menu131 ゼロスキルの撒き餌
本日、コミカライズの更新日でございます。
ヤングエースUP様で更新されておりますので、
未読の方は是非お召し上がり下さい。応援もよろしくお願いします。
水から飛び出したスカイドラゴンは、雲の中へと消えていく。
その体肌から滑り落ちた水滴が、雨粒のようにディッシュたちに降り注いだ。
アセルスとロドンは呆然と空を見上げる。
飛竜ホーデンに乗ったグリュンも、本来の任務を忘れ、雲間に消えたスカイドラゴンを見送るだけだった。
「まさかスカイドラゴンが水中に生息していたなんて」
声を漏らすのが精一杯だ。
竜騎士たちはこれまで様々なドラゴンを狩ってきた。
その狩猟方法は綿々と受け継がれ、今もなお更新され続けている。
しかし果たしてなくなったスカイドラゴンの狩猟記録に、かのドラゴンが水中で泳げるなんていう記録があったかは、定かではなかった。
仮にこれが初めて確認されたものであるならば、学術史上における世紀の大発見と言えるだろう。
それをこれまで飛竜に乗ったことすらなかった山育ちの青年が、ルルイエ王家領に数日と経たずして予測を立て、発見した慧眼は素晴らしいの一言に尽きる。
グリュンは空から地上へと視線を落とす。
改めてディッシュに敬意を示した。
これまでグリュンは少し侮っていた。
だが、今ならわかる。
何故彼の周りに、数々の偉業を成し遂げた人間が集まり、敬意を示すのかを。
「それで、ディッシュよ。これからどうするのだ?」
「そりゃあ決まってるだろ、アセルス。ここでヤツの帰りを待つんだよ。水中に入ればこっちのもんだ。オレの銛で一突きにしてやるぜ」
ロドンは持ってきた銛を構える。
彼のスキルは【必中】。
近づくことができれば、スカイドラゴンを一刺しで仕留めることができる。
だが、ディッシュの意見は違った。
「それも1つの案としてあるけどよ。空で無敵なヤツが、おいそれと危険な地上――いや、水中に戻ってくるとは考えにくい。張り込むにしても、長時間ずっと集中力を保っていられるかって言われたら難しいだろう」
「でも、それも釣りの醍醐味だと思うぜ」
「そうだ、ロドンのおっさん。こいつは釣りなんだよ。スカイドラゴン――別名ドラゴンフィッシュってデカい魚を釣るためにな。でも、ロドンのおっさん。おっさんは釣りをする時、ただぼうっと待ってるだけか?」
「いや、罠を仕掛けたり、撒き餌を撒いたりするかな」
「そう。それだ。撒き餌だ」
ディッシュはロドンを指差す。
不思議に思ったのはグリュンも同じらしい。
ホーデンとともに、空から降りてくると「撒き餌?」と首を傾げた。
「水中っていっても、他にもこの辺には池とか川とかあるんだろ? あいつがここを巣にしてくれる保証はねぇしな。この湖なら、全体を見渡せるし、ヤツが帰ってくるのはすぐにわかる。罠を張るなら、この辺だな」
「つまり、スカイドラゴンをこの湖に誘導するのだな」
「そういうことだ」
ディッシュは自信満々に頷いた。
ロドンは顎髭を触る。
「いや、ディッシュよ。言うのは簡単だが、どうやってあいつをおびき寄せる? スカイドラゴンは普段は空の上だ。しかも、飛竜よりも速い速度で飛んでいる。そんなヤツに餌をちらつかせたところで、気付くかどうか怪しいぞ」
「ああ。確かにな。だけど、ここに来て1つ思いついた妙案があるんだ」
ディッシュはにししし、と笑った。
早速準備を始める。
だが、それはディッシュがいつもやっていることだった。
なんと火焚きを始めたのだ。
いつも通り、ちょろ火である。
そこに石や生木を添えた。
煙は高く上がり、空へと消えていく。
すると、ディッシュは最後に少しずつ酒を加えた。
その手法を見て、アセルスはピンとくる。
「ディッシュ、それはまさか――――」
「ああ。まずはこいつらを使って、スカイドラゴンをおびき出す」
ひぃいぃいぃいぃいぃいぃぃぃぃ!
どこかもの悲しく聞こえる鳴き声が、突如響き渡った。
皆が一斉に顔を上げる。
見つめた空の向こうに、赤い点が蠢いていた。
それも1つではない。
無数に光を伴っていた。
「ありゃあ、まさか――――」
「火喰い鳥ですか?」
『ぐわわわわ!!』
ロドンとグリュンが目を丸くする。
大量の火喰い鳥を見て、ホーデンも翼を広げて反応していた。
アセルスにとっては懐かしい光景である。
初めてディッシュの狩りに同行して、出会ったのが火喰い鳥だった。
前にも煙を使って、火喰い鳥をおびき寄せていた。
そのおいしそうな煙は、さらなる火喰い鳥を呼び寄せ、ウォンで協力して打ち落としたのを、今も鮮明に覚えている。
「しかし、ディッシュ。どうして、この辺りに火喰い鳥がいるとわかったのだ」
「この湖だよ」
「湖?」
「この山は元々火山だったんだろう。この湖も火山が大爆発した後に、ドーム状に崩れて、そこに雨が溜まって、湖になったんだ」
火喰い鳥は火山や旧火山がある場所などに住み着き、石炭や木炭などを食べて過ごしている。この湖を見て、ここが旧火山だと推測したディッシュは、まずは火喰い鳥をおびき寄せることにした。
ディッシュが作る煙は、特別製だ。
ドラゴンの被害が少ない――遠く離れた火喰い鳥ですら、呼び寄せてしまう。
その魅力は、以前の狩りで実証済みだ。
「ど、どうしたらいいですか、ディッシュ殿」
グリュンが興奮するホーデンをなだめながら尋ねた。
「大丈夫。もうすぐ来るはずだ。そら、ご馳走だぞ、スカイドラゴン。俺の料理ってわけじゃないけど、たんと食べてくれ」
その直後だった。
まるでディッシュの言葉に召喚されたかのように、スカイドラゴンは雲間から飛来する。
鮮烈な赤い羽根を生やした火喰い鳥の群れに単騎で突入していった。
大きな口を開けると、食べるというよりは吸い込むように火喰い鳥を貪り食う。
赤く染まっていた空を雑巾で水拭きしたかのように、一直線上に火喰い鳥が消えてしまった。
「す、すごい……」
食いしん坊なアセルスですら感嘆してしまうほどの食べっぷりだった。
横のディッシュも感心する。
「にししし……。いっそすがすがしいな。あいつ、実は結構お腹空いてたんじゃないのか?」
今やスカイドラゴンに対抗できるものは、空にも陸にもいない。
翻せば、食べるものが減っていっているということだ。
人間は地下へと生活拠点を変更し、山の魔獣も粗方食い尽くしてしまった。
空には己の天敵も、餌もない。
自業自得とは言え、餌が不足していたのだろう。
「なるほど。空にも地上にもないなら、水中を探すしかなかったってことか」
ロドンは自分の髭を撫でる。
「おっさんの言う通りかもな。でも、水中にいる魔獣はともかく、魚や海草に含まれる魔力は、人間と比べても微々たるもんだ。食べても、全然腹は膨れないだろう」
「そこに火喰い鳥が現れたというわけだな、ディッシュ」
「渡りに舟ならぬ、渡りに鳥というわけだな」
ロドンは自分で言って、ニヤリと笑った。
「さ――。ここからが、みんなの腕の見せ所だぞ」
「任せろ」
「おうよ」
アセルスは細剣を抜き放つ。
ロドンもぐるりと肩を回し、銛を握った。
一方、空で暴れ回るスカイドラゴンは火喰い鳥を蹂躙する。
100匹近くはいたはずだ。
なのに、もう数匹と残り少ない。
それを見て、アセルスは少し涙目になっていた。
「ああ……。火喰い鳥が……」
アセルスは少し目に涙を滲ませる。
昔食べた火喰い鳥のでんぷん揚げのことを思い出した。
「また食わせてやっから。しっかり頼むぜ、アセルス」
「うむ。その言葉、しかと胸に刻んだからな、ディッシュよ」
ペロリと唇を舐める。
ついに火喰い鳥は全滅した。
スカイドラゴンの食欲は異常だ。
ディッシュもまさか全部食べるとは思っていなかった。
「お腹いっぱいになったみたいだな」
スカイドラゴンの動きが鈍い。
あれだけの火喰い鳥を食ったのだ。
かなりお腹が重たくなったはず。
もしかしたら、今ならホーデンでも対抗できるかと思ったが、グリュンはぐっと堪えて、その様子を愛竜と一緒に見守った。
ふわっと雲のように漂っていたスカイドラゴンは、やがて尾を返す。
その頭がディッシュたちがいる湖に向けられた。
「よし!」
ディッシュはガッツポーズを取る。
全員茂みの中に隠れると、スカイドラゴンが降りてくるのを待ち続けた。
この待ち時間が長い。
スカイドラゴンは何か警戒しているのだろうか。
すぐには湖に降りなかった。
くるくると上空を旋回する。
その速度も遅い。
普段ならあっという間にルルイエ王家領を駆け抜けていくのに、今の速度は平常時の100分の1以下だ。
『きゅきゅきゅきゅきゅきゅ……』
独特の鳴き声を上げる。
そしていよいよ空から降りてきた。
湖面に対して水平を維持しながら、ゆっくりと着水する。
その力加減は見事で、わずかな波紋しか作らなかった。
プカ~、と思わず見とれてしまうほど呑気に、水面を泳ぐ。
「よし! 今だ!!」
ディッシュの号令の下、仲間たちは茂みから飛び出していった。
『「ククク……。ヤツは四天王の中でも最弱」という風評被害のせいで追放された死属性四天王のセカンドライフ』という新作を書きました。
『ゼロスキルの料理番』よりもさらにコメディ色が強い作品です。
昨日は飯テロ回だったので、気になる方は是非そちらも召し上がり下さい。
(※ 下欄にリンクを貼りました!)







