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ゼロスキルの料理番  作者: 延野正行
第7章
203/209

menu181 必勝戦術

☆★☆★ 1月10日 単行本5巻発売 ☆★☆★


5巻のその後を描く書き下ろしSSと、原作者と十凪高志先生のあとがきがついてきます。

そちらも是非ご賞味下さい。


いよいよ3日後です。よろしくお願いします。


挿絵(By みてみん)

 Aランクの魔獣ともなれば、非常に危険だ。アセルスのような特殊なスキル持ちの冒険者がいなければ、軍隊の力が必要になる。


 しかし、それと接敵する度に軍隊を出しては、国が立ちゆかなくなる。

 軍隊を出すにしてもお金がいるからだ。


 魔獣に対して軍隊に当たるのは、非常中の非常手段だ。たいていの場合、ギルドが首を捻って各地から冒険者を募り、倒すことがほとんどである。


 アセルスたちのようなSランク以上の冒険者パーティーで当たれば、軍隊を送るよりグッと安い値段で済むが、どうしても集まらないという場合もある。

 そういう時に備えて、低い冒険者が集まっても戦える戦術が考案されることがある。


 必勝戦術と言われ、Aランク魔獣ともなれば、たいていどこのギルドでもマニュアル化してるほど、一般的に浸透していた。


 たとえばストライクドラゴンであれば、その裏表をひっくり返す戦術がベターである。


 亀と似たような形状を持つ、ストライクドラゴンはひっくり返されると、自分では起き上がることはできない。

 たまに尻尾を使って、自力で起き上がることもあるが、最初に尻尾を切断しておけば後は殴りたい放題である。


 問題はこの巨躯をどうやってひっくり返すかだが、爆薬を使うのが主流だ。

 あらかじめ爆薬を地中に敷設しておき、その上をストライクドラゴンが通った瞬間に起動すれば、約7割の確率でひっくり返る。

 この時、ゆるやかな下り傾斜があれば、その確率は9割にまで届く。


 最初に言ったように長めの尻尾を斬れば、あとは蛸殴りならぬ、亀殴りである。

 足などを中心にチクチク攻撃を与えていけば、いずれ死に至るというわけだ。


 しかし、必勝ではあるが、人員と何よりかなりの爆薬を用意とする。

 また即応できる戦術ではないことは確かだ。


 その必勝戦術とは別に、魔獣と戦ってきたのがディッシュである。


 10年山で魔獣の生態を観察し、ゼロスキルでも勝利する方法を練ってきた。


 ディッシュは即席の竈を作って、火を熾す。風は竈からストライクドラゴンに向かって吹いており、魔獣に対してちょうど煙を浴びせるような位置取りになっていた。


 おそらくこれもディッシュが風を読み、ストライクドラゴンを風下に誘導したからである。

 年少期とはいえ5年も住んでいたのだ。

 聡明なディッシュであれば、風がどの方向に向かって吹くかすぐにわかる。


 ディッシュは即席竈を増やし、煙の量を増やす。大量の煙を浴びせられ、もはやストライクドラゴンがどこにいるかわからない状態だった。


「ディッシュ……。大丈夫なのか?」


「心配するなよ、アセルス」


「え?」


「ストライクドラゴンは初めてだが、俺はこの方法でグランドタートルを仕留めたことがある」


「グランドタートルだと……!」


 Bランクの魔獣でストライクドラゴンよりも小さいが、こちらも巨躯の亀型の魔獣である。


「ストライクドラゴンも、グランドタートルも土属性の魔物だけど、若干水属性も入ってる。だから、煙というより熱を嫌うんだ」


 もう少し詳しくいえば、露出した肌の乾燥を嫌う。


 ストライクドラゴンにしても、グランドタートルにしても、常に皮膚から汗のようなものを分泌している。乾燥や太陽の光に含まれる有害な成分、黴や菌といったものから肌を守るためだ。もちろん体温を管理するためでもある。


「熱を察知すると、ストライクドラゴンは乾燥から身を守るために、動きを止め、足と首を引っ込めるんだよ」


 煙で見えないが、ディッシュの言う通り、ストライクドラゴンは首、足、そして尻尾を甲羅の中にしまってジッとしていた。


「熱源から離れるということはしないのか?」


「それが何故かしないんだよなあ、こいつら。火だと逃げることもあるんだけど、煙だと逃げずに甲羅の中に身を隠してしまうんだ」


「動物的な本能だろうか? しかし、この後どうするんだ? 甲羅の中に逃げられては、我々ではどうすることもできないぞ」


「まあ、見とけって」


 そう言うと、ディッシュはアセルスに耳打ちする。

 この後、起こることを説明した。


「良かろう。それは楽しみだ」


 アセルスは大きく頷く。





 小一時間経っただろうか。


 ディッシュが焚いていた煙に変化が現れる。

 風の向きが変わったのだ。

 ストライクドラゴンに向かって行った煙が徐々に逸れていく。


「ディッシュ、煙が……」


「大丈夫だ。これも予想通りだよ」


「わかっていたのか?」


「アセルス……。そろそろ合図するぞ。構えろ。ウォンもな」


『うぉん!』


「わかった」


 ストライクドラゴンにも動きが出た。

 沈黙していた甲羅がムズムズと動き出す。

 ずっと甲羅の中にしまっていた首がビクビクと動き出し、ついに甲羅の中から出てくる。


「待っていたぞ。この瞬間……」


 煙の中で人の声が聞こえる。

 ふわっと煙が払われた瞬間、ストライクドラゴンの前に現れたのは、二振りの剣だ。


 【光速】のアセルス。

 神獣ウォン。


 2つの剣が混じり合いながら、飛び出してきたストライクドラゴンの首を一気に刈り取る。


 煙ごと払いながら、2つの剣は見事その巨首を切り取った。

 断末魔の悲鳴はなく、反射的に足と尻尾が飛び出る。

 薄くなっていく煙の中から、ついに討ち取られたストライクドラゴンの姿が現れた。


 ディッシュは親指を立てる。


「やったな、アセルス」


「ああ」


「ウォンとのコンビネーションもバッチリだ」


『うぉん!』


 久々の獲物に、ウォンも満足そうだ。


「しかし、何故ストライクドラゴンは首を出したんだ?」


「簡単だよ。息が出来なくなって、痺れを切らして首を出してきたんだ。煙の中に1時間もいたら、誰だって音を上げるさ」


「な、なるほど」


 ディッシュの煙技は火喰い鳥を討伐する時にも見られたが、まさかAランク魔獣にも通じるとは思ってもみなかった。


「しかし、こんな大きな獲物……。撤去は大変そうだな」


「何を言ってるんだ、アセルス。食うだろ?」


「ぬ? いや、ディッシュ。でも、ここは『長老』の下でも、ゼロスキルの食堂の中でもないんだぞ」


「俺がいつ自分の料理に場所を選んだんだ?」


 ディッシュはキョトンとしながら言い返す。


 そう言われては、アセルスも言葉がなかった。


「確かに……」


「こんなおいしい獲物を見逃す手はねぇ。ストライクドラゴンを食べるのは初めてだけど、頑張って解体してみるか」


 ディッシュは包丁を抜く。


 すでに時間は昼を過ぎていた。


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挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)

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