menu152 暑い……!?
「相手の料理も、なかなかおいしそうニャ」
ニャリスは涎を垂らしながら、屋台の店主が出してきた料理を見つめた。
実際、その通りだ。
それぞれきちんと創意工夫が凝らされている。
これまでの大事な味を守り、またこの祭りのために色々と考えてきたのだろう。この祭りにかけているのは、何もエーリクだけではなかったのだ。
それでも、この勝負はディッシュに勝ってもらわなければならない。
アセルスは『ゼロスキルの料理人』の背中を見ながら、ジャッジを待った。
いよいよ赤い腸詰めの出番がやってくる。
アロラも楽しみにしていたらしい。
吸血鬼の名物といっても、全然物怖じしない。ウォンと同じように、目を輝かせていた。
「いただきます」
アロラの顎が大きく開かれる。
何事もなく、一口目を口にした。
「くくくく……」
突如、笑い出したのは、同じく腸詰めを料理として出してきた店主だった。
「食べたな! 今、食べたな!!」
料理を指差し、半狂乱になりながら同じ言葉を繰り返す。
皆がどういうこともかもわからず、首を傾げた。
「残念だったな、お前ら負けだ」
男は唐突に戦勝宣言を始める。
「どういうことだ?」
「考えてもみろ。今日はかなり寒い。それ故に、料理がすぐに冷めてしまう」
「あ?」
「まさか――」
ニャリスとアセルスが声を出す。
キャリルも気が付いたようだ。
この勝負、1番最後に食べた料理が不利だということを……。
皿は4皿あった。その間、食べる時間もあって、4皿目――つまり、ディッシュが作った赤い腸詰めは、かなり冷え切っている。
腸詰めならば、冷えても美味しいだろうが、熱々の方が断然おいしいはずだ。
それに、今日のような寒さでは、逆に料理が冷めていては、胃が受け付けない可能性だってあるだろう。
「お前たち、もしかしてそれで――――」
振り返れば、男たちはずっとディッシュの皿を食べさせないようにしていた。
皿の位置も遠くにし、アロラが食べようとすると、自分の方が先だと皿を進める。
それは、この工作のためだったのだ。
「料理は真摯なのに、作り手の頭は随分と歪んでいるようだな」
アセルスは屋台の店主を睨む。
しかし、折角の聖騎士の睨みも暖簾に腕押しだったらしい。
「そんなことはないぜ、アセルス」
そんなアセルスを制したのは、意外なことにディッシュだった。
じっと1人、赤い腸詰めを食べているアロラを見つめている。
祈るような気持ちというわけでもない。
まして冷め切ってしまった腸詰めを食べさせたことを後悔しているという風でもなかった。
ただただディッシュの目に宿るのは、料理に対する飽くなき探求心と、培った技術への絶対的な自信だ。
「これは勝負。戦いだ。なら、罠を張るのは当たり前だろ」
「小僧の言う通りだ。それがわかっていれば、出来立てに取り替えればいいのだからな。ずっと放置していた腸詰めを食べさせたお前らが、まだまだ素人だったってだけだ」
店主たちから出された時から感じていたのは、店を出すことの経験の差だ。
この店主たちは、もう何度も祭りで店を開いているのだろう。
当日の客の入りや、気温や天気もあらかじめ予測がついていたはず。
しかし、エーリク陣営にはそれが全くない。それが彼を未熟にしているのだ。
「確かに、僕には経験がない。けれど、ここで成功したい、みんなに食べてもらいたいという欲望と、覚悟ならあります!」
エーリクもまた引かない。
すでにここで屋台をやることを決めた時点で、覚悟は決めている。
おいそれと引くわけにはいかなった。
「ですよね、ディッシュさん」
「ああ。その通りだ、エーリク。そして心配するな」
戦術も戦略もへったくれもないほど、
俺とお前で考えた腸詰めは、滅茶苦茶おいしいからよ……。
「あ、暑い……」
突如、ぽつりと呟いたのは、アロラだった。
赤い腸詰めを食べて固まっている。
「あ、あ、あ、あついいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」
ついにアロラは叫んだ。
人混みとはいえ、コートを脱げば厳しい寒さにさらされる祖国祭の天気。
そんな中で、アロラは上着を1枚脱いでしまった。
「ちょ! アロラ、何をしてるんだよ!!」
慌てたのは、ずっと固唾を呑んで見守っていたアロラの恋人である。
半泣きになりながら、アロラを止めようとするが、返ってきたのは真っ赤に輝いた眼光だった。
「一体……」
「何が……」
「起きてるにゃ?」
アセルスたちは呆然とする。
屋台の店主たちも、ただただ突っ立って、顛末を見つめることしかできなかった。
結果がわかっていたのか、ディッシュは口角を上げる。
上着を脱いだアロラは、再び赤い腸詰めの串を握り、食べ始めた。
「暑い! 暑い! 身が焼けるように暑い! けど――――」
おいひぃぃぃいぃいぃいぃいぃいぃいぃいいいいいい!!!!
アロラは身をよじらせ、歓喜する。
「噛んだ時のパリッとした食音から、滲み出る肉汁が食べたことがないぐらい最高ぉぉぉぉおおおおお! ちょっと粗挽きで、噛んだ時ゴロッと残る食感もいいし。何より、この身体の芯から火照ってくる温かさに、溜まらなく癒やされるのぅ~」
今度はうっとりと、食べかけの腸詰めを見つめた。
背中から羽が生えて、そのままどこかへ飛んでいきそうなほど興奮している。
「お、お前! 一体何をした?」
「何かあやしい薬でも使ったんだろ!」
店主たちが再び袖をまくって、臨戦態勢に入る。
ディッシュの前で凄んだが、ゼロスキルの料理人は涼しげな表情を崩さない。
「あんたも、そう思っているのか?」
尋ねた相手は、同じ腸詰めで挑んできた店主だった。
その店主はちょっと考えた後で、こう言った。
「きっと香辛料をかなり入れたに違いない。……あとは大蒜だな。お嬢さん、あまり食べない方がいい。口が臭くなるぞ」
「ええ! それは困る~」
「大丈夫だ。大蒜も、ショウガも最小限度しか使ってねぇ。口が臭くなることはないはずだ。それに香辛料もな」
「馬鹿な! 香辛料も入れずに、なんであんな反応になる。元々その腸詰めは冷め切っているはずだろ」
「ああ……。けど、アロラの反応は見ての通りだ。それにな、おっさん。気付かないのか?」
「はっ? 何がだ、小僧?」
「アロラは一言も『辛い』なんて言ってねぇ。『暑い』とは言ってるけどな」
「な――――!」
店主は絶句した。
ディッシュの指摘に、当のアロラが頷く。
「そう。確かに腸詰めはピリッとしてるけど、そんなに辛くない。そもそもあたし、辛いの苦手だし」
うんうん、と側でアロラの恋人が頷いた。
どうやら間違いないらしい。
「でも、この腸詰めを食べると、ぽわ~って身体が温まるの」
「そ、そんなことが――――」
「ある!」
アセルスが立ちはだかり、断言する。
「お前たちは普通の料理人だろう。だが、ここにいるディッシュは違う。普通の発想の斜め上をいくようなところから、食材を、調理方法を考える」
アセルスにはわかっていた。
香辛料や、練り込んだ薬味に秘密がないとすれば、あとは1つしかない。
「秘密は、その肉の方にある。そういうことだな、ディッシュ」
「にししし、当たりだ。さすがだがな、アセルス」
この肉はな…………。
お待たせしましたコミカライズの最新話が、
ヤングエースUP様で更新されました。ついにディッシュが王宮の料理人を従えて、
料理を作るお話です。よろしくお願いします。
さらに新作『300年山で暮らしてた引きこもり、魔獣を食べてたら魔獣の力を使えるようになり、怪我も病気もしなくなりました。僕が世界最強? ははっ! またまたご冗談を!』という作品が、現在好評いただいております。
『ゼロスキルの料理番』の今回は『if』をテーマにした作品になっておりますので、
気になる方は是非よろしくお願いします。







