menu39 こいつら、結構美味しそうだ
遅くなってすいません。
どうぞ今日も召し上がれ!
北の国では、こんな伝説があるらしい。
魔獣と勇敢に戦い、亡くなった戦士は、神々たちがいる城に住むことが出来るのだと。そこには様々な花々が生い茂り、中には虹色の光を放つものがあるという。
まさしく、アセルスの前に広がっていたのは、そんな光景だった。
七色の光を放つ草が、一面に生い茂っていたのだ。
あまりの美しさに言葉が出ない。
獣であるはずのウォンですら、べろりと出た舌と涎を引っ込めて、見入っている。毛もモフモフになり、すっかり戦意が失っていた。
「よもやこのすべてが七色草とは……」
アリエステルは息を呑んだ。
こんな群生地が、国内にあるとは思わなかった。
いや、冒険者の誰かがギルドに報告したところで、信じるものはいなかっただろう。そもそも、この場所はかなり山深い。
ここまで分け入るのは、ディッシュたちが初めてかもしれなかった。
一行はしばらく幻想的な光景に見とれる。
だが、それは長くは続かない。
すぐに七色草は擬態をはじめ、元の野草の姿に戻ってしまった。
「すごい……」
七色草の性質を知らなかったアセルスは感嘆した。
なるほど。これほど見事な擬態能力なら『幻草』といわれても、おかしくはない。
そもそも七色草がこうやって七色に光るのは、擬態の誤作動だといわれている。
水は無色透明だ。だが、七色草は無色にはなれない。
だから、どうやって擬態をしようか悩み、様々な色に変化するのだという。
みんなが固まる中、ディッシュだけが草花の中へと入っていく。
薄い硝子でも触れるかのように、そっと手を伸ばした。
七色草――にではない、土だ。
軽く手ですくうと、茶色の土の中から白っぽい何かが出てきた。
「骨だな……」
ディッシュは目を細める。
すると、唐突にアリエステルがぺたんと尻餅をついた。
何事かと思い、一同が視線を向けると、青白い顔をした王女は指を差す。
「うお!」
さすがのディッシュも驚いた。
骨だ。
野花に隠れて今のいままで見えていなかった。
花畑に混じって、巨大な獣の骨がそのまま残っていたのだ。
随分、時間が経っているのだろう。
一部は腐り、土に還っている部分もある。
興味深い事に、その骨から芽を伸ばし、花が咲いていた。
「たぶん、カリュドーンだろうな」
大きさからして間違いないだろう。
花畑を枕にするように横たわっていた。
七色草を食すカリュドーンが、再び七色草を芽吹かせる温床になっていたのだ。
「さしずめここはカリュドーンの墓場ということか」
アセルスは少し悲しげに呟いた。
魔獣は人間の憎き天敵である。
だが、彼らも生物だ。
生きていれば、やがて死が訪れる。
今まで、そんなこと考えもしなかったが、彼らも生命を生み出す1つの種であることは間違いないだろう。
感傷に浸る一行をよそに、ウォンは唐突に頭を上げた。
耳をくるくると動かすと、モフモフだった毛を逆立たせる。
「うぅぅぅうう……」
森がある方を向いて、唸りを上げた。
次いでアセルスも気づく。
わずかな微震を鉄靴の裏で捉えた。
「来る!」
聖騎士が声を発すると同時に、緊張感が増した。
前面にウォン。その後ろにアセルス。殿は王国の騎士達だ。
ディッシュとアリエステルを守るように陣形を組む。
梢を揺らし、野鳥を驚かせ、やってきたのはカリュドーンだった。
それも1匹や2匹ではない。
優に十数匹はいるかもしれない。
「なるほど。ここはカリュドーンの墓場であると同時に、聖域でもあるのか?」
「アセルス、それは違うぞ」
「どういうことだ、ディッシュ?」
「お前と同じさ。ご飯が取られると思って怒ってるのさ」
「な! わ、私はそんなに食いしん坊ではないぞ」
……微妙な雰囲気が流れる。
それは認めようよ、という感じで、一行はアセルスに視線を送った。
前面に出てカリュドーンを睨んでいたウォンですら、聖騎士の方を向いてジト目で視線を送る始末だ。
アセルスは顔を真っ赤にする。
「え、ええい! 今は、この危機を脱出することが先決だろう」
「アセルスの言うとおりだ。七色草を持って帰り、母上を助けるのだ!」
アリエステルは杖を掲げる。
姫の元気な声に、騎士達の士気も上がった。
ぶおおおおおおおおお……!!
とうとうカリュドーンたちが突っ込んできた。
「任せよ!!」
アリエステルが杖を振るう。
呪文を紡いだ。
「土魔法! 土人形の巨手!」
花畑の周りの土が突如、隆起する。
分厚い土の壁が一瞬にして成形された。
カリュドーンたちは突撃を防がれ、あるいは隆起した土に押し返される。
「おお! 姫様!!」
騎士たちは歓声を上げた。
アリエステルは荒い息を吐き出しながら、「どんなものだ!」と呻く。
雨の魔法に、広範囲を土壁で覆う魔法。
立て続けに魔力を消費し、彼女は倒れる寸前だ。
それでも、気を失うわけにはいかない。
意識が失えば、七色草を散らしてしまう。
それでは母上を助けることが出来ない。
「あとは頼んだぞ、アセルス! ウォン!」
姫の言葉に呼応するかのように、アセルスとウォンが土の壁を飛び越える。
付近で立ち往生していたカリュドーンの前に降り立った。
途端、悪意がアセルスたちの方へと向けられる。
他の場所にいたカリュドーンたちも集まってきた。
あっという間に囲まれる。
しかし、アセルスは1滴の冷や汗も浮かんでいなかった。
ただぺろりと唇を舐める。
「ウォン……。気づいているよな」
「うぉん!」
返事をする。
お互い顔を見合わせた。
聖騎士と神狼は目で見て、自分たちの思いが一緒であることを確認する。
――こいつら、結構美味しそうだ。
一見、大きな猪。
確かにごつい身体をしているが、お腹の周りを見るとプルプルしている。
それにあの七色草を食べているのだ。
決して、味が悪いわけではないだろう。
カリュドーンをうまく倒せば、ディッシュが調理してくれるかもしれない。
すると、音が鳴った。
ぐおおおおおおお……。
竜の嘶きかと思うほど大きな音だった。
横のウォンはボタボタと、鉛のような涎を垂らしている。
人間と獣の奇妙な組み合わせ。
さしものCランク魔獣も、後ろ脚を引きかけた。
戦意を失う。
それをはっきりと見て取ったアセルスは、笑った。
口角を上げた表情は、まるでかのゼロスキルの料理人のようだ。
「我が名は聖騎士アセルス! 我が腹に収まることをありがたく思うがいい!!」
アセルスは走った。
【光速】のスキルで、一瞬にしてカリュドーンに接敵する。
顎の下に潜り込んだ刹那、刃が閃いた。
パッと青紫色の鮮血が散る。
「ぶおおおおお!」
断末魔の悲鳴を上げながら、1匹のカリュドーンが絶命した。
どぅ、と重苦しい音を立てて、倒れる。
【光速】の姫騎士は止まらない。
さらに敵陣深くに潜り込むと、目にも止まらぬ速さで魔獣を斬っていく。
しかも、内臓を傷つけずに行われていた。
ディッシュは何も指示していない。
しかし、アセルスは彼と狩りをするうちに、何をすればいいのかわかっていた。
ウォンもまた一緒だ。
大きく飛び上がり、まずカリュドーンの首元を狙う。
大きな鬣と一緒に、その喉元を食いちぎると、他の魔獣へと走った。
「すげぇえな、あいつら……」
ようやく壁を登ったゼロスキルの料理人は、十数体のカリュドーンを前に奮戦する聖騎士と神狼に賛辞を送る。
1人と1匹の行動を見ていてすぐにわかった。
カリュドーンを食材にするつもりなのだ。
「仕方ねぇなあ」
ディッシュはにししし、と笑った。
やがて甲高い悲鳴のような咆吼が上がる。
リーダー格だろう。
すると、カリュドーンの群れは撤退を始めた。
森の中へと消えて行く。
「あ! ちょっと待て!」
アセルスは追おうとしたが、ディッシュが止めた。
「もういいぞ、アセルス。食材は十分だ。それとも、この辺りのカリュドーンを食い尽くしても、お前の腹は満足しないのか?」
「そんなことはないが……」
アセルスは血を払い、鞘に剣を収めた。
ウォンも警戒を解き、ふわりと尻尾を下ろす。
「で? どうなのだ? カリュドーンは食べられそうか?」
「食ったことはねぇけどよ」
それを美味しくするのが、料理人の仕事だろう。
にしし、とゼロスキルの料理人は笑うのだった。
次回は9月9日を予定してます。
劇中は真夏だけど、次回投稿する時には少しでも涼しくなっていることを切に願う。







