menu166 ランクの悪知恵?
☆★☆★ コミカライズ更新 ☆★☆★
本日、ヤングエースUP様でコミカライズ更新されました。
ディッシュがゴーレム窯で作ったものとは?
Web版、そして最新コミックスともども、どうぞお召し上がり下さい。
『塩』と書かれた袋を見て、一同は絶句する。
蛟竜にはアセルスの剣も、ウォンの牙も、フレーナの炎も通じなかった。
SSランク、神獣と言われてきた猛者たちですら、まさしく歯が立たなかった相手だ。
なのに、まさか『塩』で撃退してしまうとは思わなかった。
「川や湖に棲む生物は、急激な塩分の濃度の変化を嫌うと聞きますが、まさか魔獣にも通じてしまうとは……」
ルヴァンスキーも感心しきりだ。
「ディッシュ、確信はあったのか?」
「ない!」
「ディッシュぅぅぅうううううう!!」
アセルスはディッシュの肩を掴んで、カクテルのように振った。
「危ないことはするなと、以前言ったではないか!?」
「わりぃわりぃ。でも、あいつの正体を知ったら、どうしてもやりたくなってな」
「正体?」
「蛟竜の正体に気付いたのですか?」
ディッシュの発言には、ルヴァンスキーも声のトーンを上げる。
「ああ。これを見ろよ」
ディッシュは地底湖の中に入る。その湖面を攫うと、何かを掴んでみんなに見せた。
それは細長い、何かの生物だ。
「悪魔の魚?」
アセルスは呟く。
悪魔の魚とは海に棲む魔獣の一種で、ツルツルして掴めず、姿形から海神の使いだ、などと恐れられている魚だ。
昔ディッシュは悪魔の魚を炭火で焼いて、主人が病で倒れた『ネココ亭』を大復活させた。今でも、その料理は看板娘のニャリスに受け継がれ、代表的なメニューの1つになっている。
だが、ディッシュが手に握っていたものは、悪魔の魚よりも1周りぐらい小さい。
しかも目がパッチリと開いていて、唇が厚い。ただぬるぬるしているのは、悪魔の魚とよく似ていた。
鋭い斬撃に切り裂かれたらしく、手足のない胴体が真っ二つになっている。
「多分、これロケットフィッシュの幼体だ」
「「「ロケットフィッシュ??」」」
一同は驚く魔獣とは、Cランクの魔獣だ。
形はシンプルで、今見える幼体より少し大きいという程度。
しかし、その身体は岩の様にゴツゴツして固い。
最大の特徴は、『飛翔』のスキルだ。
といっても、空を自在に飛べるわけではない。
水の中から空に向かって、高く高く飛び上がることができる。
その速さは砲弾より速く、当たれば人間の身体でも簡単に穴を開けることができる。
額に受ければ、そのまま頭が吹っ飛ぶほどの衝撃があり、毎年死者が出る程、小さいながら非常に危険な魔獣である。
特に産卵期はひどい。
川を上って、岩壁に何度も激突し、出来た穴の中で卵を産むと言われている。
「多分、産卵期のロケットフィッシュが地下水に迷い込んで、そこで産卵したんだろう。しかも、何匹もな。普通こういう場合、鳥や魔獣に食われることが多いんだが――――」
「地下だと天敵がいなかったから、増えてしまった――そういうことですね」
ルヴァンスキーの結論に、ディッシュは頷く。
「ディッシュ。じゃあ、あの表面のヌルッとしたのはなんなんだよ?」
フレーナは迷惑そうに顔を顰める。
自分の炎が、ロケットフィッシュの幼体を覆うぬるぬるに阻まれたからだろう。
「蛙の卵と一緒さ。まだ完全に孵化できてないのかもな。それが盾になって、炎が通じないのだろう」
「まさか~。蛟竜の正体がぁ、ロケットフィッシュの幼体なんてぇ。びっくりしましたぁ」
エリーザベトはのんびりとした声で結論づける。
「いえ。まだあれが蛟竜の正体とは言えませんけどね」
「何にしてもだ」
アセルスは剣を構える。
「竜種でないとわかったのなら、少しやりようがありそうだ」
「そうだな。相手は不死身じゃねぇ」
フレーナはパンと手を叩く。
「斬って斬って斬りまくれば、戦いようがあるということですね」
『うぉん!』
ルヴァンスキーも片眼鏡をあげると、横のウォンも吠えた。
「話は聞きました!」
「僕たちも戦います」
やってきたのは、ヘレネイとランクだ。
「あなたたち、他のCランク以下の冒険者と一緒に退避したのでは?」
「すみません、ルヴァンスキーさん」
ランクが頭を下げると、ヘレネイはディッシュの肩を掴む。
「仲間が来ないので、戻ってきちゃいました」
「お前たち――――」
アセルスは眉間に皺を寄せるが、ランクは怯まなかった。
「僕たちだって冒険者です。魔獣を前にして逃げるなんてできません」
「それにちょっと私にいい考えがあるんですよ」
「いい考え?」
すると、ヘレネイはそれぞれの耳を貸すように要求する。
いい考え、ということを聞いて、再び一同は驚いた。
「なるほど。悪くないですね」
「なかなか悪知恵だな」
「にしし……。ヘレネイらしいや」
ルヴァンスキーとアセルスが頷き、最後にディッシュが笑う。
「悪知恵って……。これ、ランクが考えたんだからね」
「ちょ! ヘレネイ! それは言わないって約束……!」
「いいと思いますよ、ランクさん。結果が伴えば、悪知恵は大いに結構」
ルヴァンスキーも褒める。
「そうとなったら、早速やろうぜ。あいつが吠え面をかくところ、早くみたい」
フレーナは片手に炎を握り、やる気満々だ。
「よし! では、ヘレネイ、ランク。頼むぞ。お前たちがこの作戦の頼み綱だ」
「はい」
「任せてよ、アセルスさん」
「私は冒険者に事情を聞いて、手伝ってもらうよう頼んでみます」
「では、反撃開始だ」
アセルスが剣を掲げると、「おー!」と威勢良く声が揃った。
◆◇◆◇◆
ランクが地底湖の前に1番前に立つ。
今は蛟竜ことロケットフィッシュの幼体たちは、湖面の下に隠れている。
いつ飛び出してくるかわからない状況の中、ランクは勇気を以て、湖面を睨み付けた。
「ランクは大丈夫なのか、ヘレネイ?」
「大丈夫よ、アセルスさん。ランクはあれでも私が認めた恋人なんだから」
「俺もヘレネイの言うことはもっともだと思う。ランクはいつも自信なさげだけど、やる時はやるヤツだぜ」
岩場の影に隠れて、3人は息を潜める。
振り返ると、ルヴァンスキー率いる冒険者たちの姿も見えた。
あちらも準備万端のようだ。
アセルスはランクに合図を送る。
すると、ランクはスキル【解聴】を使った。
彼のスキルは花や昆虫と意思疎通できる。
その声を聞くことも、逆に自分の声を届けることもできる。
そして条件によっては、それらを操ることも可能だ。
「地底湖で息づく生命よ。僕の声に応えておくれ」
しんと静まる――かと思われた。
地底湖に薄い漣が立つ。それはいつしか、2波、3波となって続くと、ついに湖面が震え出した。
何か虫音を何千倍にしたような音が響き、地底湖の中で反響する。
「な、なんだ、これは??」
「これもランクの能力の1つです」
ランクの声に、今必死になって生物たちが声なき声を上げようとしている。
1つでは小さな音だ。しかし、何千あるいは何万という声になれば、洞窟を揺るがす音へと変わる。
その音はアセルスたちを惑わせた。
しかし、アセルスたちだけではない。
ザッ! と飛沫を上げて、ついに蛟竜ことロケットフィッシュの群体が現れる。
鎌首をもたげ、ランクへと襲いかかるのだった。







