Special Lunch 思い出パンケーキ④
本日コミカライズ更新日になります。
いよいよあの王女様が本格的に登場です!
是非お見逃しなく!
「ただいま」
懲罰房から帰ってきたアセルスは、ようやく自室に戻ってきた。
厳しい訓練を受け、その上で自主トレも欠かさないアセルスも、初の懲罰房は堪えたようだ。
幾分、その顔はげっそりとやつれていた。
一応食事は出るのだが、人1人がやっと寝っ転がるのがやっとという狭さの部屋で、くみ取り式便所まで併設されている。
いつも食べる食事でも、さすがにこの環境では食も進まない。
何よりご飯のお代わりが効かないのが、育ち盛りのアセルスにとっては、1番の拷問であった。
何か口にしたいと思っていたが、基本的に学生寮での間食は禁止されている。
こっそりと果物やパンを持ち込んでいる生徒も少なくない。
実はアセルスも非常用としてこっそりベッドの裏に隠していたのだが……。
「あ、あれ? ない?」
どこを探して見つからない。
自分がいない間、部屋のチェックが入ったのだろうか。
当然と言えば当然と言える。
アセルス達は揃って謹慎を言い渡された身だ。
風紀の乱れはないか、教官達がチェックするのも頷ける話である。
しかし、弱った。
本当に食べる物がない。
ぐおおおおおおおおお……。
自分で驚くほどの大きな腹音が鳴る。
「まるで竜の嘶きだな……」
眉を八の字にして、アセルスはお腹をさすった。
部屋の真ん中で溜息を吐いていると、扉が開いた。
「いたぁ。お帰りぃ、アセルス」
エリーザベトだ。
たった2日だというのに、随分久しぶりなような気がする。
普段はお堅い表情を浮かべているアセルスの顔が、思わず綻んだ。
「ああ。エリザ、ただいま」
「むふっふっふっふ~。お腹の音が、廊下の外まで聞こえてたですよぉ」
「な! そんなにか!!」
アセルスは顔を赤くし、慌ててお腹を押さえる。
「ふふふ……。嘘ですよ~。でも、良かったですぅ。お腹が空いてるみたいで」
エリーザベトはアセルスの手を掴む。
そのまま部屋の外へと連れだし、静かな廊下をカツカツと歩き出した。
「エリザ、どこへ行くんだ?」
「特別にぃ寮長さんにぃ、目をつむってもらったですよぉ」
「だから、何が?」
エリーザベトに案内されるまま、アセルスは付いていく。
向かっているのは、どうやら食堂らしい。
すると、はたとアセルスは気付いた。
1度立ち止まり、鼻を利かせる。
香ばしい匂いを、お腹の奥いっぱいに吸い込んだ。
「この匂いは――――」
「ふふふ……。到着してからのお楽しみですよぉ」
やってきたのは、やはり食堂だった。
がらんとしていて、生徒はいない。
今の時間帯は、まだ他の生徒は授業中だからだ。
現在、寮にいるのは用務員と警護兵が1人。
そして、謹慎中のアセルスのパーティーだけだった。
匂いは食堂の奥にある調理場からだ。
いざなわれるように、アセルスは調理場を覗く。
花柄のエプロンを着たフレーナが、調理場に立っていた。
いつも通り挑戦的な視線を、アセルスに向ける。
だが、フレーナの手には、薄い鉄の鍋が握られていた。
「それは――」
アセルスは思わず唾を飲む。
「見てわからないか? パンケーキだよ」
フレーナはぶっきらぼうに答える。
すると勢いよく鍋を振った。
膨らんだパンケーキがポンと鍋から出て行く。
くるりと、空中で回転すると、元の鍋に着地した。
手慣れた動きだ。
アセルスは反射的にパチパチと拍手を送る。
不思議なのは、竈に火は入っていないのにパンケーキに焦げ目がついていることだった。
おそらくだが、フレーナは鍋に【炎帝】の熱を通して、パンケーキを焼いているのだ。
「そろそろかな」
フレーナはパンケーキを皿に載せる。
ふわっふわだ。
皿に載せるとき、パンケーキがぷるりと震えるのをアセルスは見逃さない。
食べる前からその食感を想像して、アセルスはまた唾を飲み込んだ。
フレーナはパンケーキの上に、秘蔵という蜂蜜をかける。
さらにエリーザベトが出してきたのは、バターの塊だ。
「あ! エリザ! それは!!」
「むふふふ……。誰かさんがベッドの下に隠していたから、徴収させてもらったのですよぉ。あのまま置いておくと、腐っちゃいそうですし。調理場の氷室で保管してもらいました~」
実は、アセルスが隠していた非常食というのは、バターだ。
高カロリーで、涼しいところに置いておけば、それなりに日持ちする。
お腹が空いた時、アセルスはこれを囓って飢えをしのいでいた。
エリーザベトはバターをカットする。
それを熱々のパンケーキの上に載せた。
バターが溶け始めると、生地の中に浸透していく。
香りもいい。
パンケーキの香ばしい匂いに加えて、甘いバターの香り。
アセルスだけではなく、エリーザベトも作った本人でもあるフレーナも目を輝かせた。
エリーザベトはナイフで丸いパンケーキを3等分する。
それぞれの皿に移し、テーブルに載せた。
「フレーナ特製のパンケーキですよぉ。」
エリーザベトは召し上がれ、とジェスチャーを送る。
「エリザが作ったわけじゃないだろ?」
フレーナは口を尖らせたが、それ以上何も言わなかった。
「食べていいのか、フレーナ」
「勝手にしろ。食べたくなかったら、そのままにしておけ」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
食べないなんていう選択肢は、アセルスにはない。
ここまで来てお預けなんてあんまりだ。
パンケーキを食べたら、懲罰房に戻れと言われても、アセルスは食べただろう。
それほど今、未来の【聖騎士】にはパンケーキしか見えていなかった。
「いただきます」
神妙に手を合わせる。
エリーザベトも、フレーナも倣った。
3人同時に、パンケーキにフォークを刺し、ナイフで切り、トロトロの蜂蜜とバターがかかったパンケーキを口に運む。
「「「むはああああああああああああ!!」」」
3つの絶叫が響き渡った。
「ふわふわだ! 圧倒的にふわふわだ」
アセルスは叫んだ。
たまらんとばかりに、パンケーキをまた口に入れる。
幸せそうに頬を膨らませた。
「入道雲を咀嚼してるみたいだ。その上で表面はパリッとしている。噛んだ瞬間に、生地の中に染みこんだ蜂蜜とバターの広がる様も最高! もはや背徳的とすら言える。蜂蜜の甘み、バターの甘み、生地本来の甘みが合わさって、私の舌を攻撃してくるぅぅぅぅぅうぅうう」
言わば、甘み三騎士!!
ぺろりと、アセルスはその甘みの三騎士を食べてしまった。
蜂蜜のついた唇を舌で拭う。
はしたないのはわかっているのだが、それでも余韻を楽しみたかった。
ふと顔を上げると、フレーナとエリーザベトは固まっている。
正確にはフレーナは呆気に取られ、エリーザベトは笑顔を向けていた。
2人の手元には、パンケーキが残ったままだ。
「アセルス、お前――食べてる時の方が口数が多いんじゃないか?」
フレーナは半目で睨む。
痛いところを突かれたアセルスは、たった今パンケーキが通っていった喉を詰まらせ、むせ返る。
エリーザベトに水を貰いながら、フレーナに反論した。
「そんなことはないぞ」
「アセルスはぁ、こう見えて食通なんですよぉ。孤児院時代も、一番最後まで食べてたしぃ」
「あ、あれはだな。神様からの施しだから、味わって食べようと」
アセルスは真っ赤になりながら、エリーザベトの口を塞ごうとする。
2人のじゃれ合いを見ながら、フレーナは自分で作ったパンケーキを食べ終える。
突然席を立つと、アセルスに向き直った。
真剣な顔を見て、じゃれ合いをやめたアセルスもまた、真摯に向かい合う。
「アセルス。迷惑をかけた。ご――――」
「かまわん」
頭を下げようとしたところで、アセルスはピシャリと言い放った。
「謝るのは私の方だ」
「しかしよぉ。あたしが変なこといったから、それにアセルスは――――」
「違う。フレーナだけじゃない。謝るのは私であって、私たちだ」
「え?」
「我々はパーティーだ。我々の責任は我々が取る。違うか?」
「それはそうだけど……」
「責任は重い。だから分散させる。他のパーティーはどうか知らないが、これが我々のパーティーの方針だ。異議がある者は?」
「むふふ……。異議無し」
「い、いいのかよ、それで――」
フレーナは1人立ったまま驚いていた。
「私はそれでいいと思ってる。ただフレーナ、1つ言わせてくれ」
「な、なんだよ?」
アセルスも立ち上がる。
再び真剣な眼差しを向けた。
その眼光は鋭く、まさに光の如くだ。
【光速】のスキルを持つ者らしい、光を帯びていた。
フレーナは一瞬固まる。
拳骨の1発ぐらいは覚悟した。
アセルスの肩がピクリと動いた瞬間、フレーナは反射的に目をつむる。
しかし、待てど暮らせど鉄拳はやってこない。
薄目を開けた時、フレーナの目の前にあったのは、1枚の皿だった。
「おかわりだ、フレーナ」
「へ?」
「お前のパンケーキは絶品だ。こんなものを食べたら、また迷惑をかけたくなるではないか!」
最後にアセルスは微笑む。
その姿を見て、フレーナもまた笑った。
「仕方ねぇなあ」
皿を受け取ると、フレーナは再び調理場へと戻っていく。
その顔に、もう迷いはなかった。
◆◇◆◇◆
鬱蒼と緑が生い茂る山の中にある『長老』と名付けられた大樹の前。
本来であれば食音が響くこの地から聞こえてくるのは、鋏の音だった。
「よし。散髪終わり!」
アセルスはディッシュにかけていた前掛けを取る。
パッパッと、切った髪を払った。
「おお! 軽い! 軽い!」
ディッシュは頭を撫でる。
グルグルと軽くなった頭を楽しむように、首を回した。
アセルスは携帯している手鏡を差し出す。
さっぱりした己の姿を見て、ディッシュは満足げだった。
「アセルス、本当に散髪が上手かったんだな」
「昔から手のかかるヤツが多かったのでな――――って、信じていなかったのか。何気にその言葉はひどいぞ、ディッシュ」
アセルスは腰に手を当て抗議した後、背後で見ていたフレーナとエリーザベトに視線を向けた。
「何を言ってんだよ! その域に達するまで、どれだけの犠牲があったと思ってるんだ!!」
「そうですよ~。昔ぃ、長かった髪をバッサリ切られた恨みはぁ、忘れずにおくべきかぁ~ですよぉ」
2人は憤然と反論する。
そのいがみ合いを見て、ディッシュはケラケラと笑った。
「んで? その後、フレーナは成績優良生だっけ? なれたのか?」
「確かぁ。次の実地試験の時に、満点を出したんですよねぇ、フレーナ」
「あの時は悔しかった。出足が遅れてなかったら、私の方が点数で上回れたのに」
よっぽど悔しかったのだろう。
アセルスは苦虫を噛み潰したよう顔を浮かべて、地団駄を踏んだ。
「じゃあ、フレーナは家族に仕送りできたんだな」
「まあな。でも、アセルスに勝てたのは、それっきりだ。やっぱ凄かったぜ。学生の時のアセルスは」
「なんだ、フレーナ。その言い方は? 今はすごくないのか?」
アセルスは鋭い視線を放って、詰問する。
「今は単なる食欲魔人だからな」
「なな!! ディッシュぅぅぅう」
思いがけない不意打ちを食らって、アセルスは脱力する。
図星だけに反論ができない。
アセルス以外の人間の笑声が、『長老』の前にこだました。
「うぉん!」
すると、ウォンは突然フレーナをペロペロとなめ始める。
フレーナに身体を擦り付け、甘えるような仕草をした。
「ど、どうしたんだ、ウォンのヤツ。急に――。わわっ! くすぐったいって、ウォン」
フレーナは戸惑っている。
それを見て、ディッシュは笑った。
「どうやら話を聞いて、うちの食欲魔狼様もパンケーキに興味を持ったみたいだぜ」
「うぉん!」
その通りとばかりに、ウォンは吠える。
「そうだな。私も久々に食べてみたい」
「異議無しですぅ」
「ついでに俺も!」
最後にはディッシュも手を上げる。
突然のリクエストに、フレーナは戸惑っていたが……。
「仕方ねぇなあ! ディッシュ、材料はあるのかい?」
ぶっきらぼうに尋ねる。
だが、そのフレーナの顔は実に嬉しそうだった。
【大事なお知らせ】
1.前書きにも書きましたが、本日コミカライズの更新日になっております。
ヤングエースUP、めちゃコミックなどで更新されておりますので、
どうぞよろしくお願いします。応援の方もよろしくね。
2.電子書籍版『ゼロスキルの料理番』1~2巻が、Kindle、BookWalkerなど各電子書店で、
半額となっております。まだ読んだ事がない方は是非よろしくお願いします。
3.最後が1番重要なのですが、
今回のお話を以てWEB版『ゼロスキルの料理番』は最終回とさせていただきます。
理由はモチベーションの維持ができなくなってきたことです。
実は書籍版の方の売上が芳しくなく、2巻打ち切りが今年の春の段階で決定しておりました。
モチベーションの置き場所を探る中で、なんとか今日までやってきたのですが、
なかなか読者の皆様に読んでもらえるようなレベルに描くのが難しくなってきた次第です。
書籍だけではなく、コミックは続いている。
それがモチベーションに繋がるのでは?
そう思われる方もいると思います。
ただ私は「小説家(原作者)」であって、漫画は心血注いで書いていただいている
漫画家さんのものだと思っています。
自分が書いたキャラが、漫画の中で躍動する姿は読み手としては楽しいですが、
書き手としてモチベーションアップには繋がりませんでした。
その状況の中で、書き続けることは難しく、今回の決断に至った次第です。
ディッシュとアセルスの関係、主人公が如何に「料理番」になるか、
その過程を楽しみにされていた方には、誠に申し訳ないのですが、
ご理解のほどよろしくお願いします。
ただ……。
一旦終了はさせていただきますが、連載の方は後日再開いたします。
打ち切りになる前に、ある程度書きだめしておいた話がまだ残っておりまして、
コミカライズの更新の宣伝がてら、そちらの方を投稿していこうと思っています。
しかし、実はその話は未完のまま終わってまして、唐突に終わる可能性もございます。
そういう訳もあって、切りの良いこの話で一旦完結させていただく運びとなりました。
2年以上の投稿にお付き合いいただき、誠にありがとうございます。
書籍を2本、初めてコミカライズを経験させていただき、大変勉強にもなりました。
すべて読者の皆様のおかげです。
正直に言うと、もっと書籍を出したかったというのが、本音です。
ですが、読者の評価をいただけなかったという点では、
残念ながら作者の力量不足だったと反省しており、
この悔しさは次に書く話に繋げたいと考えています。
引き続き創作活動の方は続けてまいります。
今後とも何卒よろしくお願いします。
※ 再開は次回コミカライズ更新日(10月16日予定)になります。







