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ゼロスキルの料理番  作者: 延野正行
第6章
169/209

menu148 試飲はいかがでしょうか?

果たしてニャリス仮面とは!?

今日もどうぞ召し上がれ!

 とぅっっっっっっ!!



 とばかりにニャリスは建物から飛び降りた。

 周りは騒然とし、悲鳴も上がる。

 4階建てとはいえ、かなりの高さがある。

 そこから無傷で着地するなど、あり得ない話だった。


 皆が顔を背ける。

 だが――――。



 シュタッ!



 何事もなかったかのように、ニャリス仮面は着地した。


 悲鳴が一転し、歓声に変わる。

 凄まじい称賛の嵐を聞きながら、ニャリス仮面は満足そうに応えていた。


 その騒動をやや遠巻きに見ていたディッシュたちの間には、微妙な空気が流れていた。


「へぇ。すげぇなあ。ニャリスのどんな場所でも着地できるってスキル、初めて見たぜ。あんな高いところから落ちても、大丈夫なんだな」


「いや、それよりニャリス仮面ってなんですの?」


「というか、ニャリスって言ってるし」


 だが、ニャリス劇場はこれで終わらない。

 いや、始まってもいなかった。



 ニャリスはディッシュたちの方に近づいていく。

 挨拶もそこそこに、エーリクの屋台のカウンターに並んでいたジュースを受け取った。


 それをまず自分が一気に飲み干す。


「ぷはぁぁぁぁぁああ! うまいにゃあ! とっても甘いのに、程よい酸味があって、喉越しはすっきりした味にゃ! こんなジュース飲んだことないにゃ」


 唇についたジュースを拭いながら、満足そうに笑みを浮かべる。

 すると、どこからかトレーを取り出し、屋台に並んでいたジュースを数本置いた。


「みんなはこの絶品林檎ジュースを飲んだかにゃ? 飲まないと損にゃよ。今なら試飲をやってるにゃ。おいしかったら、どんどん宣伝してにゃ!」


 トレーを掲げると、高らかに宣伝する。


 戸惑う聴衆たちをよそに、ニャリスはあっさりとソーシャルディスタンスに踏み込んでいく。


「どうぞ。飲んでみるにゃ」


 ぐいっと杯を突き出す。

 ここまで来ると、受け取ってしまうのが人の性だろう。

 ついにラニクランド王家――いや、吸血鬼名物キングアップルジュースが、一般民衆の手に渡る。


 ニャリスの攻勢は留まることを知らない。

 トレーにある杯を次々と皆に渡していった。

 とうとうエーリクが3時間経っても、1杯も売れなかった杯が、屋台から消えてしまう。


 だが、杯を渡された民衆たちは戸惑っていた。

 ニャリスを見る限り、どうやら無害のようにも見える。

 だが、どうやらこのジュースは、あの吸血鬼が作ったらしい。

 本当においしいのか、疑問だった。


 けれど、ニャリスの反応から見て、嘘を言っているように見えない。


「どうする?」


 恋人同士が、家族連れが、友達同士がお互い目を見合わせる。

 だが、答えはわからないだろう。

 飲まない限りは……。


「じゃあ、ちょっと……」


 と言ったのは、意外にも女性だった。

 隣には同い年ぐらいの男性もいる。

 どうやらカップルのようだ。


「お、おい。本当に飲むのか」

「だって……。すっごく良い香りよ」

「あ? 本当だ。吸血鬼が作ったから、血の臭いがするかと思ったのに」

「じゃあ……」


 女性は一気に喉に流し込んだ。

 瞬間、カッと目が見開く。

 さっきまで自嘲気味だった喉の動きが、途端勢いよく動き始めた。


 いつの間にか静まり返った祭りの真ん中で、ゴクゴクという音だけが聞こえる。

 ついに飲み干すと、女性はかくんと首を垂らした。


「お、おい……」


 男性は心配する。

 しかし――――。



「うっっっっっっっっまああああああああああああああああああ!!!!!」



 女性は叫んだ。


「何……。これ――普通の林檎ジュースじゃない。とっても甘いわ。こんなジュース飲んだことないわよ、私……」


 最高の感想を聞いた瞬間、ニャリスはニッと笑った。


「お嬢さん、なかなかいい飲みっぷりにゃ。もう1杯いかが?」


「いいんですか? こんなおいしいものを2杯も飲ませてもらって」


「お、おい。お前、大丈夫か?」


 男性が心配するが、女性の方はどこ吹く風だ。

 注がれるジュースを見て、うっとりとしている。


「気になるなら、お兄さんも飲んでみるにゃ」


 仮面のニャリスは挑発する。

 こう言われると、男は弱い。

 まして恋人の前ならば、俄然興味が湧いてくる。


 何より杯の口から漂ってくる芳香に抗えない。

 鼻をくすぐるというより、妙な引力を以て、唇に引き込まれていった。


「じゃ、じゃあ……」


 ままよ、とばかりに男性の方もジュースを呷った。

 最初はゆっくり、恐る恐るという感じで、喉が動く。

 だが、次第に動きが早くなり、あっという間に飲み干してしまった。


「ぷははああああ!! うっめぇぇぇぇええええ!!」


 この世で一番の美酒に出会ったかのように、男性は「かぁっ!」と口を開く。

 満面の笑みを浮かべ、空になった杯を覗いた。


「うまい! こんな林檎ジュース初めて飲んだよ。濃厚で甘いのに、後味がすっきりしてる。キレのいい麦酒を飲んだみたいだ」


 感想を叫んだ。

 1人なら主観的意見に過ぎないだろう。

 だが、2人なら見方はがらりと違ってくる。

 周りの目の色が変わり、集まってきた人を見て、自然と足を止めるものも現れ始めた。


 特にまだ杯を持ったまま固まった人間たちの反応は、顕著だ。

 呆気に取られていた聴衆は、杯と2人のカップルを見比べる。

 やがて魔性のように漂ってくる芳香に、ついに抗えなくなる。

 くびくびと音を立てて、キングアップルジュースを飲み始めた。


「うっっっっまっっっっ!!」

「なんだ、この甘さ」

「でも、喉越しも悪くない」

「こんなに濃厚な林檎ジュースは初めてだわ」


 絶賛の嵐だ。

 みんな、それが吸血鬼が作ったブラッドジュースとは知りながら、次々に杯を空にしていく。

 香りと味に酔いしれ、称賛するのだった。


本日コミカライズの更新日となっております。

ヤングエースUPで更新されておりますので、

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― 新着の感想 ―
[一言] 今回も美味しく頂きました。 ニャリス仮面、な、何者(笑) しかし、初めての食べ物は、躊躇しますよね。 初めの勇気が必要ですが、自分に合った物なら最高に旨いですよね。 昔、中国で初めて蛇料理を…
[一言] この魔物料理がやがて、ゼレットが所属する 料理ギルドの十八番へと繋がるんですね、 うんうん、わかりますよ。
[一言] シードルとかも作るんだろうねえ(棒
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