menu53 粗挽き魔獣ハンバーグ
お待たせしました。
今日もどうぞ召し上がれ!
ハンバーグステーキ。
主に挽肉とみじん切りにした野菜、パン粉を混ぜ、塩と卵を合わせ、加熱し焼き固めたものをいう。
昔からルーンルッドで幅広く食べられ、代表的な家庭料理の1つだ。
使われる挽肉は、主に牛、豚などが多く、地方によって魚のすり身や豆を使用したものがあるが、一般的には牛と豚の合い挽き肉が好まれていた。
だが、ヴェーリン家の食卓に並ぶ肉は、牛や豚などではない。
魔獣の肉。
それを挽肉にし、ハンバーグにしたという。
客人たちは思わず息を呑んだ。
肉の美味さはすでに立証済み。
その味は、最高級の牛肉に匹敵するだろう。
いや、それ以上かもしれない。
それをわざわざ挽肉にし、ハンバーグにする。
贅沢というよりは、もはや冒涜に近い。
やがてディッシュ本人の手でサーブされる。
程良く焼き目が入ったハンバーグが、沸々と音を立てていた。
激しく湯気を立てると、眼鏡をしていた調査隊の1人がレンズを拭く。
他の者たちは、反射的に鼻の穴を大きくし、香りを吸いこんだ。
たまらん……。
肉と香辛料の香りが鼻腔を突く。
先ほど大きなステーキを食べたばかりで、食休みを訴えていた胃が蠢動するのがわかった。
2回続けての肉料理。
それでも、たちまち身体は受け入れる態勢を整える。
気がつけば、口の中に唾が溢れ、飲み込んだ。
すると、突如食堂のドアが開いた。
現れたのは、派手なピンク色のドレスを着た少女だ。
くるくると巻いた金髪ロールを揺らし、進み入ってくる。
「アリエステル王女殿下!!」
客人たちは椅子を蹴って立ち上がった。
アリエステル・ラスヌ・カルバニア。
カルバニア王家の王女である。
調査隊や冒険者たちにとって驚天動地だった。
王女生誕祭の日に王宮のバルコニーで手を振る姿を、遠くの方からご尊顔を拝することしかできない天上人。
まさに雲の上の存在である王女が、今目の前に立っていることに驚かないものはいなかった。
「良い。楽にせい」
「しかし……」
「妾も客人として招かれたのだ。そなたらと同じ。料理の前では誰でも平等なのだ」
13歳の少女とは思えない慈悲深い言葉を並べる。
調査隊や冒険者たちは、じぃんと胸が熱くなった。
王女に「平等」などといわれ、涙を滲ませるものもいる。
「よう。よく来たな、アリス」
そんな殿上人に、気さくに声をかけるものがいた。
ディッシュだ。
アリエステルは金髪を振り乱す。
曇りのない真っ青な瞳で、鋭く将来の料理番(候補)を睨んだ。
「こら、ディッシュ。下々の前だぞ。もう少し妾を敬え。あと、アリスって呼ぶでない」
「なんだよ。今さっき平等とかいっていたじゃないか」
「お主が敬意を払わなさ過ぎて、怒っておるのだ。不敬罪だといわれても、おかしくないのだぞ」
ディッシュとアリエステルは口論する。
プリプリと怒る王女は、やはり年相応であることを知り、他の客人たちはホッと胸を撫で下ろした。
おかげで、王女の登場で張りつめていた空気がようやく緩む。
「それよりも遅かったな」
「公務があったからな。こんな時間になってしまった。もう少し早くいってくれれば、日にちをずらせたのだが……」
「申し訳ありません、王女殿下」
アセルスが頭を下げる。
「よい。むしろ呼んでくれた事を感謝するぞ、ヴェーリン卿。……おっと。堅苦しいのはなしにしよう。妾もアセルスで通す。そなたも倣うがよい」
「ご随意のままに、アリエステル様」
「うむ」
アリエステルは着席する。
白い前掛けをキャリルに結んでもらう王女の姿を見ながら、調査隊や冒険者たちは再び顔を青くしていた。
「一体、この席はなんなのだ?」
「貴族の方の晩餐に呼ばれることも稀なのに」
「王女様まで出てきたぜ」
「魔獣の肉を食べるのか? 今から?」
「それにしても……」
「ああ……。あの青年は一体何者なんだ?」
貴族にも、王族にも気さくに話しかけている。
物怖じする様子は微塵もない。
しかも、アリエステルは公務の合間を縫って、青年の料理を食べにきたらしい。
王女の登場も驚いたが、この中で一番注目すべき人物は、貴族にも王族にも愛されている――卑民といっても差し支えない青年なのかもしれない。
その料理人が、王女に尋ねる。
「ステーキから食べるか?」
「よい。さすがの妾も肉料理2連続は苦しい。……どこぞの貴族様と違ってな。のう、アセルス」
「アリエステル様も、きっと食べられますよ。ミノタウロスのステーキは絶品でした」
「後日いただくとしよう。しかし、ハンバーグか……。妾の大好物じゃ。うーん。香りがたまらんのぅ」
アリエステルは鼻の穴を大きくして、目一杯匂いを嗅ぐ。
「さ――。冷めないうちに食ってくれ」
ディッシュは促した。
フォークとナイフを持ち、早速アリエステルは構える。
テーブルに載ったハンバーグと対峙した。
見た目は普通のハンバーグだ。
良い具合に焼き目が入った粗挽きハンバーグ。
若干武骨な形をしているが、それがまた醍醐味であるだろう。
いよいよ姫は実食する。
皆がその一挙手一投足を見守った。
王女を味見役にしたいわけではない。
彼女よりも早く口にすることは、恐れ多いように思えたからだ。
ナイフで切る。
ふわりと香りが強く鼻腔を突いた。
肉の香りに混じって、かすかに果実系の臭いがする。
おそらく肉の臭みを抑えるために、葡萄酒を使ったのだろう。
繊細な香りでも、肉の獣臭に決して負けていなかった。
断面の肉の具合を確認する。
脂がキラキラと輝いていた。
見てくれから良質なものだとすぐわかる。
表面こそ焼き目がついているが、中はまだ生に近い。
アリエステルは断面を見ながら評価した。
「うむ。良い焼き具合だ」
合い挽き肉であれば、中まで火を通すのが鉄則だ。
だが、肉の具合が良いのであれば、生でも十分食べられる。
特に牛などは焼きすぎると、肉が硬くなるので、あまり焼かない方がいいというのが、ルーンルッドでの鉄則だった。
いよいよアリエステルは、フォークに刺したハンバーグを口の方へと向ける。
小さな舌に載る光景を見て、食堂にいる全員が息ではなく唾を呑んだ。
1回……。
2回……。
3回……。
ゆっくりと王女はハンバーグを味わう。
静かな食堂で、少女の小さな咀嚼音だけが響き渡った。
すると、王女の表情に変化が出る。
蝋が溶けるように頬が緩んだ。
「うぅぅぅぅ……。うまぃぃぃぃいいいいいい!!」
絶叫がヴェーリン家の屋敷の隅々まで行き渡った。
王女自身、そのまま天井を突き破って星瞬く空へと飛びたたん勢いだ。
噛んだ瞬間、肉汁が口内一杯に広がった。
歯、舌を濡らすと、じゅわっと浸透していく。
口全体が舌となり、肉汁の旨みを余すことなく脳に伝えてくる。
食感も良い。
粗挽きなため、肉の弾力をしっかり感じさせてくれる。
その癖、ごろっとした食感は、腹の中にいれるとガツンとステーキを食ったような重さを感じさせてくれた。
いつの間に、プレートに載っていたハンバーグが消えていた。
「どうだ、アリエステル?」
にししし、とディッシュは笑う。
食器を置き、王女は口元を拭った。
「今回も完敗だ。さすがだな、ゼロスキルの料理は」
早くも白旗を上げる。
すると、見ていた客人たちはどよめいた。
彼女が美食家であることは、王都では有名な話だ。
その王女が「完敗」と言わしめた料理。
食べないわけにはいかなかった。
早速、食器を握ると、ナイフを引いた。
「「「「ぬほほほほほおおおおおおお!!!!」」」」
調査隊や冒険者たちが色めきたつ。
あちこちで「美味い」という称賛が上がると、ディッシュは思わずガッツポーズを取った。
「うめぇぇぇええ!!」
「まるでステーキのようだ」
「でも、なかなかコリコリしてる」
「野菜もシャキシャキしていて気持ちいい」
「またステーキとは違う食感ですな」
調査隊の隊長が、顔を綻ばせながら感想を述べた。
「おそらく部位の硬い部分をわざわざ選んでおるのだろう」
美食家らしく、アリエステルは己の推測を話した。
ハンバーグは肉をふんわりとした食感で食べられるのが、1つの売りだ。
だからといって、柔らかい部位を選ぶと、歯ごたえを失ってしまう。
硬く、脂肪分が多いもも肉や肩肉など、よく運動する部位が、良いとされていた。
「肉ってのは、食べもんと運動の量でおいしさが決まるんだ」
ディッシュは注釈を入れる。
動物も人間もその点は変わらない。
栄養のバランスと運動によって、良質な筋肉が生まれる。
どちらかに偏れば、肉がダメになってしまうのだ。
その点、ミノタウロスは理想的といえるだろう。
実はミノタウロスは、人を襲っても人を食うことはない。
彼らは基本的に草食であり、木の実や牧草を食って生きている。
加えて、迷宮を作るために移動し、程良く運動もするため、筋肉も発達していた。
その辺の家畜よりも、理想的な生活をしているのである。
「そういう意味では、腹ぺこ聖騎士殿のご慧眼が見事的中したというわけじゃな」
「だな……。さすがアセルス」
「むむむ……。なんか褒められているのか、けなされているのかわからんのだが」
「褒めてるんだぜ、アセルス。お前が迷宮から持ち帰らなかったら、俺たち一生このハンバーグを食べられなかったんだからな」
「そ、そうか……。ところで、私のハンバーグがまだなのだが……」
確かに……。
アセルスの前には、まだハンバーグが置かれていなかった。
すると、キャリルが慌てた様子で入ってくる。
主の目の前に鉄板に載った熱々のハンバーグを差し出した。
「これは、アセルス様特製のハンバーグですわ」
キャリルは紹介する。
ディッシュとの共同製作というのだが、見た目は他と変わらないように見える。
だが、アセルスは――いや、そのお腹は何か予感を感じていた。
その証拠に「ぐおおおおお」と腹音を鳴らす。
まるで運命に導かれるようにアセルスは、ナイフを入れた。
とろ……。
現れたのは、黄金色のクリームだった。
否――クリームではない。
ややねばっとしている。
さらに、鼻をつんと突く独特の香り……。
アセルスはすぐにわかった。
チーズだ。
ハンバーグの中にチーズが入っている!
「キャリル特製――チーズ入りハンバーグですわ!」
キャリルは自信満々に言い放った。
ちょっと長くなってしまったので、チーズinハンバーグは来週へ。
お客様、少々お待ち下さいm(_ _)m
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