもしれない。

 だけど、目の前の受付嬢は、ディッシュのことを知らないらしい。


 弱った……。

 出直すことも考えたが、また街にくるのも面倒だ。


「お願いだ。今度、美味い飯を食わせてやるからよ」


「う、美味い飯……」


 受付嬢は思わずごくりと息を呑んだ。

 だが、すぐに頭を振る。

 気を取り直し、反論した。


「だ、ダメです。職員を懐柔しないでください」


「ダメか……」


「それじゃあ。私たちに作ってもらおうかな」


 背後から声が聞こえた。

 振り返ると、武装した男女が立っている。

 冒険者だろう。

 1人は人族の女性。

 もう1人はエルフ族の男性だった。


「ヘレネイさん」


 受付嬢は女の方の名前を呼んだ。


「私たちが付いていれば問題ないでしょ」


「それは――」


「じゃあ、決まりね」


 ヘレネイは強引にねじ込む。

 ディッシュの方を見て、ニコリと笑った。


「私はヘレネイ・ヘンネベル。こっちが……」


「ランク・ディーツェだ。よろしく」


「ディッシュ・マックホーンだ。よろしくな。……でも、いいのか?」


「いいわよ。美味しいものを食べさせてくれるんでしょ?」


 ヘレネイは軽くウィンクする。

 なかなか魅力的だった。


「おう。そいつは期待していていいぞ」


 ディッシュはにししし、と笑う。


 そして再び山へと向かうのだった。



 ◆◇◆◇◆



「お、大きいわね」


 ヘレネイは目を丸くする。

 桃色の瞳に映っていたのは、大きな狼だった。

 その上にディッシュが乗っている。

 人間を乗せているのに狼は、嫌がることもなかった。

 のっしのっし、街道の土を掻いている。


「こいつの名前はウォンだ。俺の相棒だな。ウォン、挨拶しろ」


「うぉん!」


 低い声で吠える。

 それを聞いて、ヘレネイはケラケラと笑った。


「狼に自己紹介されたのは初めてだわ」


 ヘレネイは滲ませた涙を拭う。

 その横でランクが身体を傾け、眉根を寄せていた。


「狼は狼なんだけど……。こんなに大きな狼いたかな?」


 森の一族(エルフ)だけあって、ランクは動物に詳しい。

 だが、首を傾げるばかりである。


「触っていい?」


 ヘレネイはウォンに触れようとする。

 だが、すげなくかわされてしまった。


「悪いな。こいつ、気を許した人間以外に触られるのを、極端に嫌がるんだ」


「そう……。残念。でも、まさかディッシュが【魔獣使い(テイマー)】だったなんて思わなかったわ。しかも、こんなに頼りになりそうな相棒がいるなんて。うちの相棒と交換してくれないかしら」


「おいおい。ヘレネイ……。冗談でも、それは落ち込むぞ」


「あんたはいつも暗い顔してるでしょ!」


 びたん! と音を立てて、ヘレネイはランクの背中を叩いた。

 少し猫背気味に歩いていたランクの背筋が伸びる。

 だが、すぐ困り顔になり、背中をさすった。


「仲良さそうだな、お前達。恋人ってヤツなのか?」


「そういう時代もあったかしら」


 ヘレネイは遠くを見つめる。

 慌てたのは、ランクだった。


「なにを遠い目をしているんだい、ヘレネイ! 僕たち恋人同士だろ?」


「知ってるわよ。腐れ縁のね」


 ヘレネイは肩を竦めた。

 すると、ランクはため息を吐く。


「へぇ。恋人同士で冒険者ってのも珍しいんじゃないのか?」


「そうでもないかな。割と結婚資金とか貯めるために、冒険者になる人とかいるわよ。ちゃんとクエストをこなせば、実入りもいいしね」


「じゃあ、ヘレネイたちもいつか結婚するんだな」


 ヘレネイは手の平をヒラヒラと動かした。


「そんな計画性は私たちにないわ。どっちかというと成り行きよ」


 きっかけはランクが、前職を辞めて冒険者になったことだった。

 恋人の性格をよく知っているヘレネイは、心配になり、自分も冒険者になることを決めたのだという。


「この人はおっちょこちょいで、小心者で、虫も殺せないほど優しい性格なの。はっきり言って、冒険者には向かないって思ったのよ」


「あのね。ヘレネイ……。そういうことは、僕が聞こえないところでいっておくれよ」


 ランクはがっくりと項垂れる。

 本気で落ち込んでいた。

 まるでコメディアンの笑い話を見ているようだ。

 ディッシュは思わず笑ってしまった。


「でもよ。そんだけランクのことを、ヘレネイが心配してるってことだよな」


「そ、そんなわけ――」


 ヘレネイは目を背ける。

 ちょっと唇を尖らせながら、顔を赤くした。


 ディッシュはまたにしし、と笑うのだった。



 ◆◇◆◇◆



 山まで戻ってきた。

 装備を確認し、いざ登り始める。


 ヘレネイたちが請け負ったのは、野草の採取である。

 しかも、群生地の周りには最近、ゴブリンが出てきて、冒険者を邪魔するらしい。

 依頼には、その討伐も含まれていた。


「ゴブリンっていっても、油断しないでね。弓ぐらいは作れる程度には頭がいいし。物陰から狙撃されることもあるわよ」


「ああ。大丈夫だ」


 ゴブリンが厄介なのは、ディッシュも昔イヤというほど思い知らされたことがあった。

 力は弱く、背も低いから油断しがちだが、その心の隙間をついてくるほど、彼らは賢いのだ。


 しばらく山の中を歩く。

 もうすぐ陽が天頂に来る頃合いで、目的の群生地に辿り着いた。


「とりあえず、まず荒らされていないみたいね。今のうちに薬草の採取をしましょ」


「いや、いるぞ」


「え?」


 すると、ウォンの形相が変わる。

 大きく顎門を開いた。


「うぉぉぉおおおおおおおぉぉぉおぉおぉおぉおぉおおぉおお!!!!」


 耳をつんざくような吠声が山に響き渡る。

 びりびりと空気を震わせた。


「すごっ!」


 ヘレネイは感嘆する。


 直後、茂みが動いた。

 丸い禿頭と顔のサイズに似合わぬ大きな耳。

 猛禽を思わせるようなギロリとした目が、こちらを見ていた。


 ゴブリンだ。


 先に発見された。

 慌てて剣を握る。

 だが、それよりも速く襲いかかったのはウォンだった。


 近くにいたゴブリンに襲いかかる。

 体重を載せ踏みつぶした。

 再び顎を開けて威嚇する。

 完全にゴブリンはぶるっ(ヽヽヽ)ていた。


 ウォンは大きな尻尾を回す。

 周りのゴブリンをあっという間に打ち払ってしまった。


「すごい……」


 もうその言葉しか出ない。

 ヘレネイは呆然とした。

 その時である。


「ヘレネイ、危ない!」


 突然、ランクが飛び込んでくる。

 恋人に抱きつき、伏せた。

 すると、矢が飛んでくる。

 ランクの肩をかすめた。


「ランク!」


「しっ! 伏せて!」


 ランクは弓を絞る。

 茂みの奥にいたゴブリンを見つけた。

 その手には、弓を持っている。


 ビィン!!


 鳴弦が響く。

 矢は森の空気を引き裂いた。


「げぇ!!」


 見事、ゴブリンの眉間を貫く。

 そのまま後ろに倒れた。


「お見事!」


 ヘレネイは反射的に叫んでいた。


 だが、ヘレネイとランクの戦果といえばこれぐらいしかない。

 あとは全部、ウォンがやっつけてしまったのだ。


「大丈夫か、お前達?」


 ウォンに乗って、ディッシュがやってくる。

 ゴブリンの数はおよそ十数体。

 1匹1匹は恐るるに足りない雑魚魔獣だが、これだけ揃うとなかなか脅威だ。


 なのにディッシュは飄々としている。

 戦闘に入る前と後で、まるで表情が変わっていない。

 常に自然体だった。


「え……。ええ……。すごいわね、ウォン」


「ははは……。その言葉は、ランクにも言ってやれよ。ヘレネイを守ったんだぞ」


「そ、そうね。ランク、ありがとう」


 すると、ランクはヘレネイに寄りかかる。

 キュゥと恋人の顔が赤くなった。


「ちょっと、ランク。ディッシュくんがいるのよ」


 初めは冗談だと思っていた。

 だが、聞こえてきたのは荒い息だ。

 それに身体が熱い。

 慌てて額に手をやる。


 熱が出ていた。

 しかもじっとりと汗が浮かんでいる。

 何度も息を繰り返す。

 名前を呼んでみるが、明確な返事が返ってこない。

 ランクは半ば意識を失っていた。


「まさか……!!」


 ヘレネイは慌ててランクを寝かした。

 先ほどの矢傷を見る。

 腕に付いたそれは、青紫に腫れ上がっていた。


「毒だな、こりゃ」


 ディッシュは目を細める。


 おそらくゴブリンの矢尻に毒が塗られていたのだろう。


 ヘレネイは慌てて道具袋を覗く、

 だが、すぐに唇を噛み、渋い顔をした。

 自分の迂闊さを呪う。


 毒消し草を切らしていたのだ。


「ディッシュくん、毒消し草を持ってる?」


「うん? わりぃ。持ってない」


 彼は新米の冒険者である。

 山のことはあまり知らない。

 準備も万端というわけではないだろう。

 責められる筋合いはない。


 責めるのは自分だ。

 何年、冒険者をやっていると思う。


「ディッシュくん。ウォンに彼を乗せて、街まで」


「悪いな、ウォンは俺以外の人を乗せるのは嫌いなんだ」


「そんな……。やだ……。このままじゃ、ランクは」


 ヘレネイの頬に涙が伝う。

 慌ててごしごしと拭った。

 泣いている場合じゃないのに……。

 でも、このままじゃ。


 すると、ヘレネイの頬にザラザラとした触感が襲いかかった。

 びっくりとして顔を上げる。

 大きな狼の顔があった。

 「うぉん!」と吠える。


「落ち着けよ、ヘレネイ。大丈夫だって」


「大丈夫って……」


「俺じゃねぇよ。ウォンが言ってんだ」


「ウォンが……」


 すると、ウォンは地面に寝ているランクに近づく。

 傷口をペロペロと舐め始めた。


 最初は一体何をしているのだろう。

 ヘレネイはわからなかった。

 だが、しばらくも待たないうちに変化が起こる。

 まるで火ぶくれのように膨らんでいた患部が、徐々に小さくなってきたのだ。


 同時にランクの顔色もよくなってくる。

 発汗も収まり、呼吸も安定してきた。

 やがて患部は綺麗になる。

 毒の痕どころか、矢傷さえ癒えていた。


「す、すごい!!」


 まさに奇跡だ。


 ヘレネイは顔を上げる。

 少年が跨がる大狼の顔を見つめた。

 気高さすら感じる。

 まるで神の御使いのようだ。


「ありがとう、ウォン」


 ヘレネイは抱きつく。

 だが、ウォンにすげなくかわされた。

 主以外に心を許していないというのは、本当のようだ。


 それでも助けてくれた大狼に感謝した。


「う、ううぅぅん……」


 ちょうどランクが起き上がる。

 全く問題ないらしい。

 むしろ本人的には、出発前より元気になっているという。


「良かった!」


 抱きついたのは、ヘレネイの方だった。

 少し涙を溜めながら、恋人に甘える。

 まだ事態を把握していないランクは、ただそっとヘレネイを抱きしめた。


「なんだ。やっぱりお似合いのカップルじゃねぇか」


 ディッシュは、にししと笑うのだった。



 ◆◇◆◇◆



 ヘレネイたちが、一喜一憂する中。

 その近くでは、別の恐ろしいことが始まっていた。


 ずずっとウォンが倒したゴブリンが引きずられていく。

 やがて地面の中に飲み込まれていった。


 3人と1匹は、この時は知らない。

 まだ危機は去っていないことに……。


しばらくアセルスはお休みですが、

ちゃんとこの後、出てきますのでお楽しみに!

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