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ゼロスキルの料理番  作者: 延野正行
第6章
166/209

menu145 ヴァンパイアの名物料理

本日もコミカライズ更新されました。

WEB版と合わせて、お召し上がり下さい。

「君は凄いなあ」


 エーリクはテーブルナプキンで軽く口の周りを拭う。

 そして空になった皿を、名残惜しそうに見つめた。

 赤い宝石のような瞳には、絶品のブラディーソーセージが映っている。


 エーリクが褒めたのは、ディッシュである。

 遅ればせながら、食事会に入室が許されたウォンに、ブラッディーソーセージを振る舞っているところだった。


「スキルがないのに、自信満々で……。その自信に見合うものを作る事ができて」


「エーリクよ。それはディッシュに対する嫌味か?」


 目を光らせたのは、アリエステルである。

 さらに続けてこう言った。


「確かに自信も、良い料理を作るための1つの要因じゃ。しかし、それだけでは料理は作れぬ」


「じゃあ……、料理にとって何が必要なんだい」


「努力じゃ。たゆまぬ研鑽と、膨大なトライ&エラー。それこそが、料理人が料理人たる礎となる。むろん、これは料理人だけに当てはまらないがの」


「ああ……。そうか」


 そっとエーリクは自分の胸に手を置く。

 ディッシュの料理を食べた時、胸騒ぎに似た何かを感じた。

 どうしてかはわからない。

 でも、おいしいと思うと同時に、自分も何かしなければならない。

 そんな焦りを、エーリクは感じていた。


 けれど、何をすればいいかわからない。

 だから余計に焦ってしまうのだ。

 結局、自分は何もできないと思い、エーリクは自然と頭を垂れた。


 そのエーリクに話しかけたのは、ディッシュだ。


「エーリク。俺も同じだ」


「え?」


「昔住んでいた街で、俺も『ゼロスキル』だからって白い目で見られて、結局街を追い出されて、山の中に住むことになった」


吸血鬼族(ぼくたち)と同じ……」


「でも、今は感謝してる。山の中で放り出されなかったら、俺は一生魔獣の味に気づけなかったからな。こうやって、アセルスやアリスと出会うこともなかったかもしれねぇ。……あと、ウォンもな」


 エーリクに語りかけるディッシュの頬を、ウォンが舐めてくる。

 励ますとか甘えているというよりは、おかわりを要求しているのだ。

 すでにディッシュの頬は、ウォンの涎でびしょびしょになっていた。


「自分の生き方次第なんだって思うぜ。それ次第で、きっといつか自分に手を差し伸べてくれる人がいる。まあ、お前にはもういると思うけどな」


 ディッシュは「にしし」と歯を見せて笑った。

 一方、エーリクはキョトンとしている。


「僕に手を差し伸べてくれる人?」


「なんじゃ、その顔は? ここにいるではないか、エーリクよ」


「え? でも、アリス?」


「妾では不服か?」


「私も手伝うわよ。エーリク王子は、カルバニア王家のお隣さんなんですもの」


「不肖の身ではありますが、私も微力を尽くしたく思います、王子」


 アリエステル、エヌマーナ、そして最後にアセルスが一礼する。


 彼女たちはカルバニア王国で、名を知らぬものがいないほどの有名人である。

 これほど、心強い援軍はいないだろう。


「もちろん、俺も手伝うぜ。乗りかかった船だしな」


「いいの?」


「むろんじゃ。その前に、エーリクよ。お主は何がしたい。このメンツであれば、たいていのことはできる。だが、決めるのはお主じゃぞ」


「そうだね」


 エーリクは深く考え込んだ。


 今まで自分のしたいことなんて何もなかった。

 考えたことすらなかったのだ。

 一生誰かに謝り続ける。

 そんな人生なのだろうと、半ば絶望していた。


 でも、ここには自分のしたいことを聞いてくれる人たちがいる。

 実現しようと、考えてくれる人がいる。


吸血鬼族(ヴァンパイア)のことをよく知って欲しい」


「ふむ……。我々は十分すぎるほど、吸血鬼族(ヴァンパイア)を知っていると思うがのぅ……」


 アリエステルは首を傾げる。

 だが、その言葉をディッシュは否定した。


「いや、そうでもねぇぞ。俺は今日エーリクとあって、吸血鬼族(ヴァンパイア)のイメージが180度変わった。俺からすれば、吸血鬼族(ヴァンパイア)は英雄譚の中の悪役で、怖いイメージだ。でも、エーリクはそんな吸血鬼族(ヴァンパイア)じゃねぇだろ」


「なるほどのぅ。確かに……」


 アリエステルは相槌を打つ。


「皆が知っているのは、お話の中の吸血鬼族(ヴァンパイア)というわけか」


「それを覆すのは難しいわね」


 「あらあら」と頬に手を当て、エヌマーナも考える。

 すると、エーリクはポンと手を打つ。

 赤い宝石のような瞳を光らせて、提案した。


「そうだ。ラニクランド王家の領地に、民衆を無料で招待するというのはどうかな?」


「名案だと思いますが、さすがに最初のアプローチとしては難易度が高いものかと」


「うむ。我々としては歓迎すべきじゃが、我々が行ってものぅ」


「最初はもっと簡単なのでいいのよ」


「そうですか。簡単なもの……」


 またエーリクは唸り始める。

 しばらく考えた後、「なあ!」と突然ディッシュが皆に声をかけた。


「俺が思うにさ。みんなが一番吸血鬼を怖がる理由って、血を吸うことだと思うんだよなあ」


「うむ。確かに……」


「子どもの頃に絵本で読んだ時、お姫様が血を飲まれるシーンは今でもトラウマだ」


 アセルスは二の腕をさすり、ブルリと震えた。


「俺もそうだ。多分、みんなも同じだと思うんだよな」


「何が言いたい、ディッシュよ」


「ようは食ってるもんが“血”ってところが、みんな引っかかるじゃないのか?」


 カルバニア王国でもそうだが、血は穢れていると考えられている。

 それはディッシュと王国の料理人とのやりとりから見ても、顕著だろう。

 穢れているものを主食としているからこそ、吸血鬼は恐れられている――ディッシュはそう言いたいのだ。


「なるほど。確かにな」


「でも、僕たちの主食は血です。それを今から変えるのは……」


「血じゃなくても、エーリクは食べられただろう」


 ディッシュは空になった皿を指し示す。


 ワライリンゴの血で作った腸詰め(ソーセージ)

 キラートマトのスパ。


 2つ種類の料理をエーリクは、ペロリと平らげた。

 もはや血だけが、吸血鬼族(ヴァンパイア)の主食ではない。

 それを身を以て、体験したばかりである。


「まさか、ディッシュ!」


「そうだ。吸血鬼ってのは血だけじゃなくて、他の料理も食べますってところを見せれば、みんなの目先を変えることができるんじゃないか?」


「なるほど」


 アセルスはポンと手を打つ。

 すると、隣のアリエステルがディッシュに鋭い視線を放った。


「読めたぞ、ディッシュよ。その料理を、ラニクランド王家領の名物にするつもりじゃな」



「「「め、名物???」」」



 アセルス、エヌマーナ、エーリクは素っ頓狂な声を上げた。

 ディッシュは「にしし」と笑う。


「そこまで考えてねぇけどよ。吸血鬼が食べてるものを、みんなで食べることができたら、ちょっとは安心できるんじゃねぇか?」


「うむ。確かにそうだ。血を飲めと言われたら、さすがの私も無理だが、吸血鬼も一般人も食べられる料理には興味がある」


 アセルスはうんうんと頷いた。

 そこにエヌマーナが質問を重ねる。


「けれど、ディッシュくん。そのためには、エーリク王子だけではなく、他の吸血鬼にも味わってもらう必要があるんじゃないかしら」


「それは問題ないです。作り方さえ教えてくれれば、王家の料理人に作ってもらおうと思います……」


「しかし、エーリクよ。使っているのは低レベルとはいえ魔獣じゃぞ? 大丈夫なのか?」


「それは心配してないよ、アリエステル王女」


「アリエステル姫、吸血鬼族(ヴァンパイア)はとても優秀な狩人でもあるんですよ」


 アセルスが説明する。


 ラニクランド王家領の収入のほとんどが、魔獣や危険地域の探索だ。

 領内のほとんどの吸血鬼族(ヴァンパイア)が、ギルドに登録しており、冒険者として生計を立てている。

 そうした吸血鬼たちの血税が、ラニクランド王家領を支えているのだ。


 その吸血鬼たちはいずれも優秀。

 ギルド内でも重宝されている。


 裏を返せば、それぐらいしか働き口がないということだ。

 だが、仮に吸血鬼族(ヴァンパイア)名物が作られるとしたら、ラニクランド王家領の収入アップにも繋がる。

 さらにイメージアップにも成功すれば、一石二鳥だ。


「お主が言う吸血鬼族(ヴァンパイア)を知るということからは少し離れるが、皆が吸血鬼族(ヴァンパイア)を知るとっかかりにはなるかもしれん」


「うん。出来るような気がする。早速、父様と母様――家臣たちにも掛け合って、ラニクランド王家領の名物を作ってもらおう。ありがとう、ディッシュくん」


 エーリクはディッシュの手を硬く握った。

 その上に、アリエステル、アセルス、最後にウォンが顎を乗せる。

 若者たちの結束するのを、エヌマーナはあえて輪に入らず見守った。


「皆さん、ありがとうございます」

「他ならぬエーリクの頼みだ。仕方あるまい」

「またまた……。素直じゃないですね、アリエステル姫」

「うぉん!」

「よーし。こうなったら、もっと改良しておいしい名物にしてやろうぜ」



 おおおおおおおお!!



 王宮の中に勇ましい声が上がる。


 しかし、この時この名物が、吸血鬼族(ヴァンパイア)だけではなく、ゼロスキルの料理人であるディッシュにも影響を及ぼすとは……。


 この時、誰も予測していなかったのである。


ヤングエースUP様でコミカライズが更新されました。

こちらもどうぞよろしくお願いします。


そして2月10日に拙作『「ククク……。奴は四天王の中でも最弱」と解雇された俺、なぜか勇者と聖女の師匠になる』が発売されます。そちらもどうぞよろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[一言] 今回も美味しく頂きました。 エリークの為に、立ち上がる新しい料理。 楽しみですね。 魔獣では、ド○クエでズッキーニやキャロット、ガーリック、玉ねぎ、茄子何かも出でたので、料理の幅が広がり…
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