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menu52 牛頭人身のステーキ

今日は肉祭り!

どうぞ召し上がれ!

 そっと燭台に火が灯る。

 微かな煙は、橙色の光に染まった部屋の中で漂った。

 テーブルに広がっていたのは、雪原のような白いテーブルクロス。

 端の部分に花の刺繍が描かれている。

 さらに銀食器が上品に並べられ、最後にヴェーリン家の紋章旗が掲げられた。


 準備が終わると、アセルスが部屋に入ってきた。

 青いカクテルドレス姿だ。

 その色は、アセルスの瞳の色と合い、よく似合っていた。

 テーブルの中央に腰掛ける。

 椅子を引いたのは、犬獣人――キャリルだった。

 ありがとう、とヴェーリン家のメイドに感謝する。


「お邪魔するぜ」

「失礼しますぅ」


 現れたのは、フレーナ、エリーザベドだ。

 やっほー、という感じで気さくに招いていただいた聖騎士に手を振る。

 2人とも今日は戦装束を脱ぎ、ドレス姿だった。

 フレーナは大きな薔薇の刺繍が入った赤いドレス。

 エリーザベドは胸下でキュッとリボンで結び、胸を強調するような白いドレスを着ていた。


 案内されるまま椅子に座る。

 ヒラヒラとした袖を摘みながら、フレーナは顔をしかめた。


「どうもドレスって合わないんだよなぁ。もっと気楽に楽しもうぜ、食事ぐらい」


「ダメですよ、フレーナ様」


 たしなめたのは、キャリルだった。


「今日はお客様もお呼びしています。ちゃんとらしくなさってください」


「相変わらず、キャリルはいうこときついなあ。あたしたちもそのお客なんだぜ」


「でもぉ、そうやって女の子らしい姿をしてるフレーナも可愛いのですよぉ」


「な、何を突然いうんだよ、エリザ」


「むっふっふっふっ……。そうやって照れてるところも可愛い。二の腕すべすべぇ」


「や、やめろぉ! くすぐったいぃ!」


 激しく抗弁をするのだが、エリーザベドのいうとおり、茶褐色の肌はほんのりと桃色になっていた。


 呼び鈴が鳴る。

 どうやらお客様が到着したらしい。

 キャリルがすっ飛んでいく。

 案内されて、食堂に入ってきたのは、ミノタウロスのダンジョンで救出された調査隊と、護衛の任に当たっていた冒険者たちだった。


 少し緊張した面もちで食堂に入ってくる。

 一旦アセルスは立ち上がり、調査隊と冒険者たちを迎えた。


「この度は屋敷にお招きいただきありがとうございます、ヴェーリン卿」


「ようこそお越し下さいました。私はあまり堅苦しいのは好きではありません。どうかアセルスとお呼びください」


「滅相もない。せめてアセルス卿と……」


「ふふ……。構いませんよ、どうぞおかけになって下さい。みなさんも」


 勧められるまま着席する。


 集まった面々を見て、フレーナは尋ねた。


「ディッシュはどうしたんだ?」


「案ずるな、フレーナ。今、ゼロスキルは我が家の炊事場で奮闘中だ」


「おお……」


「楽しみですぅ」


 じゅるりと息を呑んだ。


 すると、キャリルが皆に向かって頭を下げた。

 いよいよ、調査隊を招いての食事会が始まる。


「シェフより、『今日のテーマは肉祭りだな』と言付かっております。最初から最後までお肉をご堪能下さい」


 聞けば胸焼けしそうなテーマだが、客人たちには好評だった。

 肉は貴重で高価だ。貴族のアセルスですら、毎日食べるのははばかられる。


 食事会のボルテージは一気に上がった。

 やんややんやと騒ぎ出す。

 フレーナなどは指笛を鳴らして盛り上げた。

 高カロリー食材が大好きな冒険者はいざ知らず、調査隊も若い隊員が多い。

 普段食べられない故、それが『祭り』となれば、否が応でも盛り上がった。


 まずは前菜だ。

 出てきたのは無花果(パルモン)とチーズの生ハム巻きだった。

 キャリルが作ったのだろう。

 生ハムの塩辛さと無花果の甘さ。

 そこにチーズのクリーミーさが合わさることによって、料理全体の味を見事に調和させていた。


 アセルスも驚く。

 屋敷で毎日キャリルの料理を接してきて、初めて食べたものだったからだ。

 おそらくこの時のために用意していたのだろう。


「腕を上げたな、キャリル」


 その一言にキャリルは息を呑んだ。

 頬を染め、ビリビリと尻尾を立てる。

 気恥ずかしそうにトレーで顔を隠し、「ありがとうございます」と礼をいった。


 食事会は進み、いよいよメインディッシュの番となる。


「次はミノタウロスの――」


 キャリルが料理名を告げようとした時、出席者の1人がカッとワイングラスの柄でテーブルを叩いた。

 調査隊の護衛をしていた冒険者だ。

 男は赤い顔をし、目が微睡んでいる。

 随分と果実酒を飲んだのだろう。

 少し離れたアセルスにも、酒精の匂いが漂ってきた。


「なんだよ……。貴族様は客人に魔獣の肉を食わせるのか?」


「ローラフ、やめろ!」


 ローラフという男は他の冒険者にたしなめられながらも、息を吐く。


「俺は絶対食べないぞ。魔獣の肉なんか……。それよりも酒を持ってこい」


「お客様! 少々無礼が――」


「キャリル……」


 言いかけたキャリルを止めたのは、アセルスだった。


 青い炎のような目で、メイドを制す。

 すると、笑みを顔に灯し、ヴェーリン家の当主は答えた。


「食べたくないのであれば、かまいません。ですが、折角の魔獣の肉(ちんみ)です。どうかお話のネタだと思って、鑑賞していただけませんか」


「ふん。まあ【聖騎士】様がそこまでいうなら……。あと、酒――」


 ローラフはぶっきらぼうにグラスを掲げる。

 どうやら彼は1度、魔獣の肉を食べたことがあるらしい。

 だが、不味かった。

 しかも珍味として市場に並び、そこそこの値段をしたのだという。


 げんなりとした空気が漂う。


 すると、食堂の扉が開く。

 瞬間、猛牛でも飛び込んできたのかと思うほど、強い肉の香りが鼻腔を突いた。

 キャリルが引く荷車には、熱々の鉄板に載った分厚い肉が、湯気とパリパリと音を立てている。


 当然、食堂は騒然となった。

 香り、そして圧倒的なビジュアル。

 息と唾を飲み込む。

 先ほどまで食べた料理を忘れるかのように、腹音を鳴らした。


 まるで牛でも引くように、キャリルは客人の後ろを通り、サーブしていく。


 手元に来ると、一段と迫力が増した。

 匂いもたまらない。

 焼けた肉の匂いと、香ばしい胡椒の香りが、客人たちの腹を一撃で貫く。

 ローラフも(おのの)いていた。

 空になったグラスが、白いテーブルに転がる。


「どうぞご覧下さい、ローラフ殿」


 アセルスはわざわざ手を差しだし、酔った冒険者に勧めた。


 ローラフはごくりと酒精にまみれた喉を鳴らす。

 しかし、その時酒のことを忘れた。

 肉から目を背ける事ができない。


 飴色の焦げた表面。

 周囲にもきっちりと熱が入り、脂身は女の肌のように白い。

 まだフォークも刺していないのに、蜜のような油脂が垂れ、熱々の鉄板をバチバチと叩いていた。


 圧巻なのは厚みだ。

 ローラフの親指を2本並べてもさらに太い。

 まさにモンスター級だった。


「ううううっっっ!! 美味い!!」

「これが魔獣の肉なのか!!」

「なんと甘い脂だ」

「肉の歯ごたえもいい。程良い弾力があって……」

「表面のカリカリと、肉の旨みが……」

「たまらん!!」


 調査隊や冒険者の仲間も絶賛だ。


 一際唸っていたのは、アセルスだった。


「はうぅぅぅぅうううう! うめいぃぃぃいいい!!」


 あれほど凛々しかった貴族の姿はない。

 逢瀬を重ねた女のように恍惚とし、顔を真っ赤にしていた。

 大きく頬を膨らまし、豪快に頬張っている。


 そしてローラフは1人取り残された。


 出来上がった酔いは、すっかり薄れ、素に近い状態に戻っている。

 誰も彼を見ていない。

 唯一彼を睨んでいたのは、目の前に載った巨大なステーキだ。


「あ、あの……」


「ん? どうした、冒険者殿」


 アセルスは鋭い視線を放つ。

 ビクッと、ローラフは肩を震わせた。

 少し申し訳なさげに尋ねる。


「た、食べていいか?」


「良いんですか? 魔獣のお肉ですよ」


 そういったのは、キャリルだった。

 実はそろそろ下げようと思って、後ろに控えていたのだ。


「いや、ちょっと待ってくれ。食べる! お願いだ! 食べさせてくれ」


 一際大きな声がかかる。

 テーブルに額がつくぐらい頭を下げた。

 それは向かい合う魔獣の肉にも、謝っているように見える。


「ふふ……。そこまでしなくてもいいですよ。元々そのつもりだったのですから。どうぞお召し上がりください」



 ミノタウロスのステーキを……。



 ローラフはいよいよ食器を握る。

 フォークを入れた瞬間、肉汁が溢れ出てきた。

 次にナイフを入れる。

 サッと引くと、肌から下着が落ちるようにはだけた。


 露わになったのは、肉の身だ。

 魔獣の肉とは思えないほどキラキラとしている。

 熱が入ったことによって、少し赤っぽくなってるが、まだ青紫の部分が少し残っていた。

 垂れてきた脂が再び鉄板を焦がす。

 万雷の拍手を思わせる音は、ローラフを煽っているかのようだった。


 一口サイズに切り、いよいよ実食に入る。

 恐る恐るゆっくりと口に運んだ。

 舌の上に載せ、フォークを引く。

 堪能というよりは、確認をしながら緩やかに口を動かした。


「うぉぉぉぉおおおおおっおっおっおっおっおぅ!」


 ローラフは叫ぶ。


 柔らかい。

 ナイフを入れた時からわかっていたが、柔らかい。

 けれど、咀嚼して初めて、その認識は甘かったと反省した。


 カリッと表面を歯で潰す。

 瞬間、肉の身、その甘み、脂が一気に弾けた。

 美味い肉は、もはや飲み物だと聞いたことがある。

 確かにそれに近い。

 食べた刹那から、肉の味が口内はおろか身体の隅々まで行き渡るようだ。


 決して歯ごたえがないわけじゃない。

 プリッとした肉の厚みが、十分歯を楽しませてくれる。

 それでも筋張った部分は皆無。

 気がつけば、口の中でいなくなっている。

 いつ喉に流し込んだかもわからなかった。


「これが……。魔獣の肉かよ……」


 ローラフは息を呑む。

 空になったグラスに酒を注ぐことも忘れ、夢中で頬張った。


「良かったら、お好みでソースをかけて下さい。シェフオススメのソースです」


 キャリルに促され、側にあったソースをかけてみる。

 まだ熱い鉄板から勢いの良い音が、食堂に響き渡った。

 立ちこめる匂いが変わる。

 ソースの中に含まれる様々な食材の香りが合わさり、肉の匂いと混じり合った。


 たまらずソースが滴るステーキを頬張る。


「むっほ! これはたまらん!!」


 ローラフは唸る。

 肉の味を邪魔しない程度の甘味がいい。

 何より舌を刺激したのは苦味だ。

 程よい苦味が、肉やソースの甘味と最大限高めている。


「このソースには何をいれているのですか?」


 思わず質問してしまった。

 キャリルはクスリと笑う。

 以前、ディッシュにも同じ事を尋ねられたからだ。


「玉葱と骨粉、大蒜を少々。隠し味は麦酒ですわ」


「麦酒!?」


 皆が目を丸める。

 テーブルに残っていた麦酒のジョッキを見つめ、感心する。


 ステーキにかけたソースは、前にディッシュが誉めていたソースだ。

 彼は以前、魔獣のステーキに使いたいといっていた。

 それを今、ここで実行したのだ。


「いかがでしたか、ローラフ殿?」


 アセルスと目が合う。

 するとローラフは立ち上がった。


「し、失礼しました、当主殿。うまい……。魔獣の肉がこんなに美味しいなんて」


「これが我が友人ディッシュ・マックホーンの料理です」


 アセルスは少し誇らしげに微笑んだ。

 ローラフは頭を下げる。

 参った、といわんばかりに、酒を飲むのも忘れ肉に没頭した。


 大方、皆が食べ終わったところで、キャリルはいう。


「ディッシュ――いえ、本日の特別料理長が『肉祭り』ということもあって、メインディッシュをもう1つ出したいとのことです」


「もう1つ……?」


「おいおい。さっきのステーキで結構、あたしの腹は来てるんだぜ」


 フレーナは顔をしかめる。

 ドレスの上からでも、腹が膨れているのがわかった。


「だったら、フレーナは鑑賞するか……」


 そういって現れたのは、ディッシュだった。

 貴族の会食の席にあっても、山にいる時と同じ格好をしている。

 ディッシュを知らない人から見れば、山を闊歩する狩人のようだった。


 両手で握ったトレーには、再び鉄板が載っている。

 ステーキかと思ったが、違った。


 ぐおおおおおお……。


 遠慮のない腹音を鳴らしたのは、アセルスだ。


 ゼロスキルの料理人はニヤリと笑う。



 ミノタウロスのハンバーグ……。食べなきゃ損するぜ?



 ディッシュはにししと、いつも通り笑うのだった。


すき焼きにしようかなと思ったのだけど、

やっぱりシンプルにまず食いたいよね、ということで、

まず焼いてみました。ご堪能いただければ幸いです。


新作『転生賢者の村人~外れ職業「村人」で無双する~』をお読みいただきありがとうございます。

ゼロスキルともどもよろしくお願いしますm(_ _)m

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