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ゼロスキルの料理番  作者: 延野正行
第7章
197/209

menu175 開店1日目

☆★☆★ コミカライズ更新 ☆★☆★


ヤングエースUPにて最終話②が更新されました。

是非応援の方よろしくお願いします。


挿絵(By みてみん)

「ブライムベアの肉の竹蒸し、お待ち!」


 ディッシュはカウンターに座ったフレーナとエリーザベトの前に、一部黒く炭になった竹を置く。

 切れ目の入った竹を割ると、現れたのは肉汁が光る蒸された肉だった。


「おお。これだよ、これ!」


「また食べてみたかったんですよね~」


 フレーナとエリーザベトは目を細める。

 何度も涎を飲み込みながら、湯気とともに上がってくる芳醇な肉の香りを嗅いでいる。それもただの肉ではない。凶暴な魔獣として有名なブライムベアのお肉なのだから、そのギャップは推して知るべしだ。


 その香りを嗅ぎ、フレーナたちは郷愁に襲われる。

 ディッシュと出会った時のことを思い出していた。


「懐かしいねぇ。確かディッシュと出会った時に、初めて食べた料理がこれだったんだよなあ」


「ふふふ……」


 フレーナが昔を懐かしむと、横でエリーザベトが笑う。


「エリザ、なんだよ。急に笑って」


「い~え。出会った時のことを思い出してぇ」


「そう言えば、初めてディッシュと出会った時、あたいたち相当警戒してたもんな」


「フレーナなんて魔獣なんて食べられないって喚いてましたもんね」


「え? あたい、そんなこと言ったかな」


「言ってた。言ってた。その後、コロッと態度を変えて、火を点けようとしてさ」


 カウンターの向こうで調理をしていたディッシュが会話に混じる。


「「そうそう!」」


 フレーナとエリーザベトは同時に頷いた。


「コロッと態度を変えたといえば、アセルスだな。最初はあたいよりあいつの方が警戒してたぞ。ディッシュは運が良かったよ。変なことを喋ったら、殺されてたかもな」


「え? マジかよ」


「で~も、『食べるんだよ』も十分変な言葉ですけどね~」


 エリーザベトはクスクスと笑う。

 まったくその通りだった。


「昔のアセルスはとっつきにくかったけど」


「かっこ良かったですねぇ」


 2人は遠くを見る。


「コラ! お前ら! まるで私が死んでるようなしゃべり方をするな」


 喚いたのは、アセルスである。

 フレーナとエリーザベトは大盛況の『ゼロスキルの食堂』で突っ立っていたアセルスの方を向いて、やれやれと肩を竦める。


「間違ったことは言ってないと思うぞ」


「少なくとも昔のアセルスなら~、そ~んな恰好はしなかったですよね~」


 フレーナとエリーザベトはアセルスの恰好を指摘して、悪戯っぽく笑う。


 その2人の前に立っていたのは、見慣れた鎧姿のアセルスではない。

 真っ白なエプロンに、楚々とした黒のワンピース。ちょっと派手にフリルが付いたメイド服だった。

 年の瀬にあった祖国祭で着ていたものだろう。

 ただ若干スカートが長くなっていた。


「まさかヴェーリン子爵ともあろうものが、給仕の服を着るなんてなぁ」


「似合ってますようぉ、ロング丈のスカートも……」


「あ、ありがとう、エリーザベト…………って、違う! こ、これはなぁ。他に店に合う服がなかったから仕方なく」


 アセルスの顔は真っ赤だ。


「でも、ディッシュの店のために冒険者業をほっぽり出して、店員を買って出るなんてなかなかできないぞ」


「フレーナ、それはいいっこなしですよ~。わたしたちはぁ、アセルスの恋路をそっと見守ろうと決めたじゃないですか~」


「こ、こここ恋路なんて!!」


 まるで鶏みたいな声を上げて、アセルスは照れる。赤茄子みたいに真っ赤になった彼女は、今にも顔が沸騰して溶けてしまいそうだった。


 そっとディッシュの方を向くのだが、本人は忙しそうだ。


(恋路といわれると……そうなのかもな)


 貴族という立場を捨てて、こうやってディッシュを手伝っているのは、単に心配なだけだった。

 ディッシュは子どもの頃こそ人間のコミュニティで育ったが、その人生の大半を山で過ごした。


 それ故に怖い物知らずというところもあるが、世間知らずなところもある。誰かがサポートしてやらねば、大きく躓くことがあるかもしれない。

 過保護だと言われそうだが、ディッシュの人生が人生だけに、側にいて手伝ってあげる必要があると判断した。


 とはいえ、こうして側にいられることが嬉しいと思っていることも事実ではあった。


「それよりも早く食べてくれよ、フレーナ、エリーザベト。冷めちまうぞ」


「おっと……」


「じゃあ、いただきましょうか」


 2人はフォークを握る。

 あらかじめ食べやすいように切られた肉に刺すと、口の中に入れた。


「「んんんんんんまああぁぁぁあああいいいいいいいいいいい!!」」


 2人は叫んだ。


「あの時も言ったかもだけど、魔獣の肉とは思えない」


「お肉がプリップリで軟らかくて~。口の中でつるんと溶けていくような感じがいいですね~」


「じっくりと蒸してあるからなあ。中まで火が通ってうめぇだろ。やっぱブライムベアの肉は蒸すに限るぜ」


 幸せで艶々になっていくフレーナとエリーザベトの顔を見ながら、ディッシュが口を挟む。


「肉汁の旨みが噴水みたいに溢れてくる」


「胡椒もかかってないのにぃ、ピリッとしたスパイシーさもあるのが~、この魔獣の肉の素晴らしいところですぅ」


 すっかりブライムベアのお肉に取り憑かれる。

 ディッシュの料理を食べることによって磨かれた食レポも、実においしそうだ。

 結局、数人の人間が惹かれて、追加注文していた。


「さくらと思われないだろうか、あの2人」


 大騒ぎしている仲間たちを、アセルスは半目で睨む。


「アセルス、こっちもまだかにゃ~」


 声を上げたのはニャリスだ。

 お腹が空いて、若干気が立ってるのかもしれない。

 尻尾や耳の毛を逆立てて、怒ってる。


「ニャリス、ネココ亭はどうしたんだ? 今、お昼時だから大変だろ?」


「ママが言ってたにゃ。ディッシュくんが大変なら、手伝ってきなさいって」


「ノーラがそんなことを……って、じゃあお前も手伝え。まさしく猫の手も借りたいぐらいなんだから」


「いやにゃ~。ニャリスはニャリスはディッシュが作ってくれた悪魔の魚の蒲焼きが食いたいにゃ~」


「それ、自分で作ってるだろ」


 と言ったのは、ディッシュである。

 トレーにはニャリスが言った悪魔の蒲焼きのどんぶりが乗っていた。

 艶々とした飴色の光は、先ほどのブライムベアの肉の竹蒸しに負けずとも劣らない。


 醤油ベースのタレに焼きが入った香ばしい香りが、ニャリスだけではなく、他の客たちのお腹を直撃した。


「おおおおおおおおおおおおお!!」


 ニャリスは瞳を目玉焼きみたいにトロトロにしながら、輝かせる。


「それを食べたら、手伝うんだぞ。そうじゃなかったら、ノーラに言いつける」


「わかったにゃ。それでいいにゃ。……じゃあ、いただきま~す!!」


 ニャリスはどんぶりに乗った悪魔の魚の蒲焼きを箸で摘まむと、一気に頬張った。


「うまいにゃあああああああああ!!」


 ニャリスは絶叫する。


「絶妙な焼き加減にゃ。皮はパリッとして食感がよく、身はふっくらとして口の中でまろやかに溶けていくにゃ」


 ニャリスはぬるま湯に浮かんだかのようにトロトロになる。


 だが、その目は急にカッと見開かれた。


「でも、なんといっても、この料理の肝はタレにゃ。この甘いタレが身に染みこんで、淡白なお魚の味が口の中に幸せをもたらしてくれるにゃ」


 それに、とニャリスは付け加える。


 前回食べた時は単なる蒲焼きだが、今日はひと味違う。炊いたマダラゲ草の種実の上に蒲焼きが乗っていたのだ。


 飴色のタレと、真っ白なマダラゲ草の種実が混じっている。

 濃いタレとマダラゲ草の種実、さらにそこに悪魔の魚の身の一部を乗せて、一気に食う。


「うまいにゃああああああああ!!」


 本日2度目の雄叫びが響く。


「マダラゲ草の種実の旨み、タレの甘さ、魚の香ばしさ。最高の三重奏にゃ。たまらん! 一気に食うにゃぁぁぁあああ!!」


 ニャリスは一気にがっつく。

 チンチンと音を立てて、悪魔の魚の蒲焼き丼を頬張るのだった。


「なんとかうまくいってそうだな」


 アセルスはニャリスや冒険者仲間も含めて、周りを見る。

 みんながディッシュの魔獣料理に舌鼓し、楽しんでいた。

 一気に来たことで、ちょっとごたついているが、ディッシュは元々調理が早い方だ。材料がある限り、どんなものでも対応できる。


 開店1日目。

 ゼロスキルの食堂は、当初の予想を上回る売上を上げるのだった。


1月にはコミック5巻が発売予定です。

最終巻になりますので、是非お買い上げください。

詳しいことは、後日お伝えいたします。

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