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menu51 迷宮の牛頭人身

今日もどうぞ召し上がれ!

 ミノタウロス――。


 人族よりも二回りほど大きな牛頭人身の魔獣である。

 魔獣の中でもトップクラスの膂力と、多少の知能を持ち、Aランク指定されていた。


 特筆する点として、ダンジョンに棲み付く習性を持っている事だ。

 しかも、そのダンジョンを迷宮化させるという厄介なスキルを持っており、迷い込んだ冒険者や研究者を捕食している。


 こうした迷宮化を防ぐべく、ギルドはダンジョンや遺跡の監視を行っているが、毎年400人以上の犠牲者を出していた。

 そのため、速やかな対応が迫られ、総じて各支部のギルドで最強のメンバーが集められるのが、常だった。


 こうしてアセルス、フレーナ、エリーザベドの3人は、担当者フォン・ランドの緊急要請に参上した。


 北の遺跡でミノタウロスを発見したという報告を受けたものだ。

 比較的新しい遺跡は、現在も調査が続いている。

 ミノタウロスが入っていくのが発見された当時、調査チームは探索の真っ最中で、今も連絡は取れていないという。


「事は一刻を争います。アセルスさんたちの力を貸してください」


 フォンは背中を丸め、頭を下げた。


 これまで真剣に話を聞いていたフレーナは、深くソファに腰掛ける。

 頭の後ろに手を置いて、天井を見つめた。


「ミノタウロスかぁ……。厄介だな」


「対処を誤るとぉ。ミイラ取りがミイラになっちゃいますよぉ」


「はい。ギルドも万全の態勢を敷くつもりです。現にギルド本部は、【女王蜘蛛の糸】を貸してくれました」


 フォンは毛糸の塊をテーブルに置いた。

 フレーナの目が変わる。


「お! レアアイテムじゃないか?」


「竜でも切ることができなくて、しかも半永久的に伸ばすことができるんですよねぇ」


「はい。レア度Bランクのアイテムです。それだけギルドも本気だと思います」


 この糸を入口から伸ばし、緊急時にはその糸を手繰って、ダンジョンを脱出する。

 退路を確保するためのアイテムだ。


「迷宮化の問題さえクリアすれば、ミノタウロスなんて楽勝だろう。なあ、アセルス……」


 ギルドの客間が緊迫する中で、フレーナはずっと難しい顔をしているアセルスに声をかけた。

 【女王蜘蛛の糸】を見ながら、何かぶつぶつと呟いている。


「どうした、アセルス? そんな悲壮な顔をするなよ。確かに遺跡の調査チームの安否は気になるけどよ、調査チームには冒険者も同行してるし、無茶なことをしていなければ、まだピンピンしてるって」


 調査チームにはBランクの冒険者が同行していた。

 アセルスたちよりも数段劣るが、ミノタウロスの直接交戦を避けていれば、まだ生存の余地がある。

 アセルスたちにとって問題なのは、魔獣や迷宮化などではなく、時間だった。


 しかし、フレーナたちのリーダーにとって、もう1つの問題があったらしい。


「アセルスぅ……。何を悩んでいるんですかぁ」


 エリザは間延びした声で、聖騎士に尋ねる。


「まさかお前、またお腹空いたぁとか言い出すんじゃないのか?」


「もしくはぁ、ディッシュ君に会いたいとかぁ……」


「あ、アセルスさん。もうちょっと真面目に考えて下さい」


 仲間たちがからかう一方、フォンは狐の尾をピンと立てて憤然とした。

 頬をぷくぅと膨らませた表情は、怖いというよりは愛らしい。


 ようやく聖騎士は頭を上げる。

 真剣な顔で仲間に振り返った。

 顎に手を当て、何かを深く考え込むようなポーズを取る。

 その悩みを吐露するように発言した。



「ミノタウロスって美味しいんだろうか?」



「「「はっ!?」」」


 客間にいたアセルス以外の人間は全員目を丸めた。


 物憂げな表情のまま聖騎士は言葉を続ける。


「考えてもみてくれ。ミノタウロスの頭って牛だろう?」


「ま、まあ……。そうだな」


 お、おう……という感じで、フレーナは反射的に頷いてしまった。


「外見が牛っていうことは、牛肉のように美味しいのだろうか?」


「あ、アセルスぅ……。だったらぁ、牛肉を食えばいいってことじゃないですかぁ。別にわざわざぁ魔獣を食べなくてもぉ」


「……確かに」


 アセルスは深く頷く。


 逆に同意された方のエリザが、軽く引いていた。

 やがてアセルスは前屈みになり、組んだ指の上に顎を載せる。


「うーん。でも、気になるなあ」


「真面目にやってくださぁぁぁああいい!!」


 さすがのフォンも声を荒らげるのだった。



 ◆◇◆◇◆



「ぐおおおおおおおお!!」


 ミノタウロスの吠声が、迷宮化した遺跡に鳴り響く。

 彼らの前に立ちはだかったのは、3人の乙女だった。


 フレーナは炎を宿した戦斧を振り回す。

 大上段から思いっきり振り下ろした。


 ミノタウロスはなんなく受け止める。


 【炎帝】のスキルを持つフレーナは、パーティーの中でも力が強い方だ。

 恵まれた肉体と、体内の熱量を操ることによって、一時的に身体能力を向上させることが出来る。

 その一撃は硬いドラゴンの鱗すら粉砕する。


 ミノタウロスはそうした【炎帝】の一撃をなんなく受け止めたのだ。


 フレーナの顔は一瞬驚愕に彩られる。

 が、すぐに口角を上げた。


「いまだ! アセルス!!」


 フレーナの影から光が飛び出す。

 綺麗な光跡を描きながら、現れたのは【光速】の聖騎士だった。

 がら空きになったミノタウロスの下半身に突っ込んだ。

 刹那の間、3つの斬撃が閃く。


 1つはアキレス腱。

 2つめは膝の裏。

 3つめは太股を大きく切り裂いた。


「ぶもももおおおおおお!!」


 ミノタウロスは大きく嘶く。

 血しぶきを上げながら、崩れ落ちた。

 牛頭の位置が低くなる。

 それを待っていたかのように、アセルスは背後を取った。


 首裏を切り裂く。


 シャッと鮮血が飛び散り、聖騎士の身体を濡らした。

 ミノタウロスの断末魔の声が響く。

 どう、と音を立てて、牛頭人身は遺跡の床に伏した。


 ゆっくりと血溜まりが広がっていく。

 それでも魔獣は生きていたが、しばらくして息を引き取っていった。


「ふぅ……。真正面からやり合ってみると、大したことはなかったな」


「前に戦った時はぁ、苦戦しましたからねぇ」


 フレーナとエリザはハイタッチをする。

 すると隠れて観戦していた調査チームがひょこりと顔を出した。

 絶命したと思われる魔獣を見て、ホッと胸を撫で下ろす。

 やや憔悴しているものもいるが、全員無事が確認された。

 早速、エリザによって回復が行われる。


 その横でアセルスは死に行く魔獣の最後を看取っていた。

 流れ出る血を見ながら、聖騎士は何か焦りを覚える。

 こうしている間にも、ミノタウロスの肉の質が落ちていっているのだ。

 何か強迫観念めいたものを感じる。


 食べなければ……。


 心が焦ってくる。

 だが、アセルスには技術がない。

 魔獣を捌く技術が。

 【光速】の聖騎士にはなくて、ゼロスキルの料理人にあるものが、決定的に欠けていた。


 それでも、アセルスは試してみたいと思った。

 この魔獣を骨の髄まで堪能してみたい。

 そんな感情に襲われていた。


 でも、失敗してしまうかもしれない。

 無駄骨になるかもしれない。

 色々とネガティブな反論が頭を叩く。

 それでも、彼女を救ったのは、ディッシュの言葉だった。



 それが料理の醍醐味だろ?



 ディッシュは初めての食材を前にしてもひるむことはなかった。

 むしろ、楽しんでいるようにアセルスには見えた。

 翻ってみれば、ゼロスキルの料理人もたくさんの『初めて』をくぐり抜けて、今がある。そこに失敗がなかったわけではないだろう。


 試してみよう。


 手遅れかもしれないし、失敗するかもしれない。

 でも、身体がいっている。


 食べてみたいと……。


 ぐおおおおおおおおお!


 アセルスの腹の音が鳴る。

 瞬間、聖騎士は剣を抜いた。

 倒れたミノタウロスを横向きにする。

 やがて腹に刃を突き立て、捌き始めた。


「おいおい。アセルス、何をやってんだよ!!」


「フレーナ。すまないが、手伝ってくれないか?」


「って――。ちょっと待ってくれ。お前、何を……」


「こいつを下処理する。で――その食材を、ディッシュに調理してもらう」


「はあ!? あのディッシュと同じ事が出来ると思うのか?」


「出来ないけれど、やってみたい」


 確かにアセルスには、ディッシュのようなことは出来ない。

 でも、ずっと傍らでゼロスキルの料理人を見てきた。

 料理をする姿を、自分よりも二回りも、三回りも大きな魔獣に対して、果敢に挑む姿を……。


 その背中を目で追いかけていた時間は、無駄ではなかった……。

 そう――証明するために、聖騎士は剣を振るった。


 アセルスは止まらない。

 その動きはディッシュと比べれば、緩慢で洗練されているとは言い難い。

 けれど、着実にゴールに向かおうとしていた。


 ミノタウロスの解体に挑む聖騎士の姿に、一同は息を呑んだ。

 誰もそれ以上反論することはない。

 フレーナはそっとミノタウロスを固定し続け、エリザは火を焚く準備に入った。燻製にするためだ。


 ディッシュより時間がかかったが、アセルスは無事大きなハラミ部分を取り出すことに成功する。

 さらに肩ロース、リブロース、サーロインと次々と切り分けた。

 いつしか広げたヨーグの大葉の上には、宝石のように輝くミノタウロスの肉で埋められていた。


 芳醇な香りが、ダンジョンを包む。

 暗い地下にいるのに、木漏れ日が漏れる葡萄畑にでもいるような気分だ。


 ごくり……。


 喉を鳴らしたのは、呆然と解体を見ていた調査チームだ。

 魔獣を解体するなんて……。しかもそれを食べるなんて、正気の沙汰じゃない。初めはそんな顔をしていた。だが、表情が変わっていく。溢れ出る唾を飲み込むのも忘れ、無造作に垂らす者もいた。


 奇しくもそれは、ディッシュとアセルスの出会いと似ている。


「とりあえず、こんなものかな」


「ご苦労様ですぅ、アセルス料理人」


 エリザが布を差し出す。

 いつの間にか魔獣の血で、アセルスの全身が青く染まっていた。

 有り難く受け取る。

 よく血を拭った。


 ヨーグの葉に並べられた肉を見ながら、満足そうに微笑む。


 清々しい気持ちだ。

 ディッシュもこんな気持ちで、料理の腕を振るってきたのだろうか。

 そう思うと、少しディッシュに近づけたような気がした。



 ◆◇◆◇◆



 その(ヽヽ)香りに、最初に気付いたのはウォンだった。

 ねぐらから飛び出す。

 最初、主かと思ったが違う。

 現れたのは、よく家にやってくる騎士だった。

 その傍らには、大きな肉の塊を持っている。


「うぉぉぉぉおおおお!!」


 神狼は歓迎の吠声を絶唱する(うたう)


 驚いたディッシュが家の中から飛び出してきた。

 大きな肉の塊を持ったアセルスを見て、目を丸める。


「アセルス……。お前、その肉……」


「ミノタウロスの肉だ」


「ミノタウロス!! え? ちょっと待って。誰が捌いたんだ?」


「私だ。私が捌いた」


 聖騎士はにやりと笑った。

 いつもゼロスキルの料理人には驚かされてばかりだ。

 だから驚くディッシュの顔が、たまらなくおかしかった。


 だが、この後予想外のことが起こる。

 ディッシュはアセルスに駆け寄ると、そのまま抱きついたのだ。


「あはははは!! すげぇぞ、アセルス!! 俺が知らない魔獣を捌いちまうなんて! お前、天才か!?」


「ちょっと!! ディッシュ!」


 アセルスはぼとりと肉を落とす。

 キューと顔を赤くした。


 ディッシュは離れない。

 このまま接吻でもしかねないぐらい聖騎士に近づいた。

 よっぽど嬉しかったのだろう。

 まるで子供のように笑っていた。


 無邪気なゼロスキルの料理人を見ながら、アセルスのお腹はミノタウロスの肉を食べる前からお腹一杯だった。


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