menu181 必勝戦術
☆★☆★ 1月10日 単行本5巻発売 ☆★☆★
5巻のその後を描く書き下ろしSSと、原作者と十凪高志先生のあとがきがついてきます。
そちらも是非ご賞味下さい。
いよいよ3日後です。よろしくお願いします。
Aランクの魔獣ともなれば、非常に危険だ。アセルスのような特殊なスキル持ちの冒険者がいなければ、軍隊の力が必要になる。
しかし、それと接敵する度に軍隊を出しては、国が立ちゆかなくなる。
軍隊を出すにしてもお金がいるからだ。
魔獣に対して軍隊に当たるのは、非常中の非常手段だ。たいていの場合、ギルドが首を捻って各地から冒険者を募り、倒すことがほとんどである。
アセルスたちのようなSランク以上の冒険者パーティーで当たれば、軍隊を送るよりグッと安い値段で済むが、どうしても集まらないという場合もある。
そういう時に備えて、低い冒険者が集まっても戦える戦術が考案されることがある。
必勝戦術と言われ、Aランク魔獣ともなれば、たいていどこのギルドでもマニュアル化してるほど、一般的に浸透していた。
たとえばストライクドラゴンであれば、その裏表をひっくり返す戦術がベターである。
亀と似たような形状を持つ、ストライクドラゴンはひっくり返されると、自分では起き上がることはできない。
たまに尻尾を使って、自力で起き上がることもあるが、最初に尻尾を切断しておけば後は殴りたい放題である。
問題はこの巨躯をどうやってひっくり返すかだが、爆薬を使うのが主流だ。
あらかじめ爆薬を地中に敷設しておき、その上をストライクドラゴンが通った瞬間に起動すれば、約7割の確率でひっくり返る。
この時、ゆるやかな下り傾斜があれば、その確率は9割にまで届く。
最初に言ったように長めの尻尾を斬れば、あとは蛸殴りならぬ、亀殴りである。
足などを中心にチクチク攻撃を与えていけば、いずれ死に至るというわけだ。
しかし、必勝ではあるが、人員と何よりかなりの爆薬を用意とする。
また即応できる戦術ではないことは確かだ。
その必勝戦術とは別に、魔獣と戦ってきたのがディッシュである。
10年山で魔獣の生態を観察し、ゼロスキルでも勝利する方法を練ってきた。
ディッシュは即席の竈を作って、火を熾す。風は竈からストライクドラゴンに向かって吹いており、魔獣に対してちょうど煙を浴びせるような位置取りになっていた。
おそらくこれもディッシュが風を読み、ストライクドラゴンを風下に誘導したからである。
年少期とはいえ5年も住んでいたのだ。
聡明なディッシュであれば、風がどの方向に向かって吹くかすぐにわかる。
ディッシュは即席竈を増やし、煙の量を増やす。大量の煙を浴びせられ、もはやストライクドラゴンがどこにいるかわからない状態だった。
「ディッシュ……。大丈夫なのか?」
「心配するなよ、アセルス」
「え?」
「ストライクドラゴンは初めてだが、俺はこの方法でグランドタートルを仕留めたことがある」
「グランドタートルだと……!」
Bランクの魔獣でストライクドラゴンよりも小さいが、こちらも巨躯の亀型の魔獣である。
「ストライクドラゴンも、グランドタートルも土属性の魔物だけど、若干水属性も入ってる。だから、煙というより熱を嫌うんだ」
もう少し詳しくいえば、露出した肌の乾燥を嫌う。
ストライクドラゴンにしても、グランドタートルにしても、常に皮膚から汗のようなものを分泌している。乾燥や太陽の光に含まれる有害な成分、黴や菌といったものから肌を守るためだ。もちろん体温を管理するためでもある。
「熱を察知すると、ストライクドラゴンは乾燥から身を守るために、動きを止め、足と首を引っ込めるんだよ」
煙で見えないが、ディッシュの言う通り、ストライクドラゴンは首、足、そして尻尾を甲羅の中にしまってジッとしていた。
「熱源から離れるということはしないのか?」
「それが何故かしないんだよなあ、こいつら。火だと逃げることもあるんだけど、煙だと逃げずに甲羅の中に身を隠してしまうんだ」
「動物的な本能だろうか? しかし、この後どうするんだ? 甲羅の中に逃げられては、我々ではどうすることもできないぞ」
「まあ、見とけって」
そう言うと、ディッシュはアセルスに耳打ちする。
この後、起こることを説明した。
「良かろう。それは楽しみだ」
アセルスは大きく頷く。
小一時間経っただろうか。
ディッシュが焚いていた煙に変化が現れる。
風の向きが変わったのだ。
ストライクドラゴンに向かって行った煙が徐々に逸れていく。
「ディッシュ、煙が……」
「大丈夫だ。これも予想通りだよ」
「わかっていたのか?」
「アセルス……。そろそろ合図するぞ。構えろ。ウォンもな」
『うぉん!』
「わかった」
ストライクドラゴンにも動きが出た。
沈黙していた甲羅がムズムズと動き出す。
ずっと甲羅の中にしまっていた首がビクビクと動き出し、ついに甲羅の中から出てくる。
「待っていたぞ。この瞬間……」
煙の中で人の声が聞こえる。
ふわっと煙が払われた瞬間、ストライクドラゴンの前に現れたのは、二振りの剣だ。
【光速】のアセルス。
神獣ウォン。
2つの剣が混じり合いながら、飛び出してきたストライクドラゴンの首を一気に刈り取る。
煙ごと払いながら、2つの剣は見事その巨首を切り取った。
断末魔の悲鳴はなく、反射的に足と尻尾が飛び出る。
薄くなっていく煙の中から、ついに討ち取られたストライクドラゴンの姿が現れた。
ディッシュは親指を立てる。
「やったな、アセルス」
「ああ」
「ウォンとのコンビネーションもバッチリだ」
『うぉん!』
久々の獲物に、ウォンも満足そうだ。
「しかし、何故ストライクドラゴンは首を出したんだ?」
「簡単だよ。息が出来なくなって、痺れを切らして首を出してきたんだ。煙の中に1時間もいたら、誰だって音を上げるさ」
「な、なるほど」
ディッシュの煙技は火喰い鳥を討伐する時にも見られたが、まさかAランク魔獣にも通じるとは思ってもみなかった。
「しかし、こんな大きな獲物……。撤去は大変そうだな」
「何を言ってるんだ、アセルス。食うだろ?」
「ぬ? いや、ディッシュ。でも、ここは『長老』の下でも、ゼロスキルの食堂の中でもないんだぞ」
「俺がいつ自分の料理に場所を選んだんだ?」
ディッシュはキョトンとしながら言い返す。
そう言われては、アセルスも言葉がなかった。
「確かに……」
「こんなおいしい獲物を見逃す手はねぇ。ストライクドラゴンを食べるのは初めてだけど、頑張って解体してみるか」
ディッシュは包丁を抜く。
すでに時間は昼を過ぎていた。







