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ゼロスキルの料理番  作者: 延野正行
第6章
162/209

menu141 謎の秘密兵器

すみません。お待たせしました。

他の原稿もあって、なかなかこちらの方には手が……。

「なんか思ってたのと違うな」


 ディッシュはエーリクを覗き込んだ。

 料理人の彼が観察しているのを見ると、どの部位が食べられる品定めをしているように見えてしまう。


 姿形からもわかるように、気の弱そうなエーリクはされるがままだった。


「これ! ディッシュよ、エーリクは妾の客人ぞ。あまり失礼なことをするでない」


 さすがに見過ごせなかったのか、アリエステルが叱責の声を上げる。

 ディッシュは蓬髪を掻きながら非礼を謝罪したが、エーリクは気にしていない様子だった。


「アリエステル王女、ありがとうございます。でも、僕は気にしていませんから」


 エーリクは苦笑する。


 それに反応したのは、アセルスだった。

 ふと何かに気付いたのだが、それを口に出すことはない。

 エーリクとアリエステルのやりとりを傍観する。


「お主も王族なのだから、もっとシャンとせよ。その野暮ったい丸い眼鏡も取るが良い。どうも威厳にかける」


「だ、ダメですよ、アリエステル王女。この眼鏡は外せません。僕はまだ未熟だから、その――魅了の魔眼が……」


 吸血鬼族(ヴァンパイア)は、魅了の魔眼を持って生まれてくる。

 大人になれば、その魔眼の力を自然と制御できるのだが、子どもの頃だと無作為に使ってしまうため、その効力を半減させる眼鏡をかけていることが多いのだ。


「ならば、せめて背筋ぐらい伸ばせ」


 アリエステルはエーリクの少し丸まった背中を叩く。

 エーリクはしゃんと背筋を伸ばしながら、再び苦笑した。

 亡国の王子と、亡命先の王女――言葉尻だけ見れば、絵になりそうな組み合わせだが、アセルスの目には頼りない寮長と、しっかり者の女子寮長に映る。

 そのやりとりを見て、思わず苦笑した。


「なんじゃ、アセルス? 何がおかしい?」


「アセルス? そうか。あなたが、噂に名高い辺境の聖騎士アセルス様か。お噂はかねがねうかがっております」


「ありがとうございます。私も殿下にお目にかかれて光栄です」


 アセルスは膝を突き、挨拶をした。

 ディッシュの家では料理を見れば涎を垂らし、食べ始めれば皿にこびり付いた米粒すら食べ尽くす食いしん坊騎士とは思えない優雅な所作だ。


「それと――――」


 改めてエーリクはディッシュの方に向き直る。

 その後ろで大人しく座っているウォンを、赤い宝石のような瞳の中に収めた。


「俺はディッシュ・マックホーン。後ろのはウォンっていうんだ。よろしくな、王子様」


「こちらこそよろしく、ディッシュ、ウォン。そうか。君がアリエステル王女の言っていた料理人と神狼か」


「うん? アリスがなんて言ってたんだ?」


「手紙に書いていたんだよ、君のこと。とってもおいしい料理を作るんだって」


 エーリクはニコリと笑う。

 元が中性的な顔立ちだからか。

 同性から見ても、ドキドキしてしまうような魅力があった。


 手紙と聞いて、アセルスはニヤニヤとアリエステルの方を微笑む。


「エーリク様に手紙ですか……。アリエステル姫も、隅に置けませんね」


「何を考えておるのか知らないが、よその国の王子に手紙をしたためるなど、外交上礼儀作法として、当然じゃ」


「え、ええ!? あれって、そういうものだったの?」


 アリエステルの話を聞いて、1番驚いたのはエーリクだった。

 真っ白な顔を青く染める。

 その表情を見て、アリエステルが慌てる番だった。


「ち、違うぞ、エーリク。おおお、お主はその歳も近いし。わ、妾は友情の証として、手紙を――」


「そうなの? そう――よかった」


 エーリクはホッと胸を撫で下ろす。


 2人の仲睦まじい様子を見て、アセルスはますますニヤけた。

 まるでウィル・オ・ウィプスに乗っ取られた南瓜のように口を裂く。


「な、なんじゃ? アセルス、その顔は?」


「いえ~。何も~」


「ぬぬぬぬ……。そ、それよりもじゃ。エーリク、お主また細くなったのではないか? ご飯を食べておるのか?」


「そうかな。これでも君にいわれて、筋トレとかしてるんだけど。それにご飯って……。僕は吸血鬼族(ヴァンパイア)だよ。残念だけど、君が食べられるようなご飯は食べられないんだ」


「やっぱ血しか飲まないのか?」


 ディッシュが質問する。


「食べられないわけじゃないよ。実際、アリエステル王女が推薦してきた料理を何度か食べたことがある。でも、胃じゃなくて舌が受け付けないんだ。血の味がしなければ、僕たちはどんなにおいしい料理を食べてもまずいと思ってしまう」


「ふふふふ……」


 不敵に微笑んだのは、アリエステルだ。

 まるで陰の支配者のように薄く笑った。


「そういうだろうと思って、妾はディッシュを呼んだのじゃ」


「ディッシュくんを」


「こやつのゼロスキルの料理は、ルーンルッドの定説を事如く覆してきた。今夜のディナーで、吸血鬼族(ヴァンパイア)がご飯をおいしく食べれないという定説を覆してくれる」


「で、できるかな」


「できるさ」


 自信満々に言い放ったのは、アリエステルではない。

 ディッシュだ。

 いつも通り、歯を見せ「にしし」と笑った。


「事情は、アリスから聞いてる。だから、吸血鬼族(ヴァンパイア)のあんたでも、満足できる料理を考えてきたぜ」


 ディッシュは胸を張る。

 その瞳は自信に満ちあふれていた。

 エーリクはそんなディッシュの表情を眩しそうに見つめる。

 ぽう、と頬を赤らめ、憧憬がこもった目でディッシュから何かを感じ取ろうとしているようだった。



 ◆◇◆◇◆



 吸血鬼族(ヴァンパイア)を満足させる料理を作る。

 そう自信満々に宣言したディッシュだったが、いきなり躓いてしまった。


「ダメだ!」

「厨房には入れない」

吸血鬼族(ヴァンパイア)の料理を作らせるわけにはいかない」


 王宮の料理人が、ディッシュの厨房入室を拒否したのである。


 その行動に、王宮の料理顧問であるアリエステルは憤慨した。

 王族の賓客に対して、料理人が料理を作らせようとしないのだ。

 国家に対する叛逆を問われてもおかしくない。


 だが、料理人たちもただ無闇に反対しているわけではなかった。


 まず口を開いたのは、ディッシュだ。


「料理を作るのは、俺だ。厨房の1つを貸してくれるだけでいいから」


 ディッシュは手を合わせ、懇願する。

 だが、料理人たちは頑なだった。


「ダメです。いくらディッシュ殿でもダメなものはダメなのです」


「何故じゃ? 何故、そこまで拒否するのじゃ、お主ら。吸血鬼族(ヴァンパイア)に家族を殺された恨みがあるというわけでもあるまい」


「そういうわけではありません。問題は食材なのです、アリエステル殿下」


「食材じゃと?」


 アリエステルは首を傾げる。

 すると、ディッシュに向き直ったのは、料理場を統括する老料理長だった。


「ディッシュくん、1つ尋ねるが、ラニクランド王家のエーリク殿下に出すのは、血を使った料理ではないかな?」


「へぇ。よくわかったな」


「ははは……。さすがに君でなくても、真面目に料理に取り組んでいる料理人なら、これぐらいはすぐに思い付くさ。だが、それが問題なのだよ」


 厨房は料理人にとって、神聖な場である。

 そして、血は穢れの象徴とされてきた。

 その考えはカルバニア国内のみならず、ルーンルッド全土の共通認識である。


 故に、それを吸って生きる吸血鬼族(ヴァンパイア)は、多くの穢れを含んでいるとして、その能力以上に恐れられてきた。


 料理人たちからすれば、食材を扱う厨房で穢れた血を使わせるわけにはいかなかった。

 それが原因となり、王や王妃が病に伏すことになれば、料理人たちが責任を取ることになるからだ。


「事情はわかったけどよ。そんな穢れているってだけで、血を排除するのは、俺は納得いかねぇ。血が穢れなら、俺たちの身体に流れているのは、みんな穢れだってことになるんだぜ」


 ディッシュはいつになく力を込めた。

 何の意味もなく、何かを排除しようとすることに、ディッシュは強い嫌悪と怒りを覚える。

 自分がそうだったからだろう。


 自分よりも経験と実績に長けた料理人を前にしても、1歩も下がらないディッシュの後ろ姿を見て、横で聞いていたアセルスは頼もしく思えた。


「もちろん、それだけではない。血の臭いはとても独特だ。その香りが作っている料理や、料理器具に移る可能性だってある。我々はプロであり、王や王妃に作る食事に対して、責任を持たなければならない者たちだ。どんな些細なことであろうと、料理の妨げになるものは、排除しなければならない」


 料理長も毅然としていた。

 街で出会った民衆の時とは違う。

 料理人たちは責任と誇りを以て、ディッシュに願い出ているのだ。


「なるほどな。料理長(あんた)の言いたいことはわかったよ。俺も同じ料理人だしな」


「理解してくれて助かるよ、ディッシュくん」


「なら――。血の臭いが臭くなくて、むしろ他の料理に良い影響を及ぼすなら、いいんだろ?」


「ん……? ま、まあ、そういうことになるかな」


「じゃあ、この匂いを嗅いで見てくれよ」


 ディッシュは自分の家から持ち込んだ革袋を取り出す。

 紐を解いて、中身を見せた。

 料理長をはじめ、料理人たちは一斉に中を確認する。


 ふわっ……。


 袋の中から香りが上がってくる。


 嗅いだ瞬間、料理人たちの顔色が変わった。

 頬が上気する。

 顔をトロトロになり、まるで酒に寄ったように赤らめた。


「な、なんじゃ……。一体、何が――」


 横で見ていたアリエステルも気になって、割り込んでくる。

 その芳香に気付くと、王女は忽ち腰砕けになった。

 恍惚とし、自然と涎を垂らす。


 同じくアセルスやウォンも同様だ。


「でぃ、ディッシュよ。こ、これは?」


 アセルスが尋ねると、ディッシュは笑った。


「にしし……。俺の秘密兵器だよ、アセルス」


 アリエステルと同じく腰砕けになったアセルスを見て、ディッシュは得意げに言い放つのだった。


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今回はお城回。作者も編集さんも騙されたディッシュの華麗なる変身を見届けてくださいw


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― 新着の感想 ―
[良い点] ハードル上げたな。 いいんじゃね。 ほんわかも良いけど。
2020/11/21 03:15 退会済み
管理
[一言] 今回も美味しくいただきました。 エリーク様とアリエステル様の掛け合い。 素晴らしい。アセルスのニマニマが解りますな。 料理人のプロ意識の高さ。さすが王宮厨房ですね。確かに、血の匂いが他に…
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