menu165 退却戦
☆★☆★ 本日 コミックス4巻発売 ☆★☆★
おかげさまで、本日無事発売日を迎えることができました。
コツコツと積み重ねて、4巻までやってこれたのは、
作画担当の十凪先生とキャラデザの三登先生、そして読者の皆様のおかげです。
5巻も出したいので、是非お買い上げいただけると嬉しいです。
マジックスケルトンの哄笑が響く。
斬っても斬っても再生する魔獣。
しかも相手は竜種の1種――蛟竜だ。
絶望的な空気が包む中で、ディッシュは顎に手を当てた。
料理をしている時と同じぐらい真剣な表情を浮かべている。
「マジックスケルトンの言うことはもっともだ」
蛟竜についての情報は少ない。ディッシュが知る情報も、子どもの時に読んだ魔獣図鑑の中のものだ。
その中には「斬ること能わず」という文言があった。
つまり物理攻撃は受け付けないのかも知れない。
「なら、斬れるまで斬ってやるだけだ!!」
走ったのは、アセルスだった。
スキル【光速】を使って、湖面を滑るように走って行く。
身構える蛟竜を前にしても速度を弛めず、懐に入った。
「でああああああああああ!!」
無数の剣筋が閃く。
アセルスのスキル【光速】はただ移動する時に発揮されるわけではない。
動作の1つ1つが【光速】となるのだ。
剣を振れば、【光速】の動きで魔獣を圧倒する。
斬撃を躱すことはほぼ不可能。
止めることも難しい。
ただ1秒間に100回以上の斬撃を、諸に浴びるだけだった。
ディッシュが意識した時には、蛟竜はバラバラになっていた。
「「「「おお!!」」」」
冒険者の間で、期待を込めた声が上がる。
だが、その声はすぐ悲鳴に変わった。
見えている部分の根っこまで、切り刻まれた蛟竜の身体が元に戻り始めたのだ。
再生はさせない。
アセルスとスイッチして立ち向かったのは、ウォンだった。
大きな牙を剥きだし、蛟竜を食おうとする。
すると、蛟竜は二つに分離した。向かってきたウォンをスルーすると、何事もなかったように再生した。
「斬撃が無理なら、これならどうだい!!」
叫んだフレーナの手には、赤い炎が燃えさかっていた。
スキル【炎帝】
炎が竜となって、蛟竜に襲いかかる。
フレーナだけではない。
炎系のスキルを持つ冒険者たちも、一斉に蛟竜に向かって炎を放つ。
「水系の竜というならぁ、炎に弱いはずですよぉ」
エリーザベトは言うが、表情は硬かった。
だが、その指摘は功を奏す。
蛟竜が炎を嫌がったのだ。炎から逃げるように水の中へと隠れた。
「よし! 今です!! Cランク以下の冒険者は今すぐ退避を! 退却します!!」
ルヴァンスキーは号令をかける。
リーダーであるアセルスも退避を呼びかけた。
そのアセルスの目に、ディッシュが映る。ヘレネイとランクも共にいた。
「3人とも何をやってる! お前たちはDランク以下だろ。早く逃げろ」
アセルスは注意する。
ヘレネイがこちらを向いた。
「なんかディッシュくんが見つけたみたいなんです」
「見つけた? ディッシュ、何を見つけたのだ?」
「ん? ああ……。ちょっとな。蛟竜の正体って奴だ」
「蛟竜の正体?」
『くくく……。今さら蛟竜の正体もなかろう。お前たちはここで死ぬのだ』
マジックスケルトンは眼球のない眼窩を光らせる。
そして周囲に絶望を振りまいた。
「ウォン……」
アセルスはマジックスケルトンをポイッと投げる。
すると、ウォンが飛びつき、またベロベロと舐め始めた。
『ちょ! やめぇ! やめてぇ! 痛い……! 甘噛みで! 何卒甘噛みでお願いしますぅうぅ! ウォン様! 歯が……歯形がのこっちゃうぅぅうううう!!」
マジックスケルトンは一転悲鳴を上げる。
「正体は気になるが、今は退避を急げ」
「そうね。ディッシュくん、脱出しましょ」
「ん? ああ……」
ヘレネイ、ランク、そしてディッシュは元来た道へと引き返そうとする。
だが、蛟竜は再び水面から顔を出す。
水をいっぱいに浴びながら、逃げようとする冒険者の退路に回り込んだ。
「下がって!!」
スキル【炎帝】!
フレーナが前に出て、極大の炎を打ち込む。
これで蛟竜は怯むかと思われたが違う。
先ほどまで嫌がっていた炎をモノともせず、フレーナの方に突っ込んできた。
「やばっ!!」
「フレーナ!!」
アセルスが間一髪の所で救い出す。
だが危機は終わらなかった。
「キャアアアアアアアアアア!!」
悲鳴を上げたのはヘレネイだった。
彼女の前に立ちはだかったのは、やはり蛟竜。
声に反応したのだろうか。頭をヘレネイの方に向ける。
「ヘレネイ!!」
ランクがヘレネイの前に出る。
弓を構え、すかさず放つが蛟竜に避けられてしまった。
もはや威嚇にもならず、ランクとヘレネイに蛟竜が迫ってきた。
2人の悲鳴が重なる。
その時、現れたのはディッシュだった。
突如、蛟竜の前に踊り出る。
道具袋に手を突っ込むと、何かを握り締めて、突撃する蛟竜の頭にぶちまける。
爆弾でもなければ、投擲武器でもない。
だが――――。
『~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っっっっ!!』
声なき悲鳴を上げて、蛟竜が怯んだ。
再び水の中に潜り、退避する。
「ディッシュ! 大丈夫か?」
心配したアセルスが駆けつける。
「ああ。俺はな。ヘレネイ、ランクも無事か?」
「ありがとう、ディッシュくん。さすがに寿命が縮んだわ」
「うん。もうダメだと思ったよ」
ヘレネイとランクはホッと胸を撫で下ろす。
そこにルヴァンスキーが二人の背を押した。
「2人とも安心するのは、まだ早いですよ。蛟竜が大人しいうちに」
「は、はい」
「わかりました」
憧れのルヴァンスキーを見て、2人は立ち上がる。
「それにしても、ディッシュ。さっき投げつけたのはなんだったんだ?」
アセルスは尋ねる。
他のBランク以上の冒険者も気になったらしく集まってきた。
「別に特別なもんじゃねぇよ。俺もまさかあそこまで効果があるとは思わなかったけどな」
「はっ? どういうことだよ、ディッシュ」
「そうですよぉ……。勿体ぶるのはダメですよ~」
フレーナとアセルスが急かす。
「私も聞いておきたいものですね」
ルヴァンスキーまで片眼鏡を開けて、瞳を光らせた。
「だから、そんなに大したものじゃないって。水――それも淡水にいる奴には、ちょっと厄介なもんだ」
ディッシュはマジックスケルトンを入れていた道具袋ではなく、いつも背負ってる背嚢の中をまさぐった。
出てきたのは、紙袋だ。
そこに書かれた文字を見て、その場にいたみんなが驚く。
「お、お、お、お……」
「「「「「お塩……!!」」」」」
絶叫した。
ディッシュは照れくさそうに鼻の下を指で掻く。
「そう。塩だ」
にしし……。何か意味深げに笑うのだった。







