menu145 ヴァンパイアの名物料理
本日もコミカライズ更新されました。
WEB版と合わせて、お召し上がり下さい。
「君は凄いなあ」
エーリクはテーブルナプキンで軽く口の周りを拭う。
そして空になった皿を、名残惜しそうに見つめた。
赤い宝石のような瞳には、絶品のブラディーソーセージが映っている。
エーリクが褒めたのは、ディッシュである。
遅ればせながら、食事会に入室が許されたウォンに、ブラッディーソーセージを振る舞っているところだった。
「スキルがないのに、自信満々で……。その自信に見合うものを作る事ができて」
「エーリクよ。それはディッシュに対する嫌味か?」
目を光らせたのは、アリエステルである。
さらに続けてこう言った。
「確かに自信も、良い料理を作るための1つの要因じゃ。しかし、それだけでは料理は作れぬ」
「じゃあ……、料理にとって何が必要なんだい」
「努力じゃ。たゆまぬ研鑽と、膨大なトライ&エラー。それこそが、料理人が料理人たる礎となる。むろん、これは料理人だけに当てはまらないがの」
「ああ……。そうか」
そっとエーリクは自分の胸に手を置く。
ディッシュの料理を食べた時、胸騒ぎに似た何かを感じた。
どうしてかはわからない。
でも、おいしいと思うと同時に、自分も何かしなければならない。
そんな焦りを、エーリクは感じていた。
けれど、何をすればいいかわからない。
だから余計に焦ってしまうのだ。
結局、自分は何もできないと思い、エーリクは自然と頭を垂れた。
そのエーリクに話しかけたのは、ディッシュだ。
「エーリク。俺も同じだ」
「え?」
「昔住んでいた街で、俺も『ゼロスキル』だからって白い目で見られて、結局街を追い出されて、山の中に住むことになった」
「吸血鬼族と同じ……」
「でも、今は感謝してる。山の中で放り出されなかったら、俺は一生魔獣の味に気づけなかったからな。こうやって、アセルスやアリスと出会うこともなかったかもしれねぇ。……あと、ウォンもな」
エーリクに語りかけるディッシュの頬を、ウォンが舐めてくる。
励ますとか甘えているというよりは、おかわりを要求しているのだ。
すでにディッシュの頬は、ウォンの涎でびしょびしょになっていた。
「自分の生き方次第なんだって思うぜ。それ次第で、きっといつか自分に手を差し伸べてくれる人がいる。まあ、お前にはもういると思うけどな」
ディッシュは「にしし」と歯を見せて笑った。
一方、エーリクはキョトンとしている。
「僕に手を差し伸べてくれる人?」
「なんじゃ、その顔は? ここにいるではないか、エーリクよ」
「え? でも、アリス?」
「妾では不服か?」
「私も手伝うわよ。エーリク王子は、カルバニア王家のお隣さんなんですもの」
「不肖の身ではありますが、私も微力を尽くしたく思います、王子」
アリエステル、エヌマーナ、そして最後にアセルスが一礼する。
彼女たちはカルバニア王国で、名を知らぬものがいないほどの有名人である。
これほど、心強い援軍はいないだろう。
「もちろん、俺も手伝うぜ。乗りかかった船だしな」
「いいの?」
「むろんじゃ。その前に、エーリクよ。お主は何がしたい。このメンツであれば、たいていのことはできる。だが、決めるのはお主じゃぞ」
「そうだね」
エーリクは深く考え込んだ。
今まで自分のしたいことなんて何もなかった。
考えたことすらなかったのだ。
一生誰かに謝り続ける。
そんな人生なのだろうと、半ば絶望していた。
でも、ここには自分のしたいことを聞いてくれる人たちがいる。
実現しようと、考えてくれる人がいる。
「吸血鬼族のことをよく知って欲しい」
「ふむ……。我々は十分すぎるほど、吸血鬼族を知っていると思うがのぅ……」
アリエステルは首を傾げる。
だが、その言葉をディッシュは否定した。
「いや、そうでもねぇぞ。俺は今日エーリクとあって、吸血鬼族のイメージが180度変わった。俺からすれば、吸血鬼族は英雄譚の中の悪役で、怖いイメージだ。でも、エーリクはそんな吸血鬼族じゃねぇだろ」
「なるほどのぅ。確かに……」
アリエステルは相槌を打つ。
「皆が知っているのは、お話の中の吸血鬼族というわけか」
「それを覆すのは難しいわね」
「あらあら」と頬に手を当て、エヌマーナも考える。
すると、エーリクはポンと手を打つ。
赤い宝石のような瞳を光らせて、提案した。
「そうだ。ラニクランド王家の領地に、民衆を無料で招待するというのはどうかな?」
「名案だと思いますが、さすがに最初のアプローチとしては難易度が高いものかと」
「うむ。我々としては歓迎すべきじゃが、我々が行ってものぅ」
「最初はもっと簡単なのでいいのよ」
「そうですか。簡単なもの……」
またエーリクは唸り始める。
しばらく考えた後、「なあ!」と突然ディッシュが皆に声をかけた。
「俺が思うにさ。みんなが一番吸血鬼を怖がる理由って、血を吸うことだと思うんだよなあ」
「うむ。確かに……」
「子どもの頃に絵本で読んだ時、お姫様が血を飲まれるシーンは今でもトラウマだ」
アセルスは二の腕をさすり、ブルリと震えた。
「俺もそうだ。多分、みんなも同じだと思うんだよな」
「何が言いたい、ディッシュよ」
「ようは食ってるもんが“血”ってところが、みんな引っかかるじゃないのか?」
カルバニア王国でもそうだが、血は穢れていると考えられている。
それはディッシュと王国の料理人とのやりとりから見ても、顕著だろう。
穢れているものを主食としているからこそ、吸血鬼は恐れられている――ディッシュはそう言いたいのだ。
「なるほど。確かにな」
「でも、僕たちの主食は血です。それを今から変えるのは……」
「血じゃなくても、エーリクは食べられただろう」
ディッシュは空になった皿を指し示す。
ワライリンゴの血で作った腸詰め。
キラートマトのスパ。
2つ種類の料理をエーリクは、ペロリと平らげた。
もはや血だけが、吸血鬼族の主食ではない。
それを身を以て、体験したばかりである。
「まさか、ディッシュ!」
「そうだ。吸血鬼ってのは血だけじゃなくて、他の料理も食べますってところを見せれば、みんなの目先を変えることができるんじゃないか?」
「なるほど」
アセルスはポンと手を打つ。
すると、隣のアリエステルがディッシュに鋭い視線を放った。
「読めたぞ、ディッシュよ。その料理を、ラニクランド王家領の名物にするつもりじゃな」
「「「め、名物???」」」
アセルス、エヌマーナ、エーリクは素っ頓狂な声を上げた。
ディッシュは「にしし」と笑う。
「そこまで考えてねぇけどよ。吸血鬼が食べてるものを、みんなで食べることができたら、ちょっとは安心できるんじゃねぇか?」
「うむ。確かにそうだ。血を飲めと言われたら、さすがの私も無理だが、吸血鬼も一般人も食べられる料理には興味がある」
アセルスはうんうんと頷いた。
そこにエヌマーナが質問を重ねる。
「けれど、ディッシュくん。そのためには、エーリク王子だけではなく、他の吸血鬼にも味わってもらう必要があるんじゃないかしら」
「それは問題ないです。作り方さえ教えてくれれば、王家の料理人に作ってもらおうと思います……」
「しかし、エーリクよ。使っているのは低レベルとはいえ魔獣じゃぞ? 大丈夫なのか?」
「それは心配してないよ、アリエステル王女」
「アリエステル姫、吸血鬼族はとても優秀な狩人でもあるんですよ」
アセルスが説明する。
ラニクランド王家領の収入のほとんどが、魔獣や危険地域の探索だ。
領内のほとんどの吸血鬼族が、ギルドに登録しており、冒険者として生計を立てている。
そうした吸血鬼たちの血税が、ラニクランド王家領を支えているのだ。
その吸血鬼たちはいずれも優秀。
ギルド内でも重宝されている。
裏を返せば、それぐらいしか働き口がないということだ。
だが、仮に吸血鬼族名物が作られるとしたら、ラニクランド王家領の収入アップにも繋がる。
さらにイメージアップにも成功すれば、一石二鳥だ。
「お主が言う吸血鬼族を知るということからは少し離れるが、皆が吸血鬼族を知るとっかかりにはなるかもしれん」
「うん。出来るような気がする。早速、父様と母様――家臣たちにも掛け合って、ラニクランド王家領の名物を作ってもらおう。ありがとう、ディッシュくん」
エーリクはディッシュの手を硬く握った。
その上に、アリエステル、アセルス、最後にウォンが顎を乗せる。
若者たちの結束するのを、エヌマーナはあえて輪に入らず見守った。
「皆さん、ありがとうございます」
「他ならぬエーリクの頼みだ。仕方あるまい」
「またまた……。素直じゃないですね、アリエステル姫」
「うぉん!」
「よーし。こうなったら、もっと改良しておいしい名物にしてやろうぜ」
おおおおおおおお!!
王宮の中に勇ましい声が上がる。
しかし、この時この名物が、吸血鬼族だけではなく、ゼロスキルの料理人であるディッシュにも影響を及ぼすとは……。
この時、誰も予測していなかったのである。
ヤングエースUP様でコミカライズが更新されました。
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そして2月10日に拙作『「ククク……。奴は四天王の中でも最弱」と解雇された俺、なぜか勇者と聖女の師匠になる』が発売されます。そちらもどうぞよろしくお願いします。







