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menu20 フブキネズミの氷室

『アラフォー冒険者、伝説になる~SSランクの娘に強化されたらSSSランクになりました~』の

試し読みが、公式にて公開されております。

是非ご確認ください。

7月10日発売です!

 暗い山の中をディッシュ、ウォン、そしてアリエステルが列をなして歩いていた。


 真っ暗な闇の中。

 頼りは貧弱なカンテラの明かりだけだ。

 ゆらゆらと揺れる光は、足元の状況を映し出すのが精一杯だった。


 そんな中、アリエステルはスライム飴をもくもくと食べている。


「よもや、この妾にスライムの飴なんぞ食べさせおって……うーん、うまい」


「文句いいつつ食べてるじゃねぇか?」


「うるさいうるさい。背に腹は代えられぬ。仕方なく食べているのだ」


 さっきまで死にそうな顔をしていた人間とは思えないほど、アリエステルは気力を取り戻していた。

 食べ物を口に出来たことも大きいが、人と一緒にいることによって、安心感を得ることができたのがデカい。

 相手が見知らぬ青年とはいえ、会話をすることによって、彼女は本来のペースを取り戻しつつあった。


「お前、名は?」


「ディッシュだ。そっちは?」


「ふふん……。聞いて驚け。我が名はアリエステル・ラスヌ・カルバニアだ」


「なげぇ名前だな。めんどくさいから、アリスでいいか?」


「な! ちょっと待て! 妾の名前を知らぬのか!? というか勝手に略すな!」


「知らん」


「なんという田舎者だ。まあ、こんな山奥に住んでいれば、俗世のことに疎いかもしれぬが……」


 アリエステルは眉間に皺を寄せる。

 料理道具を乗せた背嚢に、熊の毛皮。

 櫛が通らぬほど固まった蓬髪を、なびかせた青年を見つめる。


 こんな男が、このような至高の飴を作れるとは到底思えなかった。


「よくスライムを飴にしようと思ったの。誰かに教わったのか?」


「いいや。俺のオリジナルだ」


「では、お主のスキルか何かか?」


「俺にはスキルがないんだよ」


「スキルがない?」


「ゼロスキルなんだ、俺は」


「ゼロスキル……。ぷぷ……! つまりは能なしか。なるほど。それでこんな山奥に住んでおるのか。よくもまあ……魔獣がうようよいる場所で生きてこれたものだ」


 すると、ディッシュは立ち止まった。


 急に止まったため、アリエステルはびくりと肩を震わす。

 ちょっと言い過ぎたか、と思った。

 だが、ディッシュはおもむろに背嚢を下ろす。

 手早く火焚きの準備を始めた。


「何をしておるのだ?」


「なにって? 野営の準備だけど」


「野営!! 妾に野宿せよというのか?」


「別に俺は着いてこいなんていってないぞ。お前が勝手に着いてきたんだ」


「な! 先ほどの意趣返しのつもりか! いやだ。妾はベッドの上で寝たい!」


 といっても、ディッシュの家はここからさらに山奥に入った場所にある。

 しかも、今は夜だ。

 夜道は当然暗く、慣れたディッシュですら迷うことがある。

 それに夜は夜で魔獣が活発に動き回る時間だ。

 移動を継続するわけにはいかなかった。


 ウォンならばひとっ飛び家に帰ることが出来るかもしれないが、鞍なしで狼の背に乗るのは割ときつい。

 ディッシュよりも小さな女の子が耐えられるとは思えなかった。


 結果、アリエステルは諦めることにした。

 むろん納得などしていない。

 ムスッとした顔で、スライム飴が入った袋に手を入れる。

 だが、どんなに袋の中をかき回しても、飴の感触は皆無だった。

 逆さに振ってみるものの、カスすら出てこない。


 く~~。


 子竜の甘えた声にも似た腹の音が鳴る。


 さすがに飴ではお腹は膨れない。


「なあ、ディッシュ。他に何か食べ物はないのか?」


「ない。非常食の飴もお前が全部食べちまった」


 観念したアリエステルがごろりと寝転がる。

 待っていたのは、柔らかな羽毛のベッドではなく、冷たく硬い地面の感触だった。


 とはいえ、もう動くことは難しい。

 足はすでに棒になり、魔力を使いすぎて若干頭痛もする。

 例え、ここで野宿をし、睡眠がとれたとしても、飛行魔法のように集中力が必要になる魔法は、制御不可能かもしれない。


「(これが冒険というものか……)」


 王族の保養地から飛び出していった時、危険を省みていなかったわけではない。

 安全な王宮暮らしに入り浸っていたアリエステルは、むしろ危機的状況に飢えていた。


 いざ身を置いてみると、自分には何も出来ないことを痛感させられる。


 自然と涙が出た。

 急に父と母が恋しくなる。

 一瞬、甘えた声が出そうになったのを、寸前のところで押さえた。


 すると、顔を上げたのは、ウォンだった。

 梢を縫い、風が吹く。

 その空気の中に何か感じ取ったらしい。


 魔獣か……。


 緊張感が走る。


 ウォンはタッと駆けた。

 闇の中に飛び込んでいく。


「もしやあの狼……。妾たちを置いて逃げたのか?」


「ウォンはそんなヤツじゃねぇよ」


 ディッシュの言うとおりだった。

 しばらくしてウォンが戻ってくる。

 鼻の周りを泥だらけにし、口に何かを掴んでいた。


 それは氷の塊だ。

 中に何かが入っている。

 ディッシュは慎重に割ると、芋が出てきた。


「麦酒芋だな」


 普通の市場に売っているような芋だ。

 身が麦酒のような色をしているため、麦酒芋といわれている。

 当然、酒精は入っていない。


 しかし、不可解だった。

 何故、麦酒芋が凍らされていたのか。


 アリエステルが首を傾げて考えていると、ディッシュが答えた。


「たぶん、これはフブキネズミの氷室だな」


「フブキネズミって魔獣のか?」


 犬や猫ぐらいの大きさで、主に秋期から春期の始めに活動する魔獣だ。

 身体が異常に冷たく、こちらから触れたりしなければ害はない。

 こうして秋期に集めた作物を氷漬けにして、森のあちこちに隠す習性があり、それを食べて冬期を過ごしている。


 ウォンが見つけたのは、その1つだろう。


「よくやったぞ、ウォン」


 ディッシュは神狼を撫で回す。

 すでに食糧の期待から、ウォンの毛はモフモフになっていた。


 うーん……。やわらかい……。


 実は、アリエステルと同様に、ディッシュもウォンも腹ぺこだったのだ。


 一方、アリエステルはがっかりしていた。

 この際、腹に入ればなんでもいいが、出てきたのは芋とは……。

 肥えた舌をもつ彼女は、がっくりと肩を落とす。


「なんだ? アリスは芋が嫌いなのか?」


「別にそうではない……。ただ食材としては、在り来たりすぎて――って、だから妾の名前を略すな! 慣れ慣れしい!」


「食材としては在り来たりか。……なるほど。じゃあ、俺がお前を満足させるように調理してやるよ」


 ディッシュはにししと笑う。


 その笑みはゼロスキルの料理人の自信の現れだ。

 アセルスやキャリルが見たなら、きっと舞い上がったことだろう。


 それを知らないアリエステルは、ぼうと調理を見つめる。


 しかし、ディッシュのやったことといえば、あまりにシンプルなものだった。


 まず鍋の中に石を入れる。

 軽く焚き火に当て、石を熱した。

 すると、ウォンが持ってきた麦酒芋を熱い石の中に埋めたのだ。


 たったそれだけ……。


 ますますアリエステルはトーンダウンする。


 彼女がこれまで食べてきた料理の種類は、千数種類にも及ぶ。

 その中に芋を使った料理は、100種類ほど。

 麦酒芋も勿論含まれている。


 美味しい料理もあった。

 だが、そこには複雑な料理手順が存在していた。

 石を入れ、その熱だけで食べる料理が、姫の舌を唸らせるとは思えない。


 だが……。


「(あれ? すごくいい香り……)」


 漂ってきたのは、芋の風味が混じった香ばしい匂いだった。


 強い。とても強い芋の匂いがする。

 かつてこれ程強い香りがあっただろうか。

 そんな料理手順など存在しないはずだ。


 次第にアリエステルの興味を引く。


 井戸の底のように暗かった瞳が、星のように瞬き始める。


 く~~。


 腹の音が鳴る。

 胃が蠕動し、他の内臓を蹴るのがわかった。


 静かに待つ。


 ウォンはダラダラと涎を無造作に垂らしている。

 アリエステルも何度も唾を飲み、鍋を凝視していた。

 ただ1人ゼロスキルの料理人だけが腕を組み、鍋の中をつぶさに観察している。


 1つ息を吸う。


 芋が隠れて見えないため、匂いで判断しているのだ。


 やがて竹串を取り出す。

 そっと石の中にある芋に突き刺した。

 まるで吸い込まれるように串が入っていく。


「頃合いだ」


 ディッシュは芋を取り出す。



 石焼き麦酒芋を召し上がれ!



 差し出されたのは、ホクホクの芋だった。


ちょっと季節外れの食材と調理ですけど、

季節外れだからこそ食べたいですねよね? ね?


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