menu38 虹色の道
昨日、ここで新作の宣伝をしたらPVがすっごく増えました!
読みに来ていただいた方ありがとうございます。
お礼代わりになるかどうかわかりませんが、連続更新させていただきました。
今日もどうぞ召し上げれ!
雨を降らせる――。
そう聞いて、アセルスもアリエステルもポカンとなった。
ウォンも首を傾げ、周りで聞いていた騎士も、互いの顔を見合わせる。
ディッシュだけが自信満々といった様子で、口角を上げていた。
「七色草は水に反応して、七色になる草なんだ。だったら、雨を降らせば見つけるのも簡単になるんじゃないか?」
ゼロスキルの料理人は提案した。
理に適ったやり方だが、それが通じるなら七色草は『幻草』と呼ばれていないだろう。
その性質ゆえに、古来から七色草を取るには雨上がりが適しているといわれていることは事実だ。
だが、草が水に反応して七色に輝くのはほんの一瞬だけだった。
刹那の時間だけで見分けるのは、やはり超一流の薬師やそのスキルを持つ人間でなければ、不可能だろう。
しかし、世界で10人いるかわからない薬師を、今から捜すのは至難の業だ。
「俺が見つけたいのは、七色草じゃない」
「え?」
「なに?」
「ともかくやってみようぜ」
「しかし、ディッシュ。天候を操る魔法もまた難しい。局地的に雨を降らせても、この山全体に雨を降らせるのは難しいぞ」
「わかった。妾がやろう」
どんと、ちっぱい胸を叩いたのはアリエステルだった。
彼女は【全属性習得】というレアスキルホルダー。
むろん、水や風の魔法が必要になる天候魔法も習得済みだ。
「いいのですか、姫? 天候魔法はとても魔力と体力が――」
「かまわん。母上を助けるためだ。娘の妾が一肌脱がねば、示しがつかぬであろう」
言い放つ。
お付きの騎士たちはピンと背筋を伸ばした。
小さな身体に、王者の風格を感じたのだ。
ついには、ほろりと泣き出すものまで現れた。
アリエステルはいざと、呪文を唱える。
「水の精霊レーヌ。風の精霊ヌーディン。我の声を聞かば、雲となって応えよ。太陽神の支配に屈せぬ勇気を振るい、西から東に駆ける翼を見せるがいい。枯れた空気と土地に、豊穣の恵みとなり降り注げ!」
天候魔法――【雨、来る道を】。
すると、真っ青だった空に黒雲が立ちこめる。
急に辺りが暗くなると、1滴の粒が葉を叩いた。
パタパタパタパタ……。
というまばらな音から、万雷の拍手のように雨が降ってくるまで、さほど時間はかからなかった。
アリエステルの魔法が成功したのだ。
見える範囲の上空は雲に覆われ、雨滴が山を濡らしている。
おおおお……。
騎士たちはどよめいた。
何度もいうが、天候魔法は難しい。
それを小さな身体のお姫様が、成功したことに驚いた。
再び歓声が鳴り、ずぶ濡れになりながら「我がアリエステル」と称賛を響かせる。
ディッシュはここぞとばかりに、小さな桶を取り出した。
雨水を溜め、水筒の中に入れる。
魔法で呼んだ雨は長くは続かなかった。
「限界じゃ……」
自ら降らした雨を全身に浴びながら、アリエステルは崩れ落ちる。
何とか膝立ちになり、荒い息を繰り返していた。
「姫!!」
「大丈夫だ、アセルス。だが、さすがに1度に魔力を吸い上げられて、疲れたがの」
「よくやったな、アリス」
ディッシュも小さなアリエステルを労う。
魔法が解けた空から暗雲が離れていった。
元の青い空が蘇り、雨音からけたたましい虫の音へと転調する。
すると、「ひ、姫!!」と慌てた様子で騎士が叫んだ。
ディッシュたちがいるところよりも、少し小高い場所にいた騎士がぶんぶんと手を振って、何かを示している。
アリエステルはアセルスとディッシュに抱えられながら、その場所に向かった。
切り立った崖の上。
ちょうど山全体が一望できる場所だった。
「おお……」
アリエステルは小さく唸る。
横にいるアセルスも思わず「綺麗……」と目を輝かせた。
ディッシュとウォン、騎士たちもその光景に息を飲む。
虹だ。
それも空に浮かんでいるのではない。
山がリボンでラッピングされたかのように、あちこちで虹が浮かんでいたのだ。
夏の緑に突如、現れた虹。
言うまでもなく美しい光景は、何か導かれるように山の奥へと続いている。
一定時間が断つと、霧散した。
「あの虹は一体……」
「ともかく行ってみよう」
アリエステルをウォンに乗せ、ディッシュたちは徒歩で向かう。
1番近くに浮かんでいた虹の場所にたどり着くが、何もない。
七色草があるのではないかと思ったが、予想とは違っていた。
すると、ディッシュは突然しゃがむ。
何か丸いものをつまみ上げた。
アセルスが近づき、ディッシュと同じく観察する。
だが、何かさっぱりわからなかった。
「ディッシュ、それは?」
「たぶん、カリュドーンの糞だ」
「糞!」
素っ頓狂な声を上げて、アセルスは1歩下がった。
さすがに糞を手で触るのはどうかと思うのだが、山育ちの料理人はなんとも思わないらしい。
くんくんと臭ったりしながら、何かを確かめている。
すると、水筒を取りだした。
ちょろりと水をかけてやる。
糞がかすかに反応し、七色に輝きだした。
あの虹の光にそっくりだ。
ディッシュはにしし、と笑った。
「やっぱりな。きっと、この糞には七色草の成分が残ってるんだろう」
「じゃあ、妾たちが見た虹の道は、その糞が光っていたということか」
「ああ……」
「では、もしかしたらあの虹の先に――」
虹の道は山奥に向かうほど多くなっていた。
もしカリュドーンが七色草を食べているなら、糞を漏らすのもその近くになる可能性は高い。
つまり、虹の道が多く点在した場所が、七色草がある群生地の可能性がある。
行ってみる価値は十分ありそうだ。
さらに、ディッシュたちは山奥へと進む。
途中、糞の様子を見ながら、それらしい場所を探した。
小陰の多い森の中とはいえ、うだるように暑い。
雨を降らせたおかげで、湿度が高く、汗が滲んだ。
それでも、一行は懸命に七色草を探した。
やがて、開けた場所にでる。
背の低い野花が咲き乱れていた。
赤、青、黄、あるいは白や黒。
様々な色をした花弁が、不意に吹いた風に揺れている。
その光景はまさに虹のようだった。
雨は熱気と風ですっかり乾いてしまったらしい。
花びらにも葉にも、雨滴はついていなかった。
「こんな山奥に、こんなに綺麗な花園があるなんて……」
アセルスは瞳を輝かせた。
聖騎士は村の生娘のように足取り軽く、花畑に近付く。
珍しくもない野花だが、これほど一緒に集まると、その美しさは大輪の薔薇に匹敵した。
「待て、アリス!」
「な、なんだ、ディッシュ? 大きな声を出して……」
「いる?」
「何? もしかして、カリュドーンか?」
アセルスは腰を切り、鞘に手をかけた。
油断のない瞳を周囲に放つ。
だが、大きな魔猪の姿はない。
聞こえてくるのは、蹄の音ではなく、野鳥のさえずりだけ。
蝶がヒラヒラと舞い、のどかな光景が広がるのみだ。
「ここにあるのだな、ディッシュ」
ウォンの背に乗ったままアリエステルはいった。
姫君は何かを理解しているらしい。
ディッシュと同じ方向を向いていた。
何がなんだかわからないのは、アセルスだけだ。
「アセルス……。お主にいってなかったな。七色草のもう1つの性質を」
「もう1つの性質? それはなんですか、姫」
「七色というのは、水につけて七色に変わるという意味と、もう1つ理由があるのだ」
「それは?」
「擬態だ」
「擬態!?」
「七色草は、様々な草花に化けることが出来る。魔草なのだよ」
「じゃあ、もしかして――」
すると、ディッシュは水筒の栓を抜いた。
勢いよく水を花畑に振りかける。
瞬間、それは起こった。
「「おおおおおおお……!」」
どよめきが起こる。
ディッシュもその目映い光に、息を飲んだ。
花畑が虹色に輝いていた。
次回は9月1日の予定です。
今日が8月最期の投稿。そろそろ秋のメニューも考えないと。







