menu185 ストライクドラゴン鍋のシメ
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ディッシュは早速動き出した。
ずっと炊き出し場に立って、休みもなく料理を作り続けたのに、まったく疲れを見せることがない。
(というより、いつものディッシュに戻っているように見えるな)
調理を始めたディッシュを見て、ついアセルスは考えてしまった。
以前、アセルスは山の中にいたディッシュを無理矢理カンタベリア王国の王宮に連れてきたことがある。
軽いホームシック状態にあったディッシュが、調理場や料理に触れることによって、いつものペースを取り戻していったという逸話だ。
故郷に来てから、色々なことがあったけど、結局ディッシュは料理中心に回っているのだろう。
さて、シメの調理だが、ディッシュが最初に始めたのは、砕いた甲羅の選定だ。
瓦礫のように積み上がった甲羅の欠片の中から、なるべく底が深くなった部分を持ち出す。
それを鍋のように石炭の上に載せると、スープを入れて熱し始めた。
「うわっ!」
ディッシュが火吹き棒で風を送ると、真っ赤な火花が飛び散る。まだ火力を上げるらしい。
近づくのでやっとなのに、ディッシュは汗を垂らしながら、火の加減をじっと見てる。
「ディッシュ、シメはどうするのだ?」
「これだ」
ディッシュが取り出したのは、お馴染みのマダラゲ草の種実だ。
あらかじめ炊き上げていたらしく、種実は銀粒みたいに艶々と光っている。
その魅力的な光だけで、アセルスのお腹は反応してしまった。
ディッシュはマダラゲ草の種実を加える。
さらに火力を上げ、一気に沸騰させていく。
火力が通常よりも高いからだろう。
ぐつぐつというよりは、ドドドドドドッ! と雪崩のような音を立てて、スープの中のご飯が暴れる。
「ディッシュ、こんなにも火力が必要なのか?」
「いや……。別に火力が弱くたって、料理は作れるぞ。でも、魔獣肉を煮込む場合は強く熱した方が臭みが飛ぶんだ。結果的にいい味になるんだよ」
「ほう……」
「特に今使っているのは、ストライクドラゴンの甲羅だからな。できれば、変な雑味は入れたくないんだ」
「鍋を使わず、甲羅を鍋代わりにした理由はあるのか?」
「ふふふ……」
突然、ディッシュが笑う。
なんだか嫌な予感がして、アセルスは思わず後退りしてしまった。
「簡単に言うと、勘だな」
「勘??」
「こっちの方がおいしくなるって思ったんだ。……まあ、言ってみれば思いつきだ」
ディッシュと付き合ってるとよくあることだ。
その場で浮かんだインスピレーションを、そのまま体現する。
ブレーキなんてない。
それがおいしそうと思ったら、ディッシュは試さずにはいられないのだ。
鍋の中はかなり沸騰している。
無数の気泡が、中のマダラゲ草の種実を隠してしまった。
「よーし。頃合いかな。次はこれだな」
ディッシュが出してきたのは、卵だ。
単なる鶏卵かと思ったが、ディッシュが出してくるのだから、普通の卵ではないのだろう。
「ディッシュ、それは……」
「アラーニェの偽卵だよ。前に食ったろう」
「おお!」
アラーニェと言えば、その糸を使った魔骨東方麺だが、アセルスはその偽卵も食していた。
黄身が濃厚だったのを今でも覚えている。
ディッシュは迷うことなく、卵を割り、開く。
濃い黄身と白身が細かい気泡の中に沈んでいった。
ディッシュは火力を落とさず、甲羅鍋の中で卵を潰す。火が強いせいだろう。白身が一気に固まって、薄い布を散りばめたようにご飯を包んでいく。
艶があり、とろみがある姿は食欲をそそる。
「う、うまそう……」
『うぉんんん……』
アセルスとウォンは涎を垂らしながら、料理ができるのを待つ。
見た目もおいしそうだが、現場に漂う香りも鼻を衝いた。
「よし。こんなもんかな」
ディッシュは甲羅鍋を火から下ろす。
ちんちんに熱くなった鍋の底は、真っ赤になっていた。
あらかじめ五徳のように配置した石の上に置く。
ストライクドラゴン鍋のシメご飯のできあがりだ。
あのミソを彷彿とさせる濃厚なスープ。
そのスープの味をたっぷり吸って、たゆたうマダラゲ草の種実。
そして、その種実に白衣を着せるかのように浮かんだアラーニェの卵。
鼻腔を衝く香りは、先ほど街の人に振る舞っていた時よりも、さらにいい。
スープに、マダラゲ草の種実。そして卵。
実にシンプルな料理だが、具材もそこに投入された技術も、一流の職人によるものだった。
「お疲れ様、アセルス、ウォン。俺からのお礼だ」
「水くさいぞ、ディッシュ。私とお前の仲ではないか」
『うぉん!』
「そうか。まあ、食べてみてくれよ」
アセルスは手を合わせ、ウォンは頭を垂れる。
「いただきます」
『うぉん!』
ストライクドラゴンと、作ってくれた料理人への感謝の気持ち。そして被害にあった街の復興への祈りを込めて、アセルスは椀の中に装われたストライクドラゴンのシメご飯を口にした。
「熱いから気を付けろよ」
アセルスは椀に顔を寄せる。
顔に熱い湯気がかかると同時に、濃厚な出汁の香りがする。
その不思議で優しげな香りは、浴びるだけで肌のぷるぷるになりそうだ。
アセルスはひっそりと湯気を多めに浴びようとする。
そんな乙女心を知らず、ディッシュは首を傾げた。
気持ち多めに湯気を浴びた後、アセルスはいよいよ実食する。
スプーンに載せると、熱で固まったアラーニェの卵の黄身と白身がぷるぷると震えていた。
その下には、スープを吸った種実である。
まるで黄身と白身が囚われのお姫様に見える。その下の種実は宝石だろうか。
ならば、アセルスは供物を捧げられたドラゴンだろう。
「ふー……。ふー……」
ブレスを吐くみたいに熱々のシメご飯に息を吐きかける。
慎重に口の中に運び、舌の上に置いた。
「うんめぇええええええええ!!」
『うぉおおおおおんんんんん!!』
アセルスはウォンと一緒に街の真ん中で吠える。
1度食べ始めたら、もはやアセルスがスプーンを使う動作が止まらない。
咀嚼しては、椀の中の種実をすくい、また咀嚼する。
その繰り返しに没頭し、あっさり椀の中を空にしてしまった。
「うまい! 麦飯を鍋のシメとして食べることはよくあるが、こんなにうまいシメ料理は初めてだ」
絶賛する。
ウォンも遠吠えを上げて、主を称賛していた。
「スープを吸った種実がたまら~ん。醤油ベースの味に、出汁の旨みがとにかく舌を、お腹を衝いてくる」
アセルスは早速おかわりをもらい、食す。
木のスプーンの上でぷるぷると震えるアラーニェの卵の固まりを、パクッと食べた。
「卵も濃厚……。そしてぷるぷる……。スープもゼラチン質で濃厚な出汁の餡を食べてるみたいだ」
シンプルな料理だが、シメの料理とは思えないほど、ボリュームを感じる。
お腹のドスンとくるのは、スープが濃厚で餡のようにトロッとしているおかげだろう。何より身体がポカポカしてきた。
「気になったのは、先ほど食べたものよりも濃厚に感じたことだな。ディッシュ、これはやはり?」
「ああ。そうだ。甲羅を鍋として使ったからだな。甲羅が強く熱せられたことによって、強い風味をスープに移したんだ。出汁も取れるから一石二鳥ってわけだな」
「やはりそうか。この甲羅を持って帰って、また食べたいものだな」
アセルスはじゅるりを唾を飲む。
ウォンとともに結構食べたのだが、まだ足りないらしい。
ただ残念ながら、鍋の中は空だ。
マダラゲ草の種実も、ディッシュが携帯用に持っていたもので、今のが最後だった。
そろそろ引き上げようとした時、椀を持った男が現れる。
何日も食べていないらしい。
げっそりとやつれていた。
「あ、あの……。ここで炊き出しをやってるって」
年の頃は40歳前後といったところだろうか。黒の長髪はすっかりほつれ、頬は痩けている。
ただ気になったのは、男が着ている服だ。
それはコックコートだった。







