menu149 吸血鬼の秘密兵器 その2
「美味しい」
「こんな林檎ジュース初めてだわ」
「もう1杯もらおうかな……」
「全然血の味がしないし。美味しい……」
キングアップルジュースの評判は上々だ。
皆、エーリクの屋台の前で足を止めて、ジュースを味わっている。
つい先日――民衆たちの中に、エーリクの馬車を止めて抗議する者もいた。
だが、今日はいない。
皆が吸血鬼一族――ラニクランド王家の名物を楽しんでいた。
それこれも――――。
「ニャリスのおかげだな」
一芝居を打ち、近づいてきたニャリスを、アセルスは迎えた。
ニャリスは仮面を付けたまま、腕を組む。
「ちーーがーーうーーにゃーー。ニャリスじゃないにゃ。ニャリス仮面にゃ」
「どう違うと言うのですか? 自分で正体を明かしてるのに」
同じ亜獣人のキャリルが、肩を竦める。
やれやれと首を振った。
「う、うるさいにゃ。こういうのは気持ちにゃ。気持ちの問題――――痛て!」
そのニャリス仮面を小突いたのは、ディッシュだった。
「そんなことよりも、ニャリス」
「ニャリス仮面ニャ!」
「どっちでもいい。盛大にキングアップルジュースを振る舞いやがって。全部、お前が払ってくれるんだろうな」
「甘いニャ、ディッシュ」
「あん?」
ディッシュの前で、ニャリスはチッチッチッと指を振った。
「ディッシュは料理ができても、商売ではまだまだニャね。新しい店舗に簡単に人がやってくると思ったら大間違いニャよ。まして、この店は曰く付きニャ。はっきり言うけど、マイナス要素が多すぎるニャ」
「すごい……。初めてニャリスさんがまともなことを喋ってる」
「あ……ああ……」
キャリルとアセルスは同時に驚いていた。
「ニャリスはいつもまともなことを言ってるニャ!」
尻尾と耳を逆立てて、『仮面』と言い忘れたニャリスが憤慨する。
まーまーとエーリクが落ち着かせると、ニャリスは話を続けた。
「吸血鬼が作った名物料理というのは、確かにインパクトはあるけど、さすがにマイナス要因ニャ。かといって、引っ込めるわけにはいかないニャ。みんな、吸血鬼の認識を変えたいニャろ?」
というと、エーリクをはじめその場にいる全員が頷いた。
「だとしたら、そのマイナス要因を帳消しにする演出をしないとダメにゃ」
「それが、ニャリス仮面?」
「ジュースを無料で振る舞ったのも、そのためか」
「そうニャ。食事を提供することで一番大事なのは、提供する料理の安全性ニャ。吸血鬼の名物って言われても、みんなは危険と思うものニャ。――――あ、ニャリスはそう思ってないニャ。エーリク王子のことは応援するニャよ。今のは一般論だからニャ」
「ありがとうございます、ニャリス仮面さん」
エーリクは目をキラキラさせる。
ニャリスの経営論に感銘を受けたのだろう。
確かに、普段は店の中で飛び回っているニャリスとは思えない言動だ。
常連のアセルスですら感心し、耳を傾けていた。
「凄いな。ニャリスが頭のいい人みたいに見えてきた」
「同じくです……」
『うぉん!』
ディッシュが言うと、横のキャリルとウォンも同意する。
「伊達にネココ亭の看板娘をしていないな、ニャリス。助かったよ」
「安心するのはまだ早いニャ」
「「「「え?」」」」
「みんな忘れたニャ? 今ニャリスたちがやったのは、ジュースを配っただけニャ。だけど、肝心のことができてないニャ」
「肝心なことですか?」
カウンターの向こうでエーリクは、首を傾げて考えた。
答えたのはディッシュである。
「考えるまでもねぇだろ。まだ俺たち1銭も稼いでねぇぞ」
「あ……」
「ディッシュの言う通りニャ。名物を配るのが元からあるコンセプトならそれでいいニャ。でも、屋台として売り出したからには、ちゃんと売上を上げるのが、商売人の義務ニャ!!」
ビシッとニャリスは空気を引き締める。
今日は仮面を着けているからだろうか。
いつもよりもたくましく見える。
ネココ亭でお客に愛想を振りまき、時々盛大にスッ転びかける看板娘とは思えなかった。
みんなが呆気に取られる中で、普段のニャリスを知らないエーリクだけは、依然顔を輝かせた。
「はい! 頑張ります!!」
「いい返事ニャ、エーリク王子」
「王子だなんて……。エーリクと呼んでください」
「い、いいのかニャ……? ま、まあいいニャ。なら、ニャリス仮面のことは師匠と呼ぶニャ!」
「はい。師匠! 頑張ります」
なんだかおかしなところで、師弟関係が結ばれてしまった。
これでいいのか、という疑問はあれど、今は売上を上げることが先決だ。
ニャリスの言う通り、名物を配るのも悪くない。
だが、タダで渡されたものは、意外と記憶に残らないものだ。
お金を出して、食べて、そして美味しければ、人はまたやってくる。
名物を売り、吸血鬼の認識を少しでも変えてもらって、また買いに来てもらうのが重要なのだ。
「それで、師匠……。どうしましょうか?」
「たくさんやることあるニャ。でも、まずはメニューにゃ。まさかジュースだけを売るつもりだったわけじゃないニャ」
「ええ……。勿論、それだけじゃないですよ。ね、ディッシュさん」
「ああ……」
にししし、とディッシュはいつも通り歯を見せて笑う。
自ら屋台の方に回ると、用意していた食材を焼き始めた。
直後、香ばしい香りが立ち上る。
肉が焼ける匂いだ。
「いい匂いニャ」
「はい……」
『うぉん!』
ニャリス、キャリル、ウォンが揃って尻尾を振る。
その横で豪快な腹音を、アセルスが鳴らす。
「これはもしかして腸詰めの匂いか?」
「あのアリエステル様の舌を唸らせたという」
キャリルが反応し、ピクピクと耳を動かす。
反応したのは、屋台に集まった仲間たちではない。
近くでキングアップルジュースを飲んでいた通行人たちも徐々に集まりだした。
焼き上がると最後に長く太めの竹串を出して、皿を置く。
やはり腸詰めだ。
だが、一般的なものよりもさらに太かった。
けれどアセルスが驚いたのは、腸詰めの太さや長さではない。
「おお! 赤い……」
そう。
それはまるで血のように赤い腸詰めだった。
王宮で出したものとはまた違う。
禍々しいと称しても過言ではない赤い腸詰めであった。
「にしし……。血染め腸詰め、第2弾ってとこだな」
赤い腸詰めを掲げ、ディッシュは笑うのだった。
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