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ゼロスキルの料理番  作者: 延野正行
第6章
170/209

menu149 吸血鬼の秘密兵器 その2

「美味しい」

「こんな林檎ジュース初めてだわ」

「もう1杯もらおうかな……」

「全然血の味がしないし。美味しい……」


 キングアップルジュースの評判は上々だ。

 皆、エーリクの屋台の前で足を止めて、ジュースを味わっている。

 つい先日――民衆たちの中に、エーリクの馬車を止めて抗議する者もいた。

 だが、今日はいない。


 皆が吸血鬼一族――ラニクランド王家の名物を楽しんでいた。


 それこれも――――。


「ニャリスのおかげだな」


 一芝居を打ち、近づいてきたニャリスを、アセルスは迎えた。

 ニャリスは仮面を付けたまま、腕を組む。


「ちーーがーーうーーにゃーー。ニャリスじゃないにゃ。ニャリス仮面にゃ」


「どう違うと言うのですか? 自分で正体を明かしてるのに」


 同じ亜獣人のキャリルが、肩を竦める。

 やれやれと首を振った。


「う、うるさいにゃ。こういうのは気持ちにゃ。気持ちの問題――――痛て!」


 そのニャリス仮面を小突いたのは、ディッシュだった。


「そんなことよりも、ニャリス」


「ニャリス仮面ニャ!」


「どっちでもいい。盛大にキングアップルジュースを振る舞いやがって。全部、お前が払ってくれるんだろうな」


「甘いニャ、ディッシュ」


「あん?」


 ディッシュの前で、ニャリスはチッチッチッと指を振った。


「ディッシュは料理ができても、商売ではまだまだニャね。新しい店舗に簡単に人がやってくると思ったら大間違いニャよ。まして、この店は曰く付きニャ。はっきり言うけど、マイナス要素が多すぎるニャ」


「すごい……。初めてニャリスさんがまともなことを喋ってる」


「あ……ああ……」


 キャリルとアセルスは同時に驚いていた。


「ニャリスはいつもまともなことを言ってるニャ!」


 尻尾と耳を逆立てて、『仮面』と言い忘れたニャリスが憤慨する。


 まーまーとエーリクが落ち着かせると、ニャリスは話を続けた。


「吸血鬼が作った名物料理というのは、確かにインパクトはあるけど、さすがにマイナス要因ニャ。かといって、引っ込めるわけにはいかないニャ。みんな、吸血鬼の認識を変えたいニャろ?」


 というと、エーリクをはじめその場にいる全員が頷いた。


「だとしたら、そのマイナス要因を帳消しにする演出をしないとダメにゃ」


「それが、ニャリス仮面?」


「ジュースを無料で振る舞ったのも、そのためか」


「そうニャ。食事を提供することで一番大事なのは、提供する料理の安全性ニャ。吸血鬼の名物って言われても、みんなは危険と思うものニャ。――――あ、ニャリスはそう思ってないニャ。エーリク王子のことは応援するニャよ。今のは一般論だからニャ」


「ありがとうございます、ニャリス仮面さん」


 エーリクは目をキラキラさせる。

 ニャリスの経営論に感銘を受けたのだろう。

 確かに、普段は店の中で飛び回っているニャリスとは思えない言動だ。

 常連のアセルスですら感心し、耳を傾けていた。


「凄いな。ニャリスが頭のいい人みたいに見えてきた」


「同じくです……」


『うぉん!』


 ディッシュが言うと、横のキャリルとウォンも同意する。


「伊達にネココ亭の看板娘をしていないな、ニャリス。助かったよ」


「安心するのはまだ早いニャ」


「「「「え?」」」」


「みんな忘れたニャ? 今ニャリスたちがやったのは、ジュースを配っただけニャ。だけど、肝心のことができてないニャ」


「肝心なことですか?」


 カウンターの向こうでエーリクは、首を傾げて考えた。

 答えたのはディッシュである。


「考えるまでもねぇだろ。まだ俺たち1銭も稼いでねぇぞ」


「あ……」


「ディッシュの言う通りニャ。名物を配るのが元からあるコンセプトならそれでいいニャ。でも、屋台として売り出したからには、ちゃんと売上を上げるのが、商売人の義務ニャ!!」


 ビシッとニャリスは空気を引き締める。

 今日は仮面を着けているからだろうか。

 いつもよりもたくましく見える。

 ネココ亭でお客に愛想を振りまき、時々盛大にスッ転びかける看板娘とは思えなかった。


 みんなが呆気に取られる中で、普段のニャリスを知らないエーリクだけは、依然顔を輝かせた。


「はい! 頑張ります!!」


「いい返事ニャ、エーリク王子」


「王子だなんて……。エーリクと呼んでください」


「い、いいのかニャ……? ま、まあいいニャ。なら、ニャリス仮面のことは師匠と呼ぶニャ!」


「はい。師匠! 頑張ります」


 なんだかおかしなところで、師弟関係が結ばれてしまった。

 これでいいのか、という疑問はあれど、今は売上を上げることが先決だ。


 ニャリスの言う通り、名物を配るのも悪くない。

 だが、タダで渡されたものは、意外と記憶に残らないものだ。

 お金を出して、食べて、そして美味しければ、人はまたやってくる。


 名物を売り、吸血鬼の認識を少しでも変えてもらって、また買いに来てもらうのが重要なのだ。


「それで、師匠……。どうしましょうか?」


「たくさんやることあるニャ。でも、まずはメニューにゃ。まさかジュースだけを売るつもりだったわけじゃないニャ」


「ええ……。勿論、それだけじゃないですよ。ね、ディッシュさん」


「ああ……」


 にししし、とディッシュはいつも通り歯を見せて笑う。

 自ら屋台の方に回ると、用意していた食材を焼き始めた。

 直後、香ばしい香りが立ち上る。

 肉が焼ける匂いだ。


「いい匂いニャ」


「はい……」


『うぉん!』


 ニャリス、キャリル、ウォンが揃って尻尾を振る。

 その横で豪快な腹音を、アセルスが鳴らす。


「これはもしかして腸詰め(ソーセージ)の匂いか?」


「あのアリエステル様の舌を唸らせたという」


 キャリルが反応し、ピクピクと耳を動かす。


 反応したのは、屋台に集まった仲間たちではない。

 近くでキングアップルジュースを飲んでいた通行人たちも徐々に集まりだした。


 焼き上がると最後に長く太めの竹串を出して、皿を置く。

 やはり腸詰めだ。

 だが、一般的なものよりもさらに太かった。


 けれどアセルスが驚いたのは、腸詰めの太さや長さではない。


「おお! 赤い……」


 そう。

 それはまるで血のように赤い腸詰め(ソーセージ)だった。


 王宮で出したものとはまた違う。

 禍々しいと称しても過言ではない赤い腸詰め(ソーセージ)であった。


「にしし……。血染め(ブラディ)腸詰め(ソーセージ)、第2弾ってとこだな」


 赤い腸詰め(ソーセージ)を掲げ、ディッシュは笑うのだった。


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― 新着の感想 ―
[一言] ニャリス仮面……実は頭良いのでは!?
[一言] 今回も美味しく頂きました。 ニャリス師匠、商売人ですな。 これは、将来エリークの右腕に? アリスとの布陣で最強説? ディシュは、相変わらず旨そうな仕掛けをしてきますね。 赤いウインナーと…
[良い点] 久々の更新でウハウハしながら堪能しました〜♪ ニャリスが賢く見える!!(笑) ニャリスが賢く見える!!(笑) ※驚いたので2回言った(*´Д`) そしてソーセージ第2段! 同じではないは…
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