menu182 ストライクドラゴンの刺身
ザッ! と音を立てて、剣が走る。
切ったのはアセルスだ。
解体するにしても、ストライクドラゴンはディッシュ1人では大きすぎる。
それに力がいるところでは、ディッシュでは手も足も出ない。繊細な作業はウォンも苦手だ。
その点、アセルスはうまい。
1年半近く、ディッシュが魔獣を解体する姿を側で見てきた。ディッシュがあれこれ言わなくても、少し説明すると、イメージ通りに剣を動かした。
アセルスが切ったのは、甲羅と甲羅の端の間だ。これがなかなか技術が必要な上、しかも固い。
だが、アセルスは一太刀で一気に切ってしまった。
しかし、切ったからといって、簡単に外れるわけではない。
「たぶん、甲羅と身の間を支える骨みたいなものがあるんだと思う」
「何故、そう思うんだ?」
「アセルスは亀を食べたことがあるか?」
「残念ながら」
「そうか。俺が食べたのは、ターゴンっていう海亀だ。」
「魔獣ではないか。しかも、Bランクの……」
「ああ。ちょっと前にロドンのおっさんの舟に乗せてもらった時に食べたんだ。結構美味かったぞ。刺身は馬刺しみたいな味をしてた。ちょっと臭いがあれだったけどな」
「私は馬刺しも食べたことないんだが……。ディッシュばかりズルいぞ。それで、その時に亀の捌き方を?」
「ああ。海の漁師はみんな包丁の扱い方に慣れてる。波に揺られながら、船上で調理することもままあるからな。色々教えてもらったぞ。……お。あった」
ディッシュは尾っぽの方に周り込む。
ウォンに甲羅を支えてもらいながら、比較的小柄な身体を魔獣の中に突っ込ませていく。
しばらく作業した後、プツッと何か切れたような音がした。
「よし。あとは身と甲羅を離すだけだな」
ディッシュはこそぐような感じで、甲羅と身の間に包丁を入れていく。
すでに時間は15分以上経っていた。
「見慣れた光景だが、相変わらず見事だな。できれば、街のものに見せてやれればよかったのだが……」
「どうしてだ?」
「今の姿を見れば、街のものはディッシュのことを見直すと思うぞ。あの料理長だって……」
「興味ねぇよ。見直されたところで、うまいもんが食えるわけでも、料理ができるわけでもない」
「でも、賛辞は受けることができるぞ、ディッシュ」
「俺の望みは、自分の料理を食べて『うまい』って言わせることだ。それ以外のことにはあまり興味ねぇよ」
「ディッシュらしいな」
アセルスは微笑む。
そう。ディッシュは今も昔も変わらない。
料理を作って、食べてもらう。そして「うまい」「おいしい」と言ってもらうこと。それを誉れとして生きている。
いつも子どもみたいに屈託ない笑顔を見せる青年だが、その考え方はすでに達観していて、まるで一流の職人のように先鋭化されている。
さて、いよいよ甲羅が開かれる。
ご開帳とばかりに、まさにストライクドラゴンの岩戸が開かれた。
「へぇ……」
「おお……」
『うぉ~ん』
思わず3人で覗き見る。
食べられそうな身に、内臓。
ぷるっとした脂肪もなかなか目を引く。
身の回りに骨が少ないところも、亀の体内と似ている。
血合いの部分は真っ青でグロテスクだが、身はどっちかというと赤っぽく、内臓は白っぽい。まるで牛のモツのようだ。
他人が見れば、「うっ」となる光景ではある。
だが、慣れてしまったアセルスやウォンの美食センサーは激しく反応した。
これはうまいヤツと……。
ディッシュは内臓を取る前に、膀胱部分を探す。
その作業を見ていると、アセルスは昔のことを思い出した。
「ブライムベアの解体を思い出すな、ディッシュ」
「そうだな。あいつも先に胆嚢を切除しないと後でひどい目に遭うからな」
ディッシュは苦い顔をする。
きっと昔、ひどい目に遭ったことがあるのだろう。
無事膀胱を切除すると、ディッシュの顔付きが変わった。
ここからは食べる部分の選定だ。
甲羅を外すのに、かなりの時間がかかってしまった。悩んでいる時間は少ない。
「あ。ディッシュ。『時の砂涙』を使ってはどうだ?」
「あ。そうだ。そんな便利なもんがあったななあ。ウォン!」
ディッシュはウォンを呼ぶ。
背に乗せていた道具袋の中から『時の砂涙』を取り出した。
それをストライクドラゴンの身の周りにばら撒く。
見た目は変わった様子はない。
「これでいいのかな?」
「使い方は間違っていないと思うぞ」
「あるのは知っていたけど、使うのは初めてだからなあ」
『時の砂涙』を使ったが、ディッシュはいつものペースで下の甲羅から身を剥いでいく。
「今回は内臓もいけそうだな」
ストライクドラゴンの肝臓を取り出す。
これも『時の砂涙』の効果だろうか。いつもの魔獣の内臓よりも綺麗に見えた。
「本当なら氷水で冷やしてやるのがいいんだろうけどな」
「『時の砂涙』の効果が出ているなら、大丈夫ではないか」
「ふーん。1度、刺身にしてしまうか」
「さ、刺身! だ、大丈夫なのか?」
「『時の砂涙』の効果を試すんだ。腐ってなきゃ、大丈夫なはずだぜ、アセルス」
「……」
『うぉん!』
「ウォンが毒味は任せろだって」
「そうか。ウォンがいるからな。では、ご相伴に与るとしようか」
アセルスはゴクリと唾を飲む。
警戒こそしていたが、内心では楽しみだったのだろう。
「魔獣にしては結構綺麗な身をしてるし。こういのは、刺身に限るぞ」
とはいえ、最低限度のことはする。
ディッシュは聖水を垂らし、内臓や肉身を洗う。
そして食べやすいように切り、皿に盛り付け、アセルスとウォンの前に差し出した。
「待たせたな」
ストライクドラゴンのお刺身だ。
後ろ肢の肉に、先ほどの肝臓、横隔膜といったものまで揃っている。
シンプルな構成だ。
ディッシュは道具袋から醤油を取り出す。
さらに、昔食べたショウガと大蒜をすりおろしたものを付け加えた。
早速、ウォンに試食してもらう。
『うぉおおおおおんんんんん!!』
ウォンは吠えた。
先ほどまで慎重に食べていたのに、お皿にむしゃぶりついて、刺身を食べ始める。
気が付けば、皿は空になっていた。
「どうやら、問題なさそうだな」
『うぉん!』
主人の声に、ウォンは元気よく応える。
それでも最初の一口は怖いものだ。
アセルスは慎重に摘まむが、ウォンの反応からして絶品であることは間違いない。
摘まんだ箸を止めることはできなかった。
最初に口に含んだのは、ストライクドラゴンの横隔膜である。
「うめぇえぇえぇえぇえぇえええ!!」
アセルスは絶叫した。
「うまい! とてもこれが魔獣の内臓とは思えない。コリコリとして食感はよく、噛めば噛むほど旨みが口の中に広がっていく」
ディッシュも一口。
「こりゃうめぇ! 上質な地鶏を食ってるみてぇだ。しつこくもないが、決して淡白でもねぇ。程よい脂が口の中にうまい酒みたいに広がってく」
「醤油とショウガが合うなあ、この横隔膜は。醤油のコクとショウガの爽やかな後味とちょうど合う。う~ん。たまらん」
アセルスの食欲に火がつく。
こうなると、毒があろうと止められない。
次に摘まんだのは、ストライクドラゴンの肝臓である。
魔獣の肝臓とは思えない、白っぽい身。
先ほどまで生きていただけあって、プルプルしていた。
「はあ~。眩しい……。食べるのが勿体ないぐらいだが」
そう言いながら、アセルスは肝臓を口の中に運ぶ。
「うんんんんまっっっっっっ!!!」
こちらも大絶叫だ。
「うまい。後味が最高だ。口の中に入った瞬間、2、3回噛んだだけで雪玉を食ったみたいに溶けて消えていく」
「うはっ! こりゃすげぇ旨みだな。口の中で肝臓が消えているのに、まだ舌の上に乗っかってるみたいだ」
「こっちは大蒜だな。肝臓を食べた後味の中に、大蒜をアクセントに添えるとまたうまい」
「かあ~! 甘みがトロッと溶けて。こりゃ胡麻油だな。持ってくれば良かったぜ!」
こうなると俄然、期待がかかるのが、赤身だ。
「じゃあ……」
「いただきますか」
アセルスとディッシュは箸で摘まんだ。







