menu177 料理長と再会
あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いします。
来週、1月10日には『ゼロスキルの料理番』5巻が発売されます。
これが最終巻んとなりますが、その後のお話なども掲載したSSなどもありますので、
是非お買い上げください。
狩りの装備を整えて、早速ディッシュとウォン、そしてアセルスは山へと向かう。
残念ながらこの3人でのパーティーは認められていないため、ギルドからお金は出せないのだが、ディッシュは元々山に入る許可を持っている。
ディッシュが元々居を構えていた『長老』に帰るという名目で、山に入ることになった。
「ん? なんだ??」
道すがらというか、街の入口で人だかりができていた。
メイド姿から白銀の鎧姿になったアセルスは、街の門の前での騒ぎを確認しにいく。ヴェーリン子爵の領主であるアセルスの顔は広く知られていて、彼女の顔を見るや、自然と人垣が割れた。
人だ。人が倒れていた。
街の前で行き倒れというのは、ルーンルッドではさほど珍しいことではない。
街の外に危険がいっぱいだ。
魔獣もいれば、野盗もいる。
さして珍しくない光景だが、見たからには放っておくわけにはいかない。
「おい。しっかりしろ」
アセルスは抱き起こす。
それは初老にさしかかろうという老人であった。
老人といっても、白髪に白髭。木目のような皺という部分にしか老人っぽさは感じられない。
身体はなかなか見事だ。
肩幅は広く、胸板も厚い。
貴族に仕える老騎士だろうか。お金のある貴族にはこれぐらいの年齢まで働かせる家柄もあるらしい。
それにしても、辺境の聖騎士たるアセルスから見ても、いい身体をしている。
しかし、老人が着ているものは意外なものだった。
「ん? エプロン?」
そう。何者かにズタズタにされているが、それは間違いなくエプロンだった。
どうやら、この老人――この身体でディッシュと同じく料理人らしい。
「どうした、アセルス?」
ディッシュはウォンを伴い、遅れてやってくる。
老人の顔を見るなり、ディッシュはハッと何かに気づいた。
「もしかして……? 料理長?」
「ディッシュ、知り合いか?」
「あ。ああ……。まあな」
俺が以前働いていたところの料理長だ。
◆◇◆◇◆
料理長の名前はガンプ・ノーフと言った。
ディッシュが昔働いていた料理屋の料理長で、かなりの頑固者だ。
それは筋金入りで、あまり人の言うことを聞かない。
だからガンプは最初の頃、ディッシュにまつわる噂について興味はなかったらしい。
だから、他の街の人間と比べれば、暴力を振るわないだけマシだったし、愛想はからっきしでも最低限の生活はさせてくれた。
そんなガンプでも日に日に強まる街からの圧力に耐えられなかった。結局、最後はディッシュを『ゼロスキル』と罵り、街の人間と共謀して、山へと追放したのだ。
ディッシュはガンプを保護するといった。
しかし、アセルスは反対した。
ガンプがやってきたことを思えば、当然だ。
それでもディッシュは頑なだった。
結局、妥協案としてヴェーリン家に預かることになった。そもそも店の住居スペースは狭く、ガンプのような大男を寝かせるには適していなかったのだ。
さてガンプの傷は軽症というわけではなかった。
裂傷は浅かったが、無数にあって、出血が著しかったのだ。
街の治癒士に頼んで傷を回復し、さらに輸血処置が行われると、ようやくガンプは峠を越えた。
2日いっぱい眠り続け、ヴェーリン家にやってきて、3日後の朝に目を覚ました。
「ここは?」
「目覚めたか、料理長?」
椅子の背もたれに寄りかかり、うたた寝していたディッシュは目を覚ます。側には鉄製の桶があって、布巾が温くなった氷水に浸かっている。
ガンプを看病したのは、ディッシュだった。
しかし、ガンプは目を細める。
ディッシュの顔を見ても、ピンとこないらしい。
「なんだ、お前? ここはどこだ?」
「やっぱ忘れてるか? 仕方ねぇよな。10年も前のことだし。あんたの中ではとっくに死んでるだろうからな」
「は? 死んでる? お前、何を言ってるんだよ?」
まだ思い出さないらしい。
ディッシュはくるっと座っていた椅子を逆にして、座り直す。
ちょっと芝居がかった動きで、突然怒鳴った。
「『このゼロスキルがぁ!』……どうだ? 思い出したか?」
「ぜろすきる…………あ! ゼロスキル! お前、ディッシュか!?」
「久しぶり……」
「そうか。わしもついにお陀仏する時が来たか。しかし、まさかお前がわしのお迎えとはな」
「おいおい。何を勘違いしているのか知らねぇけどよ。料理長は生きてるぜ。それに俺も、ほらよ……」
ディッシュは健康的な足を見せ、ガンプの前でパンパンと叩いてみせた。
次第に状況が飲み込めてきたガンプの顔はみるみる青くなっていく。
突然、バタバタと寝ていたベッドの上で暴れると、部屋の隅っこに貼り付いた。
「ひっ! 死霊か!」
「だから違うって……。人の話を聞けよ」
ディッシュが困っていると、扉が開く。
現れたのは、アセルスとその家臣のキャリルである。
「ディッシュ、そこまでだ。ガンプ殿は混乱している。ここは私が事情を説明した方がいい」
「この様子だとそれがいいかもな。頼むよ、アセルス」
ディッシュはアセルスに椅子を譲る。
アセルスは落ち着いた様子で椅子に着席し、膝に手を重ねた。
雰囲気こそ落ち着いているが、その表情はどこか厳しい。
眼光鋭くガンプのことを睨んでしまうのは、この男がディッシュにやったことをあらかじめ聞いていたからだ。
「ガンプ殿、落ち着いてください」
「……あんた? それにここはどこなんだよ?」
「ここはヴェーリン子爵家。そして、私は当主のアセルス・グィン・ヴェーリンと申します。こちらにいるのは、家臣のキャリルです」
アセルスが紹介すると、キャリルは頭を下げた。
早速、アセルスは説明を始める。
まず3日ほどまでに街で行き倒れていたのを、ヴェーリン家が保護したことだ。
それを聞いた時は、ガンプも殊勝な様子で頭を下げて、感謝した。
「それで? ガンプ殿。あなたは山向こうに住む街の住民と聞いている。そんなあなたが何故、あんな形で倒れていたのだ? 見たところ、あなたの傷は……」
「魔獣だ……」
「え?」
「わしらの街は……」
魔獣の大群に襲われた。







