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ゼロスキルの料理番  作者: 延野正行
第3章
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menu68 きつね色の油揚げ

本日は、狐が大好きな油揚げを用意させていただきました。

どうぞ召し上がれ!

 フォンは、アセルスとともにヴェーリン家にやってきた。

 長い付き合いだが、こうしてアセルスの家にくるのは、フォンは初めてだ。

 子爵位を持つ貴族の家。

 国の中では英雄であるアセルスの家だけあって、フォンは緊張していた。


 しかも、着ているのはギルドの制服である。

 突然お呼ばれしたため、身なりを整える時間がなかったのだ。


 本来なら1度家に帰りたいのだが、アセルスは気にならないらしい。

 フォンの格好よりも、どうやら食欲の方が我慢できないらしく、屋敷に来る間、何度も唾を飲み込んでいた。


 ちょっと意地汚い主とは違って、屋敷の中はとても品がよく、清潔に保たれている。

 アセルスの従者キャリルの歓待を受け、早速食堂へ向かった。

 そこにいたのが、ディッシュである。

 側には神獣ウォンも座っていた。

 フォンを見つけると、「うぉん」と挨拶する。


「ディッシュさん、どうしてヴェーリン家に……。え? もしかして、同棲?」


 フォンはアセルスに振り返る。

 はっは~ん、という顔をしながら、ニヤリと笑った。

 アセルスは慌てて弁解する。


「ちちちちち違う! きょ、今日はディッシュが我が家の厨房を貸してくれというから」


「厨房を? どうして?」


「フォンには世話になったからな。俺が出来るのは、せいぜい料理ぐらいだ。だから、何か作ってやろうと思って……。何かリクエストはないか?」


「え? 別にそんな……。お気になさらずに。あれはギルド側というか、私のミスでもあったので」


 フォンは尻尾と手を同時に動かしながら、遠慮する。


 すると、手をあげたのは、アセルスだった。


「なあ、ディッシュ。前にちょっと話していた料理を食べたい。えっと……。確かあ、あ、あぶらなげ?」


「ああ、油揚げのことか」



 油揚げ!!



 ぴこん、と反応したのは、フォンだった。

 モフモフの尻尾と耳をピンと立たせる。

 心なしか、顔が赤くなっていた。


 フォンは知っていた。

 油揚げとは東方の料理である。

 1度だけ東方の冒険者のお世話をした時に、お礼としてもらったことがあった。


 モフッと柔らかく、かつ食べるとカリカリした食感が溜まらなかった。

 熱々の醸造酒と一緒に食べると、また美味いのだ。


「でも、作れるんですか? 東方の料理を」


「ああ。前にケンリュウサイの爺さんから教わって作ったことがある」


「ケンリュウサイって……。あの【剣神】と呼ばれるケンリュウサイ様ですか?」


「そうだ。ケンリュウサイ様も、ディッシュの料理のファンなのだ」


「え、ええええ! 世界で10人もいないっていわれる神のスキルを持つ方と、ディッシュさんがお知り合いなんですか!?」


 なんて交際範囲が広いのだろうか。

 フォンは驚嘆した。


 SSランクの聖騎士アセルス。

 神獣ウォン。

 聞けば、天才魔法姫にして美食家アリエステル姫すら、ディッシュの料理の虜になっているという。


 さらに【剣神】ケンリュウサイ……。


 正直、信じられなかった。


「じゃあ、油揚げでいいか?」


「はい! 是非!!」


「にししし。こういう事もあろうかと、材料は持ってきておいて良かったぜ」


「あのディッシュさん」


「うん?」


「作ってるところを見せていただけないでしょうか?」


「おう。いいぞ」


 すると、さらにアセルス、キャリルが手を挙げた。

 そこにウォンが加わって、ヴェーリン家の厨房へと向かう

 アセルスとウォンは涎を垂らしながら、フォンはぶんぶんと尻尾を振りながら、キャリルは熱心にメモを取り、ディッシュの背中を見つめた。


「さてと……」


 まずディッシュが取りだしたのは、カワキ草の葉だった。

 とても水を吸う草で、冒険者にはお馴染みの草だ。

 浸すだけで、葉の中に水をため込み、出す時はぐっとしぼるだけなのでとても便利な葉である。


 それを何枚も重ねてあるらしい。

 ディッシュは1枚1枚丁寧にはぎ取ると、現れたのは白い長方体だった。


「もしかして、それってトウフですか?」


 フォンは尋ねる。

 これも昔出会った東方の冒険者のお礼の中にあったものだ。

 冷たく、とても素朴な味がしたのを覚えている。


「そうだ。平たく言うとな、油揚げってのはトウフを揚げたものなんだよ」


 そう言って、ディッシュはトウフを薄く切る。

 カワキ草にくるまれていたおかげか。

 水分を吸われて、知っているものよりも少し硬そうに見えた。


 切り終えると、早速油を張った鍋の中に投入していく。

 あまり派手な音は鳴らない。

 薄く切ったトウフは、油の上を滑っていった。

 時折、油をかけながら、じっくりと熱を入れていく。


「ディッシュさん、横の鍋は何に使いますの?」


 手を挙げたのは、勉強熱心なキャリルである。


 今、トウフを揚げている鍋の横にも同じように油を張った鍋があった。


「2度揚げするのさ」



 2度揚げ???



 アセルス、フォン、キャリルが一斉に反応する。

 横でウォンが「うぉん?」と首を傾げた。


 聞いたことがない調理方法である。

 おそらく、その名の通り2度揚げるのだろう。

 でも、フォンにはそのメリットがなんなのかわからなかった。

 それは他の2人も同じだ。


「ぞれぞれ油の温度が違うんだ。1つは低い温度、もう1つ高い温度にしてある。低い温度でじっくりと揚げて、中まで熱を通し、次に高い温度の油で揚げる。すると、外はカリカリ、中はふっくらとした仕上がりになるんだ。衣揚げする時は便利な調理方法だから覚えておくといいぞ」


「相変わらず、みんなが知らないような調理法を知ってますわね、ディッシュさん。でも、薄い揚げ物には向かないと思いますけど」


 と指摘したのは、キャリルだ。

 ヴェーリン家の料理担当だけあって、なかなか鋭い。

 フォンも思わず頷いてしまった。


 ディッシュはにししし、と笑う。

 なんだか嬉しそうだった。

 2人は同じ料理人である。

 だから、料理の話ができるのが嬉しいのだろう。


「さすがはキャリルだな。実は、油揚げを2度揚げするのは、その効果を狙ったわけじゃないんだ。……おっと、そろそろだぞ」


 すると、薄く切ったトウフに変化が合った。


 もわもわと膨らみはじめたのだ。


「おお! 膨らんできたぞ」


「不思議ですね。色も変わってきました」


 煉瓦のように硬そうに見えたトウフが、干したばかりの布団のようにふわふわになっていく。

 フォンがよく知る油揚げの形になっていった。


 揚げのいい香りが漂ってくる。

 フォンは思わずピンと尻尾を立てた。


「頃合いだな」


 次にディッシュは油揚げを、高温の方へと投入した。



 しゅわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわ……。



 炭酸の気泡のような爽やかな音が響く。

 アセルスのお腹にも、ダメージがあったらしい。


 ぐおおおおおおおお……。


 お馴染みの腹音を響かせた。


 高温で揚げられた油揚げの色がさらに濃くなっていく。


「まるで、フォンの尻尾の色のようだな」


「そうですね」


 フォンは相槌を打ち振り返る。

 アセルスの目が爛々と光っていた。

 まるで野獣の眼光だ。


「ちょっ! アセルスさん! 私の尻尾は食べ物じゃないですよ」


「う、うむ。わかっているのだが、ついな――。美味しそうに見えて」


「美味しそうに見えないでください!!」 


 フォンはアセルスから逃げる。

 それを食いしん坊騎士はウォンと一緒になって追いかけた。

 ついには捕まり、フォンの尻尾をアセルスはモフモフする。


「アセルス様、厨房で走らないでください。……ところで、ディッシュさん。油揚げを2度揚げするメリットって?」


「低温の油は――今見たように――油揚げを伸ばす(ヽヽヽ)ためだ。で、高温の油は、表面の水分を一気に飛ばすためだ。1度伸ばした油揚げをカリカリにして、その収縮を抑えるんだよ」


「なるほど。水を吸いやすい具材なんですね」


「ああ。だから、揚がったばかりが1番美味しいぞ」


 ディッシュは菜箸で油揚げを摘み、油から取り出す。

 油をよく切り、皿の上に載せた。


「わぁあ……」


 子どもみたいな歓声を上げたのは、アセルスとウォンに揉みくちゃにされたフォンだった。

 文字通り目を輝かせ、自分の毛と同じ黄金色に輝く油揚げを見つめる。


「ほらよ」


 ディッシュは軽く塩を降って、フォンに差し出す。


「冷めないうちに、召し上がれ」


「あ、ありがとうございます!」


 フォンは皿を受け取る。

 鼻をピクピクと動かした。

 香ばしくていい匂いが、お腹の中に溜まっていく。


 何より見た目がいい。

 このまま頬ずりしたくなるほど、ふわふわだった。


「いただきます!」


 箸で摘み、ふーふーとよく冷ます。

 そして豪快に口を開けた。



 サクッ!



 気持ちのいい食音が響く。


「コオオオオオオオオオオオオオオオンンンンンンン!!」


 フォンは思わず叫んだ。

 耳と尻尾が重力に逆らうようにピンと立つ。


 美味しい……。


 まずは食感だ。

 ディッシュが説明した通り、外はカリカリ、中はふっくらに仕上がっている。

 中までよく熱が通っていて、噛んだ瞬間、中の熱風が胃まで吹き込んできた。


 素朴な味わいは、トウフと似ている。

 そこにちょっと垂らした塩の味が染みこみ、味に良いアクセントを与えていた。

 サクサクと音を鳴らし、フォンは夢中になって食べる。


 これだ! この味だ!


 何度も頷き、懐かしさを噛みしめる。


 遅れてアセルス、キャリル、ウォンも出来たての油揚げを食んだ。


「ふぉぉぉおおおおおおぉぉおおぉおおぉぉおぉ!!」

「サクサクですわぁぁぁああああああ!!」

「わおぉぉおおぉぉぉおぉぉおぉおおぉぉぉおおぉ!」


 大好評だ。

 かなり揚げたはずなのに、一瞬にしてなくなってしまう。


「お前たち、食い過ぎだぞ。折角、油揚げでもっと美味しい料理を作ってやろうと思ったのによ」


 ディッシュは少し頬を膨らませる。


 一方、フォンたちは目を輝かせた。


「油揚げで……」

「美味しい!」

「料理ですか?」

「うぉん!」


 3人と1匹は興味津々だ。


 たまらずアセルスが食い気味にリクエストした。


「早速、作ってくれ、ディッシュ!」


「生憎と持ってきたトウフは今ので最後だ」


「そ、そうなのか」


 アセルスはシュンと項垂れる。


「だけど、俺の家でなら食べられるぞ」


 ディッシュはにししし、といつもの笑みを浮かべるのだった。


次の料理も楽しみにお待ち下さい。

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