menu142 ゼロスキルの血の料理
お待たせしました!
本日は料理お披露目会。
噂のあの料理でございます。どうぞ召し上がれ!
厨房はディッシュに任せ、アリエステルとアセルスはエーリク王子のパーティーの準備を進めるため、王宮の廊下を進んでいた。
準備と言っても、会場はすでに家臣たちが用意している。
あとは、饗応役のアリエステルとゲストとして呼ばれたアセルスが、正装を纏うだけだ。
2人は着替えるために、王宮にある化粧室に向かっていた。
「一時はどうなることかと思ったが、さすがはディッシュじゃな」
「ええ……。あっという間に料理人たちを説得してくれました。しかし、ディッシュはあれを使ってどんな料理を作るのでしょうか?」
「妾にもわからぬ。あやつのことだ。またとんでもない料理を作るのであろう。…………何にせよ。先ほどのやりとりを、エーリクに聞かれなくて――――」
突然、アリエステルの声が消える。
つと立ち止まった。
その強い眼差しには、やや俯いた少年の姿が映っていた。
「エーリク……」
アリエステルの声に、エーリクは反応する。
頭を上げて、顔の割に大きな眼鏡の奥から、冴えない笑みを浮かべていた。
「や、やあ……。アリエステル王女」
気さくに声をかけるが、今彼の中に渦巻いている感情を誤魔化すには、まだまだ若かったようである。
「エーリク、聞いていたな」
「な、なんのことかな?」
「下手な芝居はよすがよい。お前はすぐに顔に出るからな」
エーリクはそれでも笑って誤魔化そうとするが、すぐにその失敗を反省することになる。
やがて肩を落とし、深い息を吐いた。
「……彼は凄いな」
「彼――ディッシュのことか?」
「あんなに大人たちに囲まれていながら、それでも屈しない。しかも、彼はゼロスキルだというじゃないか。なのに、僕は何もできない。馬車の中でただ黙って、群衆たちが罵声を浴びせたり、石を投げたりするのに飽きるまで待つしかなかった」
深く項垂れる。
その頭の角度は、エーリクの心そのものだ。
自分に対する深い失望を表していた。
その虫も殺さぬような気弱な容姿からわかるとおり、エーリクの心は繊細だ。
だが、傷心の王子に対してアリエステルは、励ますわけでも「しっかりしろ」と背中を強く叩くわけではない。
アリエステルは「ふん」と静かに鼻で笑ったのだ。
「エーリクよ。そなた、ディッシュがお主のために料理を作っていると思っておるであろう」
「え?」
エーリクの赤い目が大きく広がる。
「違うの?」というように、目でそのことをアリエステルに尋ねた。
「それはお主の思い上がりよ。あやつにとって、王家の事情も、種族に対する差別も、そしてお前の傷心すら考慮に入っておらん」
「じゃ、じゃあ……。彼はなんのために、料理人の反対を押し切って料理を作ろうとしているの?」
「簡単なことじゃ。あやつは自分の料理を食べてくれるもののためなら、例え相手が魔王であろうと料理を作るヤツなのだ」
「ま、魔王!!」
「言ってみれば、自分のためよ。お主のためなどではない。極端に言えば、お主の口の中に自分の料理を突っ込めれば良いのじゃ」
「あ、アリエステル姫……。それはちょっと極端かと」
アセルスは苦笑する。
だが、否定する気はなかった。
何故なら、ディッシュの料理はいつも食べるのが困難と思える料理ばかりだ。
それでも匂いで、食感で、何より味で食べる者の心を動かし、アリエステルが言うように他人の口に突っ込み、魅了してきたのだ。
「あやつほどのわがままな料理人は、妾は他に知らん。故に強いのだ。ゼロスキルという不遇な宿命を背負いながらも、あやつは料理人として強く輝いておる」
「…………」
「謙虚であることが悪いこととは言わん。それもまたお主の美徳なのであろう。差別に耐えることも寛容。それはお主の強さになるであろう。……だが、そろそろ良いのではないか、エーリクよ」
「え? それは――――」
「そろそろわがままになれと言っておる」
「そ、そんなこと言われても……」
エーリクにはわからなかった。
彼が生まれた時には、そこに差別があった。
国も城もなく、小さな領地で生きることが当たり前だったのだ。
今さら「わがままになれ」と言われても、エーリクにはピンとこなかった。
「まあ、今夜はディッシュの料理を食してやれ」
「あの……。本当に僕はおいしく料理を食べられるのかな」
「それは知らん」
「そ、そんな――」
「でも、ディッシュは自分の料理をお主の口を裂いてでも、突っ込むつもりのようだぞ」
アリエステルは笑う。
その快活な笑顔は、どこかディッシュの笑みを想起させた。
◆◇◆◇◆
かくしてエーリクを主賓とした夕食会が始まった。
アセルス、アリエステル、そこにエヌマーナ王妃が加わる。
相変わらず親子は仲睦まじく、同じ桃色のドレスに身を包んでいた。
「母上、今日の料理の一部はディッシュの料理です」
「まあ、ディッシュくんの料理なの? それは楽しみだわ。今でも夢に見るもの。あの燻製肉の味は……」
エヌマーナはこくりと喉を動かし、あふれ出た唾液を飲み込む。
口の端に垂らさないところは、アセルスと違って淑女然としていた。
しかし、興奮だけは抑えられないらしい。
ディッシュの料理と聞いた瞬間、エヌマーナの頬がほんのりと着ているドレスと同じく桃色に染まった。
よほど楽しみらしい。
「今回はどんな料理なのかしら」
「肉料理だと言っておったが……」
「え? 肉料理なのですが……。私はてっきりサラダだと思っていたのですが」
薄いベージュ色のドレスに身を包んだアセルスが、目を瞬かせる。
「うむ。妾もあれを使うなら、サラダだと思っておったのだが」
アリエステルが言うあれというのは、厨房で嗅がせてもらった袋の中身だ。
試食はさせてくれなかったが、匂いは明らかに果物だった。
なのに、ディッシュは肉料理を作るという。
一方、エーリクはまだ浮かない顔をしていた。
アリエステルに言われたことを気にしているのだろうか。
運ばれてきた料理を、少々つまらなそうに口に運んでいる。
やはり、あまり味がしないのだろう。
「(食事会に強引に誘ったのは、失敗であったかな。……いやいや。ディッシュならば、きっとエーリクの舌を唸らせるような料理を作ってくれるに違いない)」
アリエステルは歓談しながらも、神に祈るような気持ちで、ディッシュの料理を待ち続けた。
そしていよいよ料理が運ばれてくる。
「待たせたな」
夕食会の扉が開く。
いよいよ真打ち――ディッシュ・マックホーンの登場である。
手には銀皿を乗せていた。
蓋をされ、まだ料理の中身が見えない。
だが、すでに香ばしい匂いが夕食会に立ちこめていた。
「この匂いは……」
「肉のようじゃが……」
いち早く反応したのは、アセルスとアリエステルだ。
エーリクも少し戸惑った顔をしている。
かすかに鼻を利かせ、夕食会の会場に充満しつつある匂いに敏感になっていた。
「待ってたわよ、ディッシュくん」
「よう、アリスの母ちゃん。今日は元気そうだな」
「今回も楽しませてもらうわ」
「任せろよ」
そして、ディッシュは自らエーリクの前に銀皿をサーブした。
「吸血鬼族も人も関係ねぇ。みんなのほっぺが落ちちまうほどおいしい料理ができあがったぜ」
ディッシュはにしし……と笑う。
自信満々といった様子だ。
やがて銀皿に乗った蓋に手をかける。
「これが俺の対吸血鬼族用料理だ!!」
蓋が開かれる。
白い湯気が濃い煙のように広がった。
途端、すでに漂っていた香ばしい匂いが、夕食会参加者の鼻腔と口を直撃し、さらに髪を梳かした。
「「「おおおおおおおおおおおおお!!!!」」」」
一斉に声が上がる。
白い湯気を超えて、現れた料理に一同は驚愕した。
「え?」
「こ、これは……」
「もしかして……」
腸詰め!!
腸詰めは、牛や豚、あるいは羊に挽肉を詰め込んだ料理である。
ルーンルッドで古くから食べられてきた料理で、冬場の大事な保存食として活躍してきた。
今ではその保存技術はスキル技術の発展によって廃れたが、昔は塩漬けやディッシュが得意とする燻製などが用いられてきた。
一般的な料理だが、扱う肉によって高級な料理にもなり得る。
貴族から庶民、老若男女――愛される料理であった
ディッシュが披露した腸詰めは、かなり大きい。
挽肉を包んだ腸の状態からして、腸詰めとすぐにわかったが、見ようによっては分厚いステーキにも見える。
だが、腸詰めであることは間違いない。
確かに使う食材や調理によっては、高級感を出すことができるが、王家の食卓――しかも、賓客に振る舞う場面では、適当とは言えなかった。
皆が目を丸くする横で、1人反応していたのは、エーリクだ。
ナイフとフォークをテーブルに降ろしたまま固まっていた。
眼鏡の奥の赤い瞳は、みんなと同じく激しく動揺している。
だが、エーリクは他の者では感じることができなかった特殊な匂いに、おののいていた。
鋭い刃のように鼻腔を突く鉄の匂い……。
それはエーリクがもっともよく知る匂いだった。
「血だ……。この腸詰めからは血の匂いがする」
吸血鬼族の王子は、腸詰めから漂う匂いに敏感に反応していた。
さてさて、見た目は腸詰めですが、果たして……。
本日コミカライズ『ゼロスキルの料理番』の更新日となっております。
お城に来てやる気をなくしてしまったディッシュ。
そこに絶品アイスを作る料理人が現れて……。
果たして、ディッシュはわがまま王女を再び唸らせる料理を作れるのか。
是非お楽しみに!
新作『宮廷鍵師、S級冒険者とダンジョンの深奥を目指す~魔王を封印した扉の鍵が開けそうだから戻ってきてくれ? 無能呼ばわりして、引き継ぎいらないって言ったのそっちだよね?~』という作品を始めました。もし、良かったらこちらもよろしくお願いします。







