menu162 若い力
ルヴァンスキーに案内されるまま、ディッシュ一行は未踏窟のダンジョンにやってきた。
そこには人だかりができていた。
他の冒険者だ。
「え? 冒険者?」
「僕たちだけじゃなかったのか?」
ヘレネイとランクはちょっとしょんぼりする。
英雄と謳われるルヴァンスキーに選ばれたのだ。
誇らしい気分に浸っていたのが、台無しになる。
「私は他の冒険者がいないとは言ってませんよ」
ルヴァンスキーの言うことはもっともだった。
「未踏窟のダンジョンには何があるかわかりません。当然、魔獣の種類も。先ほどもいいましたが、ランクも付けられていない未知の魔獣も存在するでしょ。そんな場所に、あなたたちだけ連れていくわけにはいきません」
「まあ、そうだよね」
ランクは肩を落とす。
「ですが、何らかの遺跡を発見した場合、Aランクの冒険者であろうと、Dランクであろうと関係なく、表彰されます」
「チャンスってことよ、ランク。ここで私たちの名を上げましょ」
ヘレネイは気を落とす相棒の背中を叩いた。
そんな時である。
「おお! ディッシュじゃんか!」
「あ~~ら。ヘレネイと、ランクもいますねぇ」
聞き知った声が聞こえて、ディッシュは振り返る。
燃えるような赤髪を伸ばしたフレーナと、おっとりしたエリーザベトが立っていた。
「フレーナ、エリザ……。お前たちも来てたのか?」
「まあ、いつものことだ」
「未踏窟のダンジョンにはいつも駆り出されるですよ~」
「じゃあ、2人がいるってことは?」
「ディ~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッシュ!!」
山を貫くような声と共に、それはまさしく光速でやってきた。
シュタッとディッシュの前で着地すると、ディッシュの手を叩く。
「なんでディッシュがここにいるのだ? 何か料理を作るのか? 今度はなんだ? 焼きか? 揚げか? それとも叩きか? うーん! 楽しみだなあ」
現れたのは【光速】の騎士アセルスだ。
ウォン同様に、その口元から涎が垂れていた。
「落ち着け、アセルス。俺たちはこのルヴァンスキーのおっさんに言われて、未踏窟のダンジョンを探索しに来ただけだ」
「ルヴァンスキー殿に……」
「ほら、ヘレネイとランクもいるぞ」
ディッシュは後ろで苦笑いしているヘレネイとランクを指差す。
「ご無沙汰してます、アセルスさん」
「こんにちは」
2人の表情を見て、アセルスはたちまち顔を赤くした。
「おいおい。どうした、アセルス」
「そうですよ~。今回の探索はアセルスがリーダーなんですからね~」
「お腹空いたっていって、ダンジョンから飛び出さないで――――」
バン! アセルスの【光速】の拳がフレーナに突き刺さる。
その辺の木に激突し、フレーナは昏倒した。
「お前たちは私を何だと思っているのだ!」
腰に手を当て、ムスッと仲間たちを睨む。
「アセルス殿、茶番はそれぐらいで」
ルヴァンスキーが間に入った。
アセルスは慌てて、咳払いする。
「す、すまない、ルヴァンスキー殿。人数も揃ったし、そろそろ出発しようと思うのだが……」
「構いません。参りましょう」
そして総勢30名の冒険者たちは、未踏窟のダンジョンへと足を踏み入れるのだった。
「エリミネーターだ!」
「何体だ?」
「3体!! 突進してくるぞ」
「盾を持つ冒険者が前に!!」
「防御系のスキルを頼む」
「任せて!」
「よっしゃ! 停まった!!」
「槍だ! 槍をかませ!」
「刺さった! 刺さった!!」
「よし! 怯んだぞ!!」
「一斉攻撃だ」
「「「うおおおおおおおおお!!」」」
冒険者の流れに乗って、ヘレネイとランクが突撃していく。
目指す相手は大型のトロル。
狂戦士トロルと呼ばれるエリミネーターだ。
膂力と体力に優れ、持っている石斧で簡単にダンジョンを吹き飛ばしてしまう。
力には力。
こちらも力を合わせて、動きを封じると、リーダー役であるアセルスが「一斉攻撃」を命じた。
比較的広いダンジョンの廊下を、冒険者たちが走っていく。
それはダンジョンに注がれた鉄砲水のようだった。
「1体仕留めた!」
「2体目!」
「3体目は逃げたぞ」
「まずい! 仲間を呼ぶぞ、あいつ」
「その前に――――」
「私が行く!!」
飛びしたのは、アセルスだった。
光の航跡を生みながら、ダンジョンを駆け抜けていく。
エリミネーターは鈍足だ。
【光速】というスキルを持つアセルスが追いつくことなど、造作もないことだった。
あっさりとエリミネーターの前に回り込む。
魔獣は足を止めるかと思いきや、そのままアセルスに突進していった。
それを華麗に避けたアセルスは、大きなエリミネーターの足に向かって剣を振る。
筋を狙って斬ったのだろう。
エリミネーターはたちまち頽れた。
息はある。トドメとなった時、追撃役に現れたのはフレーナだった。
拳に真っ赤な炎を燃やしながら、倒れたエリミネーターに下段突きを突き放つ。
見事貫通すると、3体目のエリミネーターは断末魔の悲鳴を上げながら、炎に包まれ、炭になった。
「よし!」
フレーナはガッツポーズを取る。
「フレーナ、油断するな。まだどこかに魔獣が潜んでいるかもしれないぞ」
「わかってるよ、アセルス。だが、ちょっと安心だな。そんなに魔獣は強くないぞ、ここ」
「私たちにとってはな。だが、他の冒険者にとっては別だ」
「わたしたちが~、付いてきて正解でしたね~」
エリーザベトが早速、傷付いた冒険者の治療に当たっていた。
「ディッシュを守れてよかったな、アセルス」
フレーナがアセルスの脇を肘で突く。
アセルスは真っ赤になりながら「そ、そうだけど、それだけではないのだ」と照れていた。
一方、そのやりとりをヘレネイとランクは最後列の付近で眺めていた。
ディッシュとウォンも隣にいる。
「すごいわねぇ、アセルスさん」
「アセルスさんたちだけじゃないよ。他の冒険者も実力者揃いだよ」
「なんで、私たちが呼ばれたんだろう」
「ルヴァンスキーさんがディッシュくんと面識があったからとか?」
「やっぱり私たちって、ディッシュくんのおまけなのかなあ」
ヘレネイとランクは深く溜息を吐く。
そんな2人を励ましたのは、ディッシュだった。
「そんなことねぇよ。そもそも俺は戦闘力皆無だしな。スキルもねぇ。できることといえば、料理ぐらいなもんだ。それにな、ヘレネイ、ランク」
それぞれの肩を叩く。
「ルヴァンスキーのおっさんは、意味の無いことはしない」
「なんでわかるの、ディッシュくん」
「2、3度面識があるぐらいって話していたわよね」
「同じ飯を食い合った仲だからな」
「ぷっ! 何よ、それ!」
「でも、ディッシュくんらしいね」
ようやくヘレネイとランクに笑顔が戻る。
そんな時だった。急に冒険者の動きが止まる。
どうやら先頭の方で何かがあったらしい。
「どう、ランク?」
「どうやら、行き止まりみたいだね」
「ええ! ここまで来て何もないの」
ヘレネイはまたしてもヘナヘナと頽れた。
だが、ランクの反応は違う。耳をそばだてる。
どうやら【解聴】のスキルによって、何らかの声が聞こえたらしい。
「え? 道があるって?」
傍目には独り言のようにしか聞こえないが、ランクの耳には確かに何かが聞こえたようだ。
対して、先頭のアセルスは引き返そうとしていたが……。
「アセルスさん、ちょっと待って下さい」
ランクが留める。
すると、ダンジョンの天井付近を指差した。
暗がりでよくわからないが、何か穴のようなものが開いている。
「あそこからさらに道があるようです」
「本当か?」
「はい。ダンジョンに蔓延っている木の根っこから聞きました」
ダンジョンはかなり古いらしく、壁や天井などあらゆるところに木の根が伝っている。
一部には湿気の強い場所でしか咲かない野草なども生えていた。
ダンジョンという割に、緑が豊富なのだ。
これはつまりどこかに水源があることを指し示している。
アセルスはギルド代表のルヴァンスキーに対して、目で合図を送る。受信したルヴァンスキーは、黙って頷いた。
「よし。行こう」
「そうはいっても、アセルス」
「あそこに昇るには、ロープを垂らさないと~」
ダンジョンの天井は高く、単純な跳躍では届きにくい。
加えて壁は滑らかで、昇るのはなかなか困難だ。
「木の根が壁に這っていれば、登りやすいんだがな」
「あ! 私できますよ」
手を上げたのは、ヘレネイだ。
【植物操作】を使って、木の根を誘導する。
しばらくして、木の根を使った梯子ができあがった。
「「「おお!」」」
他の冒険者も感心したように声を上げる。
アセルスも満足げに頷いた。
「よくやった、ヘレネイ、ランク」
褒め称える。
急な褒め言葉に、2人はうっと詰まった後、表情を弛めた。
「い、いや~」
「それほどでも~」
頬を染める。
先ほどまで落ち込んでいた表情は消し飛んだ。
それを見ながら笑ったのは、ディッシュとルヴァンスキーであった。
☆☆ コミック 4巻発売予定 ☆☆
お待たせしました!
『ゼロスキルの料理番』4巻が、3月10日に発売予定です。
ついに王宮編が決着! 果たしてディッシュが作った王宮料理とは??
今回もおいしい料理が揃っておりますので、よろしくお願いします。







