menu42 料理に重要な調味料
今日もどうぞ召し上がれ!
ゼロスキルの料理に魅入られる騎士たちを見て、アリエステルは密かに胸を撫で下ろした。
姫君が「食べろ」と命令すれば、たとえ魔獣の糞とて彼らは食べるだろう。
けれど、それでは料理を楽しむことは出来ない。
強制されて食べる料理と、自ら進んで口にする料理の味は、明らかに違う。
感情もまた料理において、重要な調味料なのだ。
その点において、アリエステルの舌はいささか鈍っていた。
部下の手前、気丈に振る舞ってはいるが、その胸中には常に寝具に横たわる母親の姿があった。
本当であれば、今すぐ下山し、母の下に帰りたい。
その願いを必死に、部下の前で押し隠していた。
(そうだ……。この肉を持って帰って、母上に食べてもらおう)
アリエステルは思いつく。
魔獣の肉とはいえ、栄養価は高そうだ。
弱り切った体力の回復にもなるだろう。
「ディッシュよ。加工した魔獣の肉はまだあるか?」
「おう。まだ一杯あるぜ」
ディッシュはヨーグの大葉を開く。
まだたくさんのカリュドーンの肉が、残されていた。
アリエステルはディッシュに一言断り、一切れもらう。
王宮へと持ち帰り、母親に食べてもらうのだ。
保存するために、王女は氷の魔法を使用する。
呪文を唱えると、肉の塊は一瞬にして氷漬けになった。
「よし!」
満足そうに鼻息を荒くする。
だが、その表情はすぐに曇ってしまった。
魔法で出来た氷が、みるみる溶けていく。
やがてヒビが入り、壊れて消滅してしまった。
「ど、どうなっておるのだ?」
アリエステルは慌てる。
本来、魔法で出来た氷は、通常のものよりも長持ちする。
そのため食材の輸送方法には、魔法の氷が使われるのが、一般的だ。
最近では、鮮度の高い海魚を山奥の村で食べることが出来るようになった。
余談だが、【水属性】や【氷属性】のスキルを持つ人間は、海運業者や商隊に引っ張りだこなのが、昨今の状況だ。安定的な高額収入が見込まれるため、そうした属性を持つ冒険者は減少傾向にある。
アリエステルもそれを狙って、肉を氷漬けにしようとしたのだが、思惑は外れてしまった。
見かねたディッシュは説明する。
「魔獣の肉は、氷漬けにしても無駄だぞ。特に、魔法で出来た氷はな」
「な! 何故だ、ディッシュ!?」
「わからねぇか? 魔獣の栄養は魔力なんだぞ」
「あ!?」
魔獣の肉は、今この時も魔力を漏出させている。
それを抑制する手っ取り早い方法は、肉に魔力を与えることだ。
アリエステルがやったことは、ちょうどそれと同じ事だった。
肉が氷の魔法の魔力を吸い、魔法の構成を破壊してしまったのだ。
「では、この肉を持って帰るためには、常に魔力を送らなければならないということか?」
「まあ、そういうことだ」
「わかった。そういうことなら……」
アリエステルは肉の塊を両手で抱える。
ゆっくりと自分の魔力を肉に送った。
「姫、やめてください」
制止したのはアセルスだった。
如何にアリエステルのスキルが優秀とはいえ、魔力の総量が人並み外れているわけではない。
筋肉と同じで、訓練と年齢によって魔力は増やすことができる。
だが、今この場所から王宮までずっと魔力を送ることは、不可能に近いだろう。
ただでさえ今日は広範囲に雨を降らしたり、カリュドーンの突撃を防ぐ巨大な防壁を作ったりと大活躍だったのだ。
短時間の過度の魔力流出は、命の危険に関わる。
それを知っているアセルスは、慌てて止めたのだ。
「だが……。これでは母上に食べてもらえない」
「姫、お忘れですか? 我々の目的は、王妃様に七色草を食べてもらうことなんですよ」
「う、うむ」
アリエステルは振り返る。
普通の野花に擬態した七色草が、夜風に吹かれ揺れていた。
アセルスのいうことはもっともだ。
それでも、アリエステルは母と一緒に食べたかった。
そうすれば、この肉がもっと美味しく食べられると思ったからだ。
「じゃあ、燻製にでもするか?」
「燻製?」
「なんだ、知らないのか? ……そうか。お前たちはあまり煙を使わないもんな」
「煙? 何をいっているのだ、ディッシュ」
今では火といえば、煙の出ない魔法の種火だ。
料理店だけではなく、その文化は一般家庭にまで根付いている。
燻製という方法はまだ魔法文化が未熟だった頃には、存在した技術だ。
もちろん、ディッシュも知らなかったのだが、たまたま山で燻製を使ってる冒険者を見かけ、試してみた。
これが魔獣の肉に大当たりだった。
ディッシュは火を焚き始める。
もちろん、種火を使わない方法だった。
パチパチと薪木が爆ぜ、煙が立ちのぼる。
ディッシュは肉を細切りにする。
そこに糸を通し、火から遠ざけた位置に吊した。
アセルスは首を傾げる。
「こんなので魔力の漏出が抑えられるのか?」
「いや、理には適っておる」
アリエステルは小さな顎に手を置いて、感心していた。
魔獣にも人間にも、魔力が出入りする【魔孔】というものが存在する。
種族によって、その数の多い少ないがあるのだが、魔獣はその中でトップクラスに多い。そのため魔力の漏出量が高いのだ。
「おそらく煙の細かな灰が、【魔孔】を塞ぐことによって、魔力の漏出を抑えておるのだろう」
アリエステルは説明する。
一方、ディッシュは何やら作り始めていた。
鍋の中に、先ほど細切りにした肉を入れる。
そこに塩、胡椒を多めに投入した。
万遍なく馴染ませると、魚醤と砂糖の代わりにポケットに突っ込んでいたスライム飴を細かく刻んだものを入れる。
「なあ、誰か酒を持っていないか?」
「こんなものでいいなら」
小瓶に入った酒を出してきたのは、騎士団長だった。
消毒用に使うもので、かなりキツい匂いがする。
だが、ディッシュは問題ないと判断し、加えた。
手で軽くかき混ぜ始める。
「ディッシュ、何を作っているのだ?」
アセルスの瞳はすでに輝いていた。
どうやら彼女の中にある食いしん坊センサーが反応したらしい。
ずるっ、涎を飲み込む音が聞こえた。
「ただ燻製にするのも味気ないと思ってな」
そういって、調味料を馴染ませた肉に糸を通す。
同じように遠火で、煙にいぶした。
青紫の肉から、ちょんちょんとドリップが落ちる。
それがなくなるまで、ディッシュは待った。
少し黒っぽい紫色に変色する。
肉の表面が乾燥したのを確認した。
「よし!」
カリュドーンの燻製のできあがりだ!
皿から煙の香ばしい匂いが漂ってきた。
今回は肉ですが、最近魚の燻製にはまってます!
ちょっと短めだったので、早めに更新します。
次回は9月23日の予定です。







