menu44 母が食べたかったもの
非常に強い勢力の台風が接近しております。
皆さま、くれぐれもお気をつけ下さい。
ちなみに我が家は停電中。
ディッシュたち一行は、無事王宮に辿り着いた。
手には七色草。
もう片方には、燻製にしたカリュドーンの肉を携えての凱旋だ。
王宮内は騒然となる。
暑い日差しの下で、家臣達は功績を称え、拍手で出迎えた。
まるで英雄扱いだ。
特にアリエステルから伝えられたディッシュの活躍は、皆を驚嘆させた。
スキルを持っていない青年が、七色草を採取し、魔獣の肉を腐らせずに、ここまで持ってきたのだ。
一目見ようと、調理場には人だかりが出来ていた。
そのディッシュは、顎に手を当て、時折首を捻っていた。
目の前には、七色草がある。
これをどう調理すればいいか、悩んでいたのだ。
色んなプランを考えていた。
七色草を生で摘まんでみたが、特に変なえぐみはない。
食感は大根菜に近かった。
他の葉野菜より、茎がシャキシャキしている。
まずシンプルにおひたしだ。
さっと茹でて、水を切り、そこに魚醤、塩、魚粉をまぶして食べる。
調理は簡単だが、1番うまい食べ方だろう。
牛酪でソテーするのも、悪くない。
熱した鍋に牛酪を溶かし、七色草をソテーする。
そこに魚醤と、粉チーズをまぶして完成だ。
牛酪が染みこんだ七色草と、粉チーズの酸味がよくマッチするだろう。
使い方は色々ある。
どの調理方法を採用しても、美味しく作る自信がある。
それでも、ディッシュの手が動かないのは、迷いがあるからだ。
原因は、山で出会ったガーウィンという賢者にあった。
別れ際、ディッシュだけ呼び止め、こう言ったのだ。
『ディッシュくん。これはあくまで僕の推測なんだがね。王妃の食欲不振は、病気じゃないかもしれない。君の料理は人の舌を驚かせる料理だ。ならば、人の身体を救う料理に挑戦してみてはどうかな?』
人の身体を救う料理……。
つまり、身体をいたわった料理ということだろう。
「うーん」
ディッシュは顔を上げる。
料理は、自分が生き残るための術だった。
それを他人を救うものに変える。
簡単なようでいて、ディッシュの前に大きな壁として立ちはだかった。
悩めるゼロスキルの料理人を見て、アセルスは声をかける。
「ディッシュ、難しく考える必要はないんじゃないか?」
「うーん。あのおっさんの言ったことなんか気になるんだよな」
「わ、私はディッシュの料理ならなんでも食べるぞ!」
「ははは……。ありがとよ。でも、請け負っちまった以上、アリエステルの母ちゃんを満足させるもん作りたいよな」
賢者の言葉以上に、ディッシュには引っかかることがあった。
薬草入りのチョコチップアイスを拒否された時だ。
もちろん、あれはアリエステルの母を意識して作ったものではない。
でも、あれほど明確に自分の料理を拒否されたことはなかった。
いわば、ゼロスキルの料理人のリベンジ戦。
今度こそ王妃の腹を一杯にしてあげたかった。
母のために身体を張った小さな王女のためにもだ。
すると、調理場に2人の料理人が入ってきた。
持った皿を見ながら、議論している。
「今回もダメだったよ」
「一体、王妃はどうしてしまったんだ?」
どうやら、王妃に何かを食べさせようとして、料理を持っていったようだ。
皿の上に、葉野菜とベーコンの冷製パスタが載っていた。
さすがアリエステルが選んだ料理人だけあって、美味しそうだ。
それすら、王妃には拒否されてしまったらしい。
その皿を見て、ディッシュは突然動き出した。
2人の料理人の元へ行き、パスタを食べさせてもらう。
想像通り美味しい。
味は豊かで、パスタのゆで加減も申し分ない。
けれど――。
「もしや……」
ゼロスキルの料理人の顔つきが変わる。
味の感想をいう前に、ディッシュはこういった。
「これまで王妃に出した料理のリストを出せるか?」
「え? そんなもの……」
「記録なんて付けてるかな?」
比較的若い料理人は、首を振った。
すると、そっと紙を差し出したものがいた。
顔を上げると、一緒に薬草チョコチップアイスを作った老菓子職人が立っていた。
穏やかに笑みを浮かべている。
「役に立つなら使ってくれ」
「ありがとう! じいさん」
ディッシュは壁際にリストを貼り付ける。
ジッと見つめた後、黒の瞳を輝かせた。
「なるほどな。わかったぜ」
「何がだ、ディッシュ?」
アセルスが尋ねると、ディッシュは振り返る。
にししし……。
「閃いたんだよ、俺の料理がな」
例の笑みを浮かべていた。
◆◇◆◇◆
エヌマーナ王妃の私室に、ノックの音が響く。
妃自ら促すと、ドアが開いた。
やって来たのは、我が子アリエステル。
さらに聖騎士アセルスと、特異な料理を作る青年ディッシュが続いた。
青年の手にはトレーが握られている。
そこに銀のドームが置かれていた。
また何やら料理を運んできたのだろう。
王妃は少し顔を曇らせた。
「ごめんなさい。今は食欲がないの」
「母上、これは七色草を使った料理です。どうぞ召し上がって下さい」
「七色草の……。あの万病に効くという」
「そうです。母上のために、アリエステルが仲間と共に採ってまいりました」
アリエステルは、未熟な胸を張る。
続いて後ろに控える者たちを紹介した。
「まあ、それはありがとうございます。ですが、今は――」
「大丈夫だぜ、アリスの母ちゃん。あんたが食べたかった料理が、このドームの下に隠れてる」
「わたくしが食べたかったもの?」
エヌマーナはふと気づいた。
鼻腔をくすぐるいい香り。
とても素朴で、優しい匂いが、喉を通り胃に充満する。
くぅぅうう……。
腹の音が聞こえた。
まるで母竜のような優しい嘶き。
咄嗟にお腹を隠したのは、エヌマーナだった。
顔を真っ赤にし、本人すら呆気に取られている。
「まあまあ……。わたくしったら、はしたない」
「はしたなかねぇよ。それが身体の正直な声なんだ」
「……じゃ、じゃあ、一口いただこうかしら」
ベッドに座ったまま、テーブルの用意がなされる。
手早く給仕たちが準備を果たすと、ディッシュはトレーを置いた。
ドームのつまみを握り、にししし……と笑う。
「これが王妃様が食べたかったものさ」
ドームを持ち上げる。
すると、現れたのは大量の湯気だった。
白い湯気が料理を隠す。
やがて現れたのは、小鍋と木椀だった。
導かれるようにエヌマーナは、小鍋をのぞき込む。
真っ白で細長い種実が、熱い湯の中に浸っていた。
ぬらぬらと輝き、熱湯を楽しむかのようにプツプツと浮いている。
その白い食材を彩っていたのは、刻んだ鮮やかな葉野菜だ。
しかも、緑色ではない。
虹色に輝いていた。
これが、七色草なのだろう。
あまりに美しい食材に、王妃の口からため息が漏れた。
「これはもしや、お粥……?」
「ああ。そうだ」
七色草粥だ!
「七色草のお粥……」
それは実にシンプルな料理だった。
炊いた飯を水で炊き、塩と穢れを取った七色草を入れた。
ただそれだけの料理だ。
熱々の出来たてらしい。
湯気が立ち上り、見てるだけで汗が出てくる。
暑い夏に出す料理ではなかった。
しかし、王妃の食指は反応する。
ごくり……。
はっきりと耳で聞こえるぐらい、唾を飲み込んだ。
ディッシュはお玉で粥をよそう。
ピチピチと音を立て、白く濁った湯が滴った。
椀に注ぐ。さらに匂いが濃くなったような気がした。
思わず息を吸い込んでしまう。
七色草と思われる香りが、王妃のお腹を優しく包んだ。
くぅぅうう……。
お腹が催促する。
その音はどこか色っぽかった。
「じゃあ……。いただきます」
エヌマーナはスプーンを手に取る。
盛ったばかり椀は、急速に熱を帯び始めていた。
相当熱いのだろう。
覚悟を決め、エヌマーナは1度、かき混ぜる。
スプーンですくうと、入念にフーフーと息を吹きかけた。
ゆっくりと口に入れる。
はっふ……。はっふ……。
予想通り、熱い!!
でも、食べられないわけじゃない。
ほくほくと口を動かし、咀嚼する。
美味しい……。
不思議な色の種実の味だろうか。
麦飯よりも遙かに甘く感じる。
しっとりとしてモチモチ……。
さらに粥汁が歯に絡み、その甘みを十二分に堪能させてくれる。
塩の加減もちょうどいい。
種実の甘みに対し、いいアクセントになっている。
ピリッとしていて、全体的にタレた食感が塩の味によって引き締められていた。
そして七色草だ。
普通の葉野菜以上に歯応えがある。
きっと種実を炊いた後に、刻んだ七色草を混ぜ込んだのだろう。
シャキシャキという音が気持ちいい。
歯が手を叩いて喜んでいるようだ。
もっとえぐみがあるかと思ったけど、ほとんど感じられない。
下処理をしっかりとしているからだろう。
口の中に広がるのは、草原に広がっているような爽やかな香りと、後味だけだった。
種実の甘味。絶妙な塩加減。確かな食感の七色草。
だが、それ以上にエヌマーナを驚かせたのは熱さだ。
口から喉へ……。
喉から胃へ……。
胃から内臓へ……。
内臓から身体全体へ……。
マグマのような熱さが、弾いた弦のように激しく伝わった。
身体が熱い……。
かっかっと、今にも寝間着を脱ぎ捨てたいぐらいだ。
ふと――久しぶりに鼓動を聞いたような気がした。
血流がサラサラと流れていくのがわかる。
お粥を食べる前の自分は死んでいたのではないか。
そう思えるほど、身体が蘇っていくのわかる。
「はああぁぁぁぁあんん! 生き返りますわぁぁぁあああんん!!」
とうとうエヌマーナは、火山のように爆発するのだった。
母、爆発w
ストックに余裕が出てきたので、
しばらく毎週日曜日の18時に更新する予定です。
今後とも『ゼロスキルの料理番』をよろしくお願いします。







