menu159 ディッシュの秘密兵器
「赤い……」
腸詰めを見たアリエステルの第一声がそれだった。
美食家らしくもっとそれらしい発言があるかと思いきやそんなことはない。
しかし、それ以外に形容しがたい血染めの腸詰め。
吸血鬼族の名物らしい姿に、さしもの美食家王女もおののいている。
「どうぞ。食べてみてよ、アリエステル」
対して額に汗を浮かべ、爽やかな笑みを浮かべるエーリクの姿はなんとも対照的だ。
アリエステルは唾液を飲み込み、1度口と喉を整える。
そして、少々その口に大きな赤い腸詰めを頬張った。
薄い腸の膜が破れ、気持ちのいい音が響く。
続いて咀嚼が続き、ゆっくりとアリエステルの口が動いた。
突然の王国の王女の登場。
特にアリエステルは国民に広く支持され、愛されている。庶民派で、他の王族と比べても国民との交流も多い。
皆が王女の一挙手一投足――いや、その小さな口に視線を集中させていた。
あの美食家王女がどんな論評をするのか楽しみで仕方ないのだ。
ゴゴゴゴゴゴゴッ!
やがてアリエステルの顔が赤くなっていく。ぐっと何を堪えるように身体が沈むと、プルプルと震え始めた。
そして、ついに噴火に至る。
「うまぁぁぁあああああいいいいい!!」
アリエステルは絶叫した。
顔を上気させ、トロトロになった目には若干涙が滲んでいる。
「なんという熱さじゃ!! たった一口食べただけで、身体がポカポカしてくる。大蒜、それともディッシュがよく使うショウガか? いや、それも違うな」
二口目を食べる。
さらによく咀嚼した美食家王女は、少し意地になりながら、腸詰めの正体を追う。
「肉が違う。豚でも羊でもない。ディッシュのことだから魔獣なのだろうが……。しかし、恐らくこの身体の芯からカッと熱が集まってくるような感覚は、初めてじゃ!」
「当たりだよ、アリエステル。この肉にはレッドバーンの肉が使われているんだ」
エーリクが優しく説明する。
「なんと! あの火竜の肉か! なるほど。あの肉の効果には、こういう副次的な効果があるのだな。寒い日には最適じゃ!」
天晴れ、とばかりにアリエステルは腸詰めを掲げる。
「それだけじゃないぞ、アリエステル。レッドバーンを捕獲したのは吸血鬼族だし、その肉を食べられるようにしたのもエーリクたち吸血鬼族の技術があってこそだ。俺1人じゃ、ここまでできなかったよ」
「つまり吸血鬼族の技術の粋が集まっているということだな」
アリエステルは満足そうに頷く。
そして残った腸詰めを食べ終えてしまった。
「どうだった、アリエステル?」
「大変美味であった。妾は満足じゃ。……正直言うとな、エーリク」
「ん? なんだい改まって……」
「仮にお主がディッシュにおんぶに抱っこされているようなら、妾はお主を叱り付けるつもりでおった」
「ええ??」
ひえっとエーリクは、一旦後ろに後退する。
けれど、アリエステルの顔はあくまで穏やかだ。
「だが、お主は自ら店頭に立ち、さらに料理には自分たちが培った技術を取り入れられている。この腸詰めは人と吸血鬼族が結び付いた紛れもない証じゃ」
「……証」
「妾もそうじゃが、父上も母上も危惧していた。ラニクランド王家の行く末を……。確かにお主たちの歴史は迫害の歴史。だが、それを未来永劫にしてはいけない。お主たちが長命であるなら尚更だ。ただ吸血鬼族として堪え忍ぶ生活は、あまりに惨い……。その運命を断ち切る役目は、エーリク――お主しかおらんと思っていた」
「僕が……」
アリエステルは振り返る。
そこにいたのは、カルバニア王国の国民だった。
いつの間にか皆、アリエステルの言葉に聞き入っていたのだ。
「そのためには王家として、1つの種族として独り立ちすることが肝要だと、妾もそして国王夫妻も思っていた。今回の祖国祭は、その試金石になるだろうと」
「アリエステル……。いやカルバニア王国がそこまで考えていてくれているなんて」
エーリクの目に涙が浮かぶ。
嗚咽を必死に堪えたが、その唇は震えていた。
「泣くでない、エーリクよ。お主たちに対する偏見の目や差別はまだなくなったわけではない。だが、この瞬間、今この時だけはお主たち吸血鬼族は見直されたはず。そうだな、皆のもの」
アリエステルは集まった群衆の方に問いかける。
「ラニクランド王家に対して、差別や偏見を改めよと我々王族は国民に対して諭してきた。だが、今回の成果は間違いなくそなたらの胸に刻まれたであろう。どうかそのことを皆で語り継いでやってほしい」
そう言って、アリエステルは頭を下げる。
その姿を見て、エーリクも彼に関わったものたちも頭を下げた。
騒がしかった民衆が、沈黙する。そこに反応はなかった。
その彼らに襲ったのは、冬の寒さだ。
寒風が吹き込めば、さすがのアリエステルの名演説も頭の中から吹き消されそうになる。
ひもじい思いをしている者もいた。
その最中、漂ってくる匂いがあった。
甘い林檎の香りに、民衆たちの鼻が動く。
それはアリエステルやエーリク、それにアセルスのお腹も刺激した。
ぐおおおおお!
あの竜の嘶きのような腹音が鳴り響く。
アセルスは顔を赤らめる。
すると、反応したのはディッシュだった。
「お! そろそろ出来たかな」
ディッシュは振り返った。
何やら店の中で火焚きをして、大きな壺の中で何かを温めていたらしい。
匂いの出所はそこからだった。
白い湯気を吐き、頭が痺れるような甘い匂いにアセルスだけではなく、嗅いだもの全員が酔いしれた。
ディッシュは蓋を開けると、さらに香りが広がる。
「良い感じでアリエステルが時間稼いでくれたおかげで、間に合ったぜ」
「ディッシュ! まだ食材があったのか?」
「キングアップルジュースは残ってたからな。だから、ちょっとアレンジしてみた」
「アレンジじゃと? 察するにキングアップルジュースを温めただけではないか?」
「いや、それだけでも十分おいしそうだけど……。それだけじゃあ、芸がなさ過ぎるだろ? だから、もう一工夫。この寒さが吹き飛ぶアレを試してみたのさ」
気になったアリエステル、アセルス、エーリク、さらにニャリスまで集まって、壺の中を覗き込んだ。
煮込んだキングアップルジュースに、冬の蜜柑、さらに檸檬まで入っていた。ぐつぐつと煮えたぎっている。
「にしし……。これがディッシュ・マックホーン特製の――――」
ホットアップルサイダーだ!







