menu144 赤茄子魔獣のスパ
お待たせして申し訳ありません。
遅くなりましたが、本年もよろしくお願いします。
更新が遅れたお詫びではないですが、1品丸々ご用意しました。
本日もどうぞ召し上がれ!
林檎の味がする魔獣の血が入った料理……。
当然、食事会に参加した者たちは等しく固まった。
言われてみればそうである。
ワライリンゴは魔獣の一種だ。
その中に流れるのは、果汁ではなく血ということになる。
林檎以上に酸味が利いているのは、血を使っているからだろうか。
ふとアリエステルが思い出したのは、厨房での一件だ。
あの時、ディッシュが味見させていたのは、ワライリンゴから採った果汁――もとい、その血液なのだろう。
結果的に厨房にて、血の料理を作ったことになるが、これに異論を唱えるものはいまい。
漂ってくるのは、鉄の匂いではなく、芳しい林檎の香り。
吸血鬼族でなければ、判別できないほど血の味は薄く、むしろ林檎そのものよりも酸味が利き、甘い。
アリエステルとすれば、むしろ厨房で使う食材として推奨したいほどだった。
この風味を使って、アップルパイなどをどうだろうか。
絶妙な酸味と、蜜のような甘みに、サクッとした食感の生地。
ああ……。
焼き上がったものを想像するだけで、涎が出てきそうだ。
コホン、と咳払いし、アリエステルは居住まいを正す。
「ディッシュよ。お主の事だ。挽肉や腸にもお主らしい細工が施されているのであろう」
「お! さすがはアリスだな。そこに気付いたか」
「当たり前じゃ。妾を一体誰だと思っておる」
未成熟な胸を、アリスは反る。
そして残っていた腸詰めを摘んだ。
改めて咀嚼する。
林檎の味には驚いたが、挽肉や腸もこれまで食べたことのない強い旨みと食感を感じた。
やはりなんと言っても、腸だろう。
割った時に響く、バリッとした音が堪らない。
普通の羊の腸ではここまで見事に鳴らないはずだ。
当然歯ごたえは抜群で、粗挽きされた挽肉のコリコリ感と相まって、ついつい余計に咀嚼してしまう。
挽肉も、単なる豚ではない。
強い獣臭から滲み出る旨みが、それとは違う。
粗挽きだが、奥歯で噛むとほろりと溶けて、肉汁がじゅわぁと溶け広がっていくようだった。
この肉には何か懐かしい気さえする。
「挽肉にはカリュドーンの肉を使ってる」
「まあ……。カリュドーンの腸詰めなのですか」
ディッシュの答えを聞き、エヌマーナは懐かしそうに頬を緩める。
側で聞いていたアセルスも、眉宇を動かした。
「どうりで食べたことがある味だと思ったが……」
「前に燻製しただろう? あの時に腸詰めもいけるかなって思ったんだ」
カリュドーンの燻製の味は忘れない。
強烈なインパクトは、今でも舌に残っている。
確かにディッシュの言うとおり、かつて燻製の方法を使って保存していた腸詰めならば、合うのは必定というものだろう。
「では、このカリュドーンの肉を詰めている腸はなんじゃ? 普通は羊の腸じゃが、このサイズでは破れてしまうだろう。しかし、牛の腸にしては腸が薄い。歯ごたえの良さから考えても、牛や豚というわけではないのだろう」
「当たりだ。そいつはアサシンゴートの腸だよ」
「「「「アサシンゴート!!」」」」
アセルス、アリエステル、エヌマーナ、そしてエーリク。
4人の声が見事にはもる。
アサシンゴートはDランクの魔獣だ。
山羊のような角と顔に、闘牛のような大きな体を持っている。
夜行性の魔獣の特筆すべき点は、超が付くぐらいビビリということだ。
特に音に敏感で、自分の足音にすら反応してしまう。
山道でも軽快な足取りで登っていく山羊とは違って、足音を立てずにのっそりと動くというのが、アサシンゴートの特徴である。
ひっそりと暗殺者のように足を忍ばせ、夜の山でいきなり遭遇すると、鋭い角に刺される冒険者が後を絶たなかったことから、その名前が付いた。
「アサシンゴートの腸って薄いけど頑丈なんだよ。他の動物と比べても、筋繊維が多くて歯ごたえがいい。旨みもたっぷりだ」
「なるほど。アサシンゴートは何かいつも胃が痛そうな顔をしているからな。常に胃が緊張状態にあって、よく動かすから良い味が出ているやもしれん」
アセルスはうんうんと頷く。
眉間に皺を寄せた山羊の魔獣の顔を思い出すと、クツクツと笑った。
「どうだ、エーリク。満足したか?」
「うん。おいしかったです、アリエステル王女」
エーリクも満足そうだ。
その顔を見て、ディッシュはさらに言った。
「んじゃ。もう1品食べてもらおうかな」
「なんじゃ? まだあるのか、ディッシュよ」
「俺が腸詰めだけで満足するわけないだろう。腸詰めは前座だ。これから出すのがメインだよ」
ディッシュは一旦厨房に戻る。
少し時間をおいて、また戻ってきた。
再び手には皿を持っている。
今度は白い陶器の皿だ。
もったいぶることなく、皆の前に置くと、銀の蓋を開いた。
白い湯気が上がる。
だが、皿の上は赤く宝石のように光っていた。
「「「「これは……!!」」」」
全員が息を呑んだ。
渦を巻くように広がる赤みがかった黄金色の麺。
そこにかかった赤い色のソース。
さらには刻まれたハムや野菜が絡まっていた。
「まさか……」
「これは……」
「まあ……」
「すごい……」
四者四様の反応をする。
その4人の鼻腔に直撃したのは、甘酸っぱい匂いだった。
「「「「赤茄子のスパか!!」」」」
声を揃える。
スパとはカルバニア王国でよく食べられる麺料理だ。
小麦と卵を混ぜ合わせた麺に、赤茄子をはじめ大蒜やクリーム、あるいは海鮮系の出汁などを絡めた一般的な料理である。
いつぞやのカレーと同じく、家庭料理の一種でもあり、その種類はまさに千を越える。
だが、一番一般的なのはやはり赤茄子を使ったスパであろう。
絶妙に茹で上がった麺に、挽肉と赤茄子で作ったソースを絡めるのが、定番中の定番料理だ。
ディッシュが作ったのは、そんな定番のスパだった。
茹で上がったパスタに、刻んだハムや玉葱、甘茄子を絡め、最後に赤茄子ソースで炒めていく。
これも家庭料理から生まれ、今やルーンルッド全土に広がったスパ料理である。
4人は赤茄子の強い酸味に酔いしれる。
一際反応していたのは、エーリクだ。
ごくりと大きく喉を鳴らした。
「すごい……。このスパからも血の匂いがする」
腸詰めの時とは違って真っ赤だ。
如何にもという感じだが、アセルスたちには普通のスパにしか見えない。
早速、4人は手を付ける。
正直に言うと、腸詰めだけでは満足していなかったのだ。
フォークをくるくると器用に回し、麺を絡めていく。
細かく刻まれた赤茄子がソースに絡み、キラキラと光っていた。
そこにハムや玉葱も加わっていく。
「いただきます」
改めて感謝の意を伝え、アセルスは頬張った。
「うまあああああああああああ!!」
正装した聖騎士は、いつも通り歓喜の声を響かせた。
鼻腔を突き上げるほどの酸っぱい匂いがするのに、まず舌を刺激したのは強烈な赤茄子の甘みだ。
そこにふわっとした酸味が、独特の爽快感を与えてくれる。
麺も申し分ない。
硬くもなく、さりとて柔らかすぎるわけでもない。
絶妙な茹で加減になっていた。
驚くべきは、具材が強烈なインパクトを持つ赤茄子に負けていないことだろう。
特にハムの旨みと風味が溜まらない。
旨みが強く主張する横で、風味が霞を食べたかのように儚げに口の中に広がっていく。その様がとても上品で、つい感心してしまった。
アリエステルは美食家らしく、味の分析に入る。
「ここまで強烈な甘みと酸味がある赤茄子は食べたことがない。お主のことだ。これも魔獣なのであろう。妾が察するに――」
「そう。キラートマトだ」
「こら! 妾が言おうと思っておったのにぃ!!」
「わりぃわりぃ……」
「なるほど。キラートマトですか」
エーリクも感心しきりだ。
キラートマトで作ったソースを絡めたスパを、満足そうに頬張っている。
キラートマトはDランクの植物系魔獣だ。
ワライリンゴと同じく赤茄子にそっくりな魔獣で、赤茄子と思った冒険者の指や腕を噛みちぎるほどの力を持つ魔獣である。
「うん。おいしい! これもキラートマトの血液なんだね」
「そうだ」
「ディッシュよ、この玉葱も甘いのぅ。これも魔獣なのか?」
「ああ。それは普通の玉葱だよ。ただし、フブキネズミの氷室から採ってきたものだけどな」
「な! あのフブキネズミか!!」
アリエステルが唸るのも無理はない。
フブキネズミは、アリエステルとディッシュを繋げてくれた思い出深い魔獣である。その姿を見たことはないが、その氷室から拝借した麦酒芋の味と、あの屈辱を美食家王女は忘れていなかった。
アリエステルの顔がほんのり赤くなる。
「どうしたのですか、アリエステル王女?」
エーリクはアリエステルの顔を覗き込む。
横で笑ったのは、事情を知るエヌマーナとアセルスである。
「こら! アセルス、笑うな。母上も」
「す、すみません。アリエステル姫」
「でも、その時の状況を思うと、身体が勝手に……ねぇ」
アセルスもエヌマーナも、身体を小刻みに振るわせる。
さしものアリエステルも頬を膨らませるしか、応戦できなかった。
その間に挟まれ、エーリクが戸惑っている。
「それで――。そのフブキネズミの氷室から採ってきた玉葱が、何故こうも甘いのだ?」
「玉葱ってのは、一旦冷やしてから炒めると、甘くなりやすくなる」
「な、なんと……。そんな話、初めて聞いたぞ」
自分も知らない料理の知識に、アリエステルは驚かされる。
ディッシュは普通の食材であろうと、雄弁に自分の料理知識を披露した。
「玉葱ってヤツは、元々甘い食材なんだよ。けど、独特の辛みがあって、それが抑えられている。だから、その辛みを熱で飛ばす必要があるんだ。けど、熱を与え続けると、今度は焦がしてしまって、苦みが出てしまう」
「だから、冷やすのか?」
「そうだ。冷やしておけばその分、長く熱を入れることができるからな。それによって、辛みの成分が吹き飛んでいくんだ」
「石焼き麦酒の時と同じ理屈じゃな。あれも長い間、熱を加えると甘くなるんじゃったな」
アリエステルが懐かしそうに目を細めると、ディッシュは「その通りだ」と言って、頷いた。
「すごいわねぇ。長く熱を入れるために、炒めるものを冷やしておくなんて」
エヌマーナも珍しくフォークを止めて、ディッシュの知識に耳を傾けた。
再びフォークを握ると、よく麺と玉葱を絡めて、口に運ぶ。
キラートマトの甘みに、玉葱の甘みが混ざっていく。
2つの違った甘みが、よく調和し、口の中でワルツを刻んだ。
程良い加減の麺は舌の上で竜のように舞い、キラートマトと玉葱が炎のような甘みを吐き出している。
そこに独特の甘みと風味を与えたハムは、いいアクセントになっていた。
さながら口の中で、別世界が生まれようとしている。
そこは血で血を洗うような英雄譚の世界。
まさに血沸き、肉踊る――ゼロスキルの料理世界が詰まっていた。
カラリ……。
空の皿に食器が置かれる。
腸詰めに、キラートマトのスパ。
たった2品の料理であるのに、まるで長い歌劇を見終えたような感動を一同は感じていた。
「はあ……。今日もおいしかった」
「満足だわ」
「悔しいが……。今日も完敗じゃ。ゼロスキルの料理、堪能させてもらったぞ」
アリエステルはテーブルの上に頭を置く。
行儀が悪いのはわかってはいる。
それでも、料理の余韻――テーブルに残った香りを、ずっと感じていたかった。
アセルスやエヌマーナも、膨らんだお腹をペンと叩いている。
その反応を見て、ディッシュも満足そうだ。
「そいつは良かった。王子様はどうだった?」
「おいしかったよ。……でも、申し訳ないな。気を遣わせて――」
「気を遣う?」
「だって、僕が血の料理じゃないとダメだから、危険な魔獣の料理を君は作ったんだろう? こうしてみんなも食べられるような料理をするには、すごい時間と手間をかけたはずだ」
「ん? そんなことはねぇぞ。そもそも俺は気なんて遣ってねぇ」
「え?」
エーリクは眉宇を動かす。
やりとりを見ていたアリエステルは、クスクスと笑った。
「エーリクよ。言ったではないか。別にディッシュは、お主が血の料理しか受け付けないから、魔獣の料理を作ったわけではない、と。自分が作ってみたいから、作っただけじゃ」
「え? そうなの?」
「そうだぜ。そもそも俺の料理に、誰かを気遣った料理なんてねぇよ。まあ、一点あるとすれば、アリスの母ちゃんにお粥を作ってあげたぐらいだな」
「あの七色草を使ったお粥ね」
エヌマーナはあの時の味と温かさを思い出しながら、頬を染めた。
「俺は誰かじゃねぇ。誰でも食べられる料理しか作ってねぇよ。そもそも1人でも食べられない人がいたら、もったいねぇじゃねぇか。みんなで食べるから、料理は美味いんだと思うぜ」
「ディッシュの意見に妾も同意じゃ。エーリクよ。妾はずっと夢見ておった。お主と一緒に食卓を囲めることを。お主は妾の数少ない友人じゃ。お主が、食事の席にいないのは、やはり寂しい……。これは妾のわがままであろうか」
エーリクは頭を振る。
少し目に涙を滲ませて。
「そんなことないよ。光栄です、アリエステル王女。あなたと、やっと食卓を囲めたことを……」
エーリクは立ち上がり、一礼する。
感謝の意を表すのだった。
本日はコミカライズ『ゼロスキルの料理番』の更新日になります。
ついにエヌマーナの登場です。そちらもどうぞお楽しみに!
そして2月10日には、拙作『「ククク……。奴は四天王の中でも最弱」と解雇された俺、なぜか勇者と聖女の師匠になる』が発売されます。すでに書影や一部口絵なども公開されておりますので、是非こちらもチェックいただけると嬉しいです。よろしくお願いします。







