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menu45 ゼロスキルの料理人、認められる。

今日もどうぞ召し上がれ!

 からん……。


 乾いた音が王妃の私室に響き渡った。

 空の椀の中に、スプーンが転がった音だ。


「ふう……」


 王妃の艶っぽい声が響いた。

 粥汁でねっとりと濡れた口元を丁寧にナプキンで拭う。

 手を合わせた。


「ごちそうさまでした」


 生き生きとした笑顔で、食材、そして料理人に感謝の意を表す。


「母上が完食した……」


 愛娘が声を上擦らせる。


 王妃は茶碗を空にしただけではない。

 優に4人分は入っていたと思われるお鍋を、ぺろりと食べ尽くしてしまったのだ。


「おおおおおお!!」


 沈黙は一転、歓喜に変わる。

 実は、私室の扉の向こうでは料理人たちが、ずっと中の様子をうかがっていた。

 王妃が完食したと聞き、部屋に雪崩れ込んでくる。

 万歳と諸手を挙げ、声を張り上げた。

 中には咽び泣くものもいる。


 歓喜の輪の中で、アセルスが叫んだ。


「すごい! これが七色草の力か!」


「それは少し違うと思いますわ、ヴェーリン卿」


「え?」


 王妃の意外な一言に、アセルスは固まる。

 横で「うん」と頷いたのは、ディッシュだった。


「やっぱりそうだったか」


「何が、やっぱりだったんだ、ディッシュ?」


「アリスの母ちゃんは、病気じゃなかったってことだ」


「病気じゃない? では、一体エヌマーナ様の食欲不振はなんだったんだ?」


「アリスの母ちゃんに出した料理を見て思ったんだ」


 ディッシュは例のリストを掲げた。


 桃の冷製パスタ。

 かぼちゃの冷たいスープ。

 レモンのかき氷。

 清流で冷やした茶碗蒸し。


 アセルスは思わず眉をひそめた。


「んん? 全部、冷たいものばかりじゃないか!」


「そういえば、妾が持っていったのもアイスだった」


 アリエステルは、ポンと手を打つ。


「だから、俺はこう思ったんだ。アリスの母ちゃんは、食欲不振なんじゃなくて、冷たいものばかり食べていたから、お腹がおかしかったんじゃないかってな」


「そうか。だから、ディッシュはお粥を……」


「母上、暖かいものを食べたいなら、なんでおっしゃってくれなかったんですか?」


「だって仕方ないでしょ? 本当は暖かい物を食べたかったけど、みんな心配して、どんどん持ってくるんだもの。なかなか言い出せなくって……」


 エヌマーナは困り顔で肩を落とした。


 それ以上に、シュンとなっていたのは料理人たちだ。

 だが、彼らもわざとやったわけではない。

 王妃の食欲不振が、この暑さにあると思った彼らは、なんとか体温を下げようと、冷たく、また食べやすいものをチョイスした。


 皮肉なことに結果は悪い方向にいってしまったが、お互いの思いやりが生んでしまった些細な悲劇だった――というわけだ。


 くぅぅうう……。


 優しい腹音が鳴る。

 王妃は咄嗟にお腹を隠した。


「ふふふ……。あんなに食べたのに、まだお腹が空いているわ」


 エヌマーナは完全に復調していた。

 それはきっと、愛娘が危険を顧みず、自らの手で摘んできた七色草の効果も大きいだろう。


「料理人さん。リクエストしていいかしら?」


「おう。なんでも作るからいってくれ」


「今度は冷たいものをいただけるかしら。さすがにお粥を食べたら、暑くなってきちゃった」


 エヌマーナは胸元を開いた。

 パタパタと手団扇で仰ぐ。

 汗も掻き、薄い寝間着はピッタリと身体に貼り付いていた。

 おかげで、身体のラインが露わになっている。

 とても1児の母親とは思えないほど、魅惑のボディだった。


「お、お母様! は、はしたない!」


「あ、アセルス! 前が見えないぞ!」


「ダメだ! ディッシュは見るな!」


「あらあら……。ごめんなさいね」


 どうやらアリエステルの母親だけあって、自由奔放な性格のようだ。


 エヌマーナはベッドから出る。

 立ち上がって、アセルスに目隠しされたディッシュに微笑みかけた。


「適度に冷たくて、出来ればスタミナがつくものがいいのだけど、どうかしら、料理人さん」


「お、おう。任せろ! ピッタリなものを作ってやるよ!」


 ディッシュはいつも通り、にししし……と笑った。



 ◆◇◆◇◆



 炊事場に戻ると、ディッシュは早速調理に取りかかった。


 食材置き場から甘茄子(パイア)を持ってくる。

 光沢ある黄色の表面は、まるで小さなカンテラのようだ。


 いつも通り短剣を握り、甘茄子を切ろうとする。

 だが、その手をハッと掴まれた。

 一緒に薬草チョコチップアイスを作った老菓子職人が、穏やかに微笑んでいた。


「手伝わせてくれないか、ディッシュくん」


「え?」


「俺も!」

「私も!」

「指示をくれ!」

「手伝わせてくれ!」

「頼む!」


 カルバニア王国が誇る珠玉の料理人たち――。

 その全員が、無名の二十歳にも満たない青年に頭を下げていた。

 料理人としてのプライドをかなぐり捨て、ゼロスキルの料理人に向き合おうとしている。


「はは……。私だけではなかったようだね」


 老菓子職人は笑う。


 この菓子職人も、そして料理人たちもわかっている。

 料理がうまくなる秘訣を。

 それは優秀な料理人の手伝いをすること。

 馬鈴薯を剥くだけでもいいのだ。

 ただすぐ側で、ゼロスキルの料理人の料理を感じていたい。

 そんな覚悟を漲らせていた。


 同時に、それは彼らがディッシュを認めているということに他ならなかった。


 ディッシュは手を止める。

 振り返って、頭を下げる料理人たちを見た。


「しょうがねぇなあ……。盗めるもんなら盗んでみな」


 にししし……と、ディッシュは笑う。


 再び短剣を握る。

 切っ先を老菓子職人に向けた。


「じいさんは甘茄子を細切りに。赤茄子をブロック状に切ってくれ」


「わかった」


 すると、今度は別の料理人に指示を出す。


「苦瓜はあるか?」


「あります!」


 比較的若い料理人が、ブツブツの突起が付いた表面の(うり)を掲げる。

 鮮やかな緑色はギラリと光り、新鮮さをアピールしていた。


「薄切りにして、塩ゆでしてくれ。その後、冷水へ」


「わかりました」


「今からいうもので、ドレッシングを作る。魚醤、酢、砂糖、胡椒、油、大蒜(カルナン)……あと、王宮に薬剤師はいるよな」


「もちろんだ……」


「胃腸薬になるイルミ草の根は備蓄してるよな。その根を持ってきてれないか。俺はショウガって呼んでるんだが、ドレッシングに入れるとピリッと効いてて美味しくなるんだ」


「わかった。イルミ草だな」


「あとは湯を沸かしてくれ。……残ったヤツは、俺たちが獲ってきた肉を持ってきてくれないか?」


 まるで以前から調理場にいたかのようだ。

 ゼロスキルの料理人に、臆する様子はない。

 威風堂々とした姿で、指示を飛ばす。


 やがてまな板に、例のカリュドーンの肉が置かれた。

 ヨーグの葉を丁寧に剥がす。

 スモークされ濃い飴色になった肉が現れた。


「おお……」


 どよめきが起こる。

 大きい……。

 普通の肉の優に三倍はあるだろう。

 今にも襲ってきそうな迫力がある


 しかし、ディッシュは1歩も引かなかった。


 短剣の刃を肉に載せると、迷いのない手さばきでブロック状に切り裂く。

 現れた断面が宝石のように光っていた。

 たちまち芳醇な香りが炊事場に立ちこめる


「おお!」

「これが魔獣の肉か!」

「なんと美しい!」

「いい香りだ!!」

「うっまそ~~」


 ディッシュは冷静に肉を薄くスライスしていった。

 湯の中にくぐらせると、冷水につけ、水気を拭う。

 器に盛りつけた。


「イルミ草を持ってきたぞ」


 息を切らし、料理人が炊事場に飛び込んできた。


 ディッシュは礼を言って、根だけを切ると、すぐにショウガのすりおろしを作る。

そこにドレッシングの材料と赤茄子を入れて、混ぜ合わせた。


 苦瓜、甘茄子、ドレッシングを垂らし、ディッシュの料理は完成する。



 苦瓜とカリュドーンの赤茄子ドレッシングサラダだ!



 王国料理人――それぞれの想いが詰まったサラダは、赤く濡れ、輝いている。

 まさしくそれこそが、国の宝であるかのようだった。


とうとう王国の料理人を従えるようになってしまったディッシュ。

果たして、その料理のお味は?

次回に続きます!

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