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ゼロスキルの料理番  作者: 延野正行
第5章
150/209

menu133 おあずけ

実食はまだまだですが、

どうぞ今日もお召し上がり下さい。

 大きい……。


 それが、湖畔に引き上げられたスカイドラゴンに対する皆の共通認識だった。

 他のドラゴン種と違って、かなり一線を画す姿をしているが、ドラゴンであるのは間違いない。

 大きいという感想は当然であろう。


 しかし、普段対比物がない空を飛んでいるからだろうか。

 こうやって地上で見ると、改めてその大きさを感じた。

 巨大な銀杏の葉のような姿形は、平民の一戸建てぐらいなら立てられそうなぐらい大きい――というより広い(ヽヽ)ものだった。


 感嘆していたのは、ディッシュたちだけではない。

 普段から竜を追いかけ続けている竜騎士達も、その大きさに驚いていた。

 ルルイエ王家領の中で散々暴れていたドラゴンの顔を、こうしてマジマジと拝む日がやってきたことに、咽びなく竜騎士も少なくない。


 一方、ディッシュはスカイドラゴンの前で包丁を構えていた。

 周りを見たり、皮膚の状態を確認したり、あるいはロドンに手伝ってもらいながら、裏側をめくって口の中を覗き込む。


「こいつは食べがいがありそうだ!」


 ディッシュは歯を剥き出して、「にししし」と笑った。

 横でアセルスもうずうずと身体をゆすっている。


「どうだ、ディッシュ? 食べられそうか?」


「ああ。ありがとな、アセルス。お前のおかげだ」


「私の?」


「お前がうまくしめてくれたおかげで、腐りの進行が遅い」


「と言うことは?」


「おいしく食べられそうだな」


「おお!」


 アセルスは涎を拭った。

 聖騎士の輝いた顔を見て、ロドンは笑う。


「しかし、よくスカイドラゴンのしめる場所なんて知っていたな」


「おお。それも気になってた。アセルス、よく知ってたな。俺もわからなかったのに」


「そ、その……無我夢中だっただけだ」


「ぬははは。これも嬢ちゃんの食欲がなせる技だな」


「ロドン殿、さすがの私も怒りますよ」


 アセルスはムッと頬を膨らませる。


 一方、ディッシュはスカイドラゴンを見ながら、調理方法を考えていた。

 いくらアセルスが腐敗時間を引き延ばしてくれたとはいえ、牛や豚とは違って、あまり時間はない。

 試したい調理方法、部位ごとの食感と味、食用に適すのか。

 1つ1つ検証したいところだが、圧倒的に時間が足りない。

 そもそもこの大きさだ。

 切るだけでも、時間がかかる。

 たとえディッシュでもだ。


「1つの部位に絞って、やるしかねぇか」


 よし……と、ディッシュは腰にエプロンを巻く。

 いつになく気合いを入れた。

 グリュンやホーデン、そしてロドンとアセルスが、折角頑張って捕ってくれたのだ。

 その成果を無駄にすることはできない。


「本当にスカイドラゴンを調理するつもりなのですね、ディッシュさんは」


「ああ。ここからが、ゼロスキルの料理人の本領発揮だ。グリュン、よく見ておいてくれ。料理をしている時のディッシュは、私など比べものにならないほど凄いぞ」


 アセルスの評価を聞いて、グリュンは息を呑む。

 スカイドラゴンの前に包丁を持って仁王立つ青年に気付き、竜騎士たちも固唾を呑んで見守った。


 ディッシュがまず手にかけたのは、スカイドラゴンの翼の部分だ。

 ドラゴン種の皮膚とは思えないぐらい柔らかそうで、押すと程よい弾力がある。


 食べるならここだと、ディッシュは判断した。


 翼と胴体部分に明確な分かれ目はないが、だいたいを決めて包丁を入れる。

 思いの外、包丁は身の中に沈んだ。

 ディッシュはそのまますっと胴体に沿って、刃物を入れる。

 さすがは【剣神】ケンリュウサイがこしらえた包丁である。

 ドラゴン種の肉を一息で切ってしまった。

 ディッシュはロドンとグリュン、数名の竜騎士と共に、スカイドラゴンから翼を取る。


「おお!」


 アセルスが歓声を上げたのは、スカイドラゴン肉の断面を見た時だ。

 きめの細かい繊維が詰まり、さらに薄い桃色をしている。

 魔獣の肉は人間と違って、どっちかと言えば青い。

 他の生物と比べて、魔獣の血には魔力が多く含まれているからと言われている。


「じゃあ、ディッシュ。スカイドラゴンには、あまり魔力が含まれていない?」


「かもな。というより、この自分の巨体を浮き上がらせることに、こいつは魔力を常に使っているのかもしれないぞ」


 いくら大きな翼を持っていても、その自重によって、生物が飛べる限界点というのが自ずと決まっている。

 だが、魔獣たちはその限界を超えて飛んでいられるのは、本能的に浮遊魔法を発動しているからだと考えられていた。

 特にドラゴン種は、その最先鋒といってもいいだろう。


 時に小城のように大きなドラゴンが空を飛ぶのは、魔法を常時展開しているからである。


 一説に依れば、ドラゴンの中には魔力を発する大きな魔石のようなものがあり、そこに魔力を蓄えたり、魔法を使ったりしているという。


「それはどこにあるのだ?」


「さあな。腹をかっさばいて、調べてみるか? 今、こいつの腹の中は大変なことになっているぞ。なんせお腹いっぱいのまま死んだんだからな。胃の中には大量の火喰い鳥が詰まってるはずだ」


 アセルスは、ぶんぶんと首を振った。

 想像するだけでおぞましい。

 折角の食欲がなくなってしまう。


 ディッシュは切断した翼の部分を、自分が持てるサイズにカットする。

 本体と比べるとかなり小さくなったが、それでも10人前以上は楽に作れそうなほどの大きさだった。


 カットした身を俎上に置く。

 身と皮の間に、軽く包丁を入れた。

 そのまま手でペリペリと引き剥がす。


『おおおおおおおおおお!!』


 様子を見ていた全員が声を上げた。

 皮を剥くと、綺麗な薄桃色の身が露わになる。

 見るからに脂が乗っていて、煌びやかに光っていた。


「こりゃあ。牛や豚っていうより、極上の魚の身みたいだな」


 漁師のロドンも期待を寄せる。


「じゃあ、刺身にしてみるか」


 ディッシュは食べやすいように切る。

 だが、切った後であることに気付いた。


「しまった。今日はウォンがいないんだった」


 いつもならウォンに生食が安全かどうか確かめてもらうのだが、生憎と神獣はお留守番だ。


 弱ったな、と頭を掻いていると、竜騎士団から歓声が上がる。

 空に影がよぎり、数騎の飛竜が地上に降り立った。

 1騎にはあの老練の竜騎士であるザイバルと、さらにデラン王が共の竜騎士の後ろに乗って、現れる。


 皆が膝を突き、王に頭を下げた。


 すでに解体されたスカイドラゴンを見て、デラン王が目を丸くする。


「おお! 本当にあのスカイドラゴンを倒すとは……。グリュン、よくやった」


「私だけの力ではありません。アセルス殿やロドン殿、そしてディッシュ殿も含めた、ここにいる全員の手柄です」


 かしこまったグリュンは己の功を誇ることなく、成果を告げる。


 そう謙遜する臣下の姿に、デラン王はさらに眉を緩めた。


「うむ。皆の者よくやった。……どうだ、ザイバル。お前が、昔仕留めたスカイドラゴンだ。相違ないか」


「…………」


「どうした、ザイバル?」


 デラン王は目を細める。

 ザイバルは王の御前でありながら、立ったままだ。

 その視線は解体されたスカイドラゴンに向けられている。

 かすかにその身体は小刻みに震えていた。


「す、スカイドラゴンが……。に、人間ごとき(ヽヽヽヽヽ)にやられただと」


 ザイバルから漏れた言葉に、皆が自分の耳を疑った。

 直後、そのザイバルの皮膚から黒い靄が立ち上り始める。

 その瞳も尋常ではなかった。

 まるで血のように赤いのだ。


「まさか!!」


 デラン王が息を呑む。

 ただならぬ気配を最初に察したのは、アセルスだった。

 いち早くスキルを起動させる。

 デラン王の前に回り込むと、ザイバルに剣を向けた。


「貴様、人間ではないな!!」


 いつになく鋭い視線を、ザイバルに送る。

 事態を察して、竜騎士もデラン王の周りに集まり、壁となった。

 アセルスの指摘通りだ。

 ザイバルから漂う気配は、人間のそれではない。

 魔獣以上に禍々しい気配を放っていた。


 ディッシュも一旦調理を止めて、ザイバルを睨む。


 すると漏れてきたのは、醜悪な笑みと笑声だった。


「くくく……。もう良いわ。スカイドラゴンを使って、憎き人間の国を1つ滅ぼしてやろうと思ったが、こうなってしまっては、我が直接手を下すしかなさそうだ」


 突然、ザイバルの身体が溶け始める。

 纏っていた鎧ごとだ。

 そして新たに人の形へと変化した。

 いや、それはもはや人であって、人ではない。

 頭に角が生え、背中には蝙蝠のような翼が左右に広がる。


 赤黒い瞳は、他のどんな魔獣の眼差しよりも恐ろしかった。


 何よりも肌で感じることができるほどの殺気。

 漏れ出す魔力。

 これまでディッシュが見てきた生物の中で、最強クラスといえる存在感があった。


「くくく……。あはははははははは!!」


 歪んだ笑声が広い外にもかかわらず、反響して響き、耳を狂わせた。

 いつの間にか空気は魔力を纏った瘴気に淀み、暗雲が立ちこめて湖に雷が落ちる。

 まるで厄災そのものが具現化したようだった。


 皆が恐れ戦く。

 怖い物知らずのディッシュですら震えていた。

 その中で一切振り返ることなく、ザイバルだった者と対峙するものがいる。


 アセルスだ。


「貴様、魔族だな!!」


 魔族――。

 それはかつて人間や精霊の天敵であった。

 長い間戦い、ついにルデニア連邦西にあるゴロモゾス島に封印された。

 だが、時々張り巡らされた結界が緩む瞬間があり、そこを見つけて魔族が人間たちのいる大陸に侵攻してくることがある。


 それが今だった。


 かつてディッシュは魔族と出会ったことがある。

 そう。あのマジック・スケルトンだ。

 あの時も、アセルスは大苦戦の末、勝ちを拾った。

 今ではディッシュの料理の材料となっているが、魔族はただ魔族というだけで、人間にとって非常に強力な天敵なのである。


 ディッシュは感じていた。

 今、目の前にいる魔族がマジック・スケルトンよりも遥かに強いことを。

 それはアセルスもわかっているのだろう。


 だが、聖騎士アセルスは1歩も退かない。


 その姿を見て、魔族は歪んだ笑みを浮かべる。


「その通りだ、聖騎士アセルス。さあ、どうする。我と戦うか?」


 圧倒的な魔力の波動を周囲に放つ。

 それだけで数人の騎士達が腰を抜かした。

 ベテランの竜騎士やグリュンたちですら、汗を滴らせ固まっている。


 でも、アセルスはやはり勇敢だった。

 裂帛の気合いで波動を切り裂き、魔族に宣戦布告する。


「当たり前だ! 私の後ろには守るべき仲間と、この国で出会った友人たちがいる。この聖騎士アセルス・グィン・ヴェーリン! 1歩も退く気はない」


「大見得を切ったな、聖騎士。我はお前がかつて戦った魔族とは違うぞ」


「そんなことはわかっている。だが、魔族よ。それなら私も言わせてもらおう。今日のアセルスはひと味違うぞ!! 何せ……何せなあ!!」



 まだスカイドラゴンを食べていないからな!!



 …………はっ?


 魔族だけではない。

 聞いていた竜騎士団員たちも固まる。

 グリュンもぽかんと口を開き、ロドンは頭を撫でるにとどめた。

 ディッシュだけが「にしし」と笑っている。


「さすがは食いしん坊騎士だな。だけど、魔族さんよ。気を付けろよ」


「なに?」


 ディッシュは1歩踏み出す。

 アセルスの側に立った。


「食いしん坊になった時のアセルスは、めちゃめちゃ手強いぞ!」


 にししし、ディッシュは笑うのだった。


おあずけを食らった食いしん坊騎士は最強かもしれぬw

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― 新着の感想 ―
[一言] 今回も美味しく頂きました。 老騎士が、あやつらだったとは。 災難ですね。あいつら。ディッシュの言う通り、アセルスはおあずけをくらったら、最強でしょうね。 しかも、スカイドラコンの腐敗速度が…
[良い点] 食材追加ですね。 [気になる点] 魔族のお肉はどんな味なのかなぁ(・∀・)
[一言] シリアスな場面の筈なのになぁwだがそれがいい
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