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ゼロスキルの料理番  作者: 延野正行
第5章
154/209

menu137 最速竜の煮付け

本日も実食回です!

存分にご堪能下さい。

あとがきには大事なお知らせがありますよ!

 ディッシュはまず肉厚の身をまな板の上に載せる。

 適当な大きさに切り、はぎ取った皮の部分に十字の切り込みを入れた。


「あれは?」


 アセルスは反応する。

 横のロドンが顎髭を撫でながら答えた。


「飾り包丁だな」


「飾り包丁?」


「煮込み料理の時に、味や火の通りをよくするために使う技術だよ。オレらも魚の煮付けを作る時に、ああやって切り込みを入れるんだ。出来てからの見栄えもよくなるしな」


「ディッシュ、それを知ってやってるんだろうか?」


「さあな。だが、ディッシュなら独力で考えちまいそうだが」


 アセルスは頷く。

 ディッシュの料理の探求心は、恐らくルーンルッドで1番と言ってもいい。

 あの飾り包丁も、食材に触れるうちに編み出したのかも知れない。

 そもそも魔獣の肉は、豚や牛と違って、とても大きく肉厚だ。

 いつも何気なくディッシュはやっているが、均等に火を通すには熟練の技がいる。


 そんなディッシュなら、飾り包丁という技術を独力で習得していても驚くことではないだろう。


 ディッシュは鍋の中に調味料を入れていく。

 先ほどデラン王の舌を唸らせた醤油に、砂糖と酒を多めに入れ、最後に水を入れて、鍋の底を万遍なく満たす。


 まだ切り身は投入せず、鍋を火にかけた。

 濃い飴色の調味料がぷつぷつと細かな気泡を立てる。

 醤油の香ばしい匂いが、その場にいる皆の鼻を衝いた。

 アセルスは「はうぅ」と悲鳴を上げる。

 待っていた者は、総じて我慢を強いられた。


 デラン王もその1人だ。


「不思議だのぅ。醤油を火にかけただけだというのに……。この香ばしく、かつ甘ったるい感じがなんとも……」


 思わず唾を飲み込む。

 各所からお腹の音を鳴らす音が聞こえた。

 たまらん、とばかりにウォンが吠える。


 一煮立ちさせると、ディッシュは切り身を入れた。

 蓋を閉めて、しばし待つ。


「ディッシュ、どれぐらいで出来る?」


「煮付けだろ? 時間がかかるんじゃないのか?」


 アセルスの質問に、ロドンが答えた。

 しかし、ディッシュは首を振る。


「時間をかけたら、ここにいる飢えた狼が鍋に突撃していきそうだからな。煮込み時間は短くするよ」


 それはウォンだけに向けた言葉ではない。

 今か今かと待つ、アセルスをはじめ、ここにいる全員に向けられていた。


 お見通しとばかりにディッシュは笑う。

 見抜かれた方としては、照れ笑いを浮かべるしかなかった。


「でも、ディッシュよ。あんまり時間が短いと、味が染み込まないんじゃないか?」


「飾り包丁も入れたし、大丈夫だ」


 ディッシュは自信満々だ。

 そうこうするうちに、ディッシュは鍋の蓋を開けた。

 煙とともに香ばしい匂いが立ち上る。

 白煙の中から現れたのは、飴色に染まったスカイドラゴンの切り身であった。


「おお!」

「いい色じゃねぇか!」


 アセルスとロドンの声が重なる。


 ディッシュは残っていた煮汁を、切れ目を入れた部分にかけ注いだ。

 鍋が焦げ付かないように注意しながら、煮汁がドロドロになるまで煮立てる。


「こんなもんかな……」


 鍋を火から離し、できあがった煮付けを大葉の皿に載せていく。



 スカイドラゴンの煮付けの出来上がりだ!



 極めて濃い飴色の煮汁の中に、よく味が染み込んだスカイドラゴンの切り身が浮かんでいた。身は光り、スカイドラゴンが宝石を纏っているように見える。煮詰められた醤油の匂いは、人間の本能を呼び覚ました。

 皆が思わず舌で唇を舐める。


「どうぞ。食べてみてくれ」


 まずディッシュが差し出したのは、アセルス、ロドン、グリュン、デラン王、そしてウォンだ。


「「「「いただきます!」」」」


 すでに4人と1匹は臨戦態勢を整えていた。

 4人は箸を掴み、1匹はペロリと舌で舐める。

 いよいよ実食を開始した。


 切り身を丁寧に箸でほぐし、舌に載せる。


「「「「うまああああああああああああい!!」」」」


 絶叫が爆発した。


 もう――プリップリだ。

 刺身で食べた時にも感じた弾力感が、煮付けになってもまだ残っていた。

 いや、刺身で食べた時はモチモチした感じだったが、煮立てたことによってさらに柔らかくなり、より弾力感が増したような気さえする。


 だが、刺身と違うのは、芯まで染み込んだ味だろう。


 身を食べた瞬間、ふわっと醤油独特の塩気が広がっていく。

 それが1噛み1噛みする度に、爆発し、連鎖的に口の中に広がっていった。


 さらに驚くべきことがある。

 最初に気付いたのは、アセルスだ。


「骨まで食べられるぞ」


 口の中でコリコリと音を立てて、スカイドラゴンの軟骨を噛み砕く。

 骨にも味がついていて、お菓子感覚で食べられるのがいい。

 鳥の軟骨以上に柔らかく、子どもだって容易く噛みきれるだろう。


「へぇ……。どれ? ホントだ。スカイドラゴンの骨って柔らかいんだな」


 ディッシュも感心した様子だ。

 これは彼自身も予期していなかった産物に違いない。

 元々スカイドラゴンの骨――おそらく軟骨の部分が元々柔らかかったのもあるだろうが、ここまで手軽に骨を食べることができたのは、間違いなくディッシュの料理法によるところが大きいだろう。


 スカイドラゴンの煮付けを食べながら、ロドンは首を捻る。


「ディッシュ、一体全体どうやってここまで柔らかくできたんだ。芯まで火が通ってるし。飾り包丁でもここまでは……」


「ロドン殿、これはおそらく落とし蓋であろう」


 正鵠を射抜いたのは、なんとデラン王だった。

 どうやらアリエステル並に、食に詳しいらしい。

 その聞き慣れない言葉に、アセルスは首を傾げた。


「落とし蓋?」


「簡単に言うと、材料の上に直接蓋をする料理法だ。蓋と材料の間を狭くすることによって、煮付けならムラなく煮詰めることができるし、煮汁の急激な蒸発を防ぐことができる。熱効率もよくなるしな」


 ディッシュはアセルスに説明する。


「材料の上に蓋をして、切り身が崩れないんだろうか?」


「それは大丈夫だ。今回使ったのは普通の蓋じゃねぇからな」


「ほほう。それは?」


 デラン王が興味深そうに尋ねる。


 すると、ディッシュはもう1度鍋の中を見せた。

 そこには煮汁とともにあるものが浮かんでいる。


「ヨーグの大葉か!!」


 そう先ほどからディッシュが度々皿の代わりに使っているヨーグの大葉の一部だった。


「ヨーグの大葉を落とし蓋にして、全体を包むように煮立てたんだ」


「なるほど。大葉で包むことでさらに熱効率を上げたのか」


「そうか。この煮付けがしつこくなく、さらに臭みを少ないのは、消臭効果もあるヨーグの大葉を使っていたからなのだな」


 ヨーグの大葉は大きいということ以外にも、消臭効果もある。

 故にくるんで使うことによって、寝袋にしても自分の体臭を気にせず眠れるため、冒険者の間では山に入ったらまずヨーグの大葉を見つけろという格言があるぐらい、冒険者にとってのマストアイテムなのだ。


「いや、天晴れ! 天晴れじゃ! さすがはアセルス殿が見込んだ料理人だけある。本当を言うと、最初会った時、余もディッシュ殿の力を侮っていた。だが、どうやら余の目も他の家臣同様に雲っておったようだな。すまぬ、ディッシュ殿」


 デラン王は頭を下げた。

 他の竜騎士たちも膝を突き、ディッシュに頭を垂れる。

 山に住み、一介の冒険者でしかないディッシュが、一国の王とその騎士たちに認められる。

 その華々しい光景を見て、アセルスは少し感動した。


 今まで山で住むしかなかったゼロスキルの青年が、今や他国の王にまで知られ、信頼されるようになったのだ。

 これ程感動的なサクセスストーリーはないだろう。


「礼ならグリュンに言ってくれよ。俺はこいつに我が侭を言って、付いてきただけなんだからよ」


「そ、そんなことはありません。ディッシュ殿がいなかったら、ルルイエ王家は今ここになかったかも知れないのですから」


「うむ。グリュンの言うとおりだ。ありがとう、ディッシュ殿」


「なんか改めて礼を言われると照れるな。――あっ。そうだ」


 ディッシュは何かを思い出す。

 刺身の時に下ろし、残しておいたスカイドラゴンの軟骨部分をかざした。


「とにかく俺の料理を食べていってくれ。まだまだ作りたい料理は一杯あるんだ」


 にししし、とディッシュ笑う。


 王様に褒められるより、有名な騎士団に讃えられるよりも、ディッシュにとって未知の食材に向かい、料理ができることが何より楽しいらしい。


「ディッシュらしいな」


 今も昔も変わらないディッシュを見て、アセルスは微笑むのだった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 親に今日の夜何が良い?って聞かれて気がついたら煮付けって答えてた。 美味そうだなぁ、
[一言] 今回も美味しく頂きました。 煮付けですか!落し蓋にも気を使う辺り、さすがディッシュ様ですな。 軟骨が良い具合に食べられるのは、圧力によるものでしょうかね。アセルスが全てを食べ尽くす勢いで食…
[一言] コミカライズ読みました よし、今日はラーメン食おう
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