menu55 焼きたてコロネスライム
予定していたメニューの取材が間に合わなかったので、
急遽書き上げました――いや、焼き上げたのか。
どうぞ今日も召し上がれ!
冒険者といっても様々だ。
聖騎士アセルスのように山に入り、高ランクの魔獣とひりつくような戦闘を演じて、華々しい戦果を上げる。
その一方、低ランクの冒険者たちは、山でのクエストを許可されないこともある。
経験を積み、ランクを上げ、ギルドからの許可が降りたとしても、しばらくはゴブリンやスライムといった低ランク魔獣の駆除で、地味なクエストが多い。
それこそ許可されたての新米冒険者に与えられる依頼は地味だ。
中でも1番に上げられるのが、コロネスライムの駆除だった。
スライムの亜種族で、貝殻のような殻を背負っていることと、親指ほどの大きさであること以外、見た目はスライムと変わらない。
川辺付近に生息し、何故か初冬になると段々と増えてくる。
スライムが冬支度するために、貝殻を背負ったという諸説はあるが、何故冬季に増えるかは、いまだ定かではなかった。
小さいためほとんど無害だ。
が、背負っている貝殻が、水に溶けると、作物に影響があるという研究が近年発表され、近くの農村から駆除依頼が殺到している。
最近では、ギルドクエストの冬の風物詩として、掲示板の最上段を占拠し続けていた。
そして、今日も山の川辺で、コロネスライムを駆除する冒険者たちがいた。
「あいたたたたた……。腰が痛いわ」
「なんかババ臭いな、今のリアクション」
「なんか言った……!?」
「仕方あるまい。こう身を屈めてしか、コロネスライムは取れないほど小さいからな」
「なあ……。ところで、さっきから気になっていたんだけどよ」
「奇遇ね。私も気になることがあるわ」
「ああ。さっきからチラチラと我々の視界に入っているアレだな」
冒険者たちは同時に同じ方向を向いた。
そこにいたのは、騎士だ。
砂金のように流れる金髪に、炎のように赤い唇。
青い瞳は、川に反射した光を受け、キラキラと輝いていた。
川辺で戯れる女性。
場所が山という巨大なダンジョンであることと、その身に銀色の鎧ではなく、ドレスでも纏っていれば、さぞかし絵になる光景であっただろう。
格好からして冒険者であることは間違いない。
そして、美しさと存在感は、他の者を圧倒していた。
冒険者たちは目の前にいる女性騎士の名前を知っていた。
アセルス・グィン・ヴェーリン。
辺境最強と呼ばれるSSランクの冒険者にして、聖騎士だ。
が、彼らとてわからないことがある。
普段なら山の奥へ分け入り、Bランク以上の魔獣と相対しているはずである。
そのSSランクの冒険者が、あろうことかコロネスライムの駆除を行っていた。
鼻歌を唄いながら……。実に楽しそうに……。
それはまるで初めて彼氏に料理を振る舞う生娘のようだった。
「あ、あの……。ヴェーリン卿ですよね」
なるべく失礼のないように、恐る恐る冒険者の1人は尋ねた。
すると、アセルスはバッと振り返る。
驚きに歪んだ表情は、「いつの間に!」という心の声が聞こえてきそうだ。
だが、さすがは光の聖騎士だった。
光速で居住まい正す。
キリリと表情を引き締めた。
「そ、その通りだが……」
「な、何をなさっているんですか?」
「うん? 見てわからないか?」
「コロネスライムを駆除しているんですよね。……しかし、あなたのようなSSランクの冒険者が、何故そんな低ランクのクエストを――」
「君たちはかけ出しの冒険者だな」
アセルスは尋ねる。
3人の冒険者は同時に頷いた。
やがて彼女は、わざとらしく咳を払う。
「覚えておきたまえ。冒険者というのは、初心を忘れてはいけない。たとえ、小さなクエストであろうと、コロネスライムを放置していては、美味しいご飯――ごほん! ――農作物に多大な影響が出る。食糧が少なくなれば、多くの民が飢える。魔獣1匹の被害よりも、たくさんの人間が死ぬかもしれない。大事なクエストなのだ」
最後にアセルスは、冒険者たちの肩を叩いた。
SSランクの聖騎士は、冒険者共通の憧れであり、目標だ。
その人間からの金言。
そして叩いた肩。
冒険者たちの心は熱くなり、気がつけば敬礼をしていた。
「では、私はこれで――。さらばだ!」
アセルスは手を挙げる。
靴の裏に魔力を込めた。
眩い光を帯びる。
瞬間、明光が爆発した。
次に冒険者たちは瞼を開いた時には、聖騎士アセルスの姿はどこにもなかった。
◆◇◆◇◆
「ディッシュ! 取ってきたぞ!」
アセルスは『長老』に到着する。
早速、木のテーブルの上に、握っていた袋を置いた。
ゴロリと出てきたのは、川辺で獲ってきたコロネスライムだ。
ざっと50個近くはあるだろう。
それを見たアセルスは、じゅるりと唾を飲む。
後輩冒険者に講釈を垂れていた聖騎士の姿はない。
そこにいたのは、単なる食いしん坊な騎士だった。
木の上にある家の扉が開く。
黒い蓬髪を掻きながら現れたのは、ディッシュだった。
「またかよ、アセルス……。お前も飽きねぇなあ」
「だって! だって! 外はサクッとしていて、中はふんわりとしていて、程良く絶妙な甘みがあって!」
「うぉん!」
すると、ウォンも降りてきた。
アセルスが持ってきたコロネスライムをふんふんと嗅ぐ。
ベロリと己の牙を舐めた。
「ほら! ウォンも楽しみだといっているぞ!」
「わかった。わかった。今から石窯の用意をするから待ってろ」
「やったぁぁぁぁあああ!!」
「うぉぉおおおんんんん!!」
アセルスは諸手を挙げる、
ウォンも鼻頭を上げ、咆哮をあげた。
ディッシュは石窯の用意を始める。
最近、『長老』に設置されたもので、最新の窯だ。
何故こんなものがあるかというと、アリエステルの母エヌマーナ王妃から贈られたものだった。
ディッシュは夏季に体調を悪くしていたエヌマーナ王妃を救った。
その時、彼は物品による褒美を拒んだが、王国はアリエステルとも相談し、石窯を贈ることにした。
決め手はディッシュが、王国に来た時に、物珍しそうに石窯を見ていたのを、料理人たちが目撃していたからだ。
素敵な贈り物に、ゼロスキルの料理人は素直に喜んだ。
以来、使い方に慣れるために、1日1食、パンを焼いて食べている。
だが、ゼロスキルの料理人が作るパンだ。
それは普通のパン――いや、パンですらなかった。
石窯の中に薪をくべ、火を付ける。
ドーム状の窯の中を温めると、アセルスが持ってきたコロネスライムを掴んだ。
器用に殻の中のスライムをくり貫く。
空になった殻を、熱くなった窯の中に入れた。
アセルスとウォンは待ちきれないといった様子で、窯の中を覗く。
それに外は寒い。
こうして窯に手を掲げると、ほんのりと赤くなってくる。
すると、不思議なことが起こった。
「おおおおおおおお!!」
アセルスは青い瞳を一掃輝かせた。
コロネスライムの殻がパリパリと音を立てて、ふくらみ始めたのだ。
そう。まるでパンが膨らむように……。
コロネスライムが被る殻は、スライムが排出して固めて作った何層もの蛋白質や澱粉で出来ている。そこにはスライムに寄生する菌も生息しており、熱を帯びると、ガスを排出する特性を持っている。
その空気が層状になった蛋白質を押し上げているのだ。
気が付けば、小さかった殻が大きくふくらみ、飴色に焼き上がっていた。
「ふおおおおおお!!」
アセルスは鼻穴を大きくし、思いっきり匂いを吸い込んだ。
香ばしい匂いが、鼻腔を通し、腹の底まで直撃する。
ディッシュは焼き上がったコロネスライムの殻を取り出した。
すると、くり貫き、湯煎しておいたスライムの中に刷毛を入れる。
ドロドロに溶けたスライムを、焼いた殻に塗った。
甘い匂いが漂い、再び聖騎士のお腹を蹂躙する。
「さあ、出来上がりだ!」
コロネパンを召し上がれ!!
アセルスはそっと両手で1個掴む。
指先に熱が伝わってきた。
ああ……。熱々だ。
冬の空の下。
熱々のパンを食することが出来る。
それ以上の幸せなど、この世に存在するとは思えなかった。
「いただきます」
サクッ!
「ぬほほほほほほほほほほほほほほほ!!」
「うおおおおおおおおおおおおおおお!!」
アセルスとウォンは同時に咆哮を上げる。
そう! これこれ!
このサクッとした食音が堪らない。
聞くだけで耳が幸せになる。
歯に当たった食感もいい。
さらに食い込むと、今度は柔らかな感触が返ってくる。
同時に、温められた空気が腹の中に充満し、心も温かくなる。
外サックリ。中ふんわり。
これはもはや食の黄金比といえるだろう。
味もいい。
そこはかとなく甘みのある生地が絶品。
その上にかけられたスライム飴が、生地自体の味を殺すことなく、豊かな甘みをパンに与えている。
しつこく、舌に絡まるようなものではない。
どちらかといえば素朴な味は、一層騎士の食欲を煽った。
50個近くあったコロネパンは、聖騎士と神獣の腹に収まる。
空になった木のトレーを見ながら、ディッシュは肩を竦めた。
「もう完食か。ホント飽きねぇなあ、お前たち」
1人と1匹を見て呆れる。
石窯が『長老』の近くに設置されて以来。
アセルスは、休みの日に必ず川辺に出て、コロネスライムを駆除する名目で、獲ってきては、ディッシュに焼いてもらって食べていた。
すでに5日連続で食べているのだが、それでもアセルスは満足しないらしい。
聖騎士は完全にコロネパンにはまっていた。
「はあ……。今日も美味かった……」
アセルスは、満足そうに大きなお腹を叩き、唇についた飴とパンの滓を舐め取るのだった。
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