menu139 意外な賓客
一応最終回宣言はしましたが、
コミカライズの更新に合わせて、何らかのお話の更新してしていくので、
引き続き楽しみにしていただければ幸いです。
そのコミカライズで絶賛大暴れしているアリエステルのお話です。
どうぞ召し上がれ!
今日も今日とて、ディッシュの家では食音が響いていた。
テーブルに出されたのは、先日ディッシュが山の中で披露したゼロスキルのセット料理だ。
注文者がどうしても食べたいというので、わざわざブライムベアを狩りに山に出かけ、回復クラゲを討伐して、材料を揃え、パンを焼いて作ったのである。
ディッシュにそんなわがままを言えるのは、この世で1人しかいない。
小さなテーブルで、大きく口を開けていたのは、美食家王女アリエステルだ。
動きやすそうな軽装を身に纏い、それらすべて桃色に包まれていた。
アリエステルはブライムベアバーガーを豪快に頬張る。
出来立てのパンはふっくらで、そこに肉汁が染み込んでいく。
裏の畑で収穫したばかりの葉野菜は瑞々しく、パリッという音が頭頂にまで響かせた。
「うまい! うまいぞ!!」
普通、王族はハンバーガーを食べたりはしない。
精々間食にサンドイッチを食べる程度だろう。
だが、アリエステルは頬に肉の滓を付けながら、黙々と頬張り続けていた。
しかし、あまりに夢中が過ぎたようだ。
「うっ」と唸ると、みるみる顔が青ざめていく。
どうやら喉にハンバーガーを詰まらせたらしい。
「おいおい。大丈夫かよ、アリス。これを飲め」
「す、すまん。ディッシュ」
アリエステルは手を伸ばし、飲み物を受け取る。
中身を確認せずに、一気に流し込んだ。
シュワワワワワ……。
「むむむむむむむむむむむむむむむ!!」
アリエステルは驚いた。
飲んだ瞬間、口の中が泡立ったような感触がしたからだ。
すぐに炭酸だと気付いたが、キレのいい爽快感以上に驚いたのは、その味だった。
「な、なんじゃ! この味は!?」
喉を詰まらせたことすら忘れ、アリエステルは絶叫した。
そして、もう1度とばかりに黒く気泡が上がる謎汁を飲む。
「不思議な味じゃ。妾はこれまで色んなものを食べてきたし、飲んできた。だけど、こんな味は初めてじゃ。むむむ……。おそらくバニラか。あと、何か柑橘系が入っておるな。いや、ディッシュのことじゃ。普通の果実汁ではないのだろう?」
「ん? これは回復クラゲの養分だぞ……」
か、かかかか回復クラゲぇぇえええええええ????
アリエステルは絶叫した。
実物は見たことがないが、図鑑にも載ってるようなポピュラーな魔獣だ。
だが、まだ本物を確認していないのに、まさかその養分をまず腹に入れることになろうとは……。
アリエステルがしばし呆然としたのは、無理からぬことだった。
「あ、相変わらずゼロスキルの料理じゃのぅ。久しぶりに食べたゆえ、最初に出会った頃のことを思い出したわ」
「ははは。あの頃も、アリエステルは絶叫もしてたし、屁も――――」
シュッ……。
ディッシュの前に何かが通り過ぎていった。
気が付いた時には、アリエステルのマイフォークがビィンと音を立てて、壁に刺さっていた。
「危ねぇなあ」
「そ、そのことは言うではない!」
アリエステルは顔を真っ赤にしながら、机の料理に手を伸ばす。
何気なく回復クラゲのフライを口に入れる。
またその美味しさに酔いしれると、標的をフライに変えて、また黙々と食べ始めた。
「来た早々、何を苛ついているんだ、お前は」
「べ、別に! 妾は苛ついてなどおらん。最近、ディッシュの料理を食べていなかったなとか、最近出番がなかったなとか思っておらんからな」
「なんだよ。山に来なかったのは、そっちだろ」
「忙しかったのだから仕方あるまい。お主こそ、他国の王宮に顔を出すぐらいなら、たまには我が王宮に顔を出せ。お主の石焼き麦酒芋の話をしたら、母上が食べたがっていたぞ」
「アリスの母ちゃんは元気そうだな」
「元気も元気じゃ。妾以上に王宮の中で暴れ回っておる。諫めるこっちの気持ちも、考えてほしいものじゃ」
とほほほ、アリエステルは珍しくため息を吐く。
どうやらアリエステルの母親エヌマーナは、娘以上のおてんばらしい。
「姫、そろそろ本題に入られてはいかがですか?」
と勧めたのは、アセルスだ。
今日はアリエステルの護衛役らしい。
キリッと真剣な表情をして、務めを果たしている。
しかし、その頬にはディッシュが作ったブライムバーガーの肉のカスが残っていた。
「そうだの。実はディッシュよ。今日はお前に頼みたいことがあってきたのだ」
「ええ……。またかよ」
「そんな嫌そうな顔をするな。王女である妾の願いじゃぞ」
「まーた、お城に行かなきゃならないんだろ?」
「否定はせん。実はある者に料理を作ってやってほしいのじゃ」
「まあ、そういうことなら……。で? 今度は誰だ? まさかアリスの母ちゃんの次は、父ちゃんが病気になったとか言わないよな」
「愚か者! 妾の父は国王じゃぞ。父上が病床の身になったら、母上以上の騒ぎじゃ」
「じゃあ……」
「案ずるな。父上はピンピンしておる。といっても、妾もどうしているか知らぬがな。今は長期の外遊中じゃ。……料理を作ってもらいたいというのは、もうすぐ我が城を訪れる賓客に対してじゃ」
「賓客……?」
ディッシュは首を傾げた。
一方、アセルスは慌てて尋ねる。
「国のお客様を、ディッシュの料理でもてなすのですか?」
「国賓とは違って、賓客じゃがな。王家が招く客のことじゃ。と言っても、大切なお客様であることに代わりはない」
「ディッシュ、凄いぞ! 凄いじゃないか!!」
アセルスは本人以上に喜んだ。
国賓待遇ではないとはいえ、王家の客をもてなすのだ。
その料理人に抜擢されるのは、栄誉あることである。
王家の者に、国で1番と選ばれたと思っても問題ないだろう。
言わば、王家を代表する料理人としてディッシュに白羽の矢が立ったのだ。
「とは言え、ディッシュを選んだのには訳がある」
「それはディッシュの料理を認められたから」
「確かにゼロスキルの料理はうまい。妾も食べたことがない未知の味だ。しかし、魔獣料理主体のものを、さすがに国の代表的な料理と言って出すわけにはいかぬ」
「では、ディッシュに普通の料理を作らせるのですか?」
ディッシュの料理がうまいのは、山で培った技術のおかげだ。
だが、普通に料理を作ると、そのスキルはまだまだ未知数と言える。
もちろん普通の料理を作ってもおいしく作れるだろうが、それが果たしてカルバニア王国の名だたる料理人以上かと言われると、疑問符が付く。
「うーん。普通に作るのはなあ……」
ディッシュもあまり乗り気ではない。
自分でわかっているのだ。
自分の強みは、山で培った技術と知識を使った魔獣料理であることを。
すると、アリエステルは首を振った。
「話は最後まで聞くがよい。……実は、今度来る賓客は、風変わりな客でな」
「風変わり……?」
「偏食が過ぎるのじゃ。いつも、妾のお抱えの料理人が腕に縒りをかけて作った料理をすべて残してしまう」
「な!! すべて――――!!」
アセルスはたちまち顔面蒼白になった。
アリエステルのお抱えの料理人は皆、相当な技術を持った者ばかりである。
保有しているスキルも料理に相当するもので、選りすぐりの精鋭部隊だ。
さらにアリエステルのことだから、万全の万全を敷いたはず。
自ら料理を監修し、客をもてなしたに違いない。
なのに――である。
「味にうるさいアリエステル姫が認めた料理を、すべて残してしまうなんて。それはつまり、アリエステル以上の美食家なのですか?」
『パンがないなら、ケーキをお食べ』
アセルスの脳裏に、アリエステル以上のわがまま姫が思い浮かぶ。
思わず頭を抱えてしまった。
「姫だけでも、大変なのにそれ以上のわがまま姫が来るなんて……」
「コラ! アセルス! 聞こえておるぞ。それにそやつは王子だ」
「王子? ということは、どこかの国から来られるのですか?」
「国というわけではないがな……。ほれ。アセルスは知っているじゃろう。カルバニア王国には、2つの王家が存在しているのを」
「えっと? カルバニア王家と…………確かラニクランド王家でしたか?」
「その通り。賓客というのは、その王子よ。毎年、年の瀬に挨拶にくるのだ」
「そう言えば、そんなことを聞いたような気がします。そうですか。ラニクランド王家の王――――。え゛っ??」
ふんふんと頷いていたアセルスの顔が、再び固まった。
1度血色を取り戻した顔が、また青く染まっていく。
「まさか……、姫。ディッシュの料理を作る相手というのは……」
「そう。そのまさかじゃ?」
「うん? どういうことだ? 俺にはさっぱりわからねぇぞ。王家とか、ウニイクランドとか」
「ラニクランドじゃ! そんなおいしそうな海産物の名前ではない」
「じゃあ……」
「心してよく聞いてくれ、ディッシュ。ラニクランド王家――いや、カルバニア王国国内にあるラニクランド領には、基本的にある単一の種族しか住んでいないのだ」
「単一の種族?」
ますますわからない。
ディッシュは目を瞬かせた。
その瞳に映ったアセルスは、真剣そのものだ。
まるで今から愛の告白でもするのではないかと思うほどにである。
「ああ。その種族というのがな」
「ヴァンパイア……。いわゆる吸血鬼と呼ばれる者たちじゃ」
「いっ――――!!」
さしものディッシュの顔も大きく歪む。
ヴァンパイアァァァァァアアアアアア!!!!
目の前にいるアセルスやアリエステルを唸らせた来たゼロスキルの料理人が、大きく声を上げるのだった。
本日コミカライズの更新日となっております。
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